第30話『白い人形ノルンは新しき女神ルーンを討つ。終焉のsevendays①』【改訂版:Ⅱ】
ここは、ノルンの夢の世界。
白い霧に覆われた古びたお城。青のお嬢様や悪魔のメイドたちが暮らしていた。普段使用していない部屋も、メイドたちは掃除しており……床のタイルに艶があり、古い椅子やテーブルには埃がついていない。
雰囲気は、中世の城と言った感じで……幼いノルンにとって、このお城が自分の生活の全てだった。ノルンが最も好きな場所、母親に会える場所だから。
城の中庭に誰かいる。誰にも気づかれずに……中庭の時が止まっている。ノルンの夢の中にも存在する、白い霧でさえ気づいていない。
銀色の髪は長く、腰まで届いている。紐やリボンなどで纏めておらず、女性が動くたびに緩やかに波打っていた。白い眼はとても冷たい……時が止まってしまう程。
悪魔の女神は正気を失い、白い霧の中で眠りについている。自分の意思で起きることもできない。古き女神はノルンの夢の中、城の中庭に留まっていた。
愛する娘を、騎士神オーファンのもとへ転移させた場所で。
古き女神はただ待っている。
娘が帰ってくるのを……中庭の時は止まっていて、古き女神は待つ、永遠に。城の中庭に、何かが落ちてきた。娘ではない。
1m程の小さな木、普通の木に見える。止まった時に捕まり、空中でピタッと止まった。
『?……ノルン?』
ドクッ……ドクッ……小さな木から、ノルンの魂―星の核の鼓動が聞こえる。待っているのに、娘が帰ってこない。
代わりに、小さな木が落ちてきた。古き女神は、自分の意思で魔術を行使することができなかった。正気を失い、自分の魂が霧の中で眠っているから。
城の中庭の時を止めているのは、古き女神ではない、別の誰か。古き女神が、娘を待つ様に……娘もまた、母親に会おうとしている。
最後に会った場所を、夢の中に記憶して。
古き女神が、小さな木に触れた。怯えた、小さな声が聞こえてきた。
『助けて……誰か、助けて……。』
『貴方は、ノルンを知っているの?』
『!? 知ってる!
青い瞳のお人形さん、知ってる!
お願い……テラを助けて。
お願い……助けて!』
テラの大樹だったもの―小さな木は、古き女神に助けを求めた。でも、古き女神は何もできない。ただ、中庭で待っているだけ。
『私は、何もできない。
貴方から、ノルンの魂が聞こえる。
ノルンは、どこにいるの?』
『……奪われた、奪われた!
白い瞳の人形に……奪われた!
返してって……頼んだのに。
返して……くれないの。』
『貴方から、ノルンの魂が聞こえる。
生きたいのなら、ノルンを呼びなさい。
ノルンはきっと、貴方を助けてくれる。』
『どうやって……呼べばいいの?
どうすれば……いいの?』
『……私は何もできない。
だから、貴方が良く考えなさい。
生きたいのなら、よく考えて。
貴方は、ノルンの夢の中にいる。
安心して、ここにいれば大丈夫。
考える時間は、幾らでもあるから。』
ここは、ノルンの夢の中。
霧の城、どこかの部屋。青い瞳のノルンが起きようと、ひ弱な体を動かす。細い手足を動かしたり、部屋の中を、ぐるぐる歩いたりしている。歩くだけで、ふら~と傾くので、今にもこけそうだった。
『あ~、もう何でよ!
起きろ、私! 目を覚まして!
なんで……起きられないの?』
ドサッ……青い瞳のノルンは、歩き疲れてベッドに座った。
ゴホッ、ゴホッと咳きこんでしまう。この城から出て……機械の蜘蛛が住んでいた別の惑星や、多くの人が暮らす軍国の首都に行けた。白い瞳のルーンが、私の夢の中にいたから。
無理やり転移させられたけど、ルーンが傍にいたから何とかなった。でも……今は、ルーンがいない。
ゴホッ……ゴホッ……。
ルーンがいないと、青い瞳の少女は何もできない……そんなことない、少ないけどできることはある。『……この城から、出られるかな?』
ノルンは、ふら~と傾きながら歩いて、ドアの取っ手を掴んだ。
ギィーとゆっくり押す。ドアを押すだけで疲れる。取っ手につかまって、少し休憩する。部屋の外には、白い霧が立ち込めていて……先は見えなかった。
『ノルン……どこにいるの?』
白い瞳のルーンに呼ばれた……白い霧から聞こえた気がした。青い瞳のノルンは、ふらつきながら、霧の中を歩き始めた。
休憩しながら歩くと、霧の外に出た。『……ここ、やっぱり夢の中。ここ、どこだろう?』
薄暗い、大きな石でできた通路。精霊たちが、淡い光を放っていて……とても悲しく、寂しくなる場所だった。霧の城にこんな場所はない。もちろん、城の地下にも。
自分が知らない場所に出た。どうやら、ノルン以外の夢も混じっている……たぶん、ルーンが見たものだと思うけど。
『ルーン……こんな所にいるの?
行きたくないな。』
でも、進まないと……ルーンを見つけないと、ノルンは起きられない。ずっと、夢の中を彷徨うことになる。『それは嫌……私は、城の外の世界を見た。色んな人がいて、色んな物で溢れている……私も自由に生きたい。ルーンやお母さんと一緒に。』
冷たい石の壁。少しでも手の指がかかる所を探しながら、ゆっくり歩いていく。今、誰かの声が聞こえた。薄暗い通路の先……霧の中から聞こえる。
霧の中を覗いてみた。大きな教会……聖フィリス教の教会だと思う。聖フィリスの騎士が、剣や弓を構えている。
知っている人たちがいた、軍国の冒険者たち。騎士に追い詰められ、教会の入り口に、長椅子を集めて……バリケードを造って何とか耐えていた。
聖神フィリスの聖域を守護する、聖フィリスの騎士団―第3騎士団長が叫ぶ。
「我が主の聖域を汚す、魔物よ!
直ちに投降せよ!
我が主の慈悲により、魂は救われるぞ!」
「どうせ、地獄行きだろうが!?
俺らは、来たくて来たわけじゃね!」
燃え滾る赤い眼を持つ、若き魔王クルドも、長椅子の影に隠れながら叫んだ。彼らがいる場所は、聖母フレイの墓―地下66階。
彼らは出口を探したけど、地下12階にある巨石の通路から……どんどん下へ降りることしかできなかった。不思議なことに、骨の魔物や腐った魔物、エルフの精霊たちは襲ってこない。魔物や精霊たちの横を通り抜けていく。
携帯していた食料と水を口にして、休息を取りながら出口を探した。だけど、上層への通路はなく……行ったり来たりしながら、墓の中を彷徨うことになった。
気がついた時には、墓の最下層にいた。
聖母フレイの聖域―地底都市の最下層。地底世界とも言える、広大な空間。本来なら黒い瘴気に包まれているけど……今は黒い瘴気はなく、精霊が潜む都市の奥へ進むことができた。
彼らは魔物や精霊たちを刺激しない様に、静かに進んでいく。
地底都市の奥で、不思議な光景を見る。
聖神フィリスの聖域。聖母の地底都市とは、別の大きな空洞があり、聖フィリスの教会があった。火炎魔術の光だろうか……空洞の天井から、光が射し込んでいる。
女神のレプリカ、ルーン・リプリケートが、聖母の墓の一部と、軍国の首都まるごと転移させた。
その為、聖母フレイの聖域と、聖神フィリスの聖域がくっ付くことになった。聖母フレイはとても嫌がるけど……。
軍国の冒険者と荒野のオークは、地下の教会を警備していた、騎士や神官に見つかってしまった。
彼らは逃げた。聖母の精霊たちに襲われていた騎士たちは、突然の訪問者に動揺して……その隙をついて、軍国の冒険者たちは、聖フィリスの教会を目指す。
彼らが使える魔晶石はなく……頼みの綱の若き魔王は、傲慢の魔女ウルズに金色の斧を折られてしまった。
赤き魔女アメリアの炎を、呼ぶことができない。
『……何で、炎を使えないのよ!?
あんた、炎鬼でしょう!?
じゃあ、あんた、何ができるのよ!?』
走りながら、レイピアの使い手、ミランダが悪態をつく。
「……ただのオークっすね、
俺らと変わらないっす。」
「魔女さんの炎を使えなかったら、
ただのオークじゃないっすか。
ボス、勘弁してくださいよ。」
「……おい、お前らやめろ……泣くぞ?」
荒野のオークたちも、教会の中まで逃げることができたけど……騎士の数が多い。いずれ捕まってしまう。
執事のジョンや酒場の店主?クレストは、体力的にそろそろ限界だった。魔術師のミルヴァは、魔晶石を探しているけど……まだ、見つけることができていない。
大剣の使い手、ロベルトは覚悟を決めて、隣にいるミランダに話しかけた。若き魔王クルドは武器がない為、武器になりそうな物を探している。
「なあ、ミランダ……。
お前のことが好きだ。」
『!? 時と場所を考えて!?
馬鹿……今、言うな!!』
「いや……今、言わないと、言えなく―」
『そこは、助けるって言いなさいよ!!』
若き魔王クルドは……装飾された、細長い鉄の燭台を持っている。どうやら、燭台を武器にする様だ。
「……おい、兄ちゃん。
惚れた女を守りたいなら、手を貸せ。
ここから逃げることは……できると思うぜ。
眼の前で死なれたくないだろう?」
「……囲まれているぞ?
教会の外にもいる。
なにか、考えがあるのか?」
「……………。
ミトラの嬢ちゃんは、聖フィリスの神官だ。
嬢ちゃんが無事なら、お前らを助ける。
俺ら、荒野のオークは、
どうやっても無理だ。
だから、俺の捕虜になれ。」
「!? いや、流石に無理だろ?」
「……何もしないよりかは、ましだろうが。」
「!? なっ、おい、やめろ!?」
若き魔王クルドは、ロベルトの頭を……腕でガッチリホールドして引きずり、バリケードの一部を足で壊した。そして、大勢の騎士に向かって叫ぶ。
「おい、よく聞け!
こいつらは、俺の捕虜だ!
俺ら、荒野のオークの安全を保障しろ!!
そうすれば、冒険者を助けてやる!」
「愚か者め!……その冒険者も、
お前たち同様に死罪だ!
聖域を汚した罪、死をもって償え!」
「ああ、そうかよ!
それなら、なんで襲ってこない!?
お前らの主のもとへ送ってやるぞ、
びびってのか!!」
若き魔王の罵声を浴びた、騎士は握りこぶしをつくっている。騎士や神官、魔術師は50人以上いる。教会の入り口を占拠している、愚か者は冒険者を含めても、10人程度。
ただ、タイミングが最悪だ。つい先ほど、我が主の復活の儀式が始まった。誰も教会に踏み入れてはならないと通達がきている。例え、配下の騎士や神官に命令したとしても……誰も教会の中に入らないだろう。誰も、我が主の命に背きたくはない。
第3騎士団長は、配下の神官に命令を出した。ここから撤退する命令を……。
「……仕方ない。我が主に祈り、
“聖なる火”降臨して頂く。」
「宜しいのですか?」
「主の秘匿の間は、
ここより深い場所にある。
教会は崩れることになるが、
愚か者は焼かれ、我が主の贄となろう。
こいつらに時間をかけていられん。
聖母の精霊たちを鎮めなくては……急げ!」
騎士や神官、魔術師たちが教会から離れていく。やがて、姿が見なくなった。若き魔王クルドは、ロベルトを離して、外の様子を窺っていた。「なんだ? どこにいった?……くそ、嫌な予感がするな。」
暫く経っても、騎士や神官たちは戻ってこなかった。
軍国の冒険者と荒野のオークが話し合っている。その中に……青い瞳のノルンが、ちょこんと立っていた。でも、誰も気づいてくれない。ノルンの姿が見えていない様だ。
冒険者のミランダやロベルトの前で手を振っても、気づいてくれない。腕を引っ張っても力が弱くて、逆に引きずられてしまう。
誰かの眼をつついてみようかなと思い始めた時、声をかけられた。
『やめなさい……彼らを助けては駄目。』
『うわっ!? 誰!?
びっくりした……精霊さん?』
白い霧の幽霊が浮かんでいる。長い髪の女性の様だ。眼や口はない……人の姿をしていた。白い霧の幽霊は、すーっと音を立てずに近づいてくる。
『戻りなさい……霧の城に。』
『?……どうして、皆を助けたら駄目なの?
霧の外に出たら駄目なの?』
『外は危ない。危険なもので溢れている。
だから、安全な城に戻りなさい。』
『皆はどうなるの?』
『彼らの死により、ミトラ司教は、
“愛”を手にする。
彼らは、見事役目を果たすのです。
誇らしい一生となるでしょう。』
『……………。』
『さあ、帰りますよ。お嬢様―』
白い霧の幽霊は、ノルンの左腕を掴んだ。
白い霧が、青い瞳のノルンを覆っていく。霧が白い人形を、霧の城に運ぶはずだった。ここで、ノルンが抵抗しなかったら……。
『!? 離して!
私は……皆が、死ぬのは嫌!』
『!?……お嬢様。』
掴まれていた左腕を振った。白い霧の幽霊の手がばらばらと崩れて……霧に変わっていく。ノルンは手を強く振ってしまい、ふらついた。大きな声をだして、何度か咳きこんでいる。
それでも、ノルンは……元の姿に戻っている、白い霧の幽霊を睨んだ。自分の大切な物を奪おうとするものを。
『私は、皆を助ける。
私から、大切なものを奪わないでよ。』
皆が、急に慌て始めた。外の様子を窺っていた、若き魔王クルドが叫んでいる。聖神の聖域―大きな空洞の天井から、光が射し込んでおり、その光が強くなった。
長径1m程の縦穴がある。地上にある祭壇まで繋がっており、限られた期間だけ……黄色の太陽の光が、地下の教会まで届いた。
聖神フィリスの極星魔術―“聖なる火”。
赤き魔女アメリアの極界魔術、軍神イグニスの極星魔術に並ぶ……最強の火炎魔術。霧の世界フォールにある、惑星イグニスは白い太陽に焼かれて、灼熱の星と化している。軍神イグニスが剣をふるえば、山々は火を噴くだろう。
聖神フィリスは、光を集めて……炎を創る。
聖フィリスの神官たちが祈る。聖神の聖域は地下深くにあるから、黄色の太陽の光は、僅かしか届かない。
しかし、聖神フィリスが地上で集めた光を、地下へ送れば……空洞の天井の光がより強くなり、昼間の様に明るくなった。
聖神の聖域に、小さな太陽が現れた。
白い霧の幽霊―女神の影アシエルは、ノルンに告げた。ノルンの願いは……白い霧でしか、叶えられないことを。
『ノルン、言うことを聞きなさい。
私に歯向かっても、何も変えられない。
ノルンの望み、叶えてあげないよ?
母親に会えなくなっても、いいの?』
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