第65話『青のお嬢様ノルンは、白き人形に課せられた役目を知る①』


 私は白い瞳のルーン。銀色の髪に白い手足。何もかも凍える白い瞳で……私の隣に座っている、もう一人の私を見た。



 青のお嬢様、白い人形のノルンは、泣き疲れて座り込んでいて……。『ノルン、かわいそうに……青い瞳の少女、あの子はいったい誰? ノルンが二人……。』



 テラ・システム―ノルニル。私と白い人形のノルンは、システム―ノルニルによって深く結びつく。


 テラの大樹が、私たちを支えてくれているお陰で、私たちの魂は安定しているけど……強欲の魔女の捕食。



 私は、ノルンの魂を食べてしまった……私とノルンの同化が進行してしまっている。何とかして、同化の進行を遅らせないといけない。



 ※テラの大樹、テラ・システム。

 希望の聖痕(90) → ノルンの希望(50)、↓減少。

 強欲の烙印(10) → ルーンの強欲(50)、↑増加。




 システム―ノルニルによって、魂の同化と離脱が可能となっている。


 このシステムは、悪魔の女神が譲渡した、女神の魅了から創られていて……白い人形のノルンは一人が嫌なので、白い瞳のルーンを常に引き寄せている。




 白い瞳のルーンの白い糸と、青い瞳のノルンの青い糸。


 ノルンの魂から魔法の青い糸が創られて、ルーンの魂にくっ付く。ルーンの魂からも、魔法の白い糸が創られて、ノルンの魂にくっ付く。



 この魔法の糸を使って引き寄せることになるけど……終焉のsevendays―始まりの時。ノルンとルーンが惑星オーファンにいた時は、ノルンは魔力を制御できず、二つの魔法の糸―白い糸と青い糸はこんがらがっていた。






 不幸中の幸いかな。


 私とノルンの同化が進行して、魔法の糸のことで気づけたことがある。



 今は、魔法の糸が解けてきて、結び目が残って……私たちの白い糸と青い糸が、強く結ばれていることが分かる。



 それに、同化が進行して気づけたこと……それはノルンの青い糸が一本ではなく、二本あること。



 白い人形のノルンの魂からは、一本の青い糸しか創られていないのに……それなのに、ノルンの青い糸がもう一本ある。



 誰かの魂から、ノルンの青い糸が創られていた。『?……お母さんが創っているの? でも、お母さんの魂から創られているのなら、私と同じ白い糸になりそう。私は悪魔の女神の分体で……私の糸は、白い糸に識別されているから。』




 私の白い糸に、二つの青い糸が結ばれていて、二つの結び目がある。『?……なんで、青い糸が二本あるの? ノルンが二人いるってこと?……お母さん、あの子はだれ? ノルンと話をしていた、青い瞳の少女は誰なの?


 お母さん、分からないよ。まだ何かあるの?……教えてよ。教えてくれなかったら、ノルンを守ることもできないよ……。』




 私は目を瞑って、考えるのをやめた。


 明確な答えを求めて、考えすぎるのも良くない。深呼吸をしてから、私は中庭を眺めて……それから驚きすぎて、声を出してしまった。




『!?……お母さん!?』




『? ルーン、どうしたの?』




『え?……ごめん、ノルン。

 ちょっと寂しくなって……。


 それで、呟いてしまったみたい。』




『ルーン、寂しいね。

 お母さん、どこに行ったのかな?』




 白い人形のノルンは、私を見ていたけど、すぐに下を向いてしまった。


 私は嘘をついた。ノルンに本当のことを話したいけど……私の目の前にいるお母さんが首を横に振っている。ノルンに教えては駄目みたい。



 銀色の長い髪に、全てが凍える白い瞳。美しい女神が、私の目の前に……優しいお母さんが中庭にいた。



 でも、ノルンは気づいていない。『?……偽物? 私は、システム―ノルニルの影響を受けて……!? あれ、白い糸がもう一本増えてる!? 


 私の魂から創られているのは、一本だけなのに……目の前にいる優しいお母さんの魂から?』




 私の魔法の白い糸に、二つの青い糸が結びついている。それに加えて、別の白い糸が、私の白い糸に結び目をつくった。



 システム―ノルニルは、私に膨大な知識を示す。私の眼の前にいるお母さんは、女神の影ノルフェ。悪魔の女神の極界魔術―知恵の聖痕であることを……。



 優しいお母さん、女神の影ノルフェが教えてくれる。私の役目……再生の聖痕が為すべきことを。青のお嬢様、二人のノルン……私が知りたいことを教えてくれる。




 私は、優しいお母さんの言葉に耳を傾けながら……。


 私たちが座っている、若葉色に光る透明な根は温かい。手を置いてみると、温かさが伝わってきて、少し安心した。私は、落ち込んでいる白い人形のノルンの左手をやさしく握った。



 ノルンも握り返してくれて……私の横に座っているノルンは、遠くで鳴っている鐘の音だけを聞いていた。




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 ゴォーン、ゴォーン……遠くで鐘が鳴り続けている。



 私は、大樹の城の中庭で鐘の音を聞いた。テラの大樹の透明な根に座って、泣き疲れて、顔を伏せている。



 鐘の音しか聞こえない。城の中庭はとても静かだった。



 私は白い人形のノルン。海の様に透き通る青い瞳に、白い手足と銀色の髪……私は、自分自身を否定しようとした。



 お母さんに止められて、完全に自分を否定できずに……中途半端な状態になってしまった。今の私は、天使や悪魔になれない半端者。



 何もできない青のお嬢様に戻ってしまった。



 腰から生えていた白い霧の翼はない。今の私は、6番目の霧の人形―希望の魔女でもない。千人分の人の魂を食べて、希望の魔女になったのに……。



 今の私は、青のお嬢様ノルン。誰かの助けがないと生きていけない、とてもか弱い。また、弱くなってしまった……。



 白い霧に覆われた街の通りから、大樹の城の中庭に戻ってきて……私はお母さんに謝りたかった。でも、優しいお母さんは中庭にいない。『私は何をしてるの? フィリスを否定しようとして、お母さんに止められて……。



 お母さんを怒らせてしまった。言うことを聞かないから、私のことを嫌って……お母さん、ごめんなさい。



 ちゃんと言うこと聞くから、帰ってきてよ……お願い、お母さん。』





 優しいお母さんが、中庭からいなくなってしまった。


 

 困った時に手を差し伸べてくれるお母さんが、どこかに行ってしまった。今まで、中庭で待ってくれていたのに……嫌だよ、お母さん。





『ノルン、大丈夫?』



『うん、ルーン、ありがとう。』




 私の隣に、私と同じ姿をした少女が座っている。



 彼女は白い瞳のルーン。私より、身長が少し高かったけど……私が青のお嬢様に戻ってしまうと、なぜか、ルーンの身長も縮んでしまった。



 ルーンの説明では、私とルーンの同化が進行しているためだって……。『?……ルーン、どうしたの?……何か、見えるの?』



 私は不思議に思った。白い瞳のルーンが、中庭を見ている。でも、誰もいない。ルーンの瞳が動いているから、何か動いているものに視線を合わせている。




 私はもう一度、中庭を見た。



 やっぱり、誰もいなかった。





 ゴォーン、ゴォーン……遠くで鐘が鳴っている。



 誰かが、中庭に入ってきた。下を向いているから、誰か分からない。近づいてきた女性の服装、青と白のメイド服が目に入って、私は顔を上げる。




「ノルン様、ルーン様、準備が整いました。

 一緒に行きましょう。」



 栗色の髪に、白い犬の耳と尻尾……獣人のフィナ。以前と比べて、体が少し小さくなっている。フリルエプロンが、とても似合っていてかわいい。



 フィナは元悪魔のメイドとして、大樹の城の客室や図書室などを、きれいに掃除するつもりだったみたい。フィナは幾つもの困難を乗り越えて、自分の役目を果たそうと頑張っている。



 それなのに、私はいつも泣いてばかり。『私は弱くなって……誰かに助けてもらわないと生きていけない……やっぱり、私はこの城から出るべきじゃなかったのかも。


 私を嫌っていた、白い霧の幽霊が正しいのなら……私は、この城でずっと過ごさないといけない。それが、私のするべきことかも……もう、分からないよ。』

 


 

「水の都ラス・フェルトの住人たちは、

 テラの大樹を、聖フェルフェスティの加護だと信じています。



 迷い星テラの中に、無事に転移できた様ですし……。

 避難場所として、とても重要な都です。

 

 ノルン様、ルーン様、さあ行きましょう。」




『フィナ……私、分からないの。

 私が城から出てから、悪いことしか起こってない気がするの。

 

 私は、この城から出るべきじゃなかったのかなって思って……。

 ほら、白い霧の幽霊が、私に城から出るなって……。』




 ノルンが言っている白い霧の幽霊は、女神の影アシエルのこと。


 白い人形のノルンと獣人のフィナは……アシエルが、悪魔の女神の知恵の聖痕であることを知らない。



 悪魔の女神は、アシエルを影に選んだ。狡猾で凶暴な白い霧の幽霊は、自分の娘を傷つける可能性があったのに、それでもアシエルを自分の影にした。



 悪魔の女神も、天の創造主の様に未来を見ている。愛しい娘、ノルンを助ける為に、悪魔の女神は手を打った。



 なら、女神の影アシエルの本来の役目はなに? 悪魔の女神は、アシエルに何を望んだの? もし、女神の影アシエルが、自分の願いではなく、悪魔の女神の願いを叶えようしていれば……時を支配しようとして暴走しなければ、悪魔の女神の願いは叶っていただろう。


 狡猾で凶暴な白い霧の幽霊―アシエルは、愛しい娘ノルンも傷つける。女神の娘に対して、悪魔の様に振る舞うことができるから……。



 でも、もうそうはならない。女神の影アシエルは、憤怒の魔女アメリアの体の中に封印されてしまった。悪魔の女神の計画は、少しずつ狂い始めている。




 メイドのフィナは、私の隣に座った。私はフィナとルーンの間に座っていて……フィナが優しく話しかけてくれる。




「ノルン様、そんなことはありません。


 目や口のない幽霊女、気持ち悪いフィリスが、

 アシエルと呼んでいたと思いますが……。



 むかつく幽霊女は、主様しゅさまではありません。

 ただのむかつく幽霊です。



 アシエルは消えました。今は、霧の中にもいません。

 あんな奴が言ったことなんて、忘れてしまえばいいんです。


 私は、もう殆ど覚えてないですよ?」




『うん、そうだけど……私は、皆を不幸にして―。』




「ノルン様は、誰も不幸にしていませんよ。

 私は、ノルン様と一緒にいられて幸せです。


 ノルン様は、この城から出たくないんですか?」




『城から出たいよ……私にだってできることがあったから。』




「なら、一緒に行きましょう。

 私と一緒に、この城から出ましょう。

 


 今度はお城から出て、別の街まで行きますよ?


 ただ眺めるだけではありません。色んな人や魔物に会って、

 面白いものや綺麗なものに触って……いっぱい楽しむんです。



 私は、ノルン様と一緒に行きたいです。

 ノルン様は、私と一緒は嫌ですか?」




『えっ!? 嫌じゃないよ。

 フィナも一緒にいて欲しい。』




 私が呟くと、獣人のフィナは立ち上がって、私とルーンの手を掴んだ。引っ張って、私たちを立ち上がらせると、中庭の出口へ……城の城門へ向かって、どんどん歩いていく。



「ノルン様、ルーン様、手を離さないでくださいね?

 では、行きましょう!」




 私は嫌がらずに、フィナに付いていく。本当は、すぐにこの城から出たい。色んな場所に行って、楽しく過ごしたい……私は、フィナに甘えているのだ。



 私はまだ幼い。何もできない青のお嬢様に戻ってしまったし……子供だから、甘えてもいいでしょう? 



 私はフィナの左手をしっかり握った。柔らかくて、温かい手……お母さんの手の様でとても安心した。今は、この手を絶対に離したくない。




「城の外で、色んな体験をしましょう。

 主様しゅさまも、きっとそのことを望んでおられます。」



 私は、中庭の奥を見た。優しい母がいた場所を……この場所から、母が私を転移させた。私の物語はここから始まった。ここが、私の始まりの場所。



 でも、もう優しいお母さんはいない。



 中庭から出ていく時、私は小さな声で呟いた。ルーンやフィナにも聞こえない程の小さな声で……。



 

『お母さん、ごめん。

 言うことを聞かくなくてごめんね。

 

 お母さん……行ってきます。』


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