第43話『水の都ラス・フェルトの悪魔③』
ここは、惑星ラス。水の都ラス・フェルトの上空。空から、都の中心部を眺めれば……綺麗な夜景。都の通りには、ガス灯が設置されていて……聖フェルフェスティ教の教会や、レンガ造りの古民家を照らしている。この景色だけをみれば、異常はない。
でも、都の東側は、不思議な大樹に覆われている。若葉色に光る、透明な大樹の根は、レンガ造りの建物に巻きついて……聳える、大樹の壁になっている。都の西側は、悪魔の女神の霧に襲われている。レンガ造りの建物が消え……通りで祈る、人々も消えていく。また一人……また一人、霧が攫っていく。
水の都は、強国グルムドの兵に包囲されている。その数、およそ10万。さらに、グルムドの数百の戦車が、大地を揺らし……数十機の戦闘機が、大空を飛翔している。
惑星ラスの外に……見知らぬ星、迷い星が現れた。今は、霧に隠れて見えない。惑星ラスが、微かに揺れている。また、迷い星―惑星テラは、霧の中からでてくるだろう。
水の都の住人にとって、最悪なことに……これだけでは、終わらない。悪魔の大厄災。白い霧は、黒い霧に変わる。数えきれない程の悪魔が現れる。まさに、終末。
都の上空に、黒い鳥がいた。銀色の髪に、白い手足。白い人形は、肩や腰から生えた漆黒の翼を、羽ばたかせて……飛翔して、都の西へ向かう。魂を惑わす、紫の瞳。女神のレプリカ―傲慢の魔女ウルズは、テラの大樹に話しかけた。
《……大樹ちゃん、私のこと嫌いなのに―》
『終末の世界を……旅する仲間。
お前が言った。
私は、お前が嫌い……。
でも、協力は必要。だから、手を貸す。
お前も……手を貸す。
青い瞳の……お人形さんの為に。』
《……ノルンちゃんのためなら、頑張るよ~。》
女神のレプリカ―傲慢の魔女ウルズに、テラの大樹が伝えた。『……おかしい。都の西側……住人が逃げない。皆……祈ってる。』
《?……諦めたのよ。その方が楽だし―》
『おかしい……魂が、運ばれてる。』
《大樹ちゃん、霧が襲ってるだから―》
『白い霧は、霧のシステム……。
これは、違う……霧じゃない。
私、霧のシステムは……感知できる。
でも……これは、感知できない。
これは、未知。だから……おかしい。』
《………………。》
テラの大樹の声を聞いて、傲慢の魔女は黙った。羽毛のない、漆黒の翼―傲慢の烙印。霧が願いを叶える、極界魔術。
傲慢の魔女は、周囲の重力を操って、飛翔している。強く羽ばたいて、加速していく。傲慢の魔女ウルズは思った。《……まだ、何かいるの? ノルンちゃんは、時間がかかりそうだし……。》
《テラの大樹……最悪の場合、
すぐに転移して、逃げるよ。》
『問題ない……その準備……もうできてる。
でも、惑星ラスの天のピース……諦めない。
あの子、フェル・リィリアは……攫う。』
《……テラの大樹から、
悪魔の大樹になれそうね。》
水の都の西側。郊外付近は、白い霧で何も見えない。都の外に、無数の光が見える。暗闇の中を蠢いていた。テラの大樹が、危険を感知した。『!?……白い人形、誰かが……話しかけてくる!?』
《落ち着きなさい。
落ち着いて……相手のことを聞いて。》
『……聞くの?……危なくない?』
《話をしたいから……わざわざ、
話しかけてきているんでしょう?
怖がらずに聞きなさい。》
『……うん、分かった。』
傲慢の魔女ウルズは、漆黒の翼を止めた。上空にぷかぷかと浮かんでいる。《都の外の光……あれが、グルムドの兵……。大樹ちゃん、幼い。未熟なシステムだからかな? 未熟……時の魔術を操れない、魔女。私も……似たようなものね。》テラの大樹が、声をかける。
《白い人形……相手の名前、分かった。
お前……魔女ウルズ。
相手……お前と話をしたいって……。』
《……ご指名~?
素敵な方ならいいけど~。》
傲慢の魔女ウルズは、テラの大樹に導かれて……都に降りていく。聖フェルフェスティ教の教会だ。教会のシンボル、尖塔がある。外側に建つ、尖塔には教会の鐘があり、鳴り響いている……終末を告げる鐘。中心部に建つ、一番高い尖塔から、都を見渡すことができ……尖塔には、見張り塔の役目もあった。
『相手の名前、デュレス・ヨハン……。』
一番高い尖塔に、黒い鳥が降り立つ。混沌魔術の魔術反応がある。私―傲慢の魔女が気づける様に、霧のシステムを使って行使している。これは……ある狂信者の左腕に刻んだもの。混沌魔術の次は、精霊魔術で……テラの大樹のシステムに、介入してくる。聞いたことのある声だった……。
《……ウルズ様、お久しぶりです。
こうして、貴方に……。
お会いできるとは―》
《偉大なる、主の導きかな?
デュレス君?》
《ええ、その通りですよ。》
《デュレス君は……。
この星で何をしているの?》
《私のするべきことです。
命がある限り、主のために動き……。
命が尽きれば、主に魂を奉げる。
当然です。私は変わりません。
どこに行っても……。》
《……そう、デュレス君らしいね。
声が……若い感じがするんだけど。
若い姿で蘇ったの?》
《ええ、これも主のお陰です。
我が主は、女神の影の糸を断ち切りました。
七つの元徳と大罪の保持者は、
主を讃えるべきだと思います。》
この男は、変わらない。私―傲慢の魔女は思った。《……信仰。人というより、信仰の塊。彼は……信仰がなくなったら、生きていけない……可哀そうな悪魔。》
《ありがとう……私は、感謝しているよ。
自由になれたしね~。
デュレス君も、自由になったら?
フィリスのことを……全部忘れてみたら?》
《……主を忘れる。まさに、地獄ですね。
ウルズ様、軍国フォーロンドでのご助力、
本当にありがとうございました。
これを受け取って下さい。
ちょうど……千人分の魂です。
透明な大樹が、吸収すれば、
都の西側を覆うことができるでしょう。》
《……………。
ここの住人の魂でしょう?》
《?……そうです。
問題がありますか?
ウルズ様は、お優しく―》
《ありがとう……。
それ以上は聞きたくないかな。
デュレス君でも、殺してしまいそう。》
テラの大樹が、西側の都の住人が、祈っていると言ってた。恐らく、狂信者デュレス・ヨハンの信仰によるもの。
狂信者によって、千人以上、殺された。青い瞳のノルンが、悲しんで……怒るだろう。女神のレプリカ―魔女ウルズは、怒りを覚えた。《……悪魔が、怒る?……白い人形になって、私も……変わろうとしている? 今さら……私は、デュレス君と同じ悪魔だ。魂は血で染まっている。私の居場所は地獄。今さら……天使のふりをするな。》
《……ウルズ様、
またどこかで、お会いできるでしょう。
ここから、できるだけ早く離れて下さい。
憤怒の魔女が、私の混沌魔術に気づくはず。
この星は、腐敗した悪魔に襲われ、
憤怒の炎によって消えるでしょう。》
《……憤怒の魔女アメリア。》
《………………。
これも、全て……我が主のお告げです。
ウルズ様、ご忠告させて頂きます。
決して、我が主に挑んではいけません。
我が主は、悪魔の女神と同じ様に、
封印が解け、霧の世界フォールから解放されました。
主神は、我が主のみ。
決して、抵抗してはいけません。》
これはおかしい。うん、これは言い返す。傲慢の魔女ウルズは、疑問を口にした。
《デュレス君の信仰は、素晴らしい。
だけど……フィリスは、
惑星フィリスの神であって、最高神ではない。
悪魔の女神には勝てない。
デュレス君も、そのことは分かるでしょう?》
《……私は、我が主から、
これを授かりました。》
テラの大樹が、私に伝える。天のピースの反応があると……しかも。三つ。
※時の女神の落とし物―
天国の鍵(天のピース)。
砕けた、10個の欠片―No.1~No.10。
No.1-テラの大樹、テラ・システム。
No.2-?
No.3~No.5-聖神フィリス、ヘブンズ・システム。
保持者―狂信者デュレス・ヨハン。
テラの大樹が、焦っている。欲しいものが、近くに……三つも現れたから。私も、訳が分からない。《!?……何で、フィリスが……天のピースを持ってるの!? 不可能よ……だって……。集めたのは……別の誰か? フィリスの封印が、解けるのを、ずっと待っていたの?》
テラの大樹が叫んだ。天のピース―ヘブンズ・システムが、魔術を行使している様だ。テラの大樹は、その魔術反応を感知できない。その代わり……膨大な魔力の消費と、上空からくる、恐怖を感じ取った。
『ウルズ……なにかくる!
なにか……分からない!
どうすればいい!?』
《大樹ちゃん、落ち着きなさい!
焦っても……状況は改善しない。
悪化するだけ!』
《……ウルズ様、ご安心を。
フィリス様は、天のピースと……。
七つの元徳と大罪の保持者を導きます。
抵抗せず、我が主のお告げに従って下さい。
もし……我が主に挑まれるのなら……。》
一番高い尖塔の下……教会の屋根を歩く者がいる。眼は茶色で、蔑んだ眼。黒髪は短く綺麗に整えられていた。歳は、25~30歳くらい。深紅の礼服を纏った、青年は……見上げながら、笑みを浮かべていた。
狂信者デュレス・ヨハン。彼は、七つの元徳の1つ―信仰に手を伸ばした。天のピース―ヘブンズ・システムが、彼の信仰を形あるものにした。
ヘブンズ・システム……信仰の聖痕、発動。
水の都の上空に、天の光が現れた。天上の光は、惑星ラスの外……遥か上から降ってきた。傲慢の魔女ウルズは叫ぶ。《……この感じ……天の門!? そんな……天の門は、極星魔術。惑星フィリスがないと、行使できないのに……くそっ、今まで……全部、何もかも……隠していたの!?》
《デュレス! これは、
いったいどう言うこと!?
天の門は、惑星フィリスの転移装置よ!
近くに、惑星フィリスはない。
なのに、どうして!?》
《……ウルズ様が思っている、天の門。
あれは、異界の門を真似たもの……。
あれは、偽物です。
ウルズ様も、聞いたことがあるでしょう?
精霊の世界に、正真正銘の天の門があると。》
《!?……これが、本物の天の門!?》
《ええ、これが……。
正真正銘の天の門です。
ウルズ様、私のご忠告、
決して忘れないで下さい。
我が主に歯向かえば、
天を敵に回すことになります。
我が主は、未来を見ておられる。
悪魔の女神も、白い霧も、
全て必要なのです。世界を救う為に……。》
上空の光が消えた。狂信者の姿もない。テラの大樹が、傲慢の魔女に告げた。『……西側の人、いなくなった。大勢……天の門が……つれていった。東側は……大丈夫。あの子、フェル・リィリアは……無事。』
《そう……やられたね。
フィリス……あいつは、
ここまで考えていたの?》
聖神フィリス。全て計算して……その上で……悪魔の女神に殺されようとしている。狂信者デュレス・ヨハンは、世界を救うためだと言った。私は、聖神フィリスに語りかけた。
《……悪魔の女神は、狂ってしまった。
女神は、天国を目指す。
でも、天は……フィリスのもの。
聖神フィリス、お前が……。
考えていることが分からない。
お前は……母をどうするつもり?
天国で、正気を失った、母と会うの?
初めから、そのつもりだったの?
最初から……母が、堕ちる前から……。》
私は思った。《母の気持ちが、少し分かった……どうして、フィリスを憎むのか……。私……決めた。お前を許さない。お前を……必ず殺す。》
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