第35話『白い人形ノルンは新しき女神ルーンを討つ。終焉のsevendays⑥』【改訂版:Ⅱ】

 


 青い瞳のノルンが生きている―再生の時。



 ここは星の外、宇宙空間。


 二つの青い星、惑星フィリスとテラ。二つの星はとても近づいた。



 “惑星フィリス”からは、テラの森や鉄の遺跡が……“惑星テラ”からは、フィリスの国々、人の都がはっきりと見えた。



 黄色の太陽は、青い星に隠れて……どんどん暗くなっていく。“テラの衛星”、惑星テラよりも小さい灰色の星が、二つの星の周りを回っている。




 二つの門、異界の門と天の門は、ほんの数分でぶつかる。


 二つの門は壊れて、再生の聖痕が癒していくだろう。



 不幸を招く白い霧は、上下に行ったり来たり……二つの門の中に、白い海ができていた。女神の影アシエルは、非常に驚いている。



『そんな……あり得ない、あり得ない!

 再生の聖痕よ、娘の時を奪いなさい!』




 悪魔の女神の極界魔術―再生の聖痕+“??の??” 




 白い人形ノルンとルーンは、抱き合ったまま動かない。


 ノルンに、鋭いレイピアが深く突き刺さったまま……再生の聖痕が癒している。女神の影は、ノルンの時を奪おうとした。



 なのに奪えない、ノルンが消えないのだ。




『こんなこと、認めない!


 女神の……ノルフェスティ様の魔術を、

 役立たずが歪めた!? 



 恐れ多いことを!!



 女神の時の魔術を汚すなんて、

 万死に値する!!』





 白い人形を覆う霧の中で、目や口のない白い霧の幽霊―女神の影は絶叫した。


 

 ここまで、全て上手くいっていた。


 時の女神と共に堕ちた。随分と時間がかかった。女神の娘、霧の人形を使って、時の魔術を行使できる様になった。



 ようやく、時から解放されて、自由を手にすることができるのに。



『認めない、認めない! 

 お前は……お前が悪いんだ!


 

 お前が消えたから、

 お前がいなくなったから!


 

 ノルフェスティ様を狂わしたのは、お前だ!

 お前が、時を狂わしたんだ!! 



 お前が、城の外に出なければ……。

 


 ノルフェスティ様との約束を、

 破らなかったら……。


 皆、堕ちなくて済んだのに!!』




 何かが、再生の聖痕を邪魔している。


 時の魔術を妨害できるのは……時の魔術だけ、極星魔術―“希望の聖痕”。再生の聖痕は、希望の聖痕によって上書きされている。



 女神の影はノルンに邪魔をされて、再生の聖痕を、十分に操ることができなくなっていた。夢の世界で、ノルンが時の魔術を……。



 女神の影アシエルにとって、役立たずが時の魔術を……。




『認めない、認めない! 


 お前は、ノルフェスティ様の娘ではない! 

 認めない! 認めるものか―!!』




 極星魔術―異界の門と天の門。


 女神の影は両手を伸ばした。二つの門に向かって……転移魔術に介入していく。



 その時……世界が横に切れた。ドォゴオオオオオオオオオオォォォ―! 白い霧が、衝撃波を運ぶ。異界の門と天の門が……今、衝突したのだ。


 回転する銀の輪は、粉々に砕けて、輪の破片が宇宙に広がっていく。




ーーーーーー――――――――――ーーーーーーーーー――――――――――――ーーーーーーーーー




 白い霧が流れていく。



 ここは、青い瞳のノルンが生きている―再生の時。



 ノルンの夢の中、大樹のお城。青い瞳の少女は……目が覚めた。どこかの部屋のベッド。ゆっくり体を起こしていく。



『燃えた。私、燃えて……。』




 “テラ・システム―ノルニル……起動”。




 は震えている。


 本来の青い瞳ではない……ルーンの白い瞳と入れ替わっている。“幼いノルンの魂”は、聖神フィリスの聖なる火に焼かれて、黒焦げになった。


 生きたまま、皮膚が焼けていく。眼球が沸騰して、どろどろに溶けていく。全身を襲う激痛……苦痛と恐怖が蘇ってきた。



 ノルンは涙を流して、動悸が速くなり、酸素を十分に吸うことができない。このままだと、すぐに気絶してしまう。



 部屋の外から……聞いたことのない声が聞こえてくる。




『ノルンちゃん、遊びましょう!』



『……なにそれ? 

 そのテンションでいくの? 


 めんどくさいな~。』



『怖がってるんだから、

 楽しくなる様にしないとね!』



 ドッ! 部屋の扉が勢いよく開いた。


 銀色の髪と白い手足。初めて会う霧の人形……二人の姉がいた。白い瞳のノルンは戸惑った。『次から次へ……もう訳が分からないよ!』



 感情が爆発しそうになる。ノルンの周囲の時が乱れ始めた。



 ノルンの目の前に、二人の姉―四番目と五番目の霧の人形。



 四番目の霧の人形。

 

 負の感情に陥る怪しげな橙色の瞳を持つ、魔女ヘル。



 五番目の霧の人形。


 安らぎを与える緑の瞳を持つ、魔女ヴァル。




 二人の姉―四番目と五番目の霧の人形は、話し合っている。




『うわ、ノルンちゃん、

 混乱しすぎ。無理もないけど。



 怖いお母さんに、

 かなり怒られたみたいだね。



 お母さんと同じ、白い瞳。

 

 冷たい瞳になってしまって……。

 可哀そうに。』



『でも、ここにいたら、

 怖いお母さんがくるから……逃げないと。


 ノルンちゃん、お姉ちゃんだよ。

 私はヘル。こっちが―。』



『……ヴァル。よろしく。』



 橙色の瞳を持つ魔女ヘルと、緑の瞳を持つ魔女ヴァルは……嫌がる妹、白い瞳のノルンを無理やりベッドの中から出した。部屋の外へ引きずっていく。



『やめてよ! もう嫌なの! 

 もう外には出たくない!』



『……ノルンちゃん、

 優しいお母さんが待ってるよ。』



『!?……うそ、怖いお母さんしかいない! 

 私のお母さんはいないよ!』




『今ね、このお城、

 大きな大樹に覆われているの。


 白い霧の魔力を吸収してるんだよ。



 ノルンちゃんは、

 大樹を育ててないでしょう?


 私たちも……エレナお姉ちゃんも育ててない。



 怖いお母さんが育てるはずがない。

 無視してたし……。



 じゃあ、他に誰が残るかな?』




『もういいの、もうやめて! 

 また、怒られる。


 もう……怒られるのは嫌!』




『今回だけ……。

 私たちが代わりに怒られてあげるよ。


 めんどくさいから、今回だけだよ?』



『………………。

 ……どうするの?』



『おっ、ノルンちゃん、

 興味でてきた? 


 いいね、いいよ……じゃあ、行こう。

 怖いお母さんから、逃げるよ!』




 白い瞳のノルンは、手を引っ張られて一緒に走っていく。


 聖神の炎―聖なる火に焼かれてから、再生の聖痕が癒してくれたみたい。体が変……普通に歩ける。歩いても、呼吸は苦しくならない。走っても、少しずつ苦しくなるだけ。


 病弱な体は、ルーンと同じくらい強くなっている、そんな感じがした。ノルンの前を走っていた姉が立ち止まって……心配して声をかけてくれた。



『ノルンちゃん、頑張りすぎじゃない? 

 ……あとで疲れるよ?』



『ヘルお姉ちゃん、ヴァルお姉ちゃん、

 どうしてここにきたの?


 アメリアお姉ちゃんが、

 どこにいるか知ってる?』




『……分からない。たぶん、

 怖いお母さんの傍にいるんじゃないかな。


 私たちがここにきたのは……。』




『エレナお姉ちゃんに頼まれたから。

 エレナお姉ちゃんは三女。真面目で……。



 お母さんの頼みだったら、

 自分の魂も奉げてしまう程の……。

 

 お母さん大好きっ娘。』




『怖いお母さんに……魂を奉げるなんて、

 エレナお姉ちゃんらしいけど。』



『ほんと馬鹿だよ……ほんとに。』




 白い瞳のノルンは、話し合っている姉に質問した。



『お姉ちゃん、どこに行くの?』



『秘密……最後の遊びだから、楽しくいこう!』




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー―――――――――――ーーーーーーーーー――――――




 白い霧が流れていく。


 ここは、ノルンの夢の外……白い霧が衝撃波を運ぶ。



 異界の門と天の門が衝突した。


 回転する銀の輪は、粉々に砕けて、輪の破片が宇宙に広がっていく。女神の影アシエルは、極星魔術に極界魔術を重ねていく。



 悪魔の女神の極界魔術―“再生の聖痕+??の??”。




 再生の聖痕が、異界の門と天の門を癒す。


 白い霧が、大きな……大きな輪っかを創った。大き過ぎて、輪の中心にいるものでは、白い霧の輪の一部を見ることもできない。



 時と共により大きくなっていく。


 しかし、うまく発動できていない。


 

 ノルンの時の魔術が妨害していた。女神の影は……爆ぜる様な黄色の瞳を持つ、雷光の魔女エレナに語りかける。



『エレナ……力を貸して。ここまできて、

 霧の解放を、邪魔されるわけにはいかない!』




 極界魔術―“暴食の烙印”。


 女神の影は、異なる時―“終焉の時”に運んだ、雷光の魔女を使う。魔女エレナの魂に刻んだ、七つの大罪の一つを解放した。



 雷光の魔女の極界魔術を、“再生の時”へ運んでいく。



 白い霧と最も相性のいい、七つの大罪の一つ、“暴食”を……。




ーーーー―――――――――――――――――――――――――――――――――――




 再生と終焉、二つの時が近づいている。


 ここは異なる時―“終焉の時”。



 霧の世界フォールにある第六惑星オーファン……機械の星の外。宇宙空間に、騎士神の大剣があった。


 オーファンの鉄槌。大樹の根に覆われた、巨大な鉄の剣……大剣の上に、幼いルーンの魂と雷光の魔女がいた。爆ぜる様な黄色の瞳を持つ、魔女エレナ。



 ……本来の白い瞳ではない。テラ・システムが起動している。ルーンの白い首に赤い血がついていて、少し切れていた。



 怪我を負ったことで、再生の聖痕が発動して……。


 希望の聖痕によって、上書きされていた。




『極星極界魔術・

 帰天きてんの刻―“再生の時”。』




 周囲の時が止まっている。青い瞳のルーンが止めた。


 バチッ、バチッ……雷を纏うエレナの双剣が、ルーンの首に触れる状態で止まっていて……ルーンが見上げた。不思議そうに姉を見つめている。



『お姉ちゃん?』



『ノルン、ルーンに何をしたの? 

 教えてくれたら、ルーンは助けてあげる。



 お母さんに話して、

 どんな悪いことをしたの?』



『?……お姉ちゃん、私、ルーン。

 ノルンじゃないよ?』



 雷を纏う魔女エレナは腕を下げて、少し距離をとる。時が止まった空間で……雷光の魔女は、悪魔の女神から一時的に、“時の歯車”を授かっていた。


 時が止まった空間でも、時の歯車を加速させて動けている。




『極界魔術・

 元始げんしの刻―“時の化身”。』




 青い瞳のルーンは、怖くなって叫んだ。



『お姉ちゃん、言ってる意味が分からないよ!?』




『そう、とぼけるの? 

 怒られたくないから……誤魔化すんだ。


 悪い子ね、ルーンも、ノルンも。』




『お姉ちゃん! 嘘ついてないよ!

 ほんとだよ!?


 フレイ様に、無理やり、

 ここまで運ばれたんだよ!』




『そう、じゃあ……お母さんの為に、

 ここで死になさい。』




『!?……!?』




 魔女エレナは、時の歯車を加速させた。


 雷鳴魔術、爆ぜる雷となった……雷光の魔女は速すぎて、ルーンには見えない。気づいたのは、テラの大樹。雷が爆ぜた瞬間……大剣を覆う大樹の根に電気が流れた。


 

 大樹が感じたのは、単純な恐怖。何をしてくるか分からない。だから、最も安全だと思わる方法をとった。極星魔術―異界の門を……。



 “テラ・システム―クロノス……起動”。




 黄色の閃光が走る。魔女エレナは、双剣を振った……。


 空を切った。青い瞳のルーンがいない。



『転移魔術。貴方たちは……。

 とぼけて、逃げるのが得意ね。

 

 悪いけど……もう時間がないのよ。』




 白い霧が、魔女エレナを包み込んでいく。


 極星魔術―天の門。青い瞳のルーンと雷光の魔女エレナは、転移魔術でとんだ。




 ノルンがまだ生きている―再生の時へ。


 でも、惑星テラと惑星フィリスの間にあった……異界の門と天の門は粉々に砕けている。出口は存在しない。



 地獄の門が完成していない状態では、女神の影でも運べなかった。


 それなら、地獄の門を完成させればいい……。




 

 極界魔術―“暴食の烙印”。



 女神の影に導かれて、魔女エレナは、小さい黒い文字を解放した。


 白い霧の中で落下しながら、ルーンの魂を捜す。黄色の雷が、白い霧の中を流れていく。反応があった。微かな反応が……。


 

『近くにいる……逃がさない!』




 黄色の閃光が、霧の中を突き進んだ。


 女神の影は、再生の聖痕を……暴食の烙印で上書きした。ノルンの“希望の聖痕”とエレナの“暴食の烙印”がせめぎ合う。



 エレナは覚えていないが……遥か昔、人の姿で天国にいた。時の女神ノルフェスティの傍にもいた。魔力や魔術を操る技量、ノルンが、エレナに敵うわけもなく……。




 極界魔術―“再生の聖痕”。


 再生の聖痕が、異界の門と天の門を癒す。白い霧が、大きな、大きな輪っかを創った。時と共により大きくなっていく。



 女神の影アシエルは、魔女エレナを使って……呪いの言葉を紡ぐ。



『女神の名において命ずる。

 母なる白い霧よ、我の声を聞け。』




 白い霧が、世界を横に切った。


 巨大化し続ける、“白い霧の門”は霧で満たされている。極界魔術―“暴食の烙印”が、ノルンの“希望の聖痕”を上回った。



『我は終焉の時となり、女神に魂を奉げる。

 母なる白い霧よ、我が時を―終焉を運べ。』




『極界魔術・

 帰天きてんの刻―“終焉の時”。』




 今、地獄の門が開かれた。終焉のsevendays、最後の一日。




『さあ、地獄の門よ。

 白い霧を……時の女神を解放せよ!』




ーーーーーー―――――――――――――――――――ーーーーーーーーー――――――――――



 白い霧が流れていく。


 ここは、ノルンが生きている―再生の時。青い瞳のルーンは終焉の時から、再生の時へ帰ってきた。



『痛い! ピリピリする!』



 バチッ、バチッ……青い瞳のルーンは手が痺れた様で、両手を振っている。見上げると、小さな太陽があった。


 大きな空洞が、小さな太陽に照らされている。それ以外は、綺麗に何もない。何かに存在を否定された様に、全て無くなっている。



 手を振っていると、背後から誰か走ってきた。



「ノルン様―!」



『!? 痛い!』



 栗色の髪に、白い犬の耳と尻尾。獣人のフィナが、背後から飛びついて……泣きながら、青い瞳のルーンに抱きついている。



『痛いってば!

 ?……栗色。もしかして、フィナ!?』



「そうですよ、ノルン様。

 私です、会いたかったです!」



『フィナ、離れて……。

 私、ルーンだから!』



「えっ!?……青い瞳。

 あっ、あれ? そう言われて見れば……。」



 獣人のフィナが、青い瞳のルーンの髪や頬っぺたを、両手で撫でたり、つまんだりして……。



『もう、やめてよ! 

 フィナ、それどころじゃないの!』



「……うん、ルーン様ですね。

 でも、何で青い瞳に?」




『?……青い瞳?

 瞳の色が変わっているの?



 あ、でも……私のことを言うなら、

 フィナこそ……。



 何で幼女化して、犬のコスプレしてるの?

 そんな趣味が―。』



「ルーン様、誤解です!! 

 必死に生きてたら、こうなったんです!!」



 赤いリボンと金色の髪。ミトラ司教が目を瞑ったまま……じゃれあっている、二人に近づいてきた。


 ミトラ司教に宿る、聖母フレイは思った。「この二人が、霧の人形と堕落神……違う。どちらも微妙に違う……面白い。」



「暢気な、地獄の門が開いたと言うのに。」



 獣人のフィナは、物凄く嫌な顔をして俯いている。青い瞳のルーンは、ミトラ司教に会えて、とても嬉しくなった。『ミトラ司教が生きてる! 元の世界に戻ってこれた……ノルンが生きてる!』



『ミトラさん、生きて……良かった。

 

 聖母フレイ様、

 ミトラさんの傍におられますか?』



「?……なぜ、気づいた? 

 

 お主とは……今、初めて、

 会ったと思うが?」



『……それを話すと、

 長くなるんですが……。』




「そうか……なら、あとで良い。

 今は、その時間がない。」



「ええ!? 私は、とても気になるんですけど。

 ミトラさん、何で眼を瞑って―」



「あとにせよ、子犬。お主は早く……。

 オーファンの力を呼べ。


 残されている時間は少ない。

 無駄にするな。」



「!? ちょ、ちょっと、

 やめて! 体が浮くのは嫌―!」



 獣人のフィナが、ぷかぷかと空中に浮かんでいる。ミトラ司教に宿る、聖母フレイが、岩石魔術を行使した様だ。



 ここは、聖神フィリスの聖域。


 地底の大きな空洞、聖神の聖なる火。小さな太陽の下に、銀色の髪の少年がいる。声がとても魅力的な少年。白いローブに金細工。神聖な雰囲気を醸し出している、教会の天使。いや……天使ではなく、悪魔。



 悪魔の女神の従者であり、この星の主神、聖神フィリス。



 この星の主神の横に、雷を纏う魔女がいた。爆ぜる様な黄色の瞳を持つ、魔女エレナ。その背後には、白い霧の幽霊―女神の影アシエルがいた。



 。女神の影は、魔女エレナを使って、呪いの言葉を紡ぐ。



『本当に邪魔をしてくれる。

 でも、間に合わなかった。



 今、地獄の門は開かれた。


 白い霧は解放され……。

 あらゆる世界に、終焉を運ぶとしよう。』




「!? ミトラさん、降ろしてください。

 あの幽霊女は、許しません!」




「幽霊女? 女神の影のことか? 

 子犬、お主には見えるのか?」




「エレナ様の後ろにいるじゃないですか!? 


 あの卑怯者……私が、あの悪霊を……。

 地獄に落としてやります!」



 獣人のフィナには見えていた。


 ミトラ司教、聖母フレイは気づいていない。青い瞳のルーンは……白い人形の体を操られている。女神の影の声は聞こえても、どこにいるかは分からなかった。



『……声は聞こえる。

 でも、どこにいるか分からない。 

 

 私も、見えないよ……。』




「ええ!? ルーン様まで……。


 あそこにいます! 



 あいつは……ノルン様を傷つけました! 

 絶対に許せません!!」



 女神の影アシエルは、不思議に思った。『あの犬が、オーファンの鉄槌を呼んだ時……私を見ていた。今も見ている……偶然ではない。』



『なぜだ……なぜ、見える? 

 白い霧にしか、見えないはずだが……。』




《思い出したのでしょう。

 貴方のことを……。



 貴方の好きな苦痛は、

 記憶を取り戻す、きっかけにもなる。



 誤算でしたね、アシエル。》




 アシエル……女神の影は、何かを思い出した。


 古い思い出、とても古い。まだ、誰も……天国から堕ちていない。白い霧も存在していない。時の女神ノルフェスティの傍に、一人の女性がいた。女神の娘ノルンが覚えていないのだろう。顔は、ぼやけて良く見えなかった。



『……ノルフェ様、

 絶対に嫌な顔をしないでくださいね。



 いつも、その場を取り繕っている。

 私の身にもなってください。』




『分かっている。アシエル、

 本当に感謝しているから―』



『……本当ですか? 

 

 私……最近、メイドたちから、

 何て呼ばれているか知っています? 



 ノルフェ様の影ですよ、影……。


 

 ノルフェ様、なぜ……。

 眼をそらすんですか?』



 女神の影アシエルは驚いた。『!?……今のは、何だ?……天国にいた、私か?……待て、なぜ……あいつは知っている!?』




 聖神フィリス……。




『フィリス、貴様―』



 極星魔術、聖神フィリスの聖なる火。小さな太陽から、光弾が放たれた。一瞬で目標に到達する。


 ドォゴオオオオオオォォォ—! 女神の影に直撃した。霧の幽霊の手足が千切れて、聖なる炎に焼かれている。



 銀色の少年が、ゆっくり近づいてくる。女神の影に向かって……。




 魔女エレナの雷鳴魔術。


 雷光の魔女が爆ぜた、雷と化して消えた。聖神フィリスの手の中で……小さな水晶が、青く光っている。


 青い水晶から……なぜか、ノルンの時の魔術が解放されていた。聖神フィリスは、その水晶に声をかける。



《まさか、時の魔術を行使してしまうとは。

 あの時の約束を果たすことができそうです。



 ノルンお嬢様……貴方は、紛れもなく、

 時の女神ノルフェスティ様の娘です。》



 雷を纏う魔女エレナは、時の歯車も加速させた。黄色の閃光となり、双剣を走らせる。聖フィリス教会の悪魔に対して……。



 周囲の時が停止した。



 青い瞳のルーンではない。女神の影アシエルでもない。雷光の魔女エレナでもなかった。聖神フィリスは、魔女エレナにも声をかけた。



《エレナ……貴方は間違った。

 女神に魂を奉げることは素晴らしい。



 貴方を操っている、女神の影は……。

 影であって、女神ではありません。



 影に魂を奉げる必要はありませんよ。

 エレナ、安心して下さい。


 

 僕が、ノルフェスティ様を、

 復活させてみせましょう。》



 雷光の魔女は、時の魔術を行使できる。時の歯車を加速させる。一つの時の魔術であれば、抵抗することができた。止まった時の中でも、体勢を整えて……爆ぜて、再度斬りかかる!



《極星魔術・第三の刻―“審判の時”。》


 

 聖神の依り代である、第三惑星フィリスが星の時を止めた。二種類の時の魔術によって、再び停止。


 それでも、爆ぜる様な瞳をもつ魔女エレナは……何とか抵抗して、少しずつ体を動かしていく。


 女神の影アシエルは、魔女エレナの極界魔術―“暴食の烙印”を解放した。



《流石です、エレナ。

 貴方はまさしく、霧の人形だ。



 今回は引き分けにしておいて下さい。

 間違った糸を断ち切ります!》



『フィリス……私を裏切れば、

 全てを失うぞ! それでも良いのか!』




《愚問ですね、アシエル。

 僕は女神の従者です。



 影の従者ではありません。

 


 貴方の敗因は、

 ノルンお嬢様を馬鹿にしたこと。



 僕が時の魔術を行使できているのは、

 ノルン様のお陰だと言うのに。》




 小さな太陽が光り輝いた。


 幾つもの光弾が放たれ……燃え尽きて、女神の影は消えていく。



 周囲の時が正常に戻った。雷光の魔女エレナは、荒い呼吸をしながら……座り込んでいる。聖神の聖域、地底の大きな空洞には、女神の影はいなかった。




《さて、邪魔者は、星の外に帰りました。



 フレイ、オーファン。

 そろそろ、僕の質問に答えてくれますか?



 まだ、終わっていませんよ?》

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