時の間「全知全能なる天の神は、剣を呼ぶ。創造主の最強の剣―時の断絶。」


 全知全能なる天の神と悪魔の女神。



 もし、互いに策なしで、天の創造主と悪魔の女神が戦った場合、ワンサイドゲームになって、すぐに終わってしまう。



 全知全能なる天の神の圧勝、創造主が強すぎるのだ。




 強すぎるからこそ、全てのものに興味を失い……新たな可能性を生む、自分の死だけに執着してしまった。



 12枚の白き翼をもつ、全知全能なる天の神が呟いた。




《お母さん、ごめんね。

 本当にごめん……。》




 天の創造主は、時の女神の娘を使って、計画を遂行……時の女神の娘、天国のノルンは、創造主の剣を呼んだ。



 創造主の最強の剣―時の断絶セイバー。全知全能なる天の神の時の魔術は、全てを断ち切る刃となり、時さえも断絶する。




 白い人形のウルズ―女神の影ノルフェは、諦めずに手を伸ばし続けた。でも、愛する娘ノルンは、手を握ってくれない。




 愛する娘ノルンは、母に答えた。



 最悪の方法で……白い人形―女神の影ノルフェも、未来を見て気づいた。愛しいノルンへの説得は失敗する。



 やっぱり、時の女神の娘、天国のノルンの説得は難しい。白い霧の翼をもつ人形を操って……女神の影ノルフェは、機会を窺った。



 望む未来を勝ち取る為に、時を逆転リバースさせる瞬間を……。




『ノルン、お願い……。

 お願いだから、私の手を握って……。』




------------------------------------------------------――――――――――---------




 大樹の街エラン・グランデの広場。



 私はフェル・リィリア。白い瞳のウルズ様と、12枚の白き翼をもつノルン様の話し合いを、ただ傍観することしかできなかった。




 元徳の節制の保持者、フェル・リィリアは勘違いしている。



 12枚の白き翼をもつ天の神を、白い人形のノルンだと……それに、白い瞳の人形が、女神の影ノルフェであることに気づけていない。



 白い人形のウルズの瞳は、魂を惑わす紫の瞳ではなく、全てが凍える白い瞳になっている。瞳の色が違うだけで、人形の声はウルズの声だった。



 もし、フェルが、女神の影ノルフェのことを知っていても、白い人形のウルズと女神の影ノルフェを識別することはできなかっただろう。



 悪魔の子フェルは、目の前にいる白い人形のことを、ウルズだと思っているので、もっと人形の傍に寄りたい……でも、緊迫した空気に包まれているから、人形に近づくことができなかった。



 フェルは地獄で亡くなって、憤怒の魔女アメリアによって、霧の悪魔に……人から悪魔への変貌。これから、白い霧がフェルを助ける。



 だけど、自らの力を自覚できていないフェルは、自分のするべきことが分かっていなかった。




 私、フェルはただ傍観している。



 白い瞳のウルズ様が、泣きながら手を差し伸べている。ウルズ様の白い手は、12枚の白き翼をもつノルン様に向けられていた。



 全知全能なる天の神が、また呟いた。




《お母さん、これが……私の答えだよ。》





「!?……えっ?」




 私の口から、気の抜けた声がでてしまった。



 金色の髪に青い瞳。水の都ラス・フェルトの民族衣装を着ている。緑色の帯に、ふわふわとした白いスカート。


 かわいいから気に入っていたのに……白いスカートに、赤い血がついた。



 私は恐る恐る、周りを見てみる。みんな倒れて、誰も動かない。エラン・グランデの広場に集まっていた、猫の獣人たちが倒れている。




 みんな、ばらばらになっていた。



 手や足、胴体……玩具の人形の様に、体の各部位が外れてしまっている。街の広場は、ばらばらの死体と血の海。



 倒れている猫の獣人は助かりそうにない。だって、体が綺麗に切断されているから……大樹の広場がぐらぐらと揺れ始めた。広場にも亀裂が入っている。



 広場だけじゃない、一際大きな木、エラン・グランデの幹にも……。



 私の目の前にいる、白い瞳のウルズ様が叫んでいる。街の広場は崩れそうになっているけど、ウルズ様の漆黒の鎖が広場を支えてくれていた。



 漆黒の鎖が、獣人の死体に巻きついていく。ばらばらになった獣人の亡骸が、下に落ちない様に……私は泣きながら見上げた。



 水の都ラス・フェルトを救おうとしてくれた、青い瞳のノルン様が浮かんでいた。白いローブを着て、金細工も身に着けていて……美しい12枚の白き翼。



 それに加えて、光の輪っか。ノルン様は、光の輪の中にいた。複数の輪はぶつかることなく、調和して回転している。



 美しい光の輪と12枚の白き翼。



 ノルン様の全てが美しい。きっと、皆が崇拝したはず……なのに、ノルン様の光の輪は、猫の獣人たちを殺した。皆をばらばらにしてしまった。


 

 全知全能なる天の神が、両手を横に振る。



 それが合図となって、複数の光の輪が一気に大きくなり、全てを切断していく。街の広場も、猫の獣人たちが建てた小屋も、エラン・グランデの大樹も。



 そして、街を囲ってくれていたウルズ様の漆黒の鎖も……全部、ノルン様によって斬られていく。広場が崩れて、私も下に……。



 私は下に落ちる前に、大きな声で叫んだ。




「!?……ノルン様―! 

 どうして、こんなことを―!?」




 青い瞳のノルン様は、私の問いに答えてくれた。



 冷たい表情で、冷たい瞳のまま……私たちは、存在する価値もない。埃をはらう感覚なのかもしれない。埃を捨てて、悲しむ者はいない。



 だから、きっと分からないのだ。私の言葉の意味……人や獣人の思いを理解してくれない。きっと、理解する価値もないのかな。



 気に病むことはない……それぐらい、ノルン様の声は本当に穏やかだった。

 



《? フェル、私は答えただけだよ?

 お母さんの問いに対して……。


 なにか、おかしいことでもあった?》





 街の広場が砕けて落下する。エラン・グランデの幹も、ノルン様によって切断されて崩れていった。



 私には信じられなかった。青い瞳の天使様が、こんなことをされるなんて……ノルン様は、水の都ラス・フェルトを救おうとしてくれたのに。




「ノルン様……どうして……。」




 私は落下した。20mぐらい落ちるから、転落死してしまう。奇跡的に即死しなくても、落ちてくる幹や小屋の残骸で圧死してしまうだろう。




 私はただ泣きながら落ちた。


 すると、私の腕を掴んでくれる獣人がいた。右腕を掴まれて、右肩に衝撃が走る。かなり痛いので、たぶん肩がはずれてしまったかも……私は痛みでなにも話せない。



 金色の髪の獣人は、私をお姫様抱っこして運んでくれる。



 青い雷が、バチッと爆ぜた!



 獣人の少年の体は大きくない。私と同じくらいの身長なのに……私を掴む手は、とても力強かった。


 でも、彼に掴まれていると、体が痺れてきた。




「フェル、大丈夫か?

 とりあえず、安全な所に運ぶぞ!」




 彼は、青い雷を纏う、雷撃の獣人ラル。


 元徳の勇気の保持者、ラル・トールは、広場があった場所から少し離れた所に……まだ傷ついていない根っこまで私を運ぶと、ラルはすぐに、大きく跳躍した。




 白い霧が、私の傍に現れ始める。


 霧の元徳の節制が、私を守ろうとしている様で……元徳の節制は、私に囁くかな? 私の役目。私の為すべきことを。




 白い霧は、私に教えてくれた。今の状況を……とても悲惨。大樹の街エラン・グランデはなくなってしまった。



 青い瞳のノルン様によって、すべて切断された。



 エラン・グランデの破損した幹は、自分の重みを支えきれなくなり、完全に倒れてしまうだろう。私たちに残されている時間は殆どない。



 どうにかして、ノルン様を止めないと、みんな死んでしまう。





「!? ラル……まって……。」



 

 私が、右肩の痛みに耐えて、なんとか声を絞り出しても……もう、彼の耳には届かない。エラン・グランデの幹が崩壊する中、雷鳴が轟く。



 雷撃の獣人は青い雷となって、落下してくる幹の残骸をかわしていく。何度も、方向転換しながら突き進む。



 そして、落ちてきた小屋の残骸もよけて……12枚の白き翼と無数の光の輪っかをもつ、青い瞳のノルン様に肉薄した。




「なっ!?……嘘だろ!?」




 雷撃の獣人ラルはとても怖くなった。


 今、無数の残骸が落ちてきている。高速で跳躍して、残骸の後ろに隠れて……姿を隠すことができたはずなのに。



 ノルン様の青い瞳が、ラルを捉える。


 青い雷を纏うラルが、ノルン様の背後から迫ろうと、無数の残骸を飛び越える前から……ラルが動き出す前から、見つけられていたみたい。



 雷撃の獣人が、何度も方向転換を繰り返したり、落下してくる残骸の背後に身をひそめたり……どうにかして、ノルン様の死角に入ろうとした。


 

 でも、残念なことに、ノルン様には死角はないみたい。12枚の白き翼をもつ天の神は、ラルを絶対に見逃さなかった。




 私は不思議に思った。ラルは青い雷となって突き進んでいる。私には速すぎて、青い光しか見えなかった。


 今も、白い霧が私に教えてくれなかったら、なにも分からない。「ノルン様は、未来が見えるの? ラルがあそこにくることが、前から分かっているみたい……ノルン様、どうして……こんなことを……。」





「くそ……くそがぁあああああああ―!」



 雷撃の獣人ラルは、雄たけびをあげながら踏み込んだ。体内に宿った雷の精霊の力で、大きく跳躍する!



 白い霧が彼に囁いている。これが彼の為すべきことだと……どんなに無謀で、無茶なことであっても、為すべきことを為そうとする。


 それが、元徳の勇気に選ばれたものの定め。




 雷撃の獣人は青い雷となって突き進んだ……ラルの小型の剣が、全知全能なる天の神に迫った!



 青い瞳のノルン様が呟く。私には、距離があるから聞こえなかったけど、白い霧が教えてくれた。全知全能なる天の神の言葉を……。




《我は全知全能なる天の神なり。

 時よ、我に従え。


 生きとし生けるものは、時によって断絶される。

 時よ、断ち切れ―時の断絶セイバー。》




 ノルン様の光の輪が、全てをばらばらに断ち切っていく。



 私は、大樹の崩壊の音を聞きながら……確かに聞いた。聞き間違いじゃない、間違いなくウルズ様の声だった。




《何で、こんなことになっているの?

 もう、めんどくさいな~。



 とりあえず、フィリスは絶対に殺す。

 どんな手を使っても殺すよ~。》




 私は、右肩を手で押さえながら、苔が生えている根っこの上に座り込んでいた。


 さっき、ウルズ様とノルン様の会話の中に、フィリス様の御名前がでてきて……白い瞳のウルズ様は、フィリス様が悪いって言っていた。「フィリス様が悪い?……それにノルン様が、ウルズ様のことをお母さんって呼んでいたけど?」




「もう……訳が分からないよ。

 白い霧、私は……どうしたらいいの?」




 離れた所で、青い光が高速で移動している。元徳の勇気に選ばれたラルが、役目を果たそうとしている。全知全能なる天の神を相手に……。


 私は右肩の痛みに耐えながら、白い霧に聞いた。




「白い霧、教えてよ。私も……。

 ラルの様に……頑張りたい。


 私は、元徳の……節制に選ばれた。

 私の役目はなに?……教えてよ、お願い。」




 白い霧が私に伝えた。上から何か降ってくる……きらきらと光るもの、青く光る歯車。ウルズ様の漆黒の鎖についていた歯車が落ちてきた。


 カチカチと時を刻んでいた透明な歯車が、ぴたっとくっ付く。




「えっ!?……なに、これ?」



 私の右肩に、透明な歯車がくっ付いている。不思議なことに、触ってもいないのに、歯車がゆっくり回転した。



 ウルズ様の漆黒の鎖から離れても、まだ時を刻もうとしている。「?……壊れても、まだ動いてる。私も……まだ頑張れる……私だって……。」


 

 落ちてきた大小様々な時の歯車が、いろんなものにくっ付く。ばらばらになった獣人の遺体や壊れた小屋、エラン・グランデの破損した幹にもくっ付く。




 私の右肩にも、別の時の歯車がくっ付いて……右肩に、小さな歯車が3個くっ付いた。透明な歯車は噛み合ったり、外れたりして、カチカチと音が鳴り始める。



 これは、ウルズ様の力。時の音が鳴ると……不思議なことに、右の腕や肩を動かしても痛くない。




「!? ウルズ様……私、頑張ります!」




 私は立ち上がって、見上げた。とても奇妙な光景が、目の前に……。



 全知全能なる天の神が、光の輪っかで全てを断ち切っていく。全てがばらばらになって、落下していくけど……ウルズ様の時の歯車が、壊れたものにくっ付いていく。



 カチカチと時の音が鳴ると、落下していた色んな残骸が空中で止まった……いや違う。よく見ると、少しずつ動いている。



 物体を停止させているわけじゃない。もしかしたら、ウルズ様の時の歯車は、壊れたものを治そうとしているのかも。



 私の右肩を治した様に……今は全く痛くない。小さな歯車がくっ付いているのが気になるけど。



 壊れた小屋や破損した幹の一部、色んな残骸を……本来あった場所に戻そうとしている様だった。




 白い霧が、私に伝えた。ウルズ様の声がまた聞こえる。ノルン様と話し合っていた時の声……とても優しい声で呟いていく。




『我は、女神の影……影は女神の時を奪わない。

 

 我は時を逆転させる。

 我は望まぬ未来を否定する。


 我は女神の影……時よ、我と共に歩め。』





 白い霧が、私の役目を教えてくれる。元徳の節制……節制の聖痕が、私に何かを示そうとしている。




 ゴォーン、ゴォーン……。



 何か聞こえてきた。この音は……間違いない。聞いたことがある。いつも聞いていたから、小さな違いにも気づけた。



 この音は……そう鐘の音。教会の鐘の音。



 私の故郷、水の都ラス・フェルトでいつも響いていた音。聖フェルフェスティ教会の尖塔にある鐘……教会の鐘が、確かに鳴っていた。




------------------------------------------------------―――――-----------------------




 ゴォーン、ゴォーン……。



 ここは、迷い星フィリス。地獄の中層―星々の灰まで落ちた星の中にも……白い霧は、水の都ラス・フェルトの鐘の音を届ける。



 迷い星の中、聖フィリス大陸にある、聖神フィリスの聖域に円形の街があった。



 この街は、聖母の街バレル。



 円形の城壁は、外側に少し傾いているけど、まだ倒れていない。盛り上がった土砂が、城壁を外側からしっかり支えている。



 降り積もった雪の重みにも耐えた城壁……倒壊していない民家や教会はまだ残っている。聖母の街バレルは、本当にしぶとい。



 この街で生き残っている人たちは、外に出て……空を見上げている。聖母の街の住人たちは、真上から降ってくる光の柱を憎み、盾となってくれている茶色の星を崇拝した。



 宙から襲ってくる光の柱は、聖神フィリスの極星魔術―白き太陽。



 迷い星フィリスの盾は、聖母の依り代の砂の惑星……聖母フレイの極星魔術―重力の門によって、地獄に落ちた星々は助かっていた。


 地獄の下層―灼熱の海まで落ちれば、星々は砕けて消えるだろう。




 迷い星フィリスを救っている、砂の惑星フレイは既に半壊している。


 このままだと、聖神フィリスの光の柱によって、砂の星は破壊されて、聖母フレイは白い霧に喰われることになる。




『フレイも、フィリスを殺すまでは消えたくない。

 悪魔らしく、聖母の代弁者に囁いてみようかな。


 それにしても、この馬鹿共は……。』




 バレルの円形の城壁の上に、黒いローブを着た女性がいた。黒い布を纏っているので、顔を見ることはできない。



 ゴォーン、ゴォーン……。



 白い霧が、鐘の音を届けてきた。この街、バレルの鐘の音ではない。わざわざ、霧が届けているから、何か意味があると思うけど……。



 私は赤き魔女アメリア。



 燃え滾る赤い瞳で城壁の外を見下ろした。




 円形の城壁から、聖母の街バレルの外が良く見える。黒と赤……無数の黒いものが蠢いていた。人型の黒いものが死ぬと、腐って赤い霧に変わる。



 赤い瞳の地獄の悪魔バグが……“魂を盗む、ただれた亡者”が、地獄に落ちた迷い星フィリスも襲っている。



 赤い眼に恐怖を抱いた人間から、私も……きっと悪魔だと思われるだろう。知性のないこいつらと一緒にされたくない。




『悪魔の大厄災を起こして、霧の悪魔で、

 知性のない悪魔共を殺そうかしら……。



 でもまずは、フレイね。



 ミトラは、元徳の愛に手を伸ばす。

 それが、彼女の役目……為すべきことよ。』




 白い手足に銀色の髪。燃え滾る赤い瞳をもつ霧の人形。それが私だ。悪魔の女神の娘として、役目を果たす。


 悪魔の女神や長女のウルズに代わって、愚か者に罰を与える。迷い星の主神を罰しよう。愚かな神フィリスを……。

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