時の間「堕落神―名も無き神は、魔王と共に暗躍する。」


 ここは、迷い星フィリス。聖母の街バレル……もう一回言うね? ここは地獄に落ちた迷い星フィリス。異界にある迷い星テラではない。



 私は堕落神、人の神ではない。私は魔物の神。我らの主―悪魔の女神様のように、私は名前を失った。


 私は名無し……他の魔物の神と比べたら、私はかなりいい神様だよ? 


 

 軍神イグニスは、暴れまわる灼熱の獣だし……巨神グレンデルは論外だ。あの馬鹿のせいで、かなりめんどくさいことになってしまった。


 私たちが表舞台に出なくてはいけなくなった。あの巨神バカはいつか殺す。



 聖母の街バレルの大穴―大きなため池付近に、人々が集まっている。住人たちは、聖母フレイに祈っている。人々を救済する神に……聖母は水の中にぷかぷかと浮かんでいて、眠り続けていた。




 聖母の依り代、砂の惑星は壊れるね。


 依代の星が消えて、聖母フレイは白い霧に喰われて消えることになる。そうなれば、迷い星フィリスも、主神―フィリスの白き太陽によって焼かれて滅びる。



 終末に相応しい、この星の主神によって滅びるのだから……でも、そうならないかな。ため池の縁にいる女性たちがそれを望んでいない。



 女神様のご息女、アメリア様ともう一人は聖母の代弁者、赤いリボンが似合うミトラ枢機卿……聖母の代弁者の周りに、小さな光の玉が浮かんでいる。この精霊はおかしい。私でも魔力を感知できなかった。



 光の精霊……私たち、不死なる者からすれば相容れない存在。あの白い光を見ていると気分が悪くなってきたので、アメリア様に視線を移す。



 憤怒の魔女様が、ミトラ枢機卿に促している。白い霧の愛に手を伸ばすことを……アメリア様に封魔の聖痕が刻まれていて、何かが封印されている。



『?……新しき女神様?』



 新しき女神―ルーン・リプリケート様と同じ魔力を感じた……新しき女神様が、アメリア様の体の中に封印されるはずがないのに。


 私は不思議に思ったけど、変な精霊の光が強くなったので、アメリア様からも視線を外した。



『あの白い光の精霊は……。

 霧の世界フォールに存在していない。

 


 アメリア様が、異界か、

 精霊の世界から呼んだのかな?』

 



 今、私はクマのぬいぐるみの中にいる。茶色のクマのぬいぐるみ。大きさは普通のサイズで30~40㎝くらい。表面の茶色の毛はふわふわしていて、触り心地はいい。



 これは招魂魔術。私はこの魔術が得意だ。生き残っている6柱の堕落神の中で、一番得意だという自信がある。


 私は動いていないので、普通のぬいぐるみにしか見えない。



 私を抱えている魔物の子。私の忠臣ちゅうしんについて話してあげる。この子は、私と同じ吸血鬼。体は痩せ型で、病人の様に体が白い。この子はめんどくさがり屋なので、私が言わないとメイクもしない。



 今は……私の指示で顔に血色感を漂わせるメイクをしていて、色白の手足もあるから、ナチュラルな色っぽさを演出できている。髪は桜色に染めているので、より可愛らしく見える。


 クマのぬいぐるみを持っているから、可愛らしい少女にしか見えない。周囲の男たちの視線が集まってくる。この子の性別はないけどね。



 元は男の子だったけど……吸血鬼になってから数千年経っている。もう、人の記憶も、人の体もない。吸血鬼の上位種にもなっていたから、日の光もまったく問題にならない。邪神フィリスの白き光で、滅びる吸血鬼も変だけどね。



 昼間、自由に行動できるからこそ、密偵の役目を果たすことができる。



 敢えて言う必要もないけど、この子は無性。自分の当てはまる性別はないと認識しているので、魂が揺れ動くことはない。無性だから、男の娘でもない。



 物静かで、着実に進めていく。この子は転移魔術が得意なので、密偵みっていに適任だ。私と一緒にいれば、魔力の心配もしなくていいし……。



 集まっている住人の中に、目当ての魔物が見えた。この子はゆっくり近づく。




『!? な、なんで、また来るのよ!

 ロベルト、どういうことよ!?』



「ミランダ、待ってくれ。

 本当に誤解なんだ。俺はなにもしてない!」



 目当ての魔物の近くにいる、冒険者の男女が喧嘩を始めた。黒髪の女性の圧勝に見えるけど……この仲のいい男女は、レイピアと大剣の使い手。ロベルトと呼ばれている男は、この子と会ったことがある。



 あ~、この子を部屋に招こうとしたやつか。


 あのチャラ男の近くにいる者を調べたくて、私の指示で泣き真似をしてもらったけど……鼻の下を伸ばしていなかったし、根は良い人かな。



 怒ったミランダがレイピアを構えた。このままだと、根の良い人―ロベルトが殺されてしまう。これ以上、ややこしくしたくないので、この子に声をかけてもらった。



 目当ての魔物―燃え滾る赤い瞳、チャラ男の若き魔王に。




『クルド、お久しぶりです。』




「お嬢さん、人魔協定の時以来ですね。

 俺はここで会いたくなかったですよ。

 

 なんで、ここいるんですか? 

 まあ、いつもの密偵だと思いますが……。」




 三大魔王の1人―炎鬼クルドの知り合い。


 若き魔王クルドが丁寧な言葉をつかっていることから、周囲に緊張が走った……そう、この子は私の大切な忠臣ちゅうしん。フィリスの知能のある魔物で、この子を知らない者はいないだろう。



『はい、密偵です。

 ここに来たのは、貴方に会うためです。』



「え~、まじっすか? 俺、モテモテっすね。

 いや~、困ったな。お嬢さん、ごめんね。



 俺、惚れてる女がいるんで……。

 ここから離れることはできないんですよ。


 人魔協定の時にも言いましたが、諦めて下さい。

 俺は、大陸に戻りませんよ?」




『そう言うと思いました。

 

 私から貴方に情報を渡します。

 それで、判断して下さい。

 

 狂王ばかが大陸を支配しました。』



「!?……それ、本気で言ってるんですか?

 何のために、貴方と名無し様が―。」




『大陸を捨てた貴方に非難されたくありません。

 私の姫を馬鹿にするのなら、殺しますよ?』



 可愛らしい少女から、似合わない冷たい言葉がとぶ。若き魔王を睨む、眼も冷たい……この子は、若き魔王を本気で殺そうと思っている。『かわいいな、この子は本当にかわいい。』



 燃え滾る赤い眼の魔王はおじけることなく、言葉を発していく。




「まあ、貴方は密偵ですし……。

 先頭に立つのは嫌なのは、知っていますが……。


 なんで、狂王はそんなことを?」




『知りませんよ、馬鹿だからでしょう?

 最悪なことに、堕落神の巨神ばかと手を組んでいます。』




「手を組む……それは信じませんね。

 巨神は眠っている。狂王が呼んでも応えない。」




 私は気づいた。近くで転移魔術が行使される……この子を大人しくさせておこう。



『若き魔王……私の姫の命令を伝えます。

 歯向かえば殺しますので、よく考えて下さい。



 姫の言葉をそのままお伝えします。


 すぐに大陸に戻れ、馬鹿……お前のせいで、

 アメリア様の妹様に危険が迫っている。

 大陸を捨てたお前のせいだから、お前が何とかしろ。


 姫のお言葉です。分かりましたか?』




「お嬢さん、拒否できないのなら、

 判断する意味ないと思いますが?


 まあ、別にいいですが……どうする、魔女さん?」




『妹の危険は気になるわね。』



 若き魔王が声をかけると、転移魔術が行使されて……燃え滾る赤い眼の魔女が、目の前に現れた。白い手足に銀色の髪、女神様のご息女であるアメリア様。


 私は、短い手足をぱたぱたと動かしながら挨拶をする。




『アメリア様、お会いできて、光栄です。

 私は……名も無き神。“名無し”とお呼び下さい。』




「!? クマが喋った!?

 しかも、動いてるし……。」



 今の声は黒髪の女性の声。冒険者のミランダの後ろで、根の良い人―ロベルトが倒れている。血は出ていないから死んではいない。



 周りの人たちが勢いよく離れていく。霧の人形の近くにはいたくないのと……茶色のクマのぬいぐるみが喋って、動いているので怖くなったみたい。


 私は可愛い忠臣ちゅうしんに抱きかかえられながら、ぺこっと頭を下げた。憤怒の魔女アメリア様が、私たちに声をかけてくれた。



『堕落神、名無し……じゃあ、その子も吸血鬼?』



『はい、そうです。この子は人魔協定の時に、

 表舞台には出ているのですが……。


 引っ込み思案で、よく忘れられてしまうんですよ。

 アメリア様に、ご挨拶を……。』



 私が促すと、この子もぺこっと頭を下げた。にこっと笑顔で名乗っていく。


 私たち、“不死なる者”は悪魔の女神様の忠実なる僕。私が尊敬する女神様のご息女だから……この子は、とても可愛らしく微笑んでいる。




『初めまして、アメリア様。

 私は三大魔王の1人―幽鬼ゆうきシャノンです。


 以後お見知りおきを……。』




 さて、これからアメリア様にお話しないといけない。


 迷い星テラで起こる戦乱を……新しき女神、ルーン・リプリケート様の転移魔術によって、魔物の大陸は迷い星テラに存在している。



 最後の三大魔王―狂王が、巨神グレンデルの星の核を使って、迷い星テラを奪おうとしているのだ。



 迷い星フィリスでも同じことが起こりそうね。聖母フレイとミトラ枢機卿は、邪神フィリスから星を奪えるかな?



 第二次天上戦争……それは、堕落神や霧の人形による星の奪い合い。最後に生き残った者が、依り代の星を手にする。



 さあ、どうなるかな? 迷い星テラとフィリスは、まだまだ彷徨い続けそうね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る