時の間「青い瞳のノルンは、青い瞳の少女を殺した男―狂信者デュレス・ヨハンと対峙する。」


 私はノルン。白い手足に、銀色の髪……透き通る、海の様な青い瞳の白い人形。今は人形の夢の中にいる。夢の中がとても騒がしい。



 テラの大樹に頼んでいないのに、透明な根が色んなものを勝手に運んでくる。殆どガラクタ。古代エルフ文明や神生紀文明の遺物らしい。




 テラの大樹が教えてくれた。


 私とルーンの夢、白い人形の夢が大きくなって……人形の安息の地になったとのこと。私の時の魔術が、白い人形の夢に効果を発揮して、霧の世界フォールに人形の安息の地ができたらしい。



 青い瞳のノルンは思った。『私の時の魔術?……自覚はないけど、私たちの夢が賑やかになって……より良いものになるのは嬉しいかな。』




『私たちの夢……白い霧と大樹のお城。

 

 ここは私たちにとって、

 大切な居場所だから……。』





 青い瞳のノルンは、人形の夢の中から見た。


 人形の夢を覆う、白い霧が晴れてくると……白い霧に襲われている、異界の青い星が見えてきた。



 地獄や霧の世界フォールの真上にある世界。




 ここは異界、惑星ラス。



 白い霧が、惑星ラスのことを教えてくれる。光の女神フェルフェスティに祝福された星で、魔物はいない。人の文明が繁栄している。


 この星には、星間循環システムが存在しないので、魔術も存在しない。惑星ラスの人々は魔術ではなく、科学技術を発展させてきた。



 人の文明は繁栄したけど……人を殺す、鉄の兵器も生まれた。惑星ラスにある強国グルムドは、白い霧によって混乱した国々を滅ぼしている。




 白い霧が教えてくれた。『強国グルムド……この国、最初に狂った。誰かが狂わせた……狂わしたもの、元徳の保持者。』




『?……白い霧に選ばれたものが、

 強国グルムドを狂わしたの?

 


 狂った強国は、弱い国を滅ぼしている。



 狂わせたものが、元凶……。

 そいつ、きっと悪魔だね。

 



 正真正銘の悪魔……魂が真っ黒で、

 救いようがないやつ。


 そいつをどうにかしないと……。』




 白い霧は告げた。白い人形に脅威が近づいていることを……。




『脅威を感知……強国を狂わしたもの、

 元徳の保持者、接近。』




『!?……水の都に、元徳の保持者がいる?』




 青い瞳のノルンは、人形の夢の中から見た。


 白い霧の中に自分の体―白い人形が……いや、血で赤く染まった赤い人形がいた。赤く染まった人形は、騎士の剣を握っている。



 周囲には死体の山。見渡す限り、グルムドの兵士の死体が転がっていた。



 人形は気絶しているので、だらんと力が抜けていた。頭が垂れているので、人形の表情を窺うことはできない。



 白い人形から白い霧が発生している。白い霧は、生き物の様に動いて、大きな何かを形作っていた……5~6m程の人狼。



 “騎士神オーファンの影”、脅威度Aランク。



 霧の人狼が人形を操っている。人形の周りを回る、若葉色の光―テラの大樹が報告した。夢の中にいるノルンに淡々と告げる。




『捕獲した魂の数……19980、残り20。

 目標の2万まであと少し……。』




 水の都ラス・フェルトの外は、水の都の住人の憩いの場だった。なだらかな丘、木々がまばらに生えていて……でも、今は血の海と死体の山。




 空が明るくなってきている、日の出は近い。



 青い瞳のノルンはその光景を見て、胸が苦しくなったけど……眼を逸らさなかった。『私は逃げたら駄目。騎士神が、私の体を操って……殺してくれたから。』



 白い霧が教えてくれた。グルムドの兵士たちが撤退していることを……水の都ラス・フェルトから離れていく。



 憔悴しょうすいした兵士たち。水の都から逃げのびた兵士たちは、疲れ切って何も話さない。ただ座り込んでいる。



 水の都周辺には……まだ、仲間の兵士が取り残されていた。



 だけど、誰も水の都に戻ろうとしなかった。



 水の都ラス・フェルトには、悪魔の少女と人狼の悪魔がいる。悪魔の少女は銃で撃たれても……鉄の兵器―戦車の火砲や戦闘機の誘導弾によって燃えても倒れない。



 何もなかったかの様に、少女の傷は治っていった。




 悪魔の少女は、人狼の悪魔の操り人形だ。だらんと力が抜けていて、頭が垂れているので、余計そう見える。


 

 人狼の悪魔が現れた時、グルムドの兵士たちは撤退しようとした。でも、すぐには逃げられなかった。白い霧が兵士たちを包み込んだから……。



 兵士たちは、白い霧の中を彷徨い……霧の中で動く、悪魔の少女に殺されていく。悪魔の少女がどこにいるのか分からない。


 

 白い霧の中から突然、槍がとびだしてくる。大量の矢も降ってきた。人の急所―脳と心臓を射抜く、無数の銃弾も……白い霧の中は地獄と化した。



 兵士たちは銃で反撃せず、ただ走った。


 生き残るには、霧の外へ出るしかない。




 人狼の悪魔を目撃した兵士たちは、白い霧の恐ろしさを痛感させられた。白い霧を利用しても、白い霧によって混乱した国々を滅ぼしても……。



 最後はグルムドの兵士たちも、白い霧に襲われることを……。




 白い霧から逃げて、奇跡的に助かった兵士たち。彼ら、彼女らは職業軍人……生き残った正式な軍人たちの魂は黒くない。白くはないけど、灰色だった。


 

 因みに……ラス・フェルトの東側の郊外付近。都の外で、白い瞳のルーンが遭遇した、歩兵部隊―服役隊。


 真っ黒な魂の屑共は5000人程いたけど、全員助かっていない。悪魔の少女と人狼の悪魔は……魂が真っ黒な罪人を逃がさなかった。



 白い霧が、血の海と死体の山を隠していく。



 

 陽の光が、水の都の外を照らし始めると……銃声が響いた。



 ドォン! ドォドドドドド―! 取り残された兵士たちが足掻いている。死体に足を取られて転んでも、何とか起き上がって小型の機関銃の引き金をひいた。



 白い霧が、悪魔の少女を隠してしまう。



 どこにいるのか分からない……周りには死体しかなく、同士討ちになる可能性は低い。叫び声を上げながら、小型の機関銃の引き金をひいて……。



 その兵士の首がとんだ。


 

 背後から、悪魔の少女が騎士の剣で首を刎ねたから。



 悪魔の少女は白い霧の中で動いて、取り残された兵士たちを殺していく。テラの大樹が、夢の中にいるノルンに報告する。



 ピッ! 捕獲した魂の数……19985……19987……19990……。




 青い瞳のノルンは、小さな声で呟いた。『……魂が黒くない、グルムドの兵士さん……ごめんなさい……本当にごめんなさい。』




 ピッ! 捕獲した魂の数……19993……19995……19998……。




 そして、終わりがきた。


 グルムドの兵士たちの悪夢は終わった……テラの大樹が、夢の中にいるノルンに優しく伝える。



『捕獲した魂の数……約20000。

 ノルン……目標達成した。


 水の都ラス・フェルトを転移できるよ。』




 青い瞳のノルンは、人形を操っている人狼の悪魔に語りかけた。



『オーファン……もういいよ。

 お願い、もうやめて……。』




 騎士神オーファンは、ノルンに従う。


 “騎士神オーファンの影”が、白い霧の中に消えていく。騎士神は、悪魔の女神の極界魔術―再生の聖痕……聖痕がもたらす苦痛を受け止めた。


 双子の白い人形が、軍国の首都バレルを救った時の様に……。



 騎士神は、テラの大樹に……再生の聖痕がもたらす苦痛を運ばせた。騎士神の依り代である、機械の星オーファンへ。



 霧の世界フォールにある機械の星は、時の魔術によってボロボロだ。オーファン・システムは、完全に停止している。



 だけど、まだ星は存在していた。白い霧の中に……霧の人狼は、霧の中で人形を見守るだろう。悪魔の女神との約束を果たす為に。




 白い霧が晴れていく、太陽の光が眩しい。



 青い瞳の人形が、息を切らして座り込んでいた。騎士神オーファンと、青い瞳のノルンが入れ替わっていて……。



 ノルンは、血の海と死体の山の中にいた。


 若葉色の光―透明な根が、兵士の死体を運んでいく。丘から死体がどんどん消えて……真っ赤に染まった丘の上に、青い瞳の少女だけがいた。





『脅威を感知……。

 元徳の保持者、接近。』




 白い霧が、ノルンに警告した。



 誰かが歩いてくる……その姿が見えた。



 眼は茶色で、蔑んだ眼。黒髪は短く綺麗に整えられている。歳は、25~30歳くらい。深紅の礼服を纏った青年は……悲惨な光景を見ながら、まだ笑っている。



 彼は楽しんでいた。彼の主が用意した遊びを……。




 男の姿が見えた時、テラの大樹が先に動いた。若葉色に光る透明な根で、青い瞳のノルンを覆う……透明な根を水晶の様に固くしていく。



 森林魔術―テラの大樹の防壁。



 ノルンは、その男を見た瞬間……なぜか、胸がとても痛くなった。胸の奥がとても痛い。再生の聖痕が、胸の奥を癒していき……。



 青い瞳の少女は、なぜ痛むのかを思い出した。 



 それは、悪魔の女神が否定した時……。




『悪魔の女神の極界魔術。

 帰天きてんの刻―終焉の時。』




 悪魔の女神が否定した時の中で、青い瞳のノルンは殺された。眼の前にいる男に……無理やり、星の核を抉り出された。



 悪魔の女神は正気を失っている。終焉の時を自分で否定することはもうできない……自分で止めることはできないのだ。


 

 笑みを浮かべながら近づいて、ノルンに声をかけた。悪魔の女神が否定した時が、青い瞳のノルンに迫った。



《青い瞳のノルン、私を覚えていますか?

 私は、この手で貴方を殺した。


 貴方の星の核を抉り出して―》




 テラの大樹が、男の言葉を遮った。


 男の気持ち悪い声が、ノルンに聞こえない様に……。




『ノルン、駄目!……聞いたら、駄目!

 異界の門で運ぶ……こいつのいない星に!』




 光の大樹の中で、ノルンは立ち上がった。


 

 胸の痛みは、再生の聖痕が癒している。『もう痛くない……痛みは克服できる……それなら恐怖も、きっと克服できる。惑星ラス……強国グルムドを狂わしたものは、元徳の保持者……。』



『テラの大樹、待って。

 私を運ばないで……。』



『!?……ノルン、駄目だよ。

 こいつ危ない……こいつの傍にいたら駄目!』




『私は、グルムドの兵士さんを殺した。

 私だけ逃げられないよ……。』




 青い瞳のノルンは、光の大樹に触れた。


 自分の魂―星の核を使って、精霊魔術を行使した……姉たちの精霊魔術の糸。見よう見まねで、できるかどうか分からなかったけど。



 テラの大樹の意思に反して、光の大樹の防壁がぼろぼろと崩れていく。




『!?……ノルン、危ないよ?』



『うん、危ないね。あいつは……危険。』




 男の両腕には、神聖文字が刻まれている。一つは、聖神フィリスの神聖文字。もう一つは、最初の霧の人形の神聖文字。



 ノルンは、自分を殺した男の魂を見た。『この男の魂は……真っ黒で濁っている。魂は歪み、穢れて……壊れている。新しい肉体を得ても……治らない程に。』



 彼は七つの元徳の一つ、信仰の保持者。


 狂信者デュレス・ヨハン。



 狂信者の左腕から、最初の霧の人形の神聖文字が解放された。左腕から複数の漆黒の鎖が現れて、鞭の様にしなって……戦車の火砲で燃えた木を破壊して、戦闘機の誘導弾で焦げた岩を削っている。



 燃えた木の破片が舞い散る。


 青い瞳のノルンは逃げずに、前へ進む……ゆっくり前へ。『私は弱くない、逃げたら駄目……ここで逃げたら、多くの兵士を殺したことが無駄になる。』




 漆黒の鎖が、青い瞳のノルンを襲った。


 

 キィン! 漆黒の鎖とテラの大樹の根がぶつかって、甲高い音が鳴った。水晶の根は、青い瞳の少女から離れない。『ここで逃げたら、多くの兵士の魂を否定することになってしまう……それは駄目。私が否定していいのは……。』



 青い瞳のノルンは、両手に騎士の剣を呼んだ。


 白い人形の骨は、水晶の様に固くなっていく……筋肉は、騎士神オーファンの魔力によって覆われた。



 白い人形のノルンは、騎士神が戦場で斬って、刺して、撃った……その全ての記憶を呼び覚まして……。

 


 狂信者に、右手の騎士の剣を突きつけた。




 青い瞳の少女に剣を突きつけられて、狂信者は喜んだ。《素晴らしい……青い瞳の人形との遊びは、とても楽しいものになりそうだ……。》



《ノルン、実に素晴らしい。


 貴方は……私に殺された時、

 泣き叫ぶことしかできなかった。



 ですが、今はどうですか!?

 私に剣を突きつけている!



 貴方が……成長して、

 立派な霧の人形になるのを見てみたいですね。



 どうかここで……私に殺されないで下さい。

 



 貴方は有能で、主から与えられた役目がある。



 その役目を果たさなければいけない。

 正気を失った、悪魔の女神の様に……。》


 


 テラの大樹が怒っている。


 大樹の怒りが、ノルンに伝わってきた。狂信者は、女神や白い人形……大樹が大切しているもの、全てを傷つけてくる。『許せない……こいつは許さない!』



 白い人形は、テラの大樹に語りかけた。『怒ってくれてありがとう。素直に嬉しいよ……テラの大樹、大丈夫だよ。この男は……もう、それ程怖くないから。』



 青い瞳のノルンは決めた。


 グルムドの兵士を殺して、2万にも及ぶ人の魂を手に入れた……白い人形のノルンはもう迷わない。



『お前の魂は歪んで、穢れて……壊れている。

 再生の聖痕で、穢れた魂を癒してあげるよ。



 でも……その代わり、お前の存在を否定する。

 狂信者デュレス・ヨハン、お前の存在を認めない!



 私がお前を殺す……偉大な悪魔の女神に代わって!』

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