第3章の終わり~悪魔の大厄災。白い人形は、終末を告げる鐘を鳴らす。

第62話『白き人形―女神の影ノルフェは、悪魔の子フェル・リィリアと対面する。』


 私は、女神の影ノルフェ。


 女神の知恵の聖痕によって創られた、新しき女神の影……ウルズは私のことを、時の女神の名前で呼んでくれた。



 私は、悪魔の女神の影だったアシエルの様にはなりたくない。



 私は、時の女神の影になろう。娘たちの優しい母に……そうなれたらいいな。私の娘たち、ウルズやアメリア、エレナにヘルとヴァル。皆が好き。



 でも残念なことに、私はあの子を一番大切にしてしまう……本当に、私はあの子しか愛せない。



 愛しいノルンだけを……。



 それでも、私は役目を……女神の影アシエルが放棄した、影の本来の役目を果たす。正気を失った悪魔の女神に代わって、娘たちを見守り、娘たちに手を差し伸べる。



 そう、私は愛しいノルンを助ける。



 例え、あの子が無邪気に世界を壊して、生きとし生けるものが、あの子を否定しても……私はそんなこと認めない。あの子を絶対に否定しない。



 母親が我が子を守らなくてどうするの?



 私は、どんな手を使っても……自分を犠牲にしても、人形を犠牲にしても、愛しいノルンを守るのだ。



 愛しい娘が、時から解放されて幸せに生きること、白い人形のノルンの様に、悪魔の女神の願いも変わっていない。




 

 白い霧が、私に白い人形のウルズの過去を見せてくれた。



 これは、少し前の出来事……地獄に落ちた獣人の星に、宙から聖神フィリスの光の柱が迫った。聖神フィリスの極星魔術―“白き太陽”。



 白い人形は、極界魔術を行使した。



 ウルズの極界魔術―傲慢の烙印によって、光の柱が獣人の星に直撃する瞬間……光の柱は、二つに枝分かれした。獣人の星に当たっているけど、白い人形の真下にある深い森にはあたっていない。



 二つに枝分かれした光は、そのまま星の外へ……宇宙の闇の中へ消えていった。




 遠くに、聖神フィリスの光の柱がある。創造主の魔力によって輝き続ける。




 獣人の星の空……上空から、一匹の白い鳥が落ちてきた。ウルズは、真下にあった猫の獣人の街を救って、気絶して落下していく。



 一際大きな木へ、大樹の街エラン・グランデへ。




 若葉色の光が、燃えている白い人形を包み込んだ。



 若葉色の光―テラの大樹は、透明な根を重ねて、大樹の繭を作った。透明な丸い繭は、大きな枝にぶつかりながら……大樹の幹や枝の上にある小さな小屋。その屋根の上を転がりながら、どんどん下へ。




 大樹の丸い繭が止まった。



 猫の獣人の街の広場に、大樹の繭が落ちてきて……テラの大樹は、この広場に根をおろす。透明な幹や枝を伸ばして、3m程の小さな木になると、猫の獣人たちが集まってきた。



 神秘的な木に、皆が近づいてくる。


 小さな木の幹の部分だけ、青く光る水晶に変わっている。幹の中に、なにがあるのか分からない……テラの大樹は傷ついた人形を、自分の幹の中に隠した。




 猫の獣人たちは、神秘的な木―珍しい精霊を歓迎した。



 宇宙から、聖神フィリスの白き太陽―光の柱が襲う……この絶望的な状況の中で、奇跡が起こった。巨大な光が二つに枝分かれして、星の外へ消えた。




 猫の獣人たちは……自分たちはまだ生きている。



 猫の獣人たちは驚き、そして見上げて気づいた。上空から落ちてくる白い鳥を、白い鳥が若葉色の光に包まれるのを……。




 猫の獣人たちは喜び、語り合った。



 大樹の街を救った白い鳥のことを、白い鳥が美しい若木になったことを……この珍しい精霊の噂は、すぐに街中に広まった。



 猫の獣人の街エラン・グランデは、獣人の星で唯一のオアシス。この街は、多種多様な精霊によって守られている。



 エラン・グランデの大樹の根の上には、赤い眼の地獄の悪魔バグはいない。悪魔バグの有毒な真っ赤な沼もなかった。



 猫の獣人たちは感謝を述べて、神秘的な木―珍しい精霊に祈った。これ以上、不幸なことが起こりません様に……。





 猫の獣人たちの祈りは天国に届かず、不幸なことは続く。白い霧が、私……女神の影ノルフェに伝えた。



 大樹の街エラン・グランデに避難している、元徳の節制と勇気……節制の保持者フェル・リィリアと、勇気の保持者ラル・トールのことを。



 猫の獣人の少年ラルは、フェルと同じ身長で、同じ金色の髪。猫の獣人は体が大きくなく……人と比べても、少年の体は細い。



 この星で生き抜くために、ラルは体内に雷の精霊を宿した。



 今、雷撃の獣人は街の広場にいない。街の入り口付近、エラン・グランデの根に集まっている、赤い眼の地獄の悪魔バグを窺っている。




 節制の保持者フェルは、白い人形のウルズのすぐ近くにいた。フェルも目を瞑って、これまでの出来事を思い出している様だ。




 皆さん、私……フェルです。



 私のことを覚えてくれていますか? 異界にある惑星ラスの水の都ラス・フェルトに住んでいました。金色の髪と青い瞳は……明るい印象を与えてくれるから、気にいっています。



 水の都ラス・フェルトから、地獄に落とされました。





 地獄の中層―星々の灰を彷徨って、地獄の悪魔バグに追いかけられて、やっと、安全な場所に辿り着いた。



 地獄の中層―星々の灰に浮かぶ、獣人の星の中で……ここは最も安全な場所、大樹の街エラン・グランデ。



 猫の獣人たちは、大樹の幹や枝の上に小さな小屋を建てている。この街は安全だと思いたい。安全じゃないと困る……ここがだめなら、次はどこに逃げればいいの? 





 白い霧が、私……女神の影ノルフェに教えてくれる。



 悪魔の子フェルが、テラの大樹に触れようとしていることを……悪魔の子はゆっくり、右腕を伸ばした。



 目の前に、若葉色に光る3m程の小さな木が……悪魔の子は、神秘的な木―珍しい精霊に触れながら呟いた。




「ウルズ様……私、フェルです。

 私の声が聞こえますか?


 

 私、怖いです。皆怖がっています。




 ウルズ様、ごめんなさい。

 酷い怪我を負っているのに……。



 ウルズ様、光の柱が、宙から襲ってきます。

 もう私たちだけでは、生き残れません。



 どうしたらいいのか、分からないんです。



 ごめんなさい、ウルズ様……助けてください。

 お願いです、目を覚ましてください。」




 聖神フィリスの白き太陽。


 地獄まで落ちた獣人の星を、聖神フィリスの白き太陽―光の柱が遠くから照らしている……街の広場にある、神秘的な木にも光が射し込む。




 女神の影ノルフェは、白い人形を操る。



 悪魔の子フェルが手を離した。テラの大樹の声が、聞こえた気がしたから……フェルが神秘的な木―珍しい精霊から少し離れると、透明な木がばらばらと崩れ始めた。



 フェルは不安になって、白い人形の名前を呼ぶ。




「!?……ウルズ様!」




 神秘的な木がどんどん崩れて……水晶の幹の中にいた白い人形が、外気に触れる。白い人形は目を瞑っているので、瞳の色は分からない。



 白い人形の火傷……聖神フィリスの光の柱による火傷は、ルーンの再生の聖痕と、テラの大樹のシステム―ノルニルによって、綺麗に治っていた。




 テラ・システム―ノルニル。


 悪魔の女神が譲渡した、女神の魅了から創られたシステム……システム・ノルニルによる人形の幽体離脱。ウルズの魂は魅了されて、白い人形のノルンに引き寄せられた。



 魅了されたウルズの魂は、人形の安息の地を訪れて……再生の聖痕である、白い瞳のルーンによって癒された。




 ノルンの女神の魅了、このスキルがとても重要。


 女神の魅了、システム―ノルニルは、天の創造主にも効果がある。だって、あの子は私を必要としている。あの子は、今でも……私を愛してくれている。



 私とあの子の絆は、どれ程の月日が流れても切れることはない。女神の魅了、システム―ノルニルは、母と娘の絆を利用して……あの子の魂を引き寄せる。




 青のお嬢様ノルン―天の創造主の魂を……。


 

 あの子も、私と一緒に暮らしたいと思っている。その願いを利用して、あの子の魂を……白い人形のノルンのもとへ引き寄せるのだ。




 重要なことは……女神の魅了、システム―ノルニルは、全知全能なる天の神にも効果を発揮することだ。



 天の神が、白い人形と同化すれば……私自身を犠牲にして、白い人形も犠牲にすれば、青のお嬢様ノルンは生き残る。



 天の創造主の計画は破綻して、悪魔の女神の願いが叶う。私は愛しいノルンを守る。どんな残酷な手を使っても……。





「ウルズ様……ウルズ様!」




 悪魔の子フェルは何度も、白い人形の名前を呼んだ。



 でも、白い人形は答えない。神秘的な木―珍しい精霊は、透明な根っこだけになっても、白い人形の傍から離れない。




 銀色の髪に白い手足。白い霧の中に白い人形がいる。



 人形は目を瞑ったままだ。人形の周りを、テラの大樹の根がぐるぐると回っているので……槍と盾で武装した猫の獣人―大樹の街の警備兵は、白い人形に近づくことができない。



 白い人形が、ゆっくり目を開ける。



 人形の瞳は、とても冷たかった。全てが凍える白い瞳……ウルズの魂を惑わす紫の瞳ではない。



 私は知恵の聖痕―女神の影ノルフェ。



 私は、悪魔の女神の願いだけを叶える。それが知恵の聖痕によって……白い霧で形作られている、私の役目だから。

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