第54話『悪魔の子フェル・リィリアは走る……地獄の悪魔の腐敗魔術―“絶命の鮮紅色の沼”。』
私はフェル・リィリア。異界にある惑星ラス、水の都ラス・フェルトで暮らしていたけど……今は、地獄の中層―星々の灰まで落ちてしまった。
フェルは七つの元徳の一つ、節制の保持者。金色の髪に青い瞳……まだ左腕が痛い。透明な根っこが、左腕の肘より上に巻きついていた。若葉色に光る木の腕輪。透明な根……テラの大樹は、悪魔の子フェルを導く。
ここは、獣人の星。
この星も、地獄まで落ちてしまった。フェルたちは……無数の赤い眼、地獄の悪魔から逃げている。
テラの大樹が教えてくれた。猫の獣人の街にもう少しで着くことを……フェルと一緒に逃げている猫の獣人は、雷撃の獣人ラルと妹のソルネを含めても、15人。
さっき訪れた村の生き残りは、たった15人だけ。
金色の髪、猫の少年ラル・トールは、白い霧に選ばれているらしい。七つの元徳の一つ、勇気に……本人に聞いたら、自覚はないとのこと。
節制の保持者フェルは思った。「私と同じだ……白い霧は勝手に選ぶ。テラの大樹が教えてくれた……白い霧は、悪魔の女神が創ったものらしい……悪魔の女神は、何でもできてしまう。時を支配することも……。」
元徳の保持者フェルとラル、猫の獣人たちは走り続けている。
深い森の中を……フェルは不安に駆られ、少し混乱した。「女神様は……堕落して、悪魔の女神に……時さえも支配する女神様がどうして? どうして、星を襲う白い霧を創ったの?」
木々の間から、一際大きな木が見えた。
大樹の街エラン・グランデ。猫の獣人の街で、多くの生き残りがいる可能性が高い……この街は、獣人の星で唯一のオアシス。
エラン・グランデの大樹の高さは100m以上ある。大樹の真下に近づいた為……宙にある炎の柱の光が、大樹の葉っぱや枝に遮られて、周囲が少し暗くなってきた。
悪魔の子フェルの足が震えてきた。
走るのが、とても辛い。もう走りたくない。それでも、フェルは走った。「……あの木が無事なのは、ウルズ様のお陰……ウルズ様、どうかご無事で……。」
宙から炎の柱が襲ってきた時、一匹の白い鳥が空から落ちた。白い霧に包まれてしまって……大樹の街付近に落ちたこと以外、何も分からない。
テラの大樹に聞いても、ウルズ様のことを教えてくれない。「……だめ……今は走ることだけに集中しないと……。」
フェルたちは、地獄の悪魔の横を走り抜ける。地獄の悪魔、“魂を盗む、
ドロドロの赤い眼の悪魔、バグは立ち止まっている。
ウルズ様の傲慢の烙印が、まだ効果を発揮している。「でも、効果が切れる?……ウルズ様、大丈夫かな?……あの炎の柱、聖神フィリス様が呼んだもの……炎の柱が、獣人の星を襲っている……遠くに見える青い星も……。」
テラの大樹が、傲慢の烙印の効果は切れると言った。
フェルは混乱した。足が止まりそうになって……猫の獣人の少年ラルに引っ張られて、無理やり走った。「分からない……フィリス様、どうして?……聖フェルフェスティ教の死者の儀には……聖典には、こんなこと書かれていない!……フィリス様は、どうしてこんなことを!?」
フェルはもっと知りたいと思った。悪魔の女神と聖なる神のことを……。
「どうして、時の女神は悪魔の女神になったの?
どうして、悪魔の女神は白い霧を創ったの?
どうして、フィリス様は星々を襲うの?
どうして、フィリス様は、人や魔物を殺すの?」
悪魔の子フェルは息を切らせながら、何とか呟いた。
「これじゃあ……フィリス様も、白い霧と同じだよ。
古代の人々を救った、フィリス様が……どうして?」
『!?……フェル、止まって!
ウルズの傲慢の烙印が……効果を失った。
悪魔バグが……襲ってくる!
皆を……できるだけ集めて!』
テラの大樹が、フェルに警告した。
それは、最悪な知らせ。傲慢の烙印が効果を失った。フェルたちが、大樹の街に辿り着く前に……。
「!? 皆さん、止まって下さい!
悪魔のバグが襲ってきます!」
無数の赤い眼が、フェルたちを捉えた。数少ない生き残りを……。
フェルは息を切らせながら、ラルの妹、猫の獣人の少女ソルネを抱きしめた。「何の役にも立たないけど……少しでも、この子の恐怖を和らげてあげたい……私も怖い。怖い……お母さん、怖いよ。」
雷撃の獣人ラルは雄たけびを上げながら、小型の剣を構えた。
ドロドロの黒い悪魔バグを殺してはいけない。でも、今の状況だと……殺さなくても、悪魔バグに魂を盗まれてしまいそう。
獣人の少年ラルの体に雷が走る。しかも、青い雷……ラルは、雷の精霊を宿している。雷の精霊も、悪魔バグに魂や魔力を盗まれたくない。
猫の獣人ラルと、少年に宿った雷の精霊の気持ちが一致した。
バチッ! 青い閃光……雷撃の獣人が爆ぜた!
青い閃光が、赤い眼のバグを吹き飛ばす。青い閃光を纏いながら、獣人のラルは、フェルたちの前で踏みとどまった。
だけど、四方八方から、悪魔はやってくる。数がとても多い……無数の赤い眼がどんどん近づいてくる。
雷撃の獣人は剣を強く握りしめて、悔しがった。
悪魔の子フェルは、怖がって眼を閉じて……最後に、獣人の少年の背中を見た。
ラルは逃げ出さす……フェルたちの前で、赤い眼のバグと対峙していた。猫の獣人の少年は逃げようと思えば、雷の精霊の力で逃げられたのに。
フェルは思った。「かっこいいと思う……ありがとう、ラル……貴方は、元徳の勇気を保持している……立派な勇者だよ。」
『白い人形のウルズ……。
少年のこと、驚いていた。
ウルズ……猫の獣人の街を助けた。
私も……猫の獣人を助ける。
この星は、良い星……精霊たちがいる。
魂や魔力が溢れている……。
私……白い人形のウルズと約束した。
絶対に……フェルを見捨てない。』
テラの大樹が、優しく呟くと……。
暫くしても、赤い眼の悪魔が魂を盗みにこない。フェルは不思議に思って、恐る恐る眼を開けてみた。
無数の赤い眼の悪魔と、神々しい光の大樹。
異界にある惑星ラスで、白い人形―青い瞳のノルンと共に現れた光の大樹……若葉色の光を放っているテラの大樹が、フェルたちを覆っていた。「!?……テラの大樹が防壁を……天使様、ノルン様の様に……テラの大樹、ありがとう。私たちを助けてくれて……。」
雷撃の獣人ラルも驚いて、フェルに質問した……金色の髪の少女の代わりに、テラの大樹が答えた。
「!?……おい、フェル!?
これが、大樹の精霊か?」
『大樹の精霊……。
そう言う認識でも……別にいい。
私は……テラの大樹。
私が道を造る……。
急いで……元徳の保持者たち。
フェルとラル……大樹の街へ。』
透明な根が地面から生えて……二つの生け垣、根っこの防壁ができた。
透明な根は水晶の様に固くなっている。赤い眼の悪魔バグは、大樹の防壁を手で引っ掻いているけど、水晶の根は硬くて壊せていない。
元徳の保持者たち、フェルとラルは走り出した。村の生き残りの猫の獣人たちも。二つの生け垣、大樹の防壁の隙間を……。
赤い眼の悪魔は諦めずに追いかけてくる。
テラの大樹は、フェルたちの前方からくる邪魔な悪魔を、水晶の根で吹き飛ばした。水晶の根は鞭の様にしなり、赤い眼の悪魔を殴り飛ばしていく。
二つの大樹の生け垣がどんどん伸びていく。
でも、赤い眼の悪魔は諦めない。
地獄の悪魔は、どこまでも追いかけてくる。悪魔バグは深く考えていないのかも……黒くて濁った魂を捜す。自分の近くに美味しそうな魂があったから盗んだ。
たぶん、魂を盗むことしか考えていない。
悪魔バグが一匹だけなら、脅威度で言えばランク外、Fランク以下。数が少なかったら……殺してもいいのなら、この悪魔の処理にはそれ程苦労しないだろう。
しかし、悪魔のバグの数は滅茶苦茶多い。途切れることなく、赤い眼の悪魔がやってくる。しかも、この悪魔を殺したら……。
深い森の出口が見えた。
森が途絶えている……フェルたちは深い森の外へ。
そこは、一際大きな木の真下。大樹を見上げれば……高い幹や枝の上にある、獣人の街の明かりが見えた。大樹にある猫の獣人の街は、神秘的でとても綺麗だった。
フェルは言葉を失った。純粋な恐怖から……。
節制の保持者は、大樹の街を見ていなかった。大樹を見上げず、大樹の真下を……大樹の根元には、無数の赤い眼の悪魔がいた。
しかも、真っ赤な沼の上に……。
テラの大樹は、白い人形のウルズの言葉を思い出した。《……もし、赤い眼の悪魔を殺したら、脅威度はBランクまで、一気に跳ね上がる……。》
エラン・グランデの大樹の真下は、ドロドロの赤い液体に覆われている。草木は枯れて、ドロドロの赤い沼ができていた。
テラの大樹が、フェルに教えている。
「?……これ、悪魔のバグ?
赤い眼の悪魔を殺したから?」
『!?……この沼、腐敗魔術。
猫の獣人……悪魔バグを殺した。
悪魔の死体、腐って……全部腐らせている。
悪魔のドロドロの赤い液体……。
黒から赤に……有害な毒に。
この腐敗魔術……危険。
大樹の街も危ない……このままだと、大樹も枯れる。』
赤い眼の悪魔が死んだ時……悪魔バグの死体がトリガーとなって、最悪の腐敗魔術が発動する。バグの死体―赤い沼は、周囲の全てのものを腐らせるのだ。
フェルは思った。「だから……ウルズ様は、殺すなって……赤い眼の悪魔が、腐敗の沼の中にいる……そこら中にいる……。」
「ウルズ様……どうすればいいんですか?
私たちは、何をすれば……。」
節制の保持者フェルが呟くと……フェルの腕を引っ張る者がいた。
「フェル、止まるな!
とりあえず、エラン・グランデへ行こう。
エラン・グランデの大樹は、
ずっと生きてきたんだ。
こんな沼ごときにやられない。
大樹には精霊がいる。精霊と一緒に考えればいい。
さあ、行くぞ……フェル、まだ走れるか?」
「うん、ありがとう……ラル、行こう。
今は、大樹の街へ……。」
テラの大樹が腐敗の沼の上に、透明な根っこの橋をかけた。
フェルたちは走る。わき腹が痛い。でも、走らないと助からない。最後の力を振り絞った。テラの大樹が、皆にまた警告する。
『!?……この沼、最悪。
私の根っこも……長くはもたない。
腐ってしまう……。
気持ち悪い……気持ち悪い。
触れていたくない……。
急いで……フェル、ラル。
根っこを……維持できない。』
赤い沼の上にかかる、透明な橋がぐらぐらと揺れた。
水晶の根がばらばらと崩れていく。テラの大樹が、悪魔バグの腐敗魔術に負けそうになっていた。
ドロドロの真っ赤な沼は……地獄の悪魔の最後の呪い。腐敗魔術―“絶命の
地獄の悪魔バグが、絶命した時に放たれる魔術は……生きるものを呪う、最悪なものだった。
節制の保持者フェルは、地獄の悪魔の恐ろしさを思い知らされた。「……悪魔バグは、殺したらだめなのに……ウルズ様も殺さなかったのに……。」
「!? 皆、走れ!
大樹の街は、もうすぐそこだ!
ここまで生きてこれたんだ。
まだいける……皆、走れ!!」
勇気の保持者ラルが叫んだ。
少年の叫びを聞いて、あと一歩……あと一歩だけ前へ、なんとか前へ進む。透明な根っこの橋が壊れる前に……。
ドロドロの鮮紅色の沼によって、テラの大樹の根っこは枯れた。真っ赤な沼の上にかかっていた透明な橋が、ばらばらと崩れて壊れていく。
誰かの叫び声が聞こえた。
ラルの声ではない……フェルには、言葉の意味が分からなかったから。「?……獣人の言葉……テラの大樹が接触していない、獣人?……獣人の生き残り?……じゃあ、ここは……。」
ドサッ! 皆、倒れた。
息を切らして、立ち上がることもできない。悪魔の子フェルは座り込んで…‥‥何度も深呼吸を繰り返している。
フェルたちは、エラン・グランデの大樹の根の上にいた。大樹の根の上には、赤い眼の悪魔バグはいない。有毒な真っ赤な沼もない……。
ここは、獣人の星で唯一のオアシスだった。
大樹の高い幹や枝の上にある小さな小屋の明かりが、フェルたちを照らしている。皆、泣いていた……助かった、生き残った嬉しさから。勇気の保持者ラルは、見られたくない様で顔を背けていた。
槍と盾で武装した猫の獣人―街の警備兵が駆けよってきた。
大樹の街の警備兵は、村の生き残りの猫の獣人たちを助けている。袋に入った水を飲ませていたり、傷の手当てをしていたり……。
悪魔の子フェルは泣きながら、呟いていた。
「ウルズ様……皆、生きています。
多くの獣人が生き残っています。
ウルズ様が……。
この街を助けてくれたから。
ウルズ様、どこにおられますか?
教えて下さい。今、どちらに……。」
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