第28話『新しき女神は地獄の門を開く。あらゆる世界に終末が訪れる時、白い人形ノルンは・・・②。』【改訂版:Ⅱ】

 

 私は女神のレプリカ、リプリケート……無数の精霊の糸を操る、悪魔を見る。悪魔のフィナは、人の姿を捨てた。フィナ自身も驚く程、あっさりと……。



 フィナにとって、軍国の首都バレルでの生活はとても大切なものだった。堕落神の“招魂魔術”の影響を受けて……元の姿に戻ってしまった。



 堕落神、名も無き神の遊びで、軍国の伯爵令嬢フィナ・リア・エルムッドは……惑星テラからもう帰ってこない。



 軍国の伯爵令嬢は、亡くなってしまった。



 精霊のフィナは、白い霧に包まれている。軍国の西方で、天の門の転移魔術を阻止した時とは違う。あの時の様に、人の姿には戻れない。


 

 フィナの肉体は……もうない。白い霧が食べてしまった。霧がどこに運んだのか、見当もつかない。精霊のフィナは思った。「でも、それでもいい。ノルン様を守れるのなら……。」



 軍国フォーロンドでの生活、大切な6年間。人としての思い出。お父様やお母様……執事のジョン。冒険者のロベルト、ミランダ、ミルヴァ。酒場の店主?のクレスト。大切な人との関係は、全て無くなってしまう。


 でも、今は……それ以上に……フィナにとって、“青のお嬢様”が大切。「テラの大樹……後悔させてやる。お嬢様に手を出したことを。」


 

 女神のレプリカは、無数の精霊の糸を見た。フィナの糸が、生き物の様に動き回る。精霊の糸に魔力が流れ、青い火花が散る。風に揺られて、大きく波打ち……触れたものを、白い霧へ誘う。



 砕けた岩や折れた鉄。惑星テラの重力から解放されて、浮き始めた。あらゆる場所に現れる、白い霧は時空を歪めて……どんなものでも運んでしまう。


 霧が現れる、どこかの世界に……。



 霧の量は膨大で、霧が引き込む力は……惑星テラよりも、ずっと強くて重たかった。フィナの糸に誘われて、野良犬たちも浮き始めた。


 狐や狸。猫とネズミ。あらゆる動物たちが浮き始める。白い霧に支えられて、空中に浮かぶ、フィナの様に……。



 ゴォオオオォォォ! 轟音が鳴り響き、鉄の遺跡に亀裂が入った。白い霧が、鉄の遺跡一帯を侵食し始める。


 フィナは、精霊の糸を動かし続ける。鉄の遺跡が崩壊したとしても、やめるつもりはない。悪魔のフィナは思った。「白い霧が、侵食すれば……大樹は枯れ、ノルン様は解放される。」



 鉄の遺跡を覆う、テラの大樹。巨大で透明な根が、上空から落ちてきた。魔力を帯びて、水晶の様に硬くなって……。


 霧の悪魔を排除する為に、落下して鉄の塔を砕いた時……なぜか、落下が止まった。大樹は気づいた。異常な速度で、白い霧が現れている。


 大樹が経験したことのない速度で、遺跡一帯を侵食する。霧は、動物たちや木々を攫っていった。鉄の遺跡の通りに、生き物はもういない。



 遺跡の通りにいるのは、悪魔のフィナだけ。白い霧が、地面から噴き出している。白い霧が……フィナの周囲だけではなく、別の場所にも現れた。


 テラの大樹が宿る、地中深くにも……。



 

 白い霧に止められてしまった……巨大な透明な根は、霧に魔力を奪われた。落下できずに、ばらばらと崩れていく。



 悪魔のフィナは、白い霧に奉げた。人としての全てを……軍国の伯爵令嬢は、惑星テラで亡くなった。もう、彼女は帰ってこない。


 悪魔のフィナは、糸を止めた。生き物を攫われて、星の魔力を奪われている……大樹の悲痛な声が聞こえたから。



 フィナは無邪気に笑った。霧の悪魔の様に……。



『やめて!……やめて!

 

 どうして……。

 こんなことを……するの!?』




「……テラの大樹、お嬢様を帰せ。

 急げ、霧が全てを喰ってしまうぞ?」




『お人形さんは、

 惑星テラに……必要!


 私は……。

 お人形さんを……傷つけていない!


 

 どうして……。

 この星を……傷つけるの!?


 もうやめて!!』




「お前は、お嬢様を利用した。

 愚か者には罰を……。


 

 惑星テラ、テラの大樹。

 白い霧に喰われて、滅んでしまえ。」



 白い霧が、鉄の遺跡を覆い始めた。


 遺跡が崩れる音はしない、静寂に包まれていく。崩れる音がしないのに、鉄の遺跡が消え始めた。悪魔のフィナの笑い声だけが、響き渡っていく。



「お前が、お嬢様を利用する?


 白い霧を嫌っておきながら、

 霧の人形を呼んだ?



 愚か者め! 

 お前は、自ら自分の首を絞めた! 



 白い霧は……霧の人形から生まれる。

 

 どの世界であろうと、どの星であろうと、

 お嬢様は霧に包まれる。



 テラの大樹、お嬢様を帰せ。

 まだ、間に合うぞ?」



『……いやだ……いやだ。

 この人形は……返さない。



 白い狼さん、この星を……助けて。



 お人形さんを守って……地上にいる、

 霧の悪魔が……テラを傷つけるの。



 お人形さんの……星なのに。』




「!? お前……何と言った!?」




『私は愚か者……。

 でも、霧の悪魔も……愚か者。



 人形の星を……大樹の根を傷つけた。



 霧の悪魔……。

 人形の白い狼に……喰われてしまえ。』




「!?……!?」



 悪魔のフィナは、白い霧に包まれている……霧の中に浮かんでいる。その霧の中に、大きな狼がいた。5m~6mくらいの白い狼。人狼ではなく、美しい狼。透明な細い根が、白い毛にくっ付いていた。



 オーファン・システム―セントラル。


 テラの大樹は、青い瞳のノルンを……惑星テラの神へと導いた。ノルンの星の核は、惑星テラを依り代にしたのだ。


 

 白き狼セントラルは、惑星テラの神に代わって……極星魔術を行使する。



【惑星テラよ、青き瞳のノルンよ。

 テラを傷つける、愚か者に罰を与えよ。



 霧を生むものよ、テラの大樹に力を与え給え。

 大樹の根は霧に包まれ、大樹の怒りと化す。



 霧よ、霧の悪魔を誘え、

 悪魔の女神のもとへ。】



「!? 白き狼!?」



 巨大な水晶の根は水晶の鞭となって、白い霧を裂き……地面を吹き飛ばして、岩を砕いていく。浮かんでいた、悪魔のフィナも吹き飛ばされた。



 ゴォゴゴゴゴゴゴゴ! 白い霧が消えて、鉄の遺跡もない。巨大な水晶の根が、近くにあるものを壊し続ける。



 岩も……鉄も……巨大な根の重みによって、グシャグシャに潰されていく。




 暫くすると、テラの大樹が止まった。


 白い霧に包まれている、白き狼セントラルは岩の上に登った。そこに……精霊だったものがいた。手足は潰れてなくなっている。辛うじて……上半身と顔の右側だけが残っていた。


 悪魔のフィナは、何も話せない。右目だけ動かせた。テラの大樹に操られている白い狼と眼があった。フィナは思った。白い狼は怒っていない……たぶん。こんな姿にされたのに……なぜか、そう思った。



 白い狼セントラルが、大きく口を開け……ごくっと、フィナを噛まずに飲み込んだ。テラの大樹は地中に戻っていく。



 大樹の根を傷つける、霧の悪魔はもういない。


 大樹は、そう思って気を抜いた。



 その時だった……白き狼セントラルは、女神のレプリカ、リプリケートの声を聞いた。白い霧から聞こえてくる。



『天の門よ、惑星フィリスよ。

 女神の分体―創造主の声を聞け。



 不毛な大地を惑星テラへ導け。



 軍神イグニス、巨神グレンデル、

 不死なる名も無き神よ。

 


 天の門を、発動する。

 地上に戻りたければ、手を伸ばせ。



 私の助けを望まないのなら、仕方がない。

 時期に終末がくる。


 それまで、ここで待っていろ。』



 

 テラの大樹は気づいていない。


 安心して、白き狼に話しかけた。白い霧が……惑星フィリスから、を、惑星テラに運ぼうとしているのに……。



『白い狼さん……ありがとう。

 ありがとう。霧の悪魔を……食べてくれて。

 


 さあ、白き狼さん。

 お人形さん……惑星テラを導いて。』



【……………。

 テラの大樹、もっと地中深くに潜りなさい。】



『?……どうして?

 どうして? 私を……傷つけ―』



 テラの大樹が、白い狼に尋ねた……その時、惑星テラが揺れた。“星の揺れ”……空気が吹き飛ばされて、音が消えた。テラの大樹も、ばらばらと崩れていく。


 水平線に山の様に高い、巨大な波が見えた。海水が、天高く昇り……宇宙空間まで到達した。星の揺れは、テラの山を崩して……巨大な津波が海岸を襲う。根こそぎ、全てを奪っていく。



 惑星テラの海に、惑星フィリスのが現れたのだ。テラの山々が火を噴いている。魔物の大地の山も噴火して、黒煙が立ち昇った。



 惑星フィリスで、女神の影アシエルは、笑みを浮かべている。星を造り変えて、楽しんでいた。



 テラの大樹の根は、殆ど壊れてしまった。大樹は怖がって……地中深くに潜り、地上にでてこない。


 鉄の遺跡があった場所に、白い霧が……まだ残っていた。その霧の中に白い狼がいる。大樹の根はくっ付いていなかった。



【……やれやれ、ようやく、根が取れました。

 

 精霊の娘を、

 傷つけてしまいましたね。



 ノルン……私の声が、聞こえますか?

 もう一度、極星魔術を行使します。】



 白い霧の中で、白い狼は丸まって、極星魔術を行使した。お腹の中にいる精霊のフィナを救う為に……。


 グチャグチャに潰れてしまったので、精霊だった娘を、人に治すのは難しい。精霊として生きることも……そこで、白き狼は別の方法を考えた。



【精霊の娘よ、私の声を聞け。

 

 惑星テラよ、青き瞳のノルンよ。

 霧を生むものよ、霧の精霊に力を与え給え。



 霧の精霊は、

 


 霧よ、異界の門よ、精霊の娘を誘え。

 新たな女神のもとへ。】



 人として、精霊としても、生きることが難しいのであれば……新たな命を与えるまで。白き狼セントラルは、自分の魔力を、フィナに与え始めた。


 それが、最善の手だと信じて……。



 ドクッ……ドクッ……白き狼のお腹の中で、フィナの鼓動が聞こえ始める。




【精霊よ、私の声が聞こえますか?】



「……私、何で死なないの?」




【女神の霧は、楽に死なせてくれませんよ?

 すぐに死んでしまっては……。

 

 愚か者を罰する時間が、

 短くなってしまいますからね。



 貴方は、霧の悪魔。

 悪魔の女神が……。

 

 貴方の魂を解放するまで、

 霧から逃れることはできません。】




「白き狼……騎士神オーファンも、

 随分と落ちたね。



 言葉すら上手く話せない、

 大樹に操られるなんて……。


 もう、神としての誇りもないの?」



【私は、オーファン・システム―セントラル。

 堕落神ではありません。



 よく間違われますが……。


 

 堕落神オーファンは、

 霧の世界にある、依り代の星で眠っています。



 霧の精霊よ、貴方に頼みがあります。】




「? 私の最後の記憶では、

 白い狼……貴方に食われた。


 食べたものに頼むの?」



【……私は、貴方を飲み込みました。

 まだ、貴方の魂は、壊れていない。


 私は……オーファン・システムは、

 貴方より壊れています。


 

 知能が余り高くない、

 大樹に操られる程に……。



 大樹は、地中深くに逃げましたが、

 また、地上に出てくるでしょう。



 大樹は、ノルンを捕らえています。

 私は、ノルンの意思には逆らえない。



 精霊の娘よ、大樹を壊してはいけません。


 テラの大樹は……。

 ノルンを、この星の神に導きました。



 星の神としての力を、失ってはいけません。

 大樹を壊さずに、ノルンを助け出してください。



 私の代わりに、貴方に……。

 私の全てを差し上げます。】



「……………。

 ねえ、狼さん……1つ、教えて。」




 白い狼セントラルの体が、青い水晶に喰われていく。白き狼は、天に向かって吠えた。最後に、転移魔術―異界の門に呼びかける為に……。


 

 岩の上に、巨大な水晶の像。狼の眼から光が消えた。今、この時……壊れていた、オーファン・システムは完全に消滅した。



 オーファン・システムは存在しない。


 水晶の狼の像。そのお腹は、大きく膨らんでいる。ベキッ、バキッ……水晶にヒビがはいった。お腹の中で……何かが動いている。



「ノルン様と過ごせて……幸せだった?」



 バキッ、ベキッ! 犬の耳と尻尾が生えている。以前と比べて、体が少し小さくなった。栗色の髪は変わらないけど……フィナは、白き狼の魔力を授かり、新たな生を受けた。



【もちろんですよ、

 私は…‥幸福でした。】



 獣人のフィナ。母である、白き狼の様に……宙を見上げた。白き狼の最後の極星魔術、異界の門。獣人のフィナと水晶の狼の像の上に、回転する銀の輪が現れた。



 獣人のフィナは見た。


 異界の門とは別の……。極星魔術―“天の門”。惑星フィリスを覆う程の門。


 惑星テラから奪った魔力を使って、天の門は巨大化した。



 惑星テラとフィリスの間。宇宙空間に存在して……回転する銀の輪から、白い霧が現れる。惑星テラとフィリスは、白い霧に包まれていった。


 

 惑星テラの地中深く、テラの大樹が動いてできた隙間。そこに、青い瞳のノルンが……透明な根っこに支えれて眠っていた。



 極星魔術―天の門。


 転移魔術……惑星テラの地中深い場所に、現れるものがいる。



 透明な根っこの上で眠る少女より、背が少し高い。青い瞳のノルンが成長したら……恐らく同じ姿になる。


 双子の姉がそこにいた。女神のレプリカ、“ルーン・リプリケート”は……双子の妹、青い瞳のノルンのもとへ。



『ノルン、準備は整ったよ。

 さあ、一緒に天国に行こう。



 腐敗して……。

 間違った世界を創りなおそう。



 皆で笑って……。

 楽しく暮らせる世界に。』

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