第32話『白い人形ノルンは新しき女神ルーンを討つ。終焉のsevendays③』【改訂版:Ⅱ】

 

 二つの青い星フィリスとテラ。惑星よりも大きい、二つの門。そして、悪魔の女神によって、二つの時の流れが生まれた。


 一つの時の流れでは、青い瞳のノルンは生きている。

 

 惑星フィリスは、異界に辿り着いた。




 もう一つの異なる時では、ノルンは亡くなっている。


 惑星フィリスは、霧の世界フォールに留まったまま……堕落神である、騎士神オーファンは待っている。ノルンが亡くなった時の流れの中で……。



 幼き子らが、惑星オーファンを訪れるのを。




 ここは星の外、宇宙空間。


 惑星よりも大きい、二つの門―異界の門と天の門。白い海が上下にあり、白い霧が行き来している。白い霧の海はとても神秘的で、とても恐ろしい。



 女神のレプリカ、“リプリケート”は……眠っている、“ノルンの人形”を抱えている。幼いノルンの魂は、青い瞳の人形の中にいなかった。


 ややこしいけど、ノルンの星の核は消えていない。まだ、ノルンの人形の胸の中に納まっている。人形の中に魂だけがいなかった……まさに、“幽体離脱”。




 獣人のフィナ。元軍国の伯爵令嬢は、白い霧に包まれているので……星の外、宇宙空間でも生きることができていた。



 でも、白い霧は消えるかもしれない。


 そう考えると、とても不安になる。フィナは、白い霧を生むルーンから……女神のレプリカの左腕を掴んで離れようとしない。



 女神のレプリカの後ろに、白い霧の幽霊―女神の影が立っているのに、フィナは気づいていなかった。



「ルーン様、ここは怖いです。

 テラか、フィリスに行きたいです。」



『……………。

 フレイが裏切った。


 予想はしていたけど、

 やっぱり、私のことが嫌いみたい。』




「私は、ルーン様のことが大好きです。

 

 裏切り者は……後で、

 後悔させてあげればいいんです。」



『うん、そうだね。

 ねえ、フィナ……白き狼のものを私に頂戴。』



「どうすればいいのでしょうか? 

 この姿になって、間もないので―」



『簡単だよ。私に、フィナの魂を頂戴。』




 女神のレプリカは、あっさり告げた。



 魂を奉げて死んで欲しいと……。



 これには、悪魔のメイドとして仕えていた、フィナも言葉が詰まり……二人は何も話さないので、静寂に包まれている。



 女神のレプリカは、笑いながら話しかけた。



『フィナ、冗談だよ……冗談。

 酷い、本気にしたでしょう? 



 騎士神オーファンは、剣や弓。

 あらゆる武器を己の象徴とした。


 フィリスが光を……フレイは大地を。

 

 

 オーファンは騎士として歩んだ人生、

 自分の命を預けた武器に執着した。

 

 

 フィナも思いいれのある武器を呼べばいい。

 

 

 きっと……オーファンが、

 応えてくれると思うよ。』



「……分かりました、試してみます。」



 獣人のフィナは思った。「思いいれのある武器……何だろう? いつも精霊の糸を使っていたから……料理用のナイフ?……ミランダやロベルトの武器? 大剣なんて、絶対に持てないから……うん、重たくないレイピアにしてみよう。」



 獣人のフィナは、女神のレプリカの左腕を離して……ふわふわと浮かんでいる。眼を瞑って、ミランダが愛用している武器をイメージした。



 白い霧の中で、鋭く尖ったレイピアを呼んでみた。



 “てら・しすてむ―ふぇんりる……起動”。



 すると……白い霧の中から、鋭いレイピアで出てきた。本物で、30cm程のレイピア。両手に、冷たい鉄の感触がある。



「!?……本当に出てきた。」



 獣人のフィナは、不思議に思った。「?……あれ? 今、何か小さい声が聞こえた様な……“起動”って、はっきり聞こえたけど……今の声、テラの大樹?」



 ぱち、ぱち……女神のレプリカが手を叩いている。


 なぜか眠っている、ノルンの人形の後ろから……両脇から手をだして、くっ付いていた。霧の悪魔の様な笑みを浮かべて……。



『おめでとう、フィナ。

 じゃあ、今度は……ノルンを殺して。



 そのレイピアで……。

 ノルンの星の核を、抉り出して欲しいの。



 フィナは、私のことが好きなんだよね?


 

 証明してよ……ノルンより、

 私を大切にしてくれるよね?』




「!?……ルーン様、

 冗談は、もうやめてくださいよ。心臓に―」



『フィナ、冗談じゃないよ? 

 ノルン……悪い子になっちゃったの。



 私の言うことを聞かないの。

 悪い子には、罰が必要でしょう? 



 それに、オーファンを呼ばないといけない。


 

 ノルンが死んだら、

 流石に眼を覚ますと思うんだけど。


 フィナはどう思う?』



「ルーン様!?

 どうされたんですか!? 


 何か……悪いものの影響を―」



 その時、女神のレプリカが、左手をフィナに向けた。


 フィナの周りから、白い霧が消えていく。温もりが無くなった。酸素は無くなり……気温や気圧も、急激に低下した。



 数分で……獣人のフィナは死に至る。



 白い霧が、凍り付いたフィナを覆い始めた。女神のレプリカは呟く。これから、悪夢が続くことを……。



 悪魔の女神の極界魔術―“再生の聖痕”。



「はぁ、はぁ……。」



 息を吹き返したフィナは、何とか呼吸を続ける。涙で前が良く見ない。女神のレプリカの笑い声が聞こえてきた。「……ルーン様、どうされたんですか? どうして?……どうして、ノルン様を!?」



『フィナ、自分の立場が分かってないよね? 

 

 言っておくけど、

 私やフィナは、楽に死ねないよ? 



 母は魂を創れないし、操れない。

 母の複製品の私も同じ……。



 でもね……人や魔物を操る方法は、

 幾らでもあるんだよ? 



 苦痛は、人や魔物を簡単に変える。

 

 時間がかかるのなら、

 時を止めてしまえばいい。



 じゃあ、もう1回……言うね。

 フィナは悪い子にならないよね?』



「……………。」



 獣人のフィナは泣きながら……何度も、何度も首を横に振る。それでも、白い霧の幽霊―女神の影に操られた、女神のレプリカは言葉を紡ぐ。


 人や魔物を不幸にする、女神の呪いの言葉を。



『フィナ……ノルンを殺して。

 ノルンの犠牲は、無駄にならないから。


 

 私は地獄の門を創り、異界で鍵を探して、

 天国に辿り着く。



 そして、新しき女神として、母を超える。



 その為に……ノルンは、

 ここで死なないといけないの。



 ノルンは、苦痛と共に生まれてきた。



 フィナ、霧が消えたら苦しかったでしょう?


 ノルンだけは、ここで楽にしてあげようよ? 



 成長せず、弱い体のまま、

 ノルンが可哀そうだよ。



 だから、お願い……。

 フィナ、ノルンを殺して。』



「ルーン様!?……私にはできません!!」




『……………。

 そっか、フィナも悪い子だね。



 言うことを聞かない悪い子には、罰が必要。


 がっかりだよ……うそつき。

 私のことが好きって言ったよね? 



 だったら、私のことだけを考えてよ!』



 獣人のフィナの周りから、白い霧が消え始めた。フィナの耳は、ウサギの様に垂れ下がっていて……両手で耳を押えて、必死に目を瞑った。


 耳を押えているのに……霧から、小さな声が聞こえてきた。惑星テラで、軍国の伯爵令嬢としての人生を終わらせたもの、テラの大樹の声がまた聞こえてきた。



 “てら・しすてむ―くろのす……起動”




 フィナは体を丸くして、痛みに耐えようとしていた。



 フィナの周りから、白い霧が消えた。




『!? そんな……何で!? 異界の門? 

 何かが、転移魔術に介入して……まさか―』



 獣人のフィナも消えた。異界の門が運んだ様で、どこにもいない。



『嘘だよね?……ノルンなの? 

 どうして、ノルンが……。



 どうして、邪魔をするの!? 



 本当に、出来損ないだよ。

 私の邪魔をするなんて!』



 女神のレプリカは、怒りながら……涙を流していた。


 “幼いルーンの魂”は、ここにいない。“幼いノルンの魂”もいない。青い瞳の少女と白い瞳の少女は……本物の人形になっていた。



 ルーンの魂は、白い霧の幽霊―女神の影アシエルが、どこかに連れて行ってしまった……女神の影も魂は創れないし、操れない。でも、魂や魔力を運ぶことはできる。


 七つの元徳と大罪を刻まれた魂は、白い霧を拒否することはできない。女神に操られる人形―霧の人形も……ノルン以外、拒否できない。


 女神の複製品であろうと、本物の霧の人形なら、霧を拒むことはできないのだ。



 女神の影アシエルにとって、ルーンの魂は邪魔なので……人形の体から運んで、女神の夢の世界に隠した。


 自分の魂がない、操られている白い瞳の人形は……自分がしていること、自分が話していること、その全てが信じられなかった。


 ただ、悲しくて涙が溢れた。止めたくても、止められない。自分の魂がいないから……体は言うことをきかなかった。



 涙を流しながら……女神のレプリカは、獣人のフィナが残したものを見た。霧の中にふわふわと浮かんでいる、鋭いレイピアを手に取った。


 眠っているノルンの人形も、同じ様に泣いていた。白い霧の幽霊―女神の影が許せなくて、ただ悔しくて……。



 女神のレプリカ、“リプリケート”は、右手を高く掲げた。


 そして……ドッ! レイピアはとても鋭い。力が弱くても、深く突き刺さる。ノルンの星の核まで……。



 女神の影アシエルは、呟いた。



『ルーンにこんなことを、

 させるなんて、酷い妹ね。



 貴方が生まれてこなかったら、

 良かったのに……。』



 グッ、グググ……レイピアが深く刺さっていく。


 ルーンの手が震えている。女神の影は手を伸ばした。ルーンの震える手を包み込み……ぐっと、さらに深く刺す。


 白い瞳の人形は苦しくて、涙で前がよく見えない。



 ゴホッ、ゴホッ……ノルンの人形は吐血した。それでも、眼を覚まさない。女神のレプリカは泣きながら、言葉を紡いだ。



 女神の極界魔術―再生の聖痕。


 レイピアが深く突き刺さったまま……再生の聖痕が癒していく。女神の影は、青い瞳のノルンの時を見る。


 目当てのものがあった。悪魔の女神が、愛する娘を守る為に……時を奪って、夢の世界を創ってしまった。



 その時を元に戻そう。悪魔の女神、“時の化身”が奪ったものを、世界に返そう。女神の影は、女神のレプリカを使って、呪いの言葉を紡ぐ。



『ノルンは……既に亡くなっている。

 それが正しい時の流れ。



 私の邪魔をする、役立たずはいらない。

 私の前から消えろ。



 永遠に、夢の世界で彷徨っていろ。』



 女神のレプリカは、ノルンの人形を抱きしめた。そのまま……白い人形の少女たちは動かなくなった。地獄の門が開かれる、その時を静かに待っている。



『ノルン……どこにいるの? 

 私を見捨てないでよ。』




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー――――――――――――――――――――ーーーーーーーーー




 ここは、悪魔の女神が奪った時の世界。


 女神の夢……異界ではなく、霧の世界フォール。崩壊しかけている女神の夢の街は、憤怒の炎に襲われていた。



「極界魔術―“憤怒の烙印"か、

 加減するつもりはないらしい。」



 金色の長い髪、尖った耳。聖母フレイは、空中に浮かんでいた。右手で、“幼いルーンの魂”を抱えている。


 聖フィリス教の装飾された、黒色の袖のない外套クロークとカジュアルなドレス。黒のクロークは儀式用のもので……クロークとドレスの長い裾は、ふわふわと浮かんでいた。



 ルーンは、やっぱり気になった。『浮かんでる……岩石魔術かな? あっ、足の鎖……。』


 聖母の細い両足の足首に、金属の鎖が食い込んでいる。足首から下、踵や足の指は、黒く変色していて腐っていた。


 何かが触れるだけでも痛いのか、何も履いておらず、裸足だった。金属の鎖を無理に外そうとすると、足首からもげることになりそう。



『フレイ様、あの……足が―。』



「気にするな。気になるのなら見るな。

 

 我は、堕落した神だ。

 天上の曇りなき、良き神ではない。



 鎖のことは聞くな、

 お主を傷つけたくない。」



『はい、分かりました……聞きません。』



 聖母フレイは、岩石魔術を行使して、周囲の重力を操っている。聖母の依代の星は、霧の世界フォールに存在する。聖母が呼べば、すぐに力を貸すだろう。



 白い霧の幽霊―女神の影に操られた、憤怒の魔女アメリアは、灼熱の鳥の翼を羽ばたかせて、天高く飛翔した。



 憤怒の魔女は、聖母フレイと白い瞳のルーンに話しかけたが……興味が無くなったのか、上空に浮かんでいる聖母フレイを見ていない。


 憤怒の魔女は、空に広がる大きな亀裂だけを見つめていた。女神の影アシエルにとって、この夢を壊すこと……それが一番重要だから。



 そして、街の上空は、憤怒の炎によって急激に熱せられていく。

 


 ベキッ、バキッ……音を立てて、空の亀裂はより大きくなった。女神の夢の崩壊がより速まって……幼いルーンの魂を抱えている、聖母フレイは思案しながら呟いた。



「……女神の影は、

 ここの空間を壊すつもりか。

 

 なぜ、破壊する?」



『!?……じゃあ、私、

 ここから出られるんですね!?』




「お主が言っていることが真実なら、

 出ることはできよう。


 ここに流れている、時と一緒にな。」



『?……ここに流れている時?

 お母さんが、私たちを助けてくれました。


 お母さんは……時を奪って、夢を創った。』




 ルーンも考える。ここは女神の夢の世界。お母さんがノルンを助ける為に……時を奪った。『じゃあ……その時が元に戻ったら、ノルンはどうなるの?』



『フレイ様……ここでは、

 ノルンは亡くなっています。


 ここの時が戻ってきたら―。』



「白い人形の片割れ、ノルンは亡くなる。

 狂信者に、星の核を抉り取られて。」



『!? そ、そんなの駄目です! 

 フレイ様、この夢を守って下さい!』



「……ルーン、ここは本当に、

 女神の夢なのだな?

 

 お主がいた場所では、

 今……どうなっておる?」



『えっと……お母さんが、

 惑星フィリスを異界に運びました。



 オーファンの白い狼が、

 軍国の首都バレルを助けてくれて……。



 栗色のメイドさん、フィナさんの屋敷に、

 皆で向かって―』



「ミトラは……ミトラは無事なのか?」



『はい、無事です! ミトラさんが、

 デュレス・ヨハン枢機卿を倒してくれました。

 


 私たちは……聖神や狂信者に勝ちました。

 お母さんとミトラさんが、助けてくれたからです!』



 憤怒の魔女アメリアは、燃え盛る炎に包まれながら……憤怒の炎を呼び続ける。女神の夢の街は焼かれて、建物は全て燃え尽き、灰だけが残った。


 二匹の霧の龍ウロボロスは、憤怒の炎から逃げて、黒い瘴気の中に隠れて出てこない。徘徊していた霧の悪魔は全滅しただろう。



 燃え盛る炎は、空も焼き続ける。空の亀裂が地上にまで伸びた。空間ごと、灰の大地が裂けていく。粉々に……ばらばらに崩壊していった。



 女神の夢の世界が消える。


 憤怒の魔女は、燃え盛る炎の中で……ゆっくり眼を閉じた。




 聖母フレイも、ゆっくり眼を閉じる。



 夢の世界が消えるまで……残り10秒。



「聖母の名において命ずる。

 我が依り代よ、我の声を聞け。」



 聖母フレイは、眼を閉じながら、言葉を紡ぐ。


 白い瞳のルーンにとって、希望の言葉を……。




「我は母なる大地となり、星を統べる。

 我が依り代よ、我が敵を撲滅せよ。」


 


 夢の世界が消えるまで……残り0。



「極星魔術・第二の刻―“惑星招来”。」




 音が消えて、全てが暗闇に包まれた。


 さらに、10秒経過。音が戻った……強い風の音が聞こえる。20秒経過、視界がぼやけていて、よく見えない。30秒経過、白い瞳のルーンは、砂に埋まっていた。さらさらと流れる砂の海。腰から下は、砂に埋もれている為……上半身だけが砂の上にでていた。



 第二の刻―“惑星招来”。聖母フレイは、真なる極星魔術で……霧の世界のフォールの第二惑星、砂の惑星を呼んだ。



『えっ!?……砂の海!?』



 幼いルーンの魂は、足を動かそうとするけど……砂が重たくて動けない。両手で砂をかいても……かいても……周囲から、砂が落ちてくる。


 上半身を動かす程、砂の中に沈んでいく。流砂の中では、もがけばもがく程沈んでしまう。ルーンは、肩まで砂の中に埋もれてしまった。ルーンが、また泣きそうになると……女性の小さな笑い声が聞こえてきた。



「どうした、また泣くのか?」



『!? フレイ様、助けて下さい!

 埋もれて、死んじゃいます!』



 黒のクロークとカジュアルなドレス。聖母フレイは、ふわふわと浮かんで……砂に埋もれているルーンを、優しく見つめている。



「どうして、岩石魔術を行使しない?」



『……いつも、ノルンの星の核を使って、

 魔術を行使して―』



「ノルンは、ここにおらん。

 お主は……ここにおる。



 存在しているのであれば、

 魂を用いて、魔術を行使せよ。



 ここは、我の星だ。

 お主の魂を喰ったりはしない。



 ルーン、埋まる前に試しなさい。」



『……はい、ミトラ様。』



 肩まで埋もれたルーンは、自分の魂に意識を向けた。


 体を動かせない分……より集中できた。『……あれ? 私の魂はある。あるけど、私の魂に……何かくっ付いてる。』


 暗闇に光る、“幼いルーンの魂”。神聖文字が一点に集まって、光を放っていた。存在するのであれば……どんなものにも魂は宿る。魔力を帯びた神生紀の文字でさえ。



 幼いルーンは集中した。


 集中して意識を向けないと……気づけない。今まで気づけなかった。自分の魂に……本当に、小さな黒い糸がくっ付いている。



 何かの黒い文字でできていて、今にも切れてしまいそうな糸。小さな水晶の欠片が、黒い糸についていた。黒い糸の先は、真っ暗で見えないけど……。『誰と繋がってる?……ノルン? お母さんの可能性もあるけど……。』


 青い糸ではないけど、一番可能性が高いのはもう一人の自分、青い瞳のノルン。ルーンにとって、最悪なことに……白い霧の幽霊―女神の影の可能性もある。



 誰と繋がっているのか、ルーンには分からなかった。



 聖母フレイは、ルーンを促した。



「ルーン、早くしなさい。」



『は、はい……。

 砂が離れていく……イメージで。』



 ドクッ……痛い! 胸の辺りが痛い。自分の魂を用いるのは奥の手。自分の心臓の鼓動が、よく聞こえた。岩石魔術で……周囲の砂が、ルーンからすーと離れていく。


 胸に手をあてながら、ゆっくり歩き始める。砂の道ができて……砂は固まり、緩い勾配の坂になった。坂を上がりきる頃には、胸の痛みは治まっていて……目を瞑って、深呼吸を繰り返した。


 聖母フレイは、ルーンに声をかける。



「岩石魔術を行使できたな。

 ルーン、お主の魂はここにおる。


 ここは……“女神の夢の中”ではない。」




 幼いルーンは眼を開けた。


 ここは砂の星、惑星フレイ。砂の海が広がっている。それは……すぐに見えた。砂嵐……幾つもの砂嵐が、白い霧を襲っている。


 砂嵐は、生き物の様に動いて……白い霧の空間、“女神の夢の世界”が壊れない様に、上から抑え込もうとしている。



 あっと言う間に、女神の夢は、砂に埋もれていった。



 ゴォオオオオオオォォォ! 白い霧から、憤怒の炎の柱が伸びた。大量の砂を吹き飛ばす。宇宙空間まで、飛ばれた砂もあるかもしれない。でも……ここは、砂の惑星。聖母の砂は数えきれない程ある。



 永遠に続くと思われる、白い霧と聖母の砂の争いを……。


 




 “てら・しすてむ―のるにる……起動”


 透き通る、海の様な青い瞳。もう一人の自分、ノルンの瞳で……。




 二人の瞳、青い瞳と白い瞳が入れ替わっている。


 砂の惑星にいるルーンも……自分の夢の中にいるノルンも、気づいていなかった。二人は同じ時の中にいない。異なる時、異なる場所にいるのに……二人の魂は重なり合い、同化していた。


 自分の魂に集中しても、本人でさえ気づけない。白い霧の幽霊―女神の影でさえ、識別して、二つに分けることができない程に……。



 聖母フレイは驚いた。「!?……瞳が変わった? 互いに、呼び合っておるのか……これは、面白い。ルーンは、悪魔の女神ではなく、一人の幼い少女になろうとしておる……それに黒い糸。糸が、向かう先は……。」



 聖母のフレイは、幼い少女に近づき……ルーンを抱き上げた。近くで見てみると、少女の瞳は白い瞳に戻っていた。「幼き子らを守る者か、随分と遅い登場ではないか……。」



「面白い。ノルンとルーン、実に良い。」



『フレイ様……馬鹿にしてませんか?』




「しておらん。我が嫌いな、

 女神の影は邪魔をされ、悔しむことになる。



 これ程……愉快なことはない。



 ルーン、よく聞きなさい。

 我が、女神の夢の崩壊を遅らせよう。



 だが……いつか、女神の夢は壊れる。

 

 壊れる前に……。

 白い霧の糸を断ち切りなさい。



 お主を、惑星オーファンに運ぶ。

 

 我は、転移魔術が得意ではない。

 荒っぽい方法になる。



 再生の聖痕に頼ることになるが、

 ノルンとルーンなら、大丈夫。


 

 母である女神は、

 お主たちに微笑んでおる。



 娘を愛さない、母などおらん。

 それを忘れずに、頑張りなさい。



 我は遠くから見ておる。それも忘れるな。」




『!?……フレイ様、これは!?』



 ゴォゴゴゴゴゴゴ! 惑星フレイの外、宇宙空間に大きな歪が現れた。歪みは円を描く、異界の門の様に……聖母フレイは、依り代の星の魔力を使って、極星魔術を行使した。



 聖母フレイの極星魔術―“重力の門”。


 重みが極まり、全てを吸い込み始めた。砂の惑星さえも……。



 幼い少女は、すぐに浮き上がり……宇宙空間にある、重力の門の中に吸い込まれてしまった。一点に圧縮されていく。

 


 そして、門は開かれた。


 一筋の光が流れていく。惑星オーファンに向かって……。



 聖母フレイは語りかける。自身の星の核に……堕落神であり、聖母と同じ人の神である、幼き子らを守護する者に聞こえる様に……。



「恐らく、あの方向で良かったと思うが、 

 ずれていた場合は、お前が何とかしろ。



 今まで……幼い少女の魂に、

 くっ付いていたのだ。

 


 ここで助けなかったら、

 ただの変態だ。



 違うか、騎士神オーファン。」

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