第3章 悪魔の大厄災。白い人形は、終末を告げる鐘を鳴らす。

第37話『異世界にて・・・白い瞳のルーン、お腹がすく。』【改訂版】


『お腹がすいた……お腹がすいたよ~。


 何か、食べられるもの。

 何かないかな……。』



 白い人形、白い瞳のルーン。とぼとぼ、森の中を歩いていた。お腹がすいた。喉が渇いた。女神の影から解放された喜び……それと同時に、空腹感と疲労に襲われた。


 疲れた、もう……歩きたくない。栗色の髪、白い犬の耳と尻尾。獣人のフィナも、歩き疲れた様で、先程から一言も話さない。



 双子の妹―青い瞳のノルンは、自分の夢の中で眠っていて……何度呼んでも起きない。何度も、入れ替わって欲しいと頼んだのに……。




『ノルンを起こす方法を考えないと……。

 助けてくれたのは、とても嬉しい。



 ノルンが頑張ったのも分かる。

 けど、寝過ぎだよ……。



 ノルン、早く起きろ~。



 お腹がすいた……。』




 白い瞳の少女と獣人の少女は、どこかの森の中を歩き続けていた。


 青い瞳の少女は、夢の中で眠っている。ノルンとルーンの魂はくっ付いていて、このままだと……ノルンの魂は、ルーンに喰われてしまう。『起きないと、食べちゃうぞ~。本当に……食べちゃうよ?……ノルン、起きろ~。』




『!?……美味しそうな匂い。


 美味しそう……。』



 ここは、恐らく……惑星フィリスか、惑星テラのどちらかだと思う……というか、どちらかであって欲しい。世界を切る程の霧の門―地獄の門によって、私たちはとばされた。文字通り、惑星まるごと。




 女神の影は、テラ・インパクトを起こそうとして……。


 お母さん、悪魔の女神は……二つの青い星をぶつけず、どこかに運んだ。『お母さんと……白い霧の幽霊は別人……人ではないけど、別のもの。それが、はっきりと分かっただけでも……まだ、希望はある。』




『……いい匂い。お腹がすいた。

 少しだけなら……食べてもいいかな?』




 白い瞳のルーンが、顔を少し上げて、前を見ると……もう一人の白い人形が歩いていた。同じ距離を歩いているのに、疲れている様には見えない。ルーンは思った。『自分は体力があるからいいけどさ……私たちはないの!』




『……美味しそう。

 柔らかくて、温かくて……。』




 1時間程前、歩き疲れて……転移魔術―異界の門を行使することを提案した。


 残念なことに、ペースを落とさずに前を歩く白い人形に、《だめ、歩きなさい》と却下された。



 魔術を行使した場合、霧のシステムが信号を発するので、私たちがどこにいるのかばれてしまう。お母さんや女神の影に……。



 だから、あまり納得できていないけど、しんどい思いをして頑張って歩いていた。




 でも……もう歩けないよ。



 お腹がすいた。ノルン、美味しそう。




 ピッ……ピ、ピッ!……テラの大樹が、何かを計算した。


 聖痕(100)……テラの大樹、テラ・システム。



 再生の時=再生の聖痕+“希望の聖痕(100)”←これ……希望の聖痕(100)、美味しそう。これ、食べてもいいかな? すごく、美味しそうな匂いがする。



 白い瞳の少女と獣人の少女は、立ち止まって……その場に座り込んでしまった。


 少し背が伸びた、歳の離れた姉。白い人形―女神のレプリカは、ため息をついている。《女神の影を追い払ったのに……ノルンとルーンは、体力がなさすぎる。まずは鍛えないと、実戦で……騎士神や大樹、再生の聖痕に頼らないのが、理想だけど……まあ、まず無理だね~。》



 白い人形だけど……私やノルンではない。白い瞳のルーンは、女神の影アシエルに操られていたとは言え、星の核を喰ってしまった。最初の人形の星の核を……。



 魂を惑わす紫の瞳。女神のレプリカ―傲慢の魔女ウルズ。


 一番上の姉は、赤い瞳の次女と同じくらいの身長。なのに……今は、一番下の妹より、少し高いぐらい。背が縮んでいる。声は、変わっていない。あまり話をしていないので、白い瞳のルーンは殆ど覚えていなかったけど……。



 傲慢の魔女ウルズは、妹に話しかけた。



《ルーン、お腹すいた?》



『すいたよ~、もう歩きたくない。』



 コク、コク……話す元気もない様で、ルーンの隣で、獣人のフィナが頷いている。女神のレプリカ―傲慢の魔女ウルズは、女神の影から解放された。自分の意思で歩いたのは、数千年ぶり。


 白い霧の“傲慢”に手を伸ばして、女神の影に操られて、人や魔物を殺しまくった。12の堕落神が争い、星が壊れた―天上戦争時のこと。魔女ウルズが生まれる前から、人や魔物は争い、殺し合っていたけど……どれ程月日が流れても、戦争時の感覚が強く残っている。



 女神の影アシエルから、解放されてからも……弱者を虐殺したことを気にすることない。詫びようとも思わなかった。彼女は、悪魔の女神の娘であり……天上戦争時に生まれた根っからの悪魔だった。



《……私ね、良いこと思いついたの。

 まず、一つ目が―》



 傲慢の魔女ウルズは、いきなり極界魔術を行使した。


 魔女ウルズの極界魔術―傲慢の烙印。白い人形の星の核から、小さな文字が解放されて……白い人形の肩や腰の辺りから、黒い鳥の翼が生えた。



 羽毛はなく、黒い骨だけ……。


 傲慢の魔女は、黒い翼をはばたかせて、周囲のものをすべて操った。女神が創られない、魂以外全てを……。




『!? ウルズお姉ちゃん、やめてよ! 

 魔術行使したら……。


 白い霧の幽霊に見つかるよ!?』



 二人の少女―白い瞳のルーンと獣人のフィナは、空に浮かびあがった。傲慢の魔女は、岩石魔術を得意とする聖母フレイの様に……周囲の重力を操った。



 獣人のフィナは、大地から離れて、ぷかぷかと浮かぶことが怖い。星の外、宇宙空間でのできごとが、トラウマになってしまっている。


 子犬の様に震えて、白い瞳のルーンにくっ付いている。



 かなり上昇した。白い雲に手が届きそうだった。眼下には、広大な森が広がっている。見渡す限りの森。右を向いても、左を向いても……森。ずっと森が続いている。



 傲慢の烙印―小さな黒い文字が、白い瞳の人形と子犬を覆い始めた。白い瞳のルーンは、黒い鳥かごの外にいる、姉に向かって叫んだ。



『ウルズお姉ちゃん、今すぐ降ろして! 

 フィナが怖がっているから!』




《そう、それなら……。

 子犬ちゃんは、ノルンの夢の中にいなさい。》




 転移魔術―異界の門。テラ・システム―クロノスが起動した。


 震えていた、獣人のフィナの姿が消えた。双子の白い人形は、テラ・システムによって深く結びついている。魔女ウルズは、システムに介入して……白い人形の片割れを支配して、大樹の根を操り、大樹のシステムを掌握した。



 不敵な笑みを浮かべる、姉に対抗する為に……大樹のシステムを取り戻す為に、白い瞳のルーンは、大樹が宿るノルンの星の核に手を伸ばす。



 しかし、テラの大樹は、ぽつりとつぶやいた。




『システムエラー……。

 魔術を行使……できません。』



 傲慢の魔女は、にやにやと笑っている。明らかに楽しんでいる。一番下の妹を虐めて……。『大人げない! ウルズお姉ちゃん、性格悪い―!』



 

 白い瞳のルーンは気づいた。


 七つの大罪には、七つの大罪を……傲慢には……強欲だ。




『!?……これが、霧の大罪?』

 


 女神の影アシエルが、白い瞳のルーンを喰う為に……ルーンに取らせたもの。青い瞳のノルンが拒否してくれたお陰で、ルーンはここにいる。


 

 七つの大罪の一つ―強欲を手にしながら……。



 白い瞳の少女は、意地悪な姉の様に……見よう見まねで、極界魔術を行使した。白い瞳のルーンから、小さな黒い文字が解放されていった。



 白い瞳のルーンの極界魔術―強欲の烙印。


 盗られたのなら、取り返せばいい。強欲の魔女はとても欲深い。本来なら、盗めないはずの魂でさえ、無理やり盗めると思っている。魔女ウルズの星の核を喰った時の様に……。



 “強欲の烙印”を、ノルンの“希望の聖痕”で上書きする。


 希望の聖痕は……希望だけでは何も起こらない。七つの元徳・大罪と重ねることで、希望の聖痕は効果を発揮した。


 悪魔の女神が創ることができない、“魂”にまで、直接影響を与えることができる。



 ただし、代償として、希望の魂は喰われる。


 文字通り……双子の魂、強いものが弱いものを喰ってしまう。



 “強欲の烙印+希望の聖痕”。白い瞳のルーンの極界魔術……駄目……我慢できない。がぶっ!……モシャ、モシャ。我慢できずに……食べてしまった。




『美味しい!?

 なにこれ、すごく美味しい!!』




 私は、一口食べてしまった。


 とても柔らかくて、とても美味しかった。ピッ……ピ、ピッ!……テラの大樹が、何かを計算した。


 

 テラの大樹、テラ・システム。


 希望の聖痕(100) → 聖痕(90)、↓減少。

 強欲の烙印 → 強欲の烙印(10)、↑増加。




『!? 痛い―!?

 ……うそ、酷いよ!?』



 眠っていた妹が起きて……夢の中で、かなり怒っている。私は空腹に耐えきれず、妹の魂を食べてしまった。一口だけ、1割程……。



『ルーン!……何すんのよ!? 

 信じられない……。


 今……私を食べたでしょう!?』




『……………。

 

 えっとね、ノルン。

 落ち着いて、よく聞いて―』




『うるさい! ルーン……。

 許されるとでも思ってるの!?』





《……あ、ノルンも起きた? 


 子犬ちゃんを、

 ノルンの夢の中に隠せたから……。



 じゃあ、二つ目。


 お腹すいているでしょう?

 人の街でいっぱい食べてきなさい。



 人の魂を……それじゃあ、頑張って。》




 テラ・システム―クロノスが起動した。ぷつんと光が消え、闇に包まれた。すぐに光が戻ってきた。下に落ちている感覚も……。



 上空から落ちている。強風の中、何とか眼を開けた。眼下に、街が広がっている。傲慢の魔女によって、別の場所にとばされてしまった。しかも……あと、数秒で地面に叩きつけられて死亡。再生の聖痕で癒されて……激痛で気絶してしまう。



『!?……ノルン、異界の門―』



『うるさい……ルーン、

 あとで、話があるから……。』




『ごめんなさい。本当にごめん。』



『………………。』



 テラ・システムによって、転移魔術―異界の門が発動。落下していた、白い人形の姿が消えた。テラの大樹が、何かに気づいた。この場所に……何かある。



 時の女神の落とし物―天国の鍵(天のピース)。

 砕けた、10個の欠片―No.1~No.10。


 No.1-テラの大樹、テラ・システム。

 No.2-?


 

 人の街から、笑い声や騒ぎ声が聞こえてくる。どうやら、儀式の真っ最中らしい。都の中に大小さまざまな運河があり、儀式用に装飾された、小舟が行き来している。


 水の都ラス・フェルト。人々は民族衣装を着て、男女で踊ったり、酒を飲んだりと、とても賑やかだ。でも……彼ら、彼女らは心から喜んでいない。逆に、とても悲しんでいた。



 今日は前夜祭。明日は死者の魂を鎮める日だ。戦争によって、多くの若者が亡くなった。戦争は長引き……各国は疲弊。殆どの国が虫の息だった。そこに追い打ち、突然、奇妙な白い霧が現れたのだ。


 白い霧に包まれると、人や建物が消える。静寂……何も聞こえない。霧が晴れると……人は消え、民家や教会がまるごと無くなっていた。弱い国は次々と、世界から消えていった。



 水の都ラス・フェルトも、弱い国の……小さな、小さな都だった。白い霧が近づいてきている。ハイエナの様に、強国が霧を追って、進軍してくる。


 霧に襲われ……疑心暗鬼に陥った国程、弱いものはない。何もしなくても、勝手に自分の首をしめて死ぬ。強国は外から、ただ、それを眺めていればいい。そして、全て奪い取る。何もかも……。



 ここは、惑星ラス。


 天の柱―光の女神の加護を受けた星。人々は、光の女神フェルフェスティに祈る。でも、光の女神は応えない。逆に、悪魔の女神ノルフェスティの白い霧が……惑星ラスを覆っていく。


 

 白い霧が見えた。水の都ラス・フェルトの住人たちは、騒ぐのをやめて、天に祈り始める。魂の救済を願って……祈りの声がかき消された。地響きの様な音。ドン、ドン!……強国グルムドの軍隊だ。


 ドン、ドン!……不安を煽る様に、軍隊の音は鳴り続ける。それでも、人々は最後まで、祈り続けた。



 でも、天の女神は応えない。不安から泣く者もいる。母と子は座り込んで、抱きしめ合っている。妻と夫は愛を囁き、来世で再会する約束を交わす。



 光の女神の教会には、数多くの信者たちが集まっていた。女神の信者は、祈ることをやめなかった。祈りが……天に届いたのか、不思議なものが現れた。



 教会の入り口、数多くの信者たちの前に……。



 転移魔術―異界の門。回転する銀の輪。人々は驚き、急いで、銀の輪から離れていく。銀の輪がばらばらと崩れて、霧に変わっていった。



 白い霧を見て、悲鳴が上がりそうだが……悲鳴は聞こえなかった。皆、見てしまった。霧の中にいた、この世のものとは思えない、美しい少女を。



 美しい、白い人形。銀色の髪と白い手足。透き通る、海の様な青い瞳を持つ少女。恐怖の象徴である、白い霧を纏っている。



 光の女神の信者たちは、次々に跪いていく。


 神様や天使を見たことがある者は、この場にはいない。けど……彼ら、彼女らは確信した。眼の前にいる、美しすぎる少女は人ではない。天の使徒だと。



 青い瞳のノルンは、白い瞳のルーンと入れ替わって、まず思った。


『ほんとだ。お腹すいた……。』


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