第31話『白い人形ノルンは新しき女神ルーンを討つ。終焉のsevendays②』【改訂版:Ⅱ】
終焉のsevendays……1日目。
青い瞳のノルンが、霧の城の中庭で母親に会い……騎士神オーファンのもとへ、運ばれた時から始まった。人や魔物の姿を併せ持つ人狼。堕落した騎士神は、“オーファンの鉄槌”を呼び……堕落神の復活を告げた。
運命の4日目。悪魔の女神は時を奪い、夢の世界を創った。
ミトラ司教やフィナ伯爵令嬢、天の門の転移者7名を死から救った。軍国を想う者たちは、狂信者デュレス・ヨハンと対峙。
赤き魔女アメリアは……女神の影アシエルに操られた、傲慢の魔女ウルズと敵対。軍国フォーロンドを襲う、飛空船カーディナルを撃墜した。
白い霧の元徳の“信仰”を手にした、デュレス・ヨハン枢機卿は……悪魔の女神が邪魔をしなければ、青い瞳のノルンから、星の核を抉り出していただろう。
悪魔の女神は愛する娘を守り、惑星フィリスを運んだ。地獄の真上にある、霧の世界フォール。そこから、さらに真上にある異界へ。
異界は、時や空間が重なりあって、数えきれない程の世界が存在する。異界のさらに上には……精霊の世界があり、正真正銘の天国の門がある。
門を潜った先には、神々が消えた天国しかない。
テラ・インパクト。青い惑星フィリスとテラが衝突する。
女神の影に操られた、女神のレプリカ“ルーン・リプリケート”は、地獄の門を創る。霧の世界フォールの真下にある地獄の入り口を……。
新しき女神によって、堕落神の封印は解かれ……霧の世界の白い霧、女神の影も解放されるだろう。
そして、7日目。
新しき女神ルーンは、地獄の門を開いた。青い瞳のノルンは、オーファンの剣を構える。白い霧の幽霊―女神の影から、白い瞳のルーンを助ける為に……。
ここは、聖神フィリスの聖域。
地底の聖フィリス教会。小さな太陽が現れた時、白い霧の幽霊―女神の影は、ノルンに告げた。青い瞳のノルンは、白い霧でしか望みを叶えられないことを……。
『ノルン、言うことを聞きなさい。
私に歯向かっても、何も変えられない。
ノルンの望み、叶えてあげないよ?
母親に会えなくなっても、いいの?』
『!?……お前なんか、大っ嫌い!
私は、霧を操って魔術を行使する。
お母さんに会うし……大切なものも守るの!』
青い瞳のノルンは咳きこんでも……大きな声で叫んだ。
『何も知らない小娘が、私を操る?
私を拒否できているのも……。
自分の星の核すら、
操ることができないからでしょう?
情けない、お前は霧の人形ではない。
……出来損ないだ。
まともに歩けない、ひ弱な小娘は、
城から出てくるな。
言うことを聞かない、
悪い子には……罰が必要ね。
私が城に閉じ込めてあげる。永遠に……。』
『!?……。』
悔しい、腹が立つ。言い返せないのが、本当に悔しい。『悔しいけど、この幽霊が言っていることは……。』
涙が零れ落ちた。望んで、この体になったわけじゃない。生まれたら……この体だった。『私だって強くなりたい。この幽霊を消したい。私の前から消えて欲しい……でも、私の星の核は言うことを聞いてくれない。私を持ち主だと認めていない。』
もう一人の自分、白い瞳のルーンを持ち主だと認めているから……青い瞳のノルンは、星の核に願った。
『ねえ、お願いだよ。
私の言うことを聞いてよ。
ルーンはいない。
白い狼のセントラルは眠ってる。
もう、私しかいないんだよ?
お願いだよ、私の大切なものを守ってよ!』
小さな太陽。聖神フィリスの“聖なる火”から……光が放たれた。幾つもの光弾となり、一瞬で目標に到達した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー―――――――――――――――――――――ーーーーーーー
白い霧が、“幼いルーンの魂”を運んでいく。
ここは、女神が奪った時の世界。
青い瞳のノルンは、狂信者デュレス・ヨハンに殺された。悪魔の女神はその時を奪い、夢の世界を創った。
白い霧の中に街があった。
軍国フォーロンド、西方にある街。あらゆる建物の表面が、どろどろにとけている。特に屋根の損傷が激しい。悪魔の女神が眠りについている為か、あらゆる場所に亀裂が入っている。
この世界―女神の夢は崩壊しかけている。空にも大きな亀裂が入って、今も少しずつ、音を立てて崩れていた。
『まずい、まずいよ!
早く、ノルンの夢の中に帰らないと……。』
黒い霧。黒い瘴気が街を囲っているので、街の外は見えない。外は見えないけど、遠くからでも、大きな龍は見えた。
2匹の霧の龍ウロボロス。黒い瘴気の中を蠢き……多くの建物を破壊している。騎士神の槍(ロンバルト大陸の最高峰)は、黒い瘴気に隠されていた。
ドロドロにとけた街には、腐敗した霧の悪魔が徘徊している。大きな金属の鈍器や大きな鎖を引きずっているので、絶対に近づきたくない。
白い瞳のルーンは、霧の悪魔に見つからない様に、必死に出口を探した。でも、見つからない。白い霧の幽霊―女神の影に出口を隠されてしまった。
幼いルーンの魂は見上げた……空に大きな亀裂が入っている。この亀裂が、女神の夢の境界。女神の夢の外に、とても大きな霧の手があった。両手で惑星を隠すことができる程、大きい……大き過ぎて手しか見えない。
星間循環システムによって、魂や魔力は、識別されて運ばれる。霧の手にも、神生紀の文字が刻まれていた。
白い霧、“女神の影”と……。
白い瞳のルーンは思った。『あの手が、私を操っている。あの手が、私をここに閉じ込めた……。』
女神の影に操られているルーンは…‥出口を見つけることができなかった。
『……………。
私たちは、女神の糸に操られた人形。
それが……霧の人形。
お母さんは、世界を滅ぼしたいの?
世界を救いたいの?
私には分からないよ。
お母さんは、どうしたいの?
答えてよ……お母さん。』
悪魔の女神は正気を失っている。
愛する娘が質問したとしても、その答えは返ってこないだろう。青い瞳のノルンが、大好きな母親は……もう存在しない。
霧の世界フォールにも、母親だったものが眠っているだけ。
白い瞳のルーンは、歩き疲れて座り込んだ。聖フィリス教会。廃墟の入り口にある、瓦礫の上に……。『ノルンの夢の中に帰れるかな? ノルン、どこにいるの?』
『ルーン……どこにいるの?』
青い瞳のノルンと白い瞳のルーンは、互いに呼び合っている。白い人形は、母と娘の夢の世界にいる。でも、同じ夢ではない、時や場所も違う。
しかも、白い瞳のルーンがいる母の夢の中では……ノルンは亡くなっていた。3日前、運命の4日目に……。
白い瞳のルーンは、廃墟の中に入っていく。
壊れていない教会の長椅子があった。でも、誰も座っていない。以前、赤いリボンと金色の髪の司教が、迎えにきてくれたことがあった。
白い瞳のルーンは暫く待つ。残念ながら、聖フィリスの司教は来てくれなかった。『この教会で……ミトラさんに……。』
『ねえ、ミトラさん。
母親だから、私を消さないって言ったよね?
だったら、何で……。
お母さんは、私をここに閉じ込めるの?
お母さんは、本当に私を愛しているの?
ノルンだけを……愛しているの?
前みたいに……答えてよ。』
ジャララ、ガララ……金属の何かをひきずっている音が聞こえてきた。だんだん、音が大きくなって、近づいてきている。『……霧の悪魔? どうせ……この夢から逃げられないし……。』
『お母さんに、会いたいな。』
「……なら、会えばいいではないか。」
『!?……エルフさん?』
金色の長い髪に、尖がった長い耳。古代エルフ文明のものだろうか、木彫りの腕輪や首飾り。聖フィリス教会の衣類。装飾された袖のない
クロークやドレスの裾は長く、動物の尻尾の様に後ろに伸びていた。不思議なことに……クロークやドレスの長い裾は瓦礫に引っかからずに、女性についてきている。
睨まれていないのに……見つめられると、心を見透かされている様な気がする。エルフの女性が歩くたびに……なぜか、ジャララ、ガララと金属がぶつかる音がした。
「白い人形の片割れ。
確か、ルーンと呼んでいたな。
どうして、こんな所にいる?
……早く帰りなさい。」
『わ、私だって……帰りたいよ!
でも、帰られなくて……。』
白い瞳のルーンは、声をかけられて……ほっとしたのか、涙が止まらなくなった。エルフの女性が傍にきて……身を屈めて、目線を合わせて、銀色の髪を優しく撫でてくれている。
「歳は……12才だったか。
もう、泣くだけの赤子ではあるまい。」
『私だって、泣きたくないよ!
でも、どうしたらいいか分からないの!』
ガラララ、ガラララ……鈍い金属の音がした。少女の鳴き声を聞いて、集まってきた。ドロドロに腐食した、“霧の悪魔”が廃墟に近づく。
5体の腐敗した悪魔は、白い瞳のルーンと、金色の髪のエルフの女性を見つけた。唸り声をあげ、血がこびりついている金属の鈍器を振りかざす。
≪贄、発見……我が主へ、魂を奉げろ!≫
魂を狩る悪魔が行使する、“混沌魔術”。腐敗した悪魔たちは、漆黒の鎖を呼び出して……ルーンたちを拘束しようと突き進む。
「まったく……この馬鹿共を使うのであれば、
しっかり教育しろ。」
エルフの女性は、“岩石魔術”を行使した。
自身の“星の核”を使って……。
グッ、ドドドドド!……腐敗した悪魔たちが動きを止めた。
胴体に岩の槍が突き刺さっていき、串刺しとなる。霧の悪魔たちは、ピクリとも動かない。漆黒の鎖は、黒い瘴気に変わっていった。
『!? うそ……今、星の核を―』
「!? ルーン喋るな。
我が良いと言うまで、動いてはならん。」
エルフの女性は、ルーンをクロークの中に隠した。
“幼いルーン”であれば、女性の後ろに隠れることができた。ルーンはクロークの中で、踏まない様に……自分の足の置き場所を確保する為、長いドレスの裾を少し持ち上げた。『!? 金属の鎖? 足にくっ付いてる……。』
エルフの女性に、ぎゅっと引き寄せられた。
クロークの中に隠れているので……誰が来たのか分からない。女性の足にくっ付いている、金属の鎖も気になる。白い瞳のルーンは、エルフの女性の腰に引っ付いて……言われた通りにじっと待った。
エルフの女性から、鼓動が聞こえる。星の核の鼓動が……星間循環システムは、神生紀の文字を刻んでいた。
堕落神、“聖母フレイ”と……。
《フレイ、こんな所でいったい何を?》
「フィリス……この馬鹿共を、
しっかり教育しろ!
目にしたもの、全て襲っている。」
《それが、彼らの役割なのですよ。
腐敗した悪魔たちは、人や魔物を殺し、
女神に献上する。
誇らしい、役目ではありませんか?》
「我を襲う、馬鹿はいらん。」
聖母フレイの後ろに隠れている、ルーンは気になった。『フレイ……フィリス。堕落神が復活してる……フィリスって、どんな姿をしているのかな? オーファンは、人狼の姿になっていたけど……。』
じっとしていろと言われて、じっとしているのはしんどい。動きたくなる、様子を窺いたくなる……白い瞳のルーンはフィリスが声を出さなければ、少し動いていた。
《フレイ、何を隠しているのですか?》
「お前も……我のものに興味があるのか?
奪うと言うのであれば、お前でも許さない。
お前たちは、我からミトラを奪った。
全て奪うつもりか?」
《私だって、女神の影は嫌いです。
ですが……悪魔の女神は、目を覚まされた。
そして……それが、
女神の意思ならば、仕方ありません。
ミトラ司教は、白い霧の愛に選ばれたのです。》
「……今は、これ以上話したくない。」
《……………。
貴方は、霧の人形のことが、
嫌いだと思っていました。
フレイ……諦めて下さい。
霧の人形は、女神の操り人形。
女神の影から助けるのは、
不可能です。》
「……………。」
聖神フィリスの声が、聞こえなくなった。
「ルーン、もう良い。」
聖母フレイが動いたので、ルーンはクロークの中から外に出た。聖母フレイと白い瞳のルーンしかいない。岩の槍で串刺しになっていた、霧の悪魔も消えていた。
『フレイ様、ミトラさんを奪ったって。
……攫われたんですか?』
「ミトラは、仲間の死を知り、
白い霧の愛を手にしてしまった。
霧の人形の様に、
女神の影に操られておる。」
『!? 仲間の死?
皆、亡くなったんですか!?
そんな、どうして……。』
「ミトラたちは、天の門の転移魔術によって、
星の外へ飛ばされた。
我が知っていることを教えよう。」
聖母フレイは教えてくれた。
今から3日前に、皆は亡くなった。ミトラ司教の死体を操り……天の門を行使して、フィリスに帰還させたこと。ミトラさんは、デュレス・ヨハン枢機卿を止めようとしたけど、霧の龍ウロボロスに何度か喰われた。
聖母がミトラさんを精霊にして、ミトラさんの魂を守ったこと。
一番ショックだったのは……元徳の信仰を手にした狂信者が、青い瞳のノルンから星の核を抉り出したこと。
そして、聖神フィリスを復活させた。ルーンとミトラ司教が初めて会ったのは、聖母フレイの聖域、地底都市の最下層……聖母の封印が解かれた時らしい。
しかも、ここは霧の世界フォール。惑星フィリスは、異界に辿り着いていなかった。ここでは……悪魔の女神は、娘のノルンを助けていない。
白い瞳のルーンは、聖母から離れた。ただ、怖くなったから……お母さんが助けてくれなかった。ただ、それが悲しかった。『ここにはいたくない……ノルンの夢の中に帰りたい。』
『フレイ様……私、帰りたい!
私がいた場所では、
ノルンは、まだ生きているの。
お願いです。ノルンがいる場所へ、
連れていってくれませんか?』
「……………。」
『母から逃げて……。
こんな所で悪だくみ?』
『!?……アメリアお姉ちゃん!?』
燃え滾る赤い瞳の魔女が、廃墟の入り口に立っていた。白い瞳のルーンが、赤い瞳の魔女のもとへ駆け寄ろうとすると……。
聖母フレイが、白い腕をつかんで引き寄せた。
『? フレイ様、離して―』
「ルーン……あれは、
お主が知っている姉ではない。」
『えっ!? フレイ様、
言っている意味が分からないです。』
「あれは……“憤怒の魔女”。
女神の影に操られておる。」
白い瞳のルーンは……姉を見た。魔女アメリアは、笑みを浮かべている。霧の悪魔の様に笑いながら、極界魔術を行使した。
憤怒の魔女の極界魔術―“憤怒の烙印”。
赤き魔女アメリアは、青い瞳のノルンが亡くなった時に、大罪の憤怒に手を伸ばした。怒りに満ちた炎は、全てを焼いた。
飛空船カーディナル、軍国フォーロンドの各都市……首都バレルも。
憤怒の魔女から、黒い文字が解放されて……肩や腰の辺りから、黒い鳥の翼が生えた。骨の翼は灼熱の炎に覆われていて、憤怒の魔女の周辺に炎の嵐が吹き荒れた。
ゴォオオオオオオォォォ! 憤怒の炎は、全てを焼き尽くす。瞬く間に燃え広がり……軍国の西方にある街―女神の夢の街は、炎に包まれていった。
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