時の間「聖神フィリスは、女神に殺されることを望み……聖域に、悪魔の女神を呼ぶ。」
ノルンが生きている―再生の時。
聖神フィリスの聖域、聖神の聖なる火。小さな太陽が、聖域を照らしている。聖神の手の中で……時の魔術を宿している、青い水晶が輝いていた。
爆ぜる様な黄色の瞳を持つ、魔女エレナは……女神の影アシエルの糸が切れてしまい、座り込んでいた。
青い瞳のルーン。幼いルーンの魂は、不思議に思った。『!?……何で? どうして? ノルンが、あいつの手の中にいるの!?』
聖神フィリスは、人の神に嘘をつく。
《フレイ、オーファン……。
女神に盾つく、愚か者になるのですか?》
「その言葉……可笑しいと思わないのか?
女神の影を燃やしたのなら、
女神に罰せられるのは、お前だぞ?
フィリス……。」
赤いリボンと金色の髪―ミトラ司教は眼を瞑りながら、一歩前に出て、惑星フィリスの神と対峙する。人の神である、聖母フレイを宿して……。
聖神フィリスは答えた。
《僕が燃やしたのは……。
女神の影だと思い込んでいる、哀れな女です。
アシエルは……。
ノルフェスティ様の従者に過ぎない。
長い年月が、彼女を狂わした。
時の女神の影になったと思い込んでいる。
本当に哀れですよ。
間違いを正すのも、
我らの重要な役目です。》
「……………。
そうだな、間違いを正すのは、
重要なこと。
私も……堕落神の分際で、
時の女神の良き理解者だと、思い込んでいる……。
愚か者を罰するとしよう。」
《……良き理解者だと思っていません。
昔の話ですが、僕は……。
女神にとって、最も重い罪を犯しました。
僕は……ノルフェスティ様に殺されて、
消えるべきだった。
でも、そうならなかった。
女神が、僕を罰するまで、
まだ、重要な使命があるということ。
悪魔の女神がお目覚めになられ、
新たな女神をお選びになる。
僕は、新たな女神に仕える。》
霧の人形の様に、美しい少年。教会の悪魔は、右手を伸ばす。女神の娘の水晶が浮かび上がり、時の魔術を解放した。
聖母フレイは叫んだ。
「フィリス!
罪を犯したという、
自覚があるのなら……。
自らを罰して、自害しろ!
これ以上、罪を重ねるな!」
《フレイ……これは、僕の我がままです。
役目を終えた時……。
僕は、ノルフェスティ様に消されたい。
女神の娘を攫った愚か者は、
女神によって罰せられるべきです。》
「!? フィリス……お前―」
聖神の聖域、時が停止した。
女神の娘、ノルンの時の魔術が、周囲の時を止めた。止まった時の中で……聖神フィリスは近づいていく。
ルーンの魂は、テラの大樹のシステムによって、ノルンの魂にくっ付いている。その為……青い水晶から解放されている、時の魔術の影響を受けなかった。
ミトラ司教―聖母フレイは、フィリスに叫んだ状態で止まっている。黄色の瞳を持つ、魔女エレナは座り込んで、ぼーと見つめているだけ。
軍国の冒険者や荒野のオークは、ミトラ司教と同じ様に止まっていた。
青い瞳のルーンは怖くなった。ノルンは、生きているはずなのに……。『……あの水晶、ノルンの星の核? どうして……なんで!?』
聖神フィリスは微笑みながら、ルーンに告げる。
《女神の娘よ、もう一度だけ、
僕を信じて下さい。
僕と一緒に、天国へいきましょう。》
『!?……いや! 絶対にいや!!』
《……困りましたね。仕方がありません。
無理やり、連れていきます。》
聖神フィリスは近づく。女神の娘ルーンを捕まえようと、左腕を伸ばした。その時……ズバッ! 聖神の左腕が切断された。
狼の様な荒々しい息遣い。栗色の髪と白い犬の耳と尻尾。獣人のフィナが、騎士の剣を呼び……両手で持って振り下ろした。
「我慢しましたよ。我慢できずに、
動いてしまいそうでした!」
獣人のフィナが、振り下ろした騎士の剣を……そのまま横に振る。聖神フィリスは、身を屈めてかわして……後ろに下がって、フィナの間合いから離れた。
不思議なことに、聖神の左腕。切断された箇所から、一滴も血が流れ落ちていない。ノルンの青い水晶が、教会の悪魔の時も止めている様だ。
《……………。
オーファンの従者、
なぜ、動けるのですか?
ノルンお嬢様と深い関りがある様には、
見えませんが―》
「お前の濁っている眼では見えないだけだ!
私は、ノルン様とルーン様と、
魂で結ばれている。
お嬢様に寄るな!
このロリコン、変態野郎!」
《……………。
君は、確か……元は精霊でしたね。
城の精霊……それなら納得です。
フレイよりも……。
ノルンお嬢様の傍にいたのでしょう。》
「……………。」
獣人のフィナは、大樹のシステムの影響を受けている。
テラの大樹の三つのシステム。テラ・システム―フェンリル、クロノス、ノルニル。テラの大樹は、ノルンの夢の中で成長して、ノルンと深く関りがあるものを根で覆っていた。
騎士神オーファンも。今、まさに……騎士神の星の核も手に入れようとしている。
でも、それは異なる時―終焉の時の中。
ここは、再生の時。聖神フィリスでも、そのことに気づけていない。異なる時に平行して存在できる、女神の影アシエルは……今、この場所にいない。
テラの大樹は、惑星テラを守る為に……青い瞳の人形が、勝てる様に必死になって、必要なものを集めている。
再生と終焉の時の中で……。
青い瞳のルーンは、騎士の剣を構えるフィナに横から抱きついて……フィナに疑問をぶつけた。
『フィナ! あいつが持っている水晶。
あれ……おかしいの!
あれ……ノルンの星の核!
どうして!?
ノルンは生きているはずなのに!
訳が分からないよ!』
「……………。
ルーン様、落ち着いて下さい。
ルーン様が無事なら、ノルン様も無事です。
それは間違いありません。」
《ええ、安心して下さい。
こちらのノルンお嬢様は、無事ですよ。
この水晶が、時の魔術を解放している。
何よりの証拠です。
白き人形は、地獄の門を開いた。
アシエルは、白き人形の魂を、
こことは異なる時の中へ運びました。
ですが……双子の魂は、僕の聖域に訪れた。
互いに呼び合っているのが、よく分かります。
あともう少しで、
再会することができたのですが……。
惜しかったですね。
アシエルが、ノルンお嬢様を―》
「うるさい、黙れ!
お前は、幽霊女に従って……。
あの炎を操った。そうだな!?」
聖神の聖なる火。聖神の真上で、小さな太陽は輝き続けている。聖神フィリスは、微笑みながら、獣人のフィナに告げた。
《ええ、アシエルの命に従いました。
時の魔術を行使できる、
という確信が持てなかった。
時の魔術を行使できなければ、
アシエルには勝てません。
ノルンお嬢様の目覚めが、早ければ……。
僕の炎で焼かれることはなかったでしょう。
あの時は、非常に……心が痛みましたよ。》
「余計なことをぺらぺらと……。
お前は、ここで殺す……絶対に!!」
《僕は、ノルフェスティ様に殺されたい。
女神以外の者に……。
殺されるつもりはありません。》
聖神フィリスは、残っている腕……右腕を天に掲げた。空中に浮かぶ、ノルンの青い水晶が青く光り輝く。ノルンの時の魔術を解放して……。
青い瞳のルーンは叫んだ。もう叫ばないと、感情をコントロールできない。
『答えろ、答えて!
その水晶は、いったいなに!?
どうして、お前が持っているの!?』
《これは……ノルフェスティ様の時の魔術によるもの。
本来なら、一つしかありません。
時を越えて、僕の手の中にある。
優秀な配下が、持ってきてくれたんですよ。
デュレス君は、とても優秀だ。
どの時にいても、彼の信仰は揺るがない。
異なる時に存在する、僕の時の魔術。
異なる時に存在した……デュレス君の魂によって、
時を越えて、この水晶は運ばれた。
魂を奉げる、彼の信仰は、
実に素晴らしい。
安心して下さい。
ここの時の中では……今、これとは別に、
ノルンお嬢様の体の中にあります。
時の魔術。女神の夢が消えれば、
二つの時は、一つになるでしょう。
そうなれば、星の核も一つになる。
正真正銘、ノルンお嬢様の星の核となる。
星の核はどちらにいくでしょうか?
白き人形の体の中か……。
それとも、僕の手の中か……。
我らの主である……。
ノルフェスティ様に、決めて頂きましょう。》
異なる時―終焉の時の中で、ノルンは亡くなっている。狂信者デュレス・ヨハンに、魂を抉り取られて……ルーンは、ただ悲しくなった。
『うそ、じゃあ……それ―』
聖神フィリスは微笑みながら……青い瞳のルーンと獣人のフィナに告げた。
《ええ、ノルンお嬢様から、
抉り出した星の核です。
お嬢様の様に、本当に美しい。
そう思いませんか?》
『!?ーーーーーー!?』
言葉にならない絶叫。獣人のフィナは、感情を抑えきれない。システム―フェンリルを暴走させた。
騎士の剣や槍。双剣、鎌……神聖文字が刻まれた、あらゆる武器が呼ばれて、空中に浮かんでいる。
神聖文字が解放されて、限界まで加速した。
惑星フィリスの主神に向かって……聖神の聖なる火―小さな太陽から、幾つもの光弾が放たれた。投擲された武器を、次々に撃ち落としていく。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー―――――――――――――――ーーーーーーーーー―――
小さな太陽の下で、ノルンの星の核は青く輝いていた。
白い霧が、星の核にも流れていく。
ここはノルンの夢の中、大樹のお城。二人の霧の人形と、幼いノルンの魂がいた。
『到着! 怖いお母さん、
来なかったね。』
『……もし、来ていたら、私たちでは、
どうしようもできなかったけどね。』
歳の近い二人の姉。魔女ヘルと魔女ヴァルは、扉の前で立ち止まっている。この扉を開ければ、城の中庭に出ることができる。
白い瞳のノルン。ノルンの魂は戸惑った。『城の中庭……中庭はいや……嫌な感じがする。中に入りたくない……お母さん、待ってくれていないかも。怖いお母さんかもしれない……やっぱり、嫌! 知りたくない……入りたくない!』
『じゃあ、ノルンちゃん、
私たちはここで待っているから、中庭に―』
『いや! 中庭には行かない!』
『……何で、
お母さんに会いたいんでしょう?』
『……………。
別にいいの、入りたくない。』
負の感情に陥る怪しげな橙色の瞳を持つ、魔女ヘル。安らぎを与える緑の瞳を持つ、魔女ヴァルが互いに顔を見て……にやりと笑った。
『ノルンちゃん、お姉ちゃんに逆らう気?
はい、駄目~。』
『ちょ、ちょっと、止めてよ!
ヘルお姉ちゃんとヴァルお姉ちゃん、
大っ嫌い。』
『……心こもってないよ~。
嫌いなら、魂の奥底から言わないと。』
ノルンは、二人の姉に無理やり運ばれていく。
扉を開けて、城の中庭へ。テラの大樹が透明な根を、四方八方に伸ばしており……中心部は何重にも、根が重なっていた。
若葉色の光と透明な根。とても綺麗で、神秘的だった。
若葉色の光が集まっている所に……銀色の長い髪の女性が、透明な根に腰を下ろしていた。二人の姉が、小さな声で囁く。
『ほら……ノルンちゃん。』
『えっ、一緒に怒られてくれないの?』
『怒られないって。
優しいお母さんだから……たぶん。
私たちは、ここで待ってるよ。』
白い瞳のノルンは、ゆっくり近づいていく。
お母さんと眼があった。ドキッとして……立ち止まってしまう。お母さんは、優しく微笑んでいる。『……本当に、優しいお母さん?』
『偽物じゃない……。
お母さん……お母さん!』
白い瞳のノルンは、泣きながら走った。
ただ、嬉しくて涙が出た。ぎゅっと、優しく抱きしめてくれる。身を屈めて……視線を同じ高さに合わせてくれる。微笑んでくれる、優しいお母さんだった。
『?……ノルン、どうしたの?
瞳が白くなっているよ?』
『お母さんのせい。お母さんのせいだよ。
全部、お母さんのせいだから!』
『うん、そうだね。ごめん、ごめん。
怖い思いをさせて。ノルン、ごめんね。』
母と娘は、一週間前に城の中庭で別れて……同じ場所で再会できた。遠くから、母と娘の様子を窺っている、二人の姉は……。
『ノルンちゃんって……12歳だよね?
お子ちゃまだな~。』
『ヘルもお子ちゃまだけどね。』
『うるさい、私は14歳……もう大人!』
『どこが? 年下の私にも分かる様に、
教えてくれる?』
『……ねえ、ヴァル。今、思ったんだけど、
私たち、どうやってここから出るの?』
『今さら!?
ノルンちゃんについていくしか―』
『ノルンちゃん、お母さん!
助けて、ここから出られなくなった!』
『……ここで、待たないの?』
橙色の瞳を持つ姉が走っていく。緑の瞳を持つ、ヴァルはため息をついてから、ゆっくり歩いていき……。
『……聞こえてないし……ヘルのバカ。』
『!? ヴァル、今……。
私の悪口、言ったでしょう!?』
『あ~、もうめんどくさい。』
銀色の長い髪に、全てが凍える白い瞳。悪魔の女神は、抱きついている白い瞳のノルンの髪を撫でながら……。
『外に出たいの? 小さい木に頼めば、
外に出してくれると思うけど?』
『お母さんは? 一緒に来てくれないの?』
『ノルン、ごめんね。
私は記憶として、ここにいるだけ。
一緒に行けない。』
『……………。』
『でも……私はここで待っているから。
会いたい時に……夢の中で会えるよ。』
『……お母さん……私、
お母さんに聞きたいことがあるの。』
白い瞳のノルンが、見上げながら言うと……悪魔の女神は少し考えてから、娘に優しく伝えた。
『もしかして、再生の聖痕のこと?
時の魔術のことは……聞かないで。』
『じゃあ……私のこと……。』
『?……ノルンのこと?』
『わ、私のこと……本当に好き―』
白い瞳のノルンは、両手で抱きしめられた。母の温もりが伝わってくる。
『ノルンのこと、大好きだよ。
守れるのなら、世界の全てを壊してもいい。』
『……………。
うん、分かった。』
『小さな木……娘たちを運んで。』
テラ・システム―クロノス……起動。二人の姉―ヘルお姉ちゃんとヴァルお姉ちゃんが、中庭から消えた。1週間前と同じ様に、転移魔術―異界の門で運ばれる。
悪魔の女神は、娘に伝えた。
『ノルン……フィリスっていう、
最低の男がいるの。
絶対に信じてはだめ。
お母さんとの約束……今度は守ってね。』
『?……約束破ったことないよ?』
『うん……それならいいの。
私がここにいることを、
忘れないでね。』
白い瞳のノルンの姿が消えた。テラ・システムによる、転移魔術。
『ノルン、大好きだよ……。』
ーーーー―――――――――――ーーーーーーーーー―――――――――ーーーーーーーーー―――――
ここは、ノルンが生きている再生の時。
夢の世界の外、聖神の聖域。聖なる小さな太陽から、幾つもの光弾が放たれている。獣人のフィナは、魔力が続く限り……オーファンの武器を呼び、投擲し続けた。
極星魔術―地獄の門。聖神フィリスは、星の外にある地獄の門に介入した。正気を失った、悪魔の女神を呼ぶ為に……。《新しき女神が誰になるのか……アシエル、それはノルフェスティ様がお決めになること。霧の人形を使って、時の女神の力を奪おうとした……貴方は、ただの反逆者だ。》
聖神フィリスは、自らの正義を示す為に叫んだ。
《僕は違う。僕は……。
ノルフェスティ様の為に動く。
ノルフェスティ様がしたくないことは、
僕が代わりにしましょう。
ノルンお嬢様が、ノルフェスティ様を、
苦しめるのなら……。
僕が、ノルンお嬢様を殺します!
何度でも……何度でもです!》
聖神フィリスは、正気を失っていない。初めから、悪魔の女神のことしか見ていない。遥か昔、天国にいた時から……。
時の女神を、“時から解放”できると思い込み……女神の娘を攫った。行方が分からなくなった娘を捜して、女神は堕ちた。悪魔の女神に変貌して、白い霧、霧の世界フォールが生まれた。
どれ程の月日が流れても、フィリスは変わらない。
この男が、時の女神を狂わした元凶。終末の時でさえ、悪魔の女神に殺されることを願い、女神の娘を殺したのだから。
青い瞳のルーンは、ただ怖くなった。『フィリスは……本当に狂っている。お母さん、どうして……この男を生かしているの?』
聖神フィリスは、本当の望みを叶えようとしている。《ノルフェスティ様が、眼を覚まして頂ければ……アシエルに打つ手はなくなる。あとは……全て、ノルフェスティ様のご意思に従うのみ。》
《ノルフェスティ様が、
霧の中で眠っておられるのなら、
お嬢様の星の核を使いましょう。
ノルフェスティ様、
ノルンお嬢様はここにおられます。
終焉の時。さあ、地獄の門よ!
役目を果たせ!
ノルフェスティ様のご降臨を!》
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