第42話『水の都ラス・フェルトの悪魔②』


 ここは、惑星ラス。水の都ラス・フェルトの外……なだらかな丘、木々がまばらに生えている。その丘は、水の都の住人の憩いの場だった。でも、今は……銃声が鳴り響く、戦場と化していた。


 辺りは、血の海。科学技術が発展している、強国グルムドの兵が……また一人、また一人、倒れていく。テラの大樹が、教えてくれる。歩兵部隊―服役隊。ここにいる奴らは、服役囚……ほぼ全員が、屑。魂が真っ黒ということを。罪人の首を刎ねても、心は痛まなかった。


 

 私は、白い瞳のルーン。大樹の透明な根、若葉色の光に包まれている。両手に、騎士の剣を呼び……グルムドの兵の腕を、足を切断した。そして……罪人の首を刎ねた。


 ピッ! テラ・システムが、報告した。捕獲した魂の数、58……59……62。どんどん、増えていく。でも、水の都ラス・フェルトをまるごと、転移させるには……全然、足らない。テラの大樹が、私に伝える。


 “約20000”……水の都ラス・フェルトの転移に、必要な魂の数だ。“今は、62”……桁が違う。都を包囲している、強国グルムドの兵は……およそ10万。都の東側に6万。西側に4万の兵士が、存在している。歩兵部隊―服役隊は、5000人程しかいない。魂が真っ黒な罪人を、全員殺しても足らない。


 歩兵部隊―服役隊の後方には、大きな鉄の機械が、幾つもある。服役囚が逃走……或いは、裏切った時にすぐに処理するためだろう。


 

 遠くで、爆発が起こった。服役囚の兵士が、逃走したのだろう。大きな鉄の塊が、ゴロゴロと鈍くて、大きな音を立てながら……私に近づいてきている。


 銃弾が飛び交う。テラの大樹が、教えてくれる。弾丸の軌道を……身を低くすれば、銃弾には当たらない。私は、駆けた。白い狼の様に……。


 

 ノルンの夢の中にいる、獣人のフィナが助けてくれている。靴は、履いていない。足の裏は、水晶に覆われていて……足の爪は、鋭い水晶の爪になっている。テラの大樹が、呟いた。


『ルーン……囲まれている。

 転移魔術で……とばないと―』


『大樹、魔力を無駄にしたくない!

 致命傷を避けられたらいい!』



『……分かった。

 

 このペースなら、

 すごく……時間がかかる。


 覚悟して……。』



『………………。』


 ピッ!……テラ・システムが、報告。捕獲した魂の数……62……65……68。今は、暗い夜。夜が明ける頃に、目標達成できるかもしれない。


 水の都ラス・フェルトの西側は、白い霧に襲われていた。私は、思った。『……ウルズお姉ちゃんが、助けてくれないと……全然、間に合わない。あんな姉だけど……信じてみよう。今は……眼の前の兵士に、集中しないと……。』


 ドォン! ドォドドドドド—---! 無数の銃弾が、連続で発射された。小型の機関銃。丘の窪みに隠れていた、グルムドの兵士が飛び出して……機関銃の引き金を引いた。服役囚の兵士とは……服装が違う。身に着けている、装備も違う。服役囚は、長銃一丁しか持っていない。しかも、旧式の銃だった。


 

 私の眼の前にいる、グルムドの兵士―職業軍人。彼ら、彼女らが、本当のグルムドの軍人なのだろう。必ず数人で動き、互いにカバーし合っている。不用意な行動や発言はしない。ただ、命令に従い、実行する。テラの大樹が、私に伝える。正式な軍人たちは……魂が黒くない。白くはないが、灰色だと……。


 ピッ! テラ・システムが、報告。捕獲した魂の数、69……70……。70で止まった。70より増えない。正式な軍人たちは……魂は黒くない。罪人ではなかった。それを聞いて、私の動きが、一瞬鈍った。


 

 罪人なら、別に気にしない。でも、正式な軍人たちは、誇りを持って……国を守る為に、命をかけている。人を殺してはいるが、軍法会議にかかる様なことはしていない。服役囚の兵士たちとは違う。私は、迷ってしまった。銃弾が飛び交う、戦場で……回避行動が遅れてしまった。


 無数の銃弾が、発射される。ドォドドドドド—---!


 腹部に6発、腕や足に5発……脳や心臓―星の核は、大丈夫だけど……明らかに致命傷。一瞬、激痛で気を失ってしまった。



 私は血を流して、倒れている。息も絶え絶え……ゆっくり、誰かが近づいてくる。グルムドの兵士が、私に止めを刺そうと……。『……ミスった。駄目だね……躊躇したら。いいグルムドの……兵士さんにも……失礼。ごめんなさい……本当にごめんなさい……私は……貴方たちを殺します。』


 

 女神の極界魔術―再生の聖痕。時が戻るかの様に……私の傷がなくなっていく。起き上がりながら、数本の槍を呼んだ。槍で胸を貫かれた、グルムドの兵士は、驚いた表情のまま……倒れて、動かない。銃声が鳴り響く。私は、大きな鉄の盾を呼んだ。


 ギィン! ギィ—! 金属と金属がぶつかって、甲高い音が鳴った。私の前に、2m程の鉄の盾が、地面に突き刺さっている。


 私はふらついた。聖痕の痛みが、襲ってきた。再生の聖痕は、私を死から救ってくれる。でも……痛みは消えない。致命傷を負い過ぎたら、気絶してしまう。そうなったら、死なないけど……グルムドの兵士に捕まる可能性がある。


 水の都ラス・フェルトを救えない。金色の髪と青い瞳、フェル・リィリアも助けられない。テラの大樹が、危険を感知した。『……ルーン、大きな鉄の機械……戦車、ルーンに向かってる……撃ってくるよ。』


『大樹、私が気絶したら、

 騎士神を呼んで……。

 

 絶対に、ノルンを呼ばないで。

 お願い……。』



『……ルーン、約束できない。

 

 ノルンは……もう弱くない。

 ノルンは……貴方を守ろうとする。


 その気持ち、大切……否定しない。』



『……………。』


 ドォオオオォォォ—! 私の眼の前にあった、鉄の盾が吹き飛んだ。私は見た。大きな鉄の機械―グルムドの戦車。どうやって動いているのかは、分からないけど……強力な火砲を搭載した、10m程の鉄の塊。


 霧の世界フォール、惑星オーファンの機械の蜘蛛の様に、地面を滑っている。ただ、物凄く重たい為……ゴロゴロと鈍くて、大きな音が鳴る。戦車が、通ったあとの地面がへこんでいた。


 テラの大樹が、私に伝える。戦車に搭載されている、火砲が、再び火を噴くと……。直撃すれば、致命傷となる。だから……テラの大樹は、最も安全な方法をとった。


 テラ・システム―クロノス……起動。テラの大樹が、私を転移させた。転移魔術―異界の門。回転する、銀の輪は……火を噴いた、戦車の上に現れた。


 トンと乾いた音がなった。私は、戦車の装甲に触れる。冷たい、鉄の感触……戦車に乗っている、兵士は三人。魂は黒くない、灰色。私は……槍を呼んだ。戦車の中に……。


 戦車は、動かなくなった。操縦していた者が、亡くなったから……。テラの大樹が、報告した。今、捕獲した魂の数は、70。戦車を操縦していた、三人の兵士の魂は……システム―クロノスに消費されたとのこと。


 テラ・システムは、まだ未完成。星間循環システムとは言えない。ノルンの星の核に供給される、魔力は……テラの大樹が必死に集めても、それ程多くない。再生の聖痕が優先され……次に、身体強化と武器出現、システム―フェンリル。供給される魔力の中で、残った分では……システム―クロノスを、行使することはできなかった。


 女神の霧のシステムでさえ、転移魔術の行使には、沢山の魔晶石が必要になる。大樹が呟いた。続けて……私も呟く。『システム―クロノス……人の魂で言えば……三人分、必要。でも……再生の聖痕に頼れば―。』


『痛みに襲われて……私は気絶する。

 私が、未熟だから……。


 お母さんは……もっとうまく、

 時の魔術を行使する。


 時を奪って、

 夢を創ってしまう……。』


 眩暈がした。痛みが酷くなってきた。沈黙している、戦車の上で……私は、座り込んでしまった。『もう限界? まだ、70だよ?……目標は20000なのに。弱い……全然、弱いよ。ウルズお姉ちゃんなら……傲慢の烙印で、かすり傷も負わない。アメリアお姉ちゃんも、爆炎であっと言う間に、焼いてしまう。でも、私は……死なないだけ。すぐに、気絶してしまう。』


 私は、力が欲しい。もっと力が……大切なものを守れるだけの力が……。そうだ、私には……大罪がある。もっと欲深くなればいい。極界魔術を行使すればいい。もっと強欲に……私も、強くなりたい! 



※テラの大樹、テラ・システム。


希望の聖痕(90) → ノルンの希望、↓減少。

強欲の烙印(10) → ルーンの強欲、↑増加。


 私は、手を伸ばそうとした……七つの大罪―“強欲”に。その時……大切な、もう一人の自分、ノルンの声が聞こえてきた。



『……ルーン、私もいるからね。

 弱くていいんだよ。皆に頼ればいい。


 私は、そうして生きてきた。

 頼ることが、間違っているの?


 ルーン……。

 私の生き方……間違ってる?』


 ピタッ……私の手が、止まった。極界魔術―“強欲の烙印”を……行使しなかった。強欲の魔女となれば……恐らく、すぐに魂を集めることができる。そして、私が成長して、強欲の魔女となることを……女神のレプリカ―傲慢の魔女ウルズは、望んでいる。


 でも、強欲の魔女になったら……きっと、ノルンを欲してしまう。ノルンの魂を……希望の聖痕を喰ってしまう。


 テラの大樹が、危険を感知した。大空を……何かが、飛んでいる。生き物ではない。鉄の塊……かなり速い。“戦闘機”と呼ばれるものが、近づいてきていた。私は、意識を失う前に……ノルンに伝えた。


『……ノルン、ありがとう。

 止めてくれて……。


 たぶん、また……。

 ノルンを食べていたと思う。』



『止めるよ、何度でも……。

 

 だって、ルーンは、

 強欲の魔女じゃない。


 私も、食べられたくないし……。

 

 ルーン……騎士の神様に、

 助けてもらうね?』



『……うん、ありがとう。』


 大空を飛翔する、グルムドの戦闘機から……何かが、放たれた。戦闘機から離れて、推進装置で、空中を突き進んでいく。たぶん、システム―クロノス。転移魔術―異界の門を行使しないと、逃げられない。でも……貴重な、人の魂を消費するわけにはいかない。私は、ノルンを信じて……ゆっくり、眼を閉じた。


 戦闘機から放たれたもの―誘導弾が、炸裂した。ゴォゴオオオォォォ—! 赤き魔女アメリアの爆炎の様に……私の周囲を焼き尽くす。爆炎に襲われ……私は、意識を失った。


 

 グルムドの兵たちが、近づいてくる。消えない炎を眺めていた。彼ら、彼女らは安堵した。悪魔の少女が、炎に焼かれ……地獄に帰っていったと。確かに、幼い少女は、気絶した。


 でも、少女の代わりに……別のものが目覚めた。正真正銘の神、霧の世界フォールの堕落した神が、システム―フェンリルを起動した。


 無数の槍が、空から降ってきた。グルムドの兵士の肩や腰に……胸や腹部に突き刺さる。テラの大樹―若葉色の光が、人の魂を運んでいき……。



 ピッ!……テラ・システムが、報告。捕獲した魂の数、70……90……115。魂の数が、急速に上昇した。


 消えない炎の中から、一人の少女が出てきた。白い人形は、目を瞑っている。気絶しているので、だらんと力が抜けていた。頭が垂れている為……表情を窺うことはできない。


 白い人形から、白い霧が発生した。白い霧は、生き物の様に動き……大きな何かを形作っていく。5~6m程の人狼の様だ。白い霧でできているので、とても儚い。“騎士神オーファンの影”。


 人狼の悪魔を目撃した、グルムドの兵士は撤退していく。騎士神オーファンは、白い人形を使って……グルムドの兵士たちに告げた。



【……逃げる者を斬るのは、

 好きではない。


 逃げるな、戦え……。

 儂は、戦う者が好きだ。


 勇敢な者には、

 苦しみのない死を……。】


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