第29話『新しき女神は地獄の門を開く。あらゆる世界に終末が訪れる時、白い人形ノルンとルーンは③』【改訂版:Ⅱ】

 

 私は女神のレプリカ、“ルーン・リプリケート”。


 白い霧に包まれている。霧は、色んなものを運んで真似る。火炎魔術なら炎を。氷晶魔術なら氷を……。


 霧は、人や魔物の“夢”も真似て、ノルンの夢を形作っている。霧の奥深くに入り込めば……ノルンの夢の世界に入ることができた。



 ここは、惑星テラと惑星フィリスの間。


 宇宙空間では……白い霧の住人しか生きられない。天上の神に匹敵する程の力を持っていれば、霧がなくても生存できる。


 

 でも、そんな者は滅多にいない。宇宙には空気はない……重力もない、星の外だ。白い霧は、霧の住人しか助けない。



 惑星フィリスの極星魔術、天の門。



 惑星よりも大きい回転する銀の輪は、惑星フィリスとテラの間にあった。



 天の門は起動していて、白い霧が発生している。門の表面―入り口付近は、空間が歪んでいて……小さく波打つ。宇宙空間に存在する、白い海の様だ。


 その海の上に、浮かぶ者がいる。


 

 女神のレプリカは……大樹が潜む地下深くから、惑星テラの外へ転移してきた。惑星テラで、一番欲しかったものを見つけたから。



『私たちは……いつも一緒だった。

 今さら、離れるなんてできないよ。』




 白い霧に包まれて、私の妹が眠っている。


 青い瞳のノルンは眠り続けていた。起きたい、目を覚ましたいと……ノルンは思っている。だけど、目を覚ますことができない。


 

 私がいつも支えていた。私がノルンの夢の中にいないから。誰かの支えがないと……誰かが、夢の中で声をかけないと、ノルンは自分で起きることもできない。


 体がとても弱く、一人では生きていけない。




 星の外に運ばれて、ノルンの魂―“星の核”はとても不安定になった。


 ノルンの星の核は、依り代の惑星テラを呼ぶ。星の核に呼ばれて、テラの大樹が地上に現れる。地下深くに溜めていた魔力を消費して、根を成長させていく。どんどん成長させる……。


 後のこと、生き残ることを一切考えていない。水晶の様に固くなった、巨大な根が大地を覆う。巨大な幹が天高く聳える。宇宙空間に届く程に……。



 巨大な幹が悲鳴をあげている。


 大き過ぎて、自分の重みを支えることができない。巨大な根や幹を、維持する魔力がない。ここまで大きくなってしまったら、根や幹が折れて死んでしまう。



 それでも……大切なテラの魔力を消費して、限界を超えて成長させた。



『返して……返して!

 お人形さんを……返して!』



 テラの大樹は動かせるものを、全て動かした。若葉色の光―透明な根。枝や葉っぱ。何とか、人形を取り返そうと必死だった。相手のことをよく理解せずに……とにかく急いだ。


 急がないと、人形を奪われてしまう。



 青い瞳のノルンに触れることができれば、起こすことができる。ノルンに触れることだけなら、できると思ってしまった……。


 

 愚かなこと。私は、時の魔術を行使できるのに。




『返して……返してよ! 

 

 お人形さんは、

 テラに……必要なの!』




『……テラの大樹。

 この子は、私の妹なの。


 

 返しては、おかしいよね?』




 女神のレプリカは、誰にも渡さない。


 眠る青い瞳のノルンを抱きしめた。笑みを浮かべて……。



『だめ、だめ!

 お人形さんが……必要! 


 テラが……無くなってしまう!』



 森林魔術―“テラの大樹”。霧のシステムに属さない、独自の……未完成のもの。まだ、“システム”と呼ぶこともできない。


 天のピースによって成長した。ただ、成長しただけだった。魂や魔力を、二つの星で循環させることもできない。


 テラの大樹は未熟だから……成長という可能性はある。



 女神のレプリカは思った。『テラの大樹は……星と星の衝突から、生き残ることができるかな……星と星の衝突、テラ・インパクト。』



 私は、青い瞳のノルンを抱えながら……自分の体の中にある、傲慢の魔女の魂―星の核を使って魔術を行使した。



 傲慢の魔女ウルズ、極界魔術―“傲慢の烙印”。


 黒い文字が、私から解放されて……肩や腰の辺りから、漆黒の翼が生える。羽毛はなく骨だけ。黒い文字は、大樹の枝に触れると……内部に侵入して黒く染めていく。



 バキッ、ボキッ! 大樹の枝が、次々に変形して折れていく。折れた枝は、白い霧の海に沈んで見えなくなった。


 それでも、テラの大樹は諦めない。枝を何十本……何百本折られても、枝を動かして、ノルンに触れようとしている。



 青い瞳のノルンを起こすことができれば……。



『お人形さん……起きて!

 お願い……助けて! お願い……起きて!』




『ノルンは、疲れて眠っているの。

 起こそうとしないでくれる?』



 

 女神のレプリカは、再び魔術を行使した。抱きかかえている妹の魂―星の核を使って……悪魔の女神の極界魔術―“再生の聖痕”。



 私の体が少し……文字に戻っていく。女神の影アシエルは、私を操っている。女神の影は、再生の聖痕を、悪魔の女神の様に行使した。


 ミスなく、完璧に。私の体の中にいる……未熟な“幼いルーンの魂”では、まだ到達できないレベルで制御した。



 私は、人形の姿を保ったまま……黒い鳥の翼に加えて、白い霧の翼を広げた。



 白い文字―再生の聖痕は、白い翼になった。霧でできている為、すごく不安定。でも、とても綺麗だった。



 再生の聖痕は、大樹の枝、折れた箇所を癒す。時が戻るかの様に……枝や葉っぱが生えていく。大樹の幹も癒していく。


 私は……無理に成長して、悲鳴をあげていた大樹を癒してあげた。



『!? 助けてくれるの?……どうして?

 お人形さんを……返してくれるの?』




『? ノルンは返さないよ? 

 

 テラの大樹……頑張り過ぎだよ、

 生き物には限界ある。



 限界を超えて、成長する。

 いいね、すごくいいと思うよ。



 でも……何か失っていない? 

 頑張り過ぎたら、大切なものを無くすよ? 



 ほら、今みたいに……。』




『!? 何を……何をした!?』



 再生の聖痕は、どんな傷でも治してしまう。小さな傷でも、“再生のトリガー”となる。どんな傷も治すけど……その代わり、楽しくて幸せな時も奪ってしまう。



 遥か昔、悪魔の女神は、愚か者の傷を癒して……やり直す機会を与える為、時を選んで奪っていた。同じ様に、女神の影アシエルも、大樹の時を奪う。



 天のピースが宿った時を……テラの大樹が生まれた時を盗んだ。


 テラの大樹は、天のピースによって成長したのに。小さな木が、天のピースに巡り合えた奇跡を、女神の影に奪われてしまった。



『そん……な……。

 なんで……やめて!』



 テラの大樹は、白い霧に喰われていく。


 魔術を行使して、抵抗することもできない。そもそも、もう存在することもできない。テラの大樹は、奪われた時を取り戻さない限り……この世に生きることすら、もう叶わない。


 

 テラの大樹として生まれた時を、奪われてしまったから。




 白い霧が、天の門の白い海に戻っていく。


 小さな普通の木と一緒に……テラの大樹はもういない。女神のレプリカは、大樹から奪った魔力を使って、ノルンの転移魔術(固有のスキル)を利用する。


 

 この世界に、地獄の門を開く為に。



『ノルン、私が天国に連れていってあげる。

 だから……もう少しだけ、頑張って。


 

 大丈夫、私が傍にいるから。

 いつもの様に、私は傍にいるよ。』




 私は、極星魔術―異界の門と天の門に……。



 さらに極界魔術を重ねた。“極星極界魔術”となる。




『異界の門よ、天の門よ!

 女神の分体―創造主の声を聞け。



 霧の世界の白い霧を天へ導け!


 

 生き残りし、堕落した神よ。

 星の核を受け継ぐ、霧の人形よ。


 

 私の声を聞け!

 私は、地獄の門を開く。


 

 霧の封印は解かれ、

 あらゆる世界に終末が訪れる。



 今こそ、為すべきことを為せ。

 汝の星の核を解放せよ!」



 

 私の声が、白い霧の中に響いていく。


 白い霧を生む、霧の人形たちは……その声を聞き逃すことはない。女神の影アシエルは、霧の人形たちを、ノルンの夢の中へ誘った。


 嫌がるのは、赤き魔女アメリアぐらいかな。傲慢の魔女ウルズは、私が喰ったので……ノルンの夢の中には行けない。



 女神の影のお気に入り、三女エレナ。


 あとは……四女ヘルと五女ヴァルが、ノルンの夢の中へ。女神の影にとって……霧の人形は問題にならない。霧を拒否できる人形は、ノルンだけ。



 ノルンは、私の腕の中で眠っている。


 私は気づいた。女神の影アシエルが、私の体の中から……“

 

 私には、どうすることもできない。私は、女神の影に操られているから……。




 堕落した神々も、私の声に反応するだろう。


 これが最後のチャンス。封印から解かれて、この世に生きることができる最後の機会。惑星フィリスとテラに封印されている堕落神が、女神の影を拒否した場合……女神の影は、このまま星と星をぶつける。


 星は壊れるけど、星の核は、女神の影の近くにくる。後は……封印が解けた騎士神オーファン。白き狼のみ……。



 

 ノルンの転移魔術―異界の門も、大樹の魔力を消費して……巨大化していく。星よりも大きい、天の門と同じ大きさになった。



 惑星フィリスと惑星テラ。


 異界の門と天の門……お互いに近づいている。



 女神の影は、二つの巨大な門をぶつけるつもりだ。衝突した瞬間、門は壊れてしまう。星よりも大きい門が、同時に壊れること。


 同じ時に、同じ場所で……それが重要だった。再生の聖痕が、二つの門に対して発動するから……。 



 異界の門と天の門。白い海が上下にあり、白い霧が行き来している。とても神秘的で……とても恐ろしい。


 

 終末を呼ぶ場所に、“異物”がやってきた。




 白い狼に導かれて、白い霧の中を流れている。



「!? ここ、どこ!? 

 うそ、なんで……浮いてるの!?」



 獣人のフィナ。白き狼セントラルに助けられた、元軍国の伯爵令嬢。今は、身長が縮んで……白い犬の耳と尻尾が生えている。


 栗色の髪は一緒で……前より幼くなった感じ。白い霧に包まれている為か、白い耳と尻尾が、生まれた時より成長して大きくなっている。


 ウサギの様に、たれ耳になっていた。



 フィナは、最悪のタイミングで……女神のレプリカと、青い瞳のノルンがいる場所に来てしまった。私は、女神の影に操られている……。



 女神のレプリカは、ノルンを抱きしめながら喜んだ。



『!? もしかして、フィナ!? 


 本当に、最高! 

 やっぱり、最高のメイドさんだね! 



 私が欲しいものを、

 持ってきてくれるなんて。


 本当に、大好きだよ。』




「!? ルーン様、ノルン様!? 

 お怪我はありませんか!?」



『うん、ないよ……ねえ、フィナ。

 お願いがあるんだけど……。



 白い狼の魔力かな? 

 狼の何かを持っているよね? 


 

 それ、欲しいな……ちょうだい!!』



 獣人のフィナ。オーファン・システムは存在しないけど……白き狼セントラルの魔力や記憶など、全てを受け継いでいる。


 テラの大樹が、白き狼を起こす為に、狼に宿した天のピースも……。




 白い霧とは? 悪魔の女神が創り出した、霧のシステム。時の女神が、地獄の近くまで堕ちた時……白い霧が生まれた。


 その正体は、数えきれない程の人や魔物……あらゆる魂の複合体。



 悪魔の女神は、再生の聖痕で癒して、あらゆるものから時を奪った。その時を、白い霧は記憶している。


 傲慢の魔女ウルズは、霧を成長させる為に……数えきれない程の人や魔物を殺して、霧に食べさせた。霧は人や魔物の魂を喰い、七つの元徳と大罪を具現化させた。



 女神の影アシエルは、女神のレプリカを操り、女神の極界魔術―“再生の聖痕”を制御してみせた。女神の影は……今度は、あらゆる世界から時を奪おうとしている。



 堕ちて正気を失った、悪魔の女神に代わって。




 今、終末が訪れる。全てはこの時の為に……。



 白い霧の奥深く、霧の世界フォールで……悪魔の女神が眠りについている。正気を失って……人や魔物を導く、異界の女神は存在しない。



 白い霧の中で、悪魔の女神は……笑みを浮かべていた。

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