第38話『水の都ラス・フェルトの救世主①』【改訂版】


 ドン、ドン!……鈍い音が何度も響く。不安を煽る、軍隊の音。


 惑星ラスの小さな国の……小さな、小さな都は、白い霧に襲われ、強国の軍隊に包囲されていた。強国グルムドは、惑星ラスの中でも、科学技術が発展している国。戦車や戦闘機といった、鉄の兵器を数多く保有している。


 白い霧が、惑星ラスに現れてから、数多くの弱き国が消えていった。強国グルムドも、やがて……白い霧にのまれる。グルムドの兵たちは、最後に残るのは自分達だと確信している。科学兵器を持たない、弱き国より……強国グルムドが先に消えるはずがないと……。



 強国グルムドは、白い霧によって混乱した国々を、次々に滅ぼしている。水の都ラス・フェルトにも、グルムドの兵が迫った。


「フェル! 捜しました、すぐに来てください!」



 小さな広場に、一台の馬車。白髪の高齢の男性が降りてきた。教会の司祭様が……人混みの中を、珍しく慌てて駆け寄ってくる。


 聖フェルフェスティ教の白いローブが、誰かの飲み物で汚れてしまっているのに……清潔好きの司祭様は、そのことを気にしていない。私は、横に長い木の椅子に、母と一緒に座っていた。最後の時、大好きな母と一緒にいたいから。白髪の司祭様は、私の目の前にくると、私に手を差し伸べた。



「……司祭様、どうされたのですか?」


 私は、フェル・リィリア。歳は15歳になった。母と同じ金色の髪は、最近母に切ってもらったので、肩に届くぐらいで整えられている。青い瞳は気にいっている。金色の髪と青い瞳は、明るい印象を与えてくれるから。今は、水の都の民族衣装を着ている……因みに、彼氏はいない。今まで、自分の好きなことをするので、精一杯だった。絵を書いたり、歌をうたったり……彼氏がいないことを、父はとても喜んでいたけど……。


 私の家族は、聖フェルフェスティ教の教えを受けている。この星に、聖フェルフェスティ様を信じていない人がいるのかな? 惑星ラスは、光の女神様の加護を受けた星らしい。人々の日常と深く結びついていて……男の子が生まれたら、聖人フィリス様の御名前から……フィルやフィス。女の子の場合だと、聖フェルフェスティ様の御名前から……。私の様に……フェルと。


「フェル、急いで馬車に乗って下さい。

 さあ、お母さんも一緒に―。」



「待って下さい、司祭様! 

 この子を、どこに連れていく気ですか?!」


 母が、私を隠す様に……椅子から立ち上がった。母は怒っている。温和な母は、滅多に怒らないのに。強めの言葉で、司祭様と話を始めた。司祭様が言葉を発するごとに、母に引き寄せられている感じがして……。私を抱きしめる母の手が、とても心地よかった。


「どうして、この子なんですか!? 

 “光の子”に選ばれたのは―」



「今年に、光の子に選ばれたことが……。

 聖フェルフェスティ様のご意思なのです。


 邪悪な霧が襲う、今この時……。

 天使様が御降臨されました。


 残念ながら、我々では、

 天の言葉を理解できません。


 ですが、天使様は慈悲の心を持っておられます。

 金色の髪と青い瞳の少女を描かれた。


 まさしく、フェルの様な少女でした。

 貴方が言う様に……違う可能性もあります。


 一つの可能性として……。

 どうか、一緒に来てください。


 我々が助かる可能性が……。

 まだ、残っているかもしれないのです!」


 “光の子”。聖フェルフェスティ教では、新しい年を迎えると……子供たちの中から、光の子を一人選ぶ。今年は、私が選ばれた。既に、幾つかの儀式―豊穣の儀などに出させて頂いた。明日の死者の儀にも参加させて頂く予定だったので、白髪の司祭様とは面識があった。


「………………。」



「お母さん……


 私、生きられるのなら生きたい。

 一緒に行こう。」



「……ええ、私も、

 フェルは生き延びて、幸せになって欲しい。


 でもね、フェル。

 怖い思いをするかもしれない。


 ここにいれば、一緒に天国へ旅立てる。

 恐ろしい兵士が、フェルを傷つけることはない。


 それでも、行きたい? 

 怖い思いをするかもしれないのよ?


 ……それでもいいの?」


 小さな広場に集まっている人たちは……女性や子供たちだ。女性たちは……小さな短刀に固定された紐を首にかけていた。短刀と紐は、しっかり固定されているので、強く引っ張っても切れない様になっている。


 白い霧のあと、強国グルムドの兵が攻めてくる。滅ばされた、他国の話を聞いた……とても悲惨な話。グルムドの兵に捕まれば……悪いことをしていないのに、地獄がやってくる。だから、先に天国へ行く。子供たちは、自ら命を絶つわけではない。自殺は地獄行きだから。


 愛する者の手によって、天国へ旅立つ。その為に、ここに集まっていった。私も、母に天国へ送ってもらうつもりだった。母は、首から下げている紐……短刀を握りしめている。


「嫌だよ……怖いのは嫌。でも……皆が、

 お母さんが死ぬのは、もっと嫌。」



「……………。

 そう……フェルは優しい子ね。


 分かった、一緒に行きましょう。

 フェル、安心して……絶対に守るから。


 グルムドの兵には触れさせないから……。

 絶対に、天国へ送ってあげる。


 ……絶対に離れないでね。

 お母さんとの約束、守れる?」



「うん……絶対に、

 お母さんから離れない。」


 母は……泣いていた。集まっていた、多くの女性や子供たちも……。私は、母に抱きしめられて、一緒に馬車に乗り込んだ。


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