時の間「青い瞳のノルンは、初めて……時の魔術を行使する。」

 

 ここは……異なる時。青い瞳のノルンは生きていない。



 女神の影アシエルが、全ての時を奪う“終焉の時”。



 宇宙に一筋の光が流れる。聖母フレイの極界魔術―重力の門によって、惑星オーファンへ……“幼いルーンの魂”は、ボロボロの状態だった。



 再生の聖痕は、魂の傷を治せない。


 再生の聖痕は発動していなかった。聖母が選んだ方法、重力の門が荒っぽ過ぎた。聖母が思っていたよりも、ルーンの魂は弱くて脆かった。


 

 惑星オーファンに辿り着く前に……燃えて、白い灰になってしまう。



 “テラ・システム―ノルニル……起動”。



 若葉色の光が、ルーンの魂を覆い始めた。ノルンの夢の中で育つ、テラの大樹。ノルンの夢が消えれば、大樹も消える。惑星テラを守る為、ここで消えるわけにはいかない。


 高温のガスに覆われているので、透明な根はすぐに壊れてしまうけど……壊れても、壊れても、幼い少女の魂を守り続けた。



 “ノルンとルーンの魂”が、壊れない様に。




 ルーンの魂も、気絶して夢を見た。


 青い瞳のノルンが生きている―再生の時……ノルンの夢の奥深くへ。



 ノルンの夢の奥深くには……そこには何もない。ただ、白い霧しか見えない。白い霧の中に、白い瞳の少女がいた。


 白い瞳のルーンは、青い瞳のノルンを、必死に捜していた。でも、ノルンは霧の中に隠れてしまって、見つけられなかった。



『ノルン! どこにいるの!?

 いい加減、出てきてよ!』



 青い瞳の少女はでてこない。


 霧の中を彷徨い続けていると……霧の中に、古い思い出を見つけた。思い出を形作っている、神聖文字はかなり古い。触れただけでも壊れてしまいそう。




 古い思い出は、どこかの花畑だった。


 色とりどりの花、色んな草木が生えて……天の光を浴びている。銀色の長い髪に、全てが凍える白い瞳を持つ、天上の女神―時の化身。



 母が花畑の中で佇んでいた。


 落ち着きのない女神は珍しい。心配そうに、キョロキョロと周囲を何度も見ている。どうやら、娘が帰ってくるのを待っているらしい。



 でも……この時、ノルンは帰ってこなかった。

 

 ルーンは、女神の思いを代弁した。




『ノルン、お母さんも心配している。

 


 どうして……母の言うことを聞かず、

 待っていなかったの? 



 どうして、隠れたの?』



 天上の女神は、時の魔術を行使した。愛する娘を必死になって捜している。霧の中から、白い霧の幽霊―女神の影が囁く……。



『ルーン……ノルンは、

 言うことを聞かず、いなくなった。



 ノルンのせいで……女神は正気を失った。


 本当に、それが正しいこと? 


 

 間違っている。間違った時が流れている。

 女神を狂わした時を消してしまえばいい。


 

 ルーン……貴方なら、それができる。


 天国に辿り着いて、

 新たな女神になれば、母を救える。



 母と一緒にいられるよ? 


 ノルンは……それを望んでいなかった?』



 母が歩いてきて、目の前にいる。母は気づいていない。手を伸ばせば、触れられる距離……女神の影は、白い瞳のルーンに囁く。



『ルーン……母と一緒にいたくないの? 


 今、手を伸ばさないと……。

 母も帰ってこないよ? 



 それでも、いいの?』



『……駄目。お母さん、待って!』



 白い瞳のルーンは、手を伸ばした。母の服を掴んだ……見上げると、優しい母が微笑んでいる。



『ノルン、どこかに行ってしまったの。

 お母さんも、行かないでよ!



 わ、私……一人は嫌。

 誰も気づいてくれないから……。

 

 お母さん、一人にしないで。』



 お母さんと一緒に過ごす……青い瞳のノルンの願い。白い瞳のルーンは、その願いを奪った。幼い子が、兄弟姉妹よりも親に愛されたいと思う、自然な思い。


 母と娘は抱き合って、一緒にいる。霧の中から、小さな黒い文字が近づいてくる。白い瞳のルーンは、幸せに包まれていて気づけなかった。



 七つの大罪の一つ―“強欲”。


 強欲の魔女は……欲しいものを、全て手に入れる。現に、傲慢の烙印が刻まれた、長女ウルズの星の核でさえ、奪っているのだから。



 女神と強欲の魔女は楽しくて、色々と話を始めた。


 すぐに、ルーンの魂は、女神に奉げられて……白い霧に喰われる。あとに残るのは、魂のない強欲の魔女だけ。



 それが、女神の娘……霧の人形の本来の姿。



 女神の影にとって、七つの元徳と大罪の中で一番いらないものが……女神の影から逃げた。どんどん下に落ちていく。



 落ちたのは、七つの元徳の一つ―“希望”。



 希望は落ちて……落ちて見えなくなった。女神の影は思った。『まったく……役に立たないものは、どうして、私を困らせるのかしら……。』


 

 女神の影が手を伸ばして、希望を捕まえようとした。




『お母さん……魂を奉げます。』



『!?……エレナ。』



 三番目の霧の人形、魔女エレナの声。


 女神の影の手が止まった。希望を無視して……別の霧の人形、魔女エレナのもとへ。七つの大罪の一つを手渡す為に。



『役に立たない希望や、

 小さな木が邪魔をしても、無駄。


 時は……私のもの。誰にも渡さない。』



 ルーンの魂が、白い霧に喰われると……言うことを聞かない、青い瞳のノルンも亡くなる。再生の聖痕も失われてしまうけど、それは仕方がない。


 女神の影がいらない希望も消えるのだから……それ程、悪い手ではなかった。




 聖神フィリスの聖なる火に焼かれて、ノルンの魂は消える。


 ルーンの魂は、大罪の強欲を手にして、白い霧に喰われる。



 ノルンとルーンの魂が消えれば、再生の聖痕も失われる。ノルンの夢も消えて、邪魔をする小さな木も消える。


 役に立たない希望は消えて……あらゆる世界に、終焉の時が訪れるのだ。




 でも、そうならなかった。


 再生の時の中で、聖なる火に焼かれても、ノルンの魂が消えなかったから……青い瞳のノルンが生きている。


 

 聖神フィリスの聖域、地底の聖フィリス教会。青い瞳の人形が、炎に焼かれている。痛みで気を失い……丸まって横になっていた。



 崩れた教会の中で、ノルンの魂は焼かれていた。



 女神の極界魔術―再生の聖痕。悪魔の女神は、魂を創れない。だから、魂の傷は治せない。もし、女神が全知全能の存在で、魂を創れたら……女神は堕落せず、霧の世界フォールが生まれることはなかった。



 愛する娘の魂を創ることができたら……捜して、堕ちることはないのだから。



 でも、女神は天国から堕ちた。行方が分からない、愛する娘を捜して。



 女神の影アシエルは手を伸ばして、佇んでいる。女神の影は、白い瞳の人形を使って、再生の聖痕を行使している。


 聖神フィリスの聖なる火には効果があり……弱まった聖なる火は再び、勢いよく燃える。



 



 だからこそ、女神の影は、再生の聖痕を行使した。聖痕でも治らない。絶望と恐怖を与える為に……ノルンが、苦痛と恐怖に負けて諦めたら、女神の影の勝ちだ。



 ノルンの魂は、炎に包まれて……ピクリとも動かない。全身を焼かれ、黒焦げに。そして、ぼろぼろに崩れて、白い灰になるだろう。



 女神の影によって、ノルンの魂は燃やされて、再生の時も消える。



『ノルン、痛いでしょう? 


 ノルン、言うことを聞きなさい。

 悪い子は、聖なる火に焼かれるの。


 

 ずっと、続くよ? 終わらないよ? 

 お母さんの言うことを聞きなさい。』



 言うことを聞いて、ノルンが諦めてくれれば、希望は無くなる。女神の影が、全ての時を奪う、終焉の時が訪れる。



 でも、そうならなかった。


 希望は、まだ消えていない。なぜか、時が戻るかの様に、ノルンの魂は元に戻っていく。聖なる火に包まれた状態で……。



 女神の影は、なぜ……このバグをすぐに、直そうとしなかったのか?


 女神の影は認めたくなかった。何もできない幼いノルンが、時の魔術―再生の聖痕を改善していることを。



 魂を癒している。悪魔の女神でもできなかったのに……極界魔術―再生の聖痕が変わろうとしている。女神の影は直視できなかった、眼をそらしてしまった。



 時の魔術を歪めただけ、そう決めつけてしまった。



 獣人のフィナが、オーファンの鉄槌を呼んだ。女神の影は、オーファンの鉄槌に注意を向ける。フィナがやったこと、オーファンの鉄槌は否定されたけど、決して無駄にはならなかった。



 その時だけ、女神の影は……燃えている人形を見ていない。



 “テラ・システム―ノルニル……起動”。



 ノルンとルーンの魂は、重なって混ざりあっている。ノルンの魂と、女神の極界魔術―再生の聖痕が……でも、それだけでは足らない。



 ノルンとルーンの魂は、燃えて消える。



 どうして……聖なる火に焼かれても、ノルンの魂は消えないの? 


 どうして……ルーンの魂は、白い霧―女神の影に喰われないの?



 ノルンの夢の中にいる、テラの大樹は……獣人のフィナの“天のピース”を用いている。さらに、惑星テラに助けを求めた。惑星テラを依り代にして、新たな魔術を行使する為に……。



 依り代として、惑星テラは応えるだろう。



 でも、それでも……足らない。



 ノルンの星の核が、ノルンに応えない限り……ノルンの星の核は、言うことを聞いてくれない。ノルンを持ち主だと認めていない。白い瞳のルーンを、持ち主だと認めているから。



 でも、今は……ノルンとルーンの魂が重なり合って、混ざりあっている。あの時、青い瞳のノルンは願った。



『ねえ、お願いだよ、

 私の言うことを聞いてよ。



 ルーンはいない。

 白い狼のセントラルは眠ってる。



 もう、私しかいないんだよ? 

 お願いだよ、私の大切なものを守ってよ!』




 青い瞳のノルンが……聖神の聖なる火に焼かれる前に、星の核に願った。



 ノルンの星の核は




 保有している魔力を用いて、ノルンの形を維持し続けた。聖なる火に焼かれても……ノルンの星の核に、一つの光が触れた。



 七つの元徳の一つ―“希望”。


 愛する母の姿になって……ノルンの魂を包み込んでいく。娘に聞こえる様に、優しく語り始めた。



 白い霧の幽霊―女神の影は気づいていない。



 再生の時の中で、聖なる火に焼かれながら……ノルンの魂は口を動かした。母が言った通りに呟いていく。


 終焉の時の中で……宇宙を流れる一筋の光。ルーンの魂も、同じ様に呟いた。




『女神の名において命ずる。

 大樹を育む、惑星テラよ。我の声を聞け。』



 元徳の希望は……惑星テラを依り代にして、新たな魔術となる。



 極星魔術―“希望の聖痕”。




『女神の名において命ずる。

 母なる白い霧よ、我の声を聞け。』




 極界魔術―“再生の聖痕”。




 希望と再生の聖痕が重なり合って、混ざりあっていく。


 赤き魔女アメリアが望んだもの。悪魔の女神の呪いを、極星魔術で上書きする。ノルンとルーンが、二人で一緒に生きていくにはこれしかない。


 

 最強の魔術、極星と極界魔術が混ざりあい……新たな時の魔術を生んだ。




『我は再生の時なり、女神に魂を奉げる。

 母なる白い霧よ、我が時を―希望を運べ。』




『極星極界魔術・

 帰天きてんの刻―“再生の時”。』




 女神の影は後悔するだろう。


 白い霧の凶暴さを抑えなかったことを……出来損ないと決めつけ、聖なる火で、幼い少女を燃やしたことを……。



 何もできなかった幼い少女は初めて、自分の意思で魔術を行使した。女神固有の魔術―時の魔術を……。

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