第53話『獣人の星で……白い人形のウルズは、獣人の勇者に出会う②』


 私は、白い人形のウルズ。白い手足と銀色の髪。魂を惑わす紫の瞳に、黒い霧でできた漆黒の翼……憤怒の魔女の炎でボロボロになって、重傷になった右腕は、少し痛む程度まで治った。回復魔術で、ほぼ完治している。



 黒い翼を羽ばたかせながら、傷のない右腕を見ていた。腕が治ったというより、ボロボロの腕の下から、新しい腕が生えてきたと言う方が正しい。白い霧から、新しい腕が……。


 霧の人形は、白い霧から生まれてきた。白い霧が人形の眼や口、手足になって……霧の体だから、白い霧を用いる魔術と相性がいい。人や魔物よりも、いい恩恵を受けられる。


 火炎魔術なら、赤き魔女アメリア。雷鳴魔術なら、三女エレナ。アメリアとエレナは、文字通り炎と雷になる。人形の体を一時的に白い霧に戻し、炎と雷に変えてしまう。人や魔物ができる芸当ではない。



 今の私なら、回復魔術かな。人や魔物が回復魔術を行使しても、新しい腕は生えてこない。精々、腕はそのままで傷が完治するぐらい。


 人や魔物の場合だと、体に限界がある。回復魔術で傷を治しても……いつか、人や魔物の体が耐えられなくなる。細胞が再生しなくなり、回復魔術を行使しても効果がなくなり……体の再生に限界がある以上、体の老化を防げない。


 どんなに肉体を鍛えても、どんなに魔術の技量を高めても、いつか衰えて死んでしまう。それが、普通の生き物だ。


 

 でも、私たち霧の人形は違う。人や魔物とは違う……普通の生き物ではない。



 私は、獣人の星の空を飛翔していた。眼下には深い森。一列になって、森の中を進む集団がいる。集団と言っても……金色の髪と青い瞳、節制の保持者フェルと猫の獣人15人しかいない。この猫の獣人たちは、さっき訪れた村の生き残り。



 猫の獣人の少年ラル・トールと妹のソルネ。ラルは体内に雷の精霊を宿している。猫の獣人たちは、体が小さい。この星で生き抜くために、精霊たちと交流してきた様だ。炎や雷、風、氷といった色んな精霊たちと共生してきたのだろう。


 精霊と共に生きてきたのなら……精霊と契約して、体内に宿すこともあり得る。


 

 獣人の少年ラルは特別だ。白い霧に選ばれている。


《……七つの元徳の一つ、勇気。

 あのクソガキが、勇者とは……世も末ね~。》



 雷撃の獣人ラルがフェルと一緒に、生き残りの獣人たちを先導していた。


 獣人たちの近くに、赤い眼の悪魔バグがいっぱいいる。私が傲慢の烙印で、悪魔バグの動きを止めている間はいい……。



 もし、私がフェルとラルを見捨てたら、彼女たちはすぐに殺されてしまう。生き残りの獣人たちも誰も助からない。



 私は、周囲を見渡してみた。深い森の中に、一際大きな木がある。獣人の少年ラルが目指している場所……多くの生き残りがいる可能性が高い、獣人の街。



 大樹の街から眼を離して、遠くを見てみる。深い森が燃えている。宙にある光の柱に薙ぎ払われ、直線状に燃えて黒煙が立ち昇っていた。


 私は思った。《傲慢の魔女……それが私。黒い霧を纏って、人や魔物を殺して……殺し続けてきた。なのに、今は……人や魔物を助けている。白い人形……この体は、ルーンのもの。私の体ではない……本来の私なら、こんなことをしない。人や魔物を助ける?……似合わない。不得意だ……無理をすれば、私が……。》



 私は空から見た。一際大きな木を……大樹の街エラン・グランデ。大樹の高さは100m以上ある。一本の木ではなく、複数の木にツル系の植物が巻きついて……1つの大樹に見えていた。


 大樹には苔がびっしりくっ付いていて……この大樹ができるのに、いったいどれ程の年月が必要だったか。少なくとも1000年はかかっていると思う。


 テラの大樹は、見知らぬ星で同じ大樹の仲間に出会えて喜びそう。



 大樹の街エラン・グランデ。猫の獣人たちは、大樹の幹や枝の上に小さな小屋を建てている。小屋の明かりが、大樹の枝や葉っぱの隙間から……観光に来ただけなら、綺麗とその明かりを楽しむこともできたのに……。



 私は悩んでいる。《……今の私は、いったいなに? 傲慢の魔女になれない、半端者。フェルとラルを助けているのは、白い霧に選ばれているから……。


 ただ、それだけだったはず……なのにどうして、こんなにも不安になる? どうして……フェルが亡くなることを考えただけで、こんなにも魂が痛む?……今の私は、いったいなに?》


 人や魔物は、どんなに肉体を鍛えても、どんなに魔術の技量を高めても、いつか衰えて死ぬ。フェルは弱い、悪魔になっていることにさえ気づいていない。


 精霊や悪魔でさえ、魂や魔力の制御に失敗すれば消滅する。何も知らないフェルに魔力の制御ができるとは思えない。誰か……フェルの傍にいないといけない。



 私は……きっと、フェルを失うのが怖いのだ。



 白い霧が、私に囁いた。『……脅威を感知。聖神フィリスの白き太陽……獣人の星に接近。転移魔術の行使を……。』



 転移魔術?……確かに行使すれば、私は助かる。フェルとラルも助けることができる。獣人の生き残り15人程度なら……安全に転移できるかもしれない。



 でも、大樹の街エラン・グランデに避難している、猫の獣人たちは助けられない。力のない人や魔物なら、できないことと割り切ってしまえばいい。



 でも、私にはできる。深い森に聳える、一際大きな木も救える。私が、自分自身を優先しなければ……私は見上げた。


 宙に描かれた直線、光の柱。途中から枝分かれしていて……枝分かれしている部分の光が強くなった。枝の一つが、獣人の星に近づいてきている。


 白い霧が私に囁く。『……聖神フィリスの白き太陽、獣人の星を直撃。深い森……大部分が消滅……即座に、転移魔術の行使を……。』



《………………。

 分かったわ。転移魔術を行使する。》



 転移魔術を行使する直前、テラの大樹に念を押した。金色の髪に青い瞳、フェルを支えること、絶対に見捨てないことを……。


《最悪の場合、暫くは会えないかも……。》



《でも……これしかないよね? 他にある?

 ……こうして見ると、星って綺麗だね~。》


 私は、転移魔術を行使した。星の外へ……私の後ろに、獣人の青い星がある。獣人の星に引っ張られて、星の中に落ちながら。



《この高度なら、猫の街はきっと大丈夫。》


 私は、白い霧を吸い込んだ。白い霧に包まれている……白い霧が、私に警告した。『脅威を感知……直ちに、転移魔術を……白き太陽、接近。』



《転移魔術?……それは無理かな。

 私、正気を失ったみたい。


 これじゃあ、お母さんと同じだよ。

 正気を失って、おかしくなったって馬鹿にしたのに。



 白い霧、教えてよ。今の私、いったいなに?》


 宙が明るくなった。熱い、星の外でも熱いと感じる……大きな光が近づいてくる。聖神フィリスの白き太陽。私は星の中へ落ちながら、両手を伸ばした。



 極界魔術―傲慢の烙印。私は黒い霧を纏って、人や魔物に死をもたらした。今回は、黒い霧では駄目。黒い霧は、生き物を殺すのは得意だけど、助けることに向いていない。


 白い人形のウルズ。今の私なら……白い霧を操れる。不慣れなこともできるはず……私でも、フェルを……私は、白い霧に願った。



《……白い霧よ、私の願いを叶えて。

 

 獣人たちを……この星を助けて。

 傲慢の黒き翼を奉げるから。


 だから、お願い!

 白き霧よ、この星を助けろ――!》



 私は膨大な炎に包まれた。肩や腰から生えていた、黒い翼がふっと消え失せる。極界魔術―傲慢の烙印が変わろうとしている……黒い翼が無くなっても、効果を発揮していた。


 光の柱が二つに枝分かれした。獣人の星に当たっているけど……真下の深い森にはあたっていない。私は燃えて、私の体がぼろぼろと崩れていく。極界魔術、不可能なことを願えば……白い霧に喰われてしまう。



 私は、炎に包まれながら叫んだ。


《不可能じゃない! 

 炎を逸らすだけでいい!

 

 私は、傲慢の魔女……。

 

 こんな、炎ごときに、

 やられてたまるか――!》



 傲慢の烙印、白い霧が願いを叶える。私の肩や腰から白い翼が生えた。黒い翼ではない……霧の白い翼。霧でできているからすごく不安定。でも、とても綺麗だった。





「皆さん、大丈夫ですか!?」


 私はフェル・リィリア。金色の髪に青い瞳。七つの元徳の一つ、節制の保持者。テラの大樹が教えてくれた。宙から炎の柱が襲ってきて……強烈な閃光。暫くの間、獣人の星が揺れた。


 

 今は揺れが収まっている。私は見上げた。焦って、捜している。でも、どこにいるのか分からない。皆から離れようして……猫の獣人の少年ラルに止められた。


 近くにドロドロの赤い眼の悪魔バグがいる。悪魔の体が少しずつ動き始めていて……テラの大樹が、私に伝えた。


『……フェル、急いで、獣人の街へ。

 傲慢の烙印……弱まってきている。』



「そんな……嘘だよ。

 だって、ウルズ様だよ? 


 ウルズ様が……嘘、嘘だ。

 天使様が……。


 

 ウルズ様―――!」



 私は我慢できずに叫んでしまった。赤い眼の悪魔が、皆を見る。皆が一斉に走り始めた。獣人の少年ラルに引っ張られて……私は泣きながら、走った。とにかく前へ、前へ。まだ、ウルズ様の烙印の力があるうちに、赤い眼のバグから逃げる為に。




 遥か上空、一匹の白い鳥が落ちてきた。聖神フィリスの白き太陽から、この星を救った救世主が……。


 彼女はボロボロだ。彼女は霧の人形……白い霧が彼女を助けた。まだ、何とか人の形を保っている。


 白い人形は意識を失って、ある夢を見ていた。

 


《……慣れないことをして、ボロボロ。

 だけど……何でだろう、こんなにも心地が良い。》



 私の眼の前に、白い霧と大樹の城がある。ここは妹の夢の中……。



《……私は、白い人形のウルズ。

 誰かを、助けるのも悪くないね~。》




「……貴方がそう思えるのは、

 ノルン様とルーン様のお陰です。


 こんな、無茶しないでください。

 その体は、ルーン様のものです。

 

 傲慢の魔女、貴方のものではない。

 それを忘れないでください。」



 私は顔を少し動かして、声が聞こえた方を見た。栗色の髪に、白い犬の耳と尻尾を生やした、獣人の少女が立っている。彼女は元悪魔で、元軍国フォーロンドの伯爵令嬢のフィナ・リア・エルムッド。

 

 

 今は、獣人のフィナ。なぜか……メイド服を着ている。メイドの子犬ちゃん。


 

 私は思った。《……オーファンの従者、子犬のフィナちゃん……私が転移させた子犬ちゃんが、目の前にいる。ここは、ノルンとルーンの夢の中ね。私は気絶して……魂だけ? 意識だけこっちにきたのかな……。》



《子犬ちゃん、疲れた。

 お母さんがいる、城の中庭まで運んで~。》




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