第67話『憤怒の魔女アメリアは、霧の人形に課せられた役目を果たす②』


 時の女神の娘ノルンー天の創造主の声が、地獄に落ちた星々に響き渡り、救済を望む人々にも届いた。



《幼き子らよ、我の子を聞け。

 我は天の神……其方たちを導くもの。


 幼き人や魔物の子らよ、

 聖人フィリスの言葉を思い出せ。



 忘れるな、人の子よ。七つの罪を。

 傲慢、憤怒、嫉妬、怠惰、強欲、暴食、色欲。


 再び罪を犯せば、天の神は灼熱の炎を落とすだろう。




 思い出せ、人の子よ。七つの元徳を。

 知恵、勇気、節制、正義、信仰、希望、愛。


 擦れば、人の栄華は終わらない。




 忘れるな、人の子よ。

 七つの元徳と罪は、其方らに宿っている。


 恐れよ、人の子よ。天の神は其方らを見ている。

 忘れるな、人の子よ。天の神の怒りを。》




 幼い少女の声が響き渡った。終末に似合わない、可愛らしい声……私はこの声を聞いたことがある。


 新しき女神―ルーン・リプリケート様の御声みこえ



 クマのぬいぐるみに声をかけて頂いたから、よく覚えている。新しき女神様の御姿、白い手足に銀色の髪。そして、全てが凍える白き瞳。



 新しき女神様の御声みこえは忘れない。どうやら、ルーン・リプリケート様は悪魔の女神様に代わって、世界を滅ぼそうとされている様だ。



 聖母フレイの依り代-砂の星を破壊したのも、新しき女神様かな……それなら、新しき女神様のご意思に従う。



 私にも守りたいものはある。“不死なる者”は、女神様の忠実なる僕だけど……シャノンちゃんだけは助けたいな。




 ここは地獄の下層―灼熱の海。沢山の星が落ちる。迷い星フィリスも、灼熱の海へと落ちていく。終末に相応しい星の最後。



 終わりが近い。その星の中で……私はクマのぬいぐるみ。堕落神で魔物の神、名無しですよ。


 みなさん、なんですか、これ? 確かに、今は世界の終末ですけど、無数の隕石が降ってきています。聖母フレイの依り代―砂の星ですね。



 その残骸ですが……あっ、今遠くに隕石が落ちました。



 地震の様に地面が揺れています。遠くの空は赤く染まっているので、あそこにいる生き物は、誰も助からないでしょう。




 私を抱えている桜色の髪の吸血鬼の娘も、心配そうな表情をしている。


 彼女は三大魔王の1人、幽鬼シャノン。私の大切な忠臣ちゅうしん。『さて、どうしよう。新しき女神様のご意思に従うけど……私はぬいぐるみを操っているだけだから別にいい……最悪の場合、この子だけでも逃がさないと。』



 私は、桜色の髪の少女に転移魔術の構成を指示しようとした。いつでも逃げられる様に……すると、私が尊敬する女神様のご息女の声が聞こえてきた。



 新しき女神―ルーン・リプリケート様ではない。



 憤怒の魔女アメリア様も、新しき女神様の御声みこえを聞いて、自身の役目を果たそうと思われたのだろう。



 でも、なぜか……アメリア様はとても悲しそうだった。


 新しき女神様の御声みこえを聞きたくなかったのかもしれない。女神様のご息女は、宙を見ながら言葉を紡ぐ。



『私は、赤き魔女として生き、役目を果たさずに逃げてきた。

 私が、優しき悪魔として生きたいと願ったから……。


 私にも、守りたいものがあったから……。

 でも、もう時間は残されていない。



 終わりがきたのなら、わたしはもう逃げない。

 母なる神よ、母なる白い霧よ……私の願いを聞いて。』




 これは祈り。母なる神に、母なる白い霧に祈りを奉げている。




『私は赤き魔女を捨てよう。私の赤き魂を奉げます。

 だから、どうか……私の大切なものを守って。



 ノルン……ごめんね、私は貴方を守れなかった。

 貴方が世界を滅ぼすことを望むのなら、私は……。』




 周囲の温度が急激に上昇している。熱い、かなり熱い。聖母の街バレルの住人たちは離れているので大丈夫。冒険者のミランダやロベルトたちは急いで離れた。


 近くにいたら燃えて死んでしまうから……シャノンちゃんも熱いみたいで、右腕で私を抱えて、左手で顔を隠そうとしている。



 私の指示がないから、この子は離れない。


 シャノンちゃんの桜色の髪の毛先が少し縮れてきた。手足の白い肌が熱で赤くなり始めている。



 最も近くにいるのは炎鬼だけ。彼はこの炎の耐性があるから、魔女の炎は平気だった。でも、炎鬼はかなり動揺している。


 大切な赤き魔女の言葉を聞いて、彼はすぐに声をかけた。




「魔女さん!? それどういう意味だよ?

 自分の魂を奉げる?……本気で言ってるのか?



 おい、ふざんけんなよ!?

 アメリア、こっち見ろよ!」




 赤き魔女が、灼熱の炎に包まれている。


 彼には珍しく、女性に対して大きな声で叫んだ。でも、赤き魔女は答えないし、炎鬼を見ようともしない。名前で呼ばれても、彼に対して怒りをぶつけなかった。



 赤き魔女の炎が、白い炎に変わっていく。温度が上昇し続けている。アメリア様は、白い霧に祈り続けた。




『女神の名において命ずる。

 母なる白い霧よ、我の声を聞け。』



『我は霧の白き炎となり、女神に魂を奉げる。

 母なる白い霧よ、女神の敵を撲滅せよ。』




 これは極界魔術。悪魔の女神様のご息女だけが行使できる、最強の魔術。アメリア様は、霧の人形の役目を果たそうとされている。


 女神に魂を奉げる。それが、本来の霧の人形の姿。




「おい、アメリア、無視すんなよ!?」



 若き魔王クルドが左腕を伸ばして……左腕が焼け焦げていく。アメリア様の白き炎が熱くて、炎鬼ですら焼き殺してしまう。


 白き炎に邪魔をされて、若き魔王は愛しい女性に触れることができなかった。左腕以外も、数か所焦げている。それでも、彼はその場から離れずに声をかけ続けた。



「アメリア、よく聞け! 女神に魂を奉げて、

 大切な者を守るって言ったか!?


 ふざけるなよ、俺は魔王だぞ!



 俺は隕石ごときで死にはしない!

 騎士神の鉄槌でも死ななかったんだ。


 宙からなにが降ってきても、俺は死なねえよ!

 だから、こんな馬鹿なことはすぐにやめろ!」




 白き炎に包まれているアメリア様が、若き魔王クルドを見た気がした。白き炎が邪魔をして、アメリア様の表情が分からない。


 女神様のご息女の声ははっきりと聞こえた。




『堕落神、名無し……吸血鬼の姫、

 私のお願いを聞いてほしいの。


 貴方は招魂魔術が得意よね? 私に行使してほしいの。

 ただそれだけよ……難しいことではない。



 時間がないから、速めにね。』




「!? おい、シャノン。絶対にやめてくれ!

 名無し様、あんたは魔物の神だろ?

 

 だったら、魔物の願いを叶えてくれよ!

 絶対に、招魂魔術を行使しないでくれ!」




 空が赤くなってきた。ふと見上げると、無数の隕石が……聖母の依り代―砂の星の残骸がこの街に落ちてくる。


 確かに時間はない、迷っている暇もない。私は炎鬼クルドに答えながら、一番得意としている魔術を行使した。



『クルド、私は確かに魔物の神。


 でもね、私は悪魔の女神様を最も尊敬している。

 当然、そのご息女様も……新しき女神様も。



 クルド、大陸から逃げた貴方では、力が足りない。

 貴方では、私の守りたいものを守れない。


 とても残念だけど……貴方の願いは叶えない。』




「!?……俺が弱いからか? 

 ふざけんなよ……アメリア、俺は……。」




 封魔ふうまの聖痕。この聖痕が、アメリア様の願いを妨げている。私は霧の人形の中に封印されているものを呼んだ。


 封魔の聖痕を壊すことはできなかったけど、聖痕の効果を弱めることには成功した。封印されていたものが、少しずつ外にでてくる。



 アメリア様はもうなにも話さない。白き炎の隙間から、霧の人形の顔が少しだけ見えた……人形は微笑んでいる、涙を流しながら。



 招魂魔術を行使して、アメリア様の星の核に干渉している私には、赤き魔女の声が聞こえた気がした。怒りにとらわれていない、とても穏やかな声。



『クルド……ありがとう。貴方だけは、

 私の炎で燃やしたくないな。


 ごめんね、今まで一緒にいてくれて……。



 さあ、白い霧よ。私の魂を喰らい、私の願いを叶えて!

 私の炎よ、どうか、私の愛しいものを守って。


 我は霧の白き炎となり、女神に魂を奉げる!

 極界魔術・元始げんしの刻―“時の化身”。』





 聖母の街バレルの時が止まった。


 街の中にいる者たちは誰も動いていない。近くに小さめの隕石が落ちた。熱と衝撃波が、聖母の街の丸い城壁を襲っても、円形の城壁はびくともしなかった。



 街の時が止まっている為、外から街の中に干渉できなくなっている。



 私は迷い星フィリスの外から、クマのぬいぐるみを操っているので、街の時が止まったことを把握できた。ぬいぐるみを動かすことができなくなったけど。



 宙から大きめの隕石が落ちてくる。



 隕石は内部から崩壊。灼熱の炎を放出して粉々に砕けた。街に降ってくる大小様々な隕石も、同じ様に内部から崩壊して……小さな小石が雨の様に降り注ぐ。



 不思議なことに、白い炎がついた小石は、街の上空で止まっている。街の時が止まっているので、街の中に入れない様だ。




 憤怒の魔女アメリア様は、街の中にいない。


 アメリア様は街の上空で、白い炎の翼を羽ばたかせている。微笑みながら、街を襲う隕石を破壊していく。魔女の涙はすぐに蒸発して、もう頬をつたうことはない。



 これで、この街はもう大丈夫かな。私の大切な忠臣ちゅうしんも、無事に迷い星テラに帰ってこられると……思った時、予想外なことが起きた。




《? 堕落神、魔物の神か……君は、■■■ちゃんだね。

 ねえ、君はどうして、悪魔の女神を尊敬しているの?》




『!?……あ、新しき女神様ですか? 

 御声をかけて頂いてありがとうございます。』




 私は驚き、怖くなった。声をかけられているけど、相手がどこにいるか分からない。私は、異界にある迷い星テラの中にいるのに……新しき女神様は、クマのぬいぐるみではなく、私自身に声をかけてきている。



 私は疑問に思った。『嘘でしょう、無理よ……地獄で、招魂魔術に気づいて、魔術の行使した者を捜したとして……地獄から二つ上にある世界、異界まで追えるものなの?』


 私でも一人で、クマのぬいぐるみの招魂魔術を維持するのは難しい。私の可愛い忠臣ちゅうしん、シャノンちゃんが助けてくれているから、異界からの魔術の行使、安定状態の維持が可能になっている。




 悪魔の女神様なら、私を見つけることはできると思う。


 新しき女神様―ルーン・リプリケート様は、悪魔の女神様と同等の存在に……私は恐怖を感じた。一番の理由は、私が絶対に聞きたくないことを言ったから。



 もし、この声の主が、私が尊敬する女神様とご息女でなかったら、相手の少女を見つけ出して殺している。私が捨てた名前を知っている者は、生かしておけない。




『新しき女神様、お願いです。

 私の名前を呼ばないで下さい……。』




《ねえ、新しき女神って私のこと?

 名前が呼ばれるのが嫌なんだね、分かったよ、もう呼ばない。



 私は時の女神の娘ノルンだよ。

 吸血鬼のお姉ちゃん、よろしくね~。



 吸血鬼のお姉ちゃんは、お母さんのことが好きなんだね。

 分かるよ、私も大好きだから……。



 お姉ちゃんは、七つの大罪に手を伸ばしていないね。

 じゃあ、まだいいや。必要になったら、手を伸ばしてね?



 大罪の色欲。お母さんは、“女神の魅了”を使って、

 天の創造主さえも騙そうとしている。



 上手く使えば……男を魅了するだけではなく、

 もっと昇華したものになるはずだよ。



 吸血鬼のお姉ちゃんは、よく見ていてね。

 七つの元徳と大罪の保持者の戦いを……。》




『!?……女神様、いったいなにを―。』



 私は途中で黙ってしまった。異常な魔力を感知したから……地獄の下層―灼熱の海に落ちてきた、ある星に膨大な魔力が流れ込んでいる。



 聖母フレイの依り代である、砂の星を破壊した光の輪。光の輪が最初に現れた星に……あの星に、悪魔の女神様と同等のものがいる。


 糸も簡単に星を壊せるもの、新しき女神―ルーン・リプリケート様。



 私は不思議に思った。新しき女神様は、時の女神の娘ノルンだと名乗った。『? どういうこと?……間違いなく、ルーン・リプリケート様の御声みこえだった。


 ノルン様は、悪魔の女神様のご息女。6番目の霧の人形……迷い星テラにおられる。それは間違いない……分からない。どうして、新しき女神様は、ノルン様の御名前にこだわるの?』



 時の女神の娘ノルン様は、さらに言葉を紡ぐ。




《私の狩人たちよ、霧の大罪の保持者を狩れ。

 

 さあ、狩人ラルよ、憤怒の魔女を射抜け。

 創造主の神具、“シェキナーの弓”で……。》




 そして、転移魔術。新しき女神は降臨した。


 彼女は、私に示す。絶対者である天の神だと……星々を生み、そして、星々を破壊する創造主であることを。


 12枚の白き翼を広げて、白いローブと金細工を身に纏う……銀色の髪に、白い手足。海の様に透き通る青い瞳をもつ者。




 私はこの時、一番恐怖した。


 姿が同じなのに、中身が全く違う。『? 瞳が白くない……悪魔の女神様のご息女、ノルン様と同じ青い瞳? 


 あれ、おかしいな。中身が違う、魂や魔力が違う……この子はルーン・リプリケート様じゃない。この子はいったい誰!?』




 時の女神の娘ノルンは、白き炎を纏う姉に声をかけた。



《アメリアお姉ちゃん、おかえり。

 大丈夫? 嫌なことでもあったの?》



『ノルン……ごめんね……。』




 憤怒の魔女アメリア様はそう呟いて、目の前にいる12枚の白き翼をもつ天の神に触れようと右腕を伸ばした。空を貫く黄金の矢に気づいていない。



《ごめんね、お姉ちゃん。

 ゆっくり休んでね……。


 大丈夫、まだ殺さないから安心して。》




 ドッ! 別の星から放たれたそれは……青い雷を纏い、宙をかけた。


 創造主が創りし黄金の矢は、憤怒の魔女の右肩を貫いた。憤怒の白き炎でさえ、その矢を焼くことができていない。




 アメリア様は落ちていく。憤怒の魔女の時の魔術が消えて、聖母の街バレルは正常な時を取り戻した。



 12枚の白き翼をもつ、時の女神の娘ノルン―天の創造主は見下ろした。そこに、降り積もった雪が溶けてできた大きなため池がある。



 バレルの大穴、街の中にある大きな池……その池のふちに一人の女性が立っている。金色の髪と赤いリボン、彼女はミトラ枢機卿。



 聖母の代弁者は、砂の衣を纏う。彼女の周りに、砂がサラサラと流れていき、ミトラ枢機卿の目の前に、一つの極大魔晶石が浮かんでいる。



 極大魔晶石―星の核は、自らの意思で“岩石魔術”を行使していた。



 聖母フレイの姿はどこにもない。依り代の砂の星が砕かれて、星の核だけを残して……聖母のミトラは、右腕を横に伸ばす。



 聖母の星の核は砂を纏い、あるものへと形を変える。青く光る水晶が、直線状に横に伸びていき、それは一つの杖となった。



 聖母のミトラは、霧の七つの元徳の1つ―愛に手を伸ばした。天の創造主の魔力さえも利用して、その杖は昇華する。



 周囲に浮遊する金の羽衣。


 聖母の星の核を宿す黄金の杖。



 創造主の神具、“ガイア・イドゥンの杖”。



 聖母の星の核の輝きと、浮遊する金の羽衣は、見るものを惹きつけ……杖の保持者は、聖母の慈愛の心をもって人々を導くだろう。




 聖母のミトラは、慈愛の杖を持って見上げた。


 街の上空に、ミトラ司教が守ろうとしていた幼い少女がいた。青い瞳のノルンは、12枚の白き翼を羽ばたかせている。



 青い瞳の少女は、無邪気に微笑みながら言葉を紡いだ。



《しぶといね、聖母様は……。

 ミトラさんと同化してでも、まだ生き残りたいの?


 こうやって、繰り返しても……最後は終わる。

 もう終わりだよ。全部、私が終わらせてあげるよ。



 最初に戻したいのなら、今しかない。

 さあ、お母さん、時を逆転リバースさせたら?


 今、動かないと全てを失うよ……お母さん?》

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