第26話『新しき女神は地獄の門を開く。あらゆる世界に終末が訪れる時、白い人形ルーンは・・・②。』【改訂版:Ⅱ】
私は女神の複製品、ルーン・リプリケート。
再生の聖痕―白い瞳のルーンではない。白い霧は、私を……女神に選んだ。新しき女神。それが私の役目。
白い霧は私に見せる。金色の髪、赤いリボンはない……ミトラ司教は眼を開けた。白い部屋、白いベッドに横になっている。
ミトラ司教が左手を見ると……白い包帯が巻かれていた。どうやら、全身包帯だらけ。額や首にも、包帯が巻かれている。
自分の手が、淡く光った様な気がした。青い炎、聖母様。「聖母様。私は……いったい、どうして……もう訳が分かりません。」
ミトラ司教が起き上がろうとすると、体が動かない。なぜか、手足に力が入らなかった。「……あれ? 何で動かないの? 傷が酷すぎた?……というか、ここどこ? 聖母様、聞こえますか? 今の状況、教えて下さい。」
司教が、聖母に問いかけると、近くから返事が返ってきた。
『ミトラ様、動かないで下さい。
傷が治りません。』
女性の神官。白い部屋の中にいた様で……ミトラ司教が起きたことに気づいて、ベッドに近づいてきた。
「!? あなたは誰?
ここは……どこですか!?」
『私は、ただの神官です。
お世話をさせて頂きます。
ミトラ様、ここは安全な場所です。
何も心配はいりません。』
「………………。
答えるつもりがないなら―」
ミトラ司教は無理やり動かそうと、体に力を込めた。それでも動かない、起き上がれない。諦めずに手足に集中した。
微かに……手足に反応はある。反応があるのなら、動かせるかもしれない。魔術の応用。何度か深呼吸してから、魂の中に手足のイメージをする。魔術を構成する様に、自分の魔力で手足を構成して……。
聖母様が、傍におられた時の感覚……その感覚を、必死に思い出した。
ミトラ司教は、精霊の様に魂だけで動いた。司教の魔力で構成された手足。青く光る手足をゆっくり動かすと……惑星フィリスのシステムが、司教の願いを叶えた。
フィリス・システムが、司教の体―負傷した手足を動かし始めた。
痛い! とにかく痛い! 霧のシステムを用いて、無理やり動かしている為……痛みが酷い、涙が溢れてきた。
女性の神官は、ただ見守っている。確認しているみたい。司教が、自分で起きられるかどうか……右手でベッドを叩いた。「痛い! 何で、こんなに痛いのよ!?」
歯を食いしばって、痛みに耐えた。荒い呼吸をしながら、何とか起き上がって、ベッドに座った。女性の神官は驚いている。
でも……何も言わなかった。
ミトラ司教は、女性の神官に問う。酷い痛みのせいで、言葉が強くなってしまう。
「私の問いに答えて。
答えないのなら、
無理やりでも、聞き出しますよ!?」
『答えられません。我が主の命です。』
「……………。
もう一度、言います。
私の問いに答えなさい!」
『……………。
……ここは―』
ミトラ司教に睨まれて、神官の女性は眼をそらした。
沈黙が続いたあと……神官の女性が、口を開こうとした。その時……部屋のドアが開いた。横にスライドしていく。
白いローブに金細工。神聖な雰囲気を醸し出している、銀色の髪の少年が、部屋の中に入ってきた。
女神のレプリカは、その少年を見た。
どうしてか分からないけど……今すぐ殺したくなった。説明できないけど、少年は……存在してはいけない。私の全てが拒否している。
少年の歳は、15~16歳くらい。手足は、霧の人形の様に白い。でも、霧の人形と違って……瞳は普通の瞳。宝石の様に惹かれることはなかった。
天使の様に美しい少年が、ミトラ司教を軽く非難した。
《ミトラ司教……脅迫しないでください。
彼女が、かわいそうです。》
瞳の代わりに……少年の声はとても魅力的だった。
霧の人形の様に、美しい少年。“教会の天使”が、ゆっくり……ミトラ司教に近づいてくる。神官の女性は頭を下げて、天使を決して見ない。神官の女性は祈る様に手を組んでおり、その手が震えていた。
女神のレプリカは思い出した。『ああ、分かった。どうして……こいつが、許せないのか……こいつを見て、思い出した。』
女性の神官が、部屋を出ていくと……ミトラ司教は、天使を睨んだ。
「手当をしてくれたことは、感謝します。
ここは……どこですか?」
《飛空船、ノアの箱舟です。
貴方は砂の中に、埋もれていた。
だから、助けました。》
「……ノアの箱舟は、法王のもの―」
《法王は、役目を終えました。
聖神に、代弁者は必要ありません。
今、星と星が衝突し……。
新たな女神が、生まれようとしている。
新たな女神が、聖神の復活を望むのなら、
それに従う……。
悪魔の女神の時と、何も変わりません。》
「……貴方は誰ですか?
ふざけているのなら―」
《嘘をついている様に見えますか?
僕が信じられないのなら、
聖母フレイに聞いて下さい。
フレイは、貴方を代弁者に選んだ。
でも、地下から出てきてくれないでしょう。
僕は、彼女の声を聞きましたが、
聖神のことを怒っていたから。
彼女は、霧の人形を嫌っている。
悪魔の女神の真似事をする、
聖神が嫌いなんですよ。》
銀色の髪の少年は平然と話す。
ミトラ司教は思った。「少年が、嘘をついている様には見えない。けど……すぐに、信じてもいい話でもない。聖母様……私の声が聞こえますか? 返事をして下さい。」
「………………。」
聖母フレイは答えない。
ミトラ司教の傍にいる少年が嫌いだから。他者を騙して、他者を駒の様に切り捨てる。少年は天使ではなく……悪魔だった。
少年の魂は壊れている。
悪魔の女神が何度も、何度も殺しても……同じ姿で、同じ魂で転生してきた。
だから、悪魔の女神は封印した。女神は、時の魔術で……この少年の魂だけは、否定できない。否定できれば、この少年は消える。
でも、悪魔の女神にはそれはできない。女神自身が、“時の女神の娘”の存在を……否定することになるから。
こいつは悪魔だ。霧の人形がかわいく見える程の……こいつのせいで、悪魔の女神は、正気を失った。
こいつがいなければ……皆、幸せに暮らせたのに。
ミトラ司教は、悪魔の少年に質問した。
「もう一度、お聞きします。
貴方は、誰ですか?」
《……そうですね、悪魔の女神の従者です。
この答えなら、納得できますか?》
「聖フィリス教は、主神は教国の聖域で、
眠りについていると説いています。
私に教えて下さい。
聖フィリス教は、どこまでが真実で、
どこまでが偽りなのですか!?」
《ミトラ司教、聖神は聖域に封印されています。
だからこそ、他者を利用しなければ、
地上に出てくることもできない。
厄介なのが、聖域の外に出られないこと。
聖神の魔力は、聖域の上空まで届くので、
こうして、貴方と話すことができる。》
ミトラ司教は……悪魔から眼を離せない。
今、話したことは真実。こいつは、“聖神フィリス”。遥か昔、天国で……時の女神の娘を攫った。そして、こいつは……。
ミトラ司教は、体の痛みを忘れて、悪魔に話しかけた。
「主神は……女神の様に正気を失った。
正気を失ってしまったんですよね!?
だって、飛空船カーディナルは、
軍国の人々を虐殺した。
人の神なら、
可笑しいじゃないですか!?
デュレス枢機卿に命じたのも、
何かの間違いですよね!?」
《いえ、間違いではありません。
聖神はまだ……正気を失っていません。
騎士団やデュレス枢機卿に命じました。
オーファンが眠る、荒野の祭壇を襲い、
飛空船で、軍国の首都を襲撃した。
軍国の地下には、フレイの墓がある。
霧の人形が、地上で暴れることになれば、
彼女は必ず、地上に眼を向ける。
デュレス枢機卿は失敗しましたが、
女神のお陰で、人の神は復活できる。
オーファンは、霧の世界で眠っていますが、
青い瞳の人形が呼べば、起きるでしょう。
新たな女神が、魔物の神も復活させたとしても、
魔物には、宙を飛ぶ飛空船はない。
星と星の衝突から、逃れるすべはありません。
この意味が分かりますか?
人は、ノアの箱舟で生き残り、
魔物は死に絶える。
女神の従者に相応しいのは、
人であることを、ようやく示すことができる。
これ程、嬉しいことはありません。》
「……………。」
女神のレプリカは、こいつの首をへし折りたくなった。
こいつは……今さら正気を失うことはない。初めから狂っているから。人や魔物が狂っていると思う状態は……こいつにとって正常だ。
人々に寄り添う神ではない。
ミトラ司教は泣いた。まだ救えると……魂のどこかで信じていたから。「聖神は、悪魔の女神のことしか見ていないの? オーファンやフレイでさえ、女神に近づく為の駒でしかない。間違った教えが……広まっている。こんな……酷すぎるよ。」
涙が零れ落ちた。体の痛みではなく、魂の痛みで、彼女はすすり泣いた。
《……ミトラ司教、安心して下さい。
聖神フィリスは、復活する。
この星の人々を導くために。》
これは嘘。聖神フィリスの本当の望み。それは……新たな、悪魔の女神に仕えること。どんな犠牲を払うことになっても、聖神の望みは変わらない。
ミトラ司教は正しい。聖神は、悪魔の女神のことしか見ていないのだ。『こいつから……白い霧の“正義”を感じる。あり得ない、こいつのどこに……正しさがあるというの?』
聖神は、霧の“正義”を……無視していた。
女神のレプリカは、魂に誓った。
こいつは必ず消す。こいつの魂を否定しない方法で……こいつは、“時の女神の娘”を喰った。女神の娘の魂が……こいつの魂と同化してしまっている。
だから、こいつは何度殺しても……。
霧の人形の様な姿。白い手足、銀色の髪で……私の前に、また現れた。『安心しろ、お前の望み通り……殺してやる。何度でも……。』
女神のレプリカの手が、聖神フィリスに伸びると……白い霧が、聖神を隠してしまった。私は、あの男を殺す度に狂っていく。
だから、いつも……白い霧が、あの男を隠してしまう。
私と聖神が近づかない様に……私は、白い霧に運ばれていった。
ーーーー―――――――ーーーーーーーーー――――――――ーーーーーーーーー―――――ーーーーーー―――
ここは、名も無き大陸。
白い霧は女神のレプリカを、ここに運んだ。乾燥した大地が広がっている。草木は疎らで、不毛な大地だった。
白い霧は、私の怒りをどこかに運んでしまった。どうして……怒っていたのか思い出せない。白い霧は、女神を守る。女神が壊れたら……白い霧も壊れるから。
魔物の大陸は、聖フィリス大陸の南に位置しており……魔物の神―堕落神が、この大陸に封印されている。
魔物の神、災いの地を守護するのは、三大魔王の役目。若き魔王クルドにも、騎士神オーファンではなく……魔物の神を守護する役目があった。
若き魔王クルドは、一度も魔物の大地に行ったことがない。昔、別の魔王の使者が来ても、めんどくさいと断っていた。
赤き魔女アメリアから、離れたくなかったからだけど。
魔物の大陸は……聖フィリス教国の度重なる侵攻、飛空船の砲撃に耐えて、堕落神を守ってきた。
飛空船の砲撃に備え、魔物は地下に街を造った。蟻の巣の様に、幾つものトンネルがあり、各都市を繋いでいる。
魔物たちは、上空から発見されない様に、地上ではなく……トンネルの中を移動している。
そうして、魔物は生き延びてきた。だけど……今回のこれは地下に隠れても、逃れることはできそうにない。
不毛な大地の上空に……回転する銀の輪が現れた。極星魔術、転移魔術―天の門。巨大な輪の中に、新たな女神がいた。
女神の複製品、ルーン・リプリケート。私は、魔物の神に呼べかけた。
『天の門よ、惑星フィリスよ。
女神の分体―創造主の声を聞け。
不毛な大地を、惑星テラへ導け。
軍神イグニス、巨神グレンデル、
不死なる、名も無き神よ。
天の門を、発動する。
地上に戻りたければ、手を伸ばせ。
私の助けを望まないのなら、仕方がない。
時期に終末がくる。
それまで、ここで待っていろ。』
女神のレプリカが呟くと、“魔物の神”が応える。
ゴォゴゴゴゴゴゴ!……火山が噴火した。
一つの山ではない。見える範囲だけでも……五つの山が噴火している。どろどろに溶けた溶岩。灼熱の液体から、大きな獣が姿を現した。体長は5~6m程。灼熱の炎を纏う、獅子の様な炎の獣。黒い鋼鉄の皮膚に巨大な爪。黒い皮膚は、鉄の鎧となり……ごつごつしていて、野性味に溢れている。
彼は、堕落神―“軍神イグニス”。
霧の世界フォールの第一惑星。灼熱の星を、依り代にするもの。女神の声を聞いて、灼熱の悪魔となって……地上に現れたのだ。
軍神イグニスは、灼熱の爪を、女神のレプリカに向けた。
私は、不毛な大地に降り立った。軍神イグニスは……何も語らない。ただ、待っている。女神の封印から、解放されるのを……。
灼熱の悪魔から眼を離して、辺りを見渡した。乾燥した大地に……変な物があった。クマのぬいぐるみだ。
茶色のクマのぬいぐるみ。
大きさは普通のサイズ……だと思う。30~40㎝くらい。近づいて見てみると……表面の茶色の毛はふわふわしている。触り心地も良さそうだった。
座っていたクマのぬいぐるみが……むくっと立ち上がった。これは招魂魔術。このクマは、魂を入れるだけの器。私は思った。『……クマさん、私と同じだね。』
『新しき女神よ、お会いできて、光栄です。
私は……名も無き神。“名無し”とお呼び下さい。』
クマのぬいぐるみは、ぺこっと頭を下げた。堕落神―“名も無き神”。霧の世界フォールの第十一惑星。氷の惑星を依り代にしていた……確か、吸血鬼の娘。
私は、クマのぬいぐるみに声をかけた。
『不死なる神よ、どうして……ぬいぐるみで遊んでいるの?』
『……楽しいからです。
新しき女神よ、宙を見て下さい。
青い星があります。惑星テラ。
テラの大樹が、霧の人形を攫いました。
私は、見つけました。
一匹の精霊を……。
森の中で、迷子になっていました。
かわいそうだったので、
声をかけてあげたんです。
私……いい子ですよね?』
『……………。』
女神のレプリカは、青い星、惑星テラを見た。
白い霧が教えてくれる。停止したはずのオーファン・システム。騎士神の依り代、システム―セントラル。白き狼セントラルが、惑星テラで動いている。
白き狼は、何かと戦っていた。『この感じ……フィナ? どうして、白き狼セントラルが、フィナを襲っているの?』
白い霧が私に伝えた。
軍国の伯爵令嬢フィナと白き狼セントラルは……“森林魔術と招魂魔術”の影響を受けている。
森林魔術―“テラの大樹”と招魂魔術―“不死なる名も無き神”が、原因だと……。
私は、クマのぬいぐるみ―“名も無き神”を軽く睨んだ。クマのぬいぐるみは、小さな手を、ぱたぱたと振りながら……。
『睨まないで下さいよ。
遊びです……ほんのちょとした、お遊び。』
『……なら、止めてもいいよね?』
『はい、問題ありません。
私たち、“不死なる者”は……。
女神様の忠実なる僕ですから。』
『……………。』
クマのぬいぐるみに、“色欲”の感情が現れた。
どうやら……名も無き神は、霧の“色欲”に選ばれたらしい。女神の影に操られない様に、手を伸ばしていない。
第九惑星グレンデル。“巨神”は眠っている様だ……興味がないらしい。
私は、天の門の転移魔術を行使した。
天の門が、白い霧に包まれて……不毛な大地に、白い霧が落ちた。白い霧の粒子はとても小さい。“空間の糸”が絡みついた、“時の歯車”……その歯車の隙間にも、霧は入り込むことができる。
噛み合って、動く歯車。小さな歯車を、霧の中に隠した。歯車が一つでも無くなれば、時は止まる。
歯車が止まれば……歯車に引っ張られていた、空間の糸は緩む。その緩みは、歪みとなり、空間にも隙間をつくった。
“時空の隙間”に、白い霧は入り込む。
白い霧が、不毛な大地に落ちた時……時は止まり、空間が歪む。名も無き大陸は、一瞬にして、白い霧に包まれた。
そして、魔物の大陸は……姿を消したのだ。
海の水が、両端から流れ込み……惑星フィリスで一番大きな海、女神の雫の水位が急激に下がった。
海岸沿いには新しい土地、海の底が現れる。魔物の大陸は無くなり、広大な海の上で……私は右手を、宙に浮かぶ、青い星テラに向けた。
惑星フィリスと惑星テラは、互いに近づいていて、かなり距離が近い。肉眼でも、テラの大地と海がはっきりと見えた。
惑星フィリスから、惑星テラを観察していた者は目撃しただろう。
惑星テラの悲劇を……。
惑星テラが揺れた。海水が、天高く昇り……宇宙空間まで到達。星の揺れは、テラの山々を崩して……巨大な津波が海岸を襲う。根こそぎ、全てを奪っていく。
惑星テラの海に、“魔物の大地”が現れた。テラの山々が火を噴き……魔物の大地の山も噴火して、黒煙が立ち昇った。
白い霧、女神の影アシエルは、笑みを浮かべている。
星を造り変えて……楽しんでいる。二つの青い星、フィリスとテラ。堕落神の人の神と魔物の神を使って、巨大な門を創ろうとしている。
霧の世界フォールの白い霧を、解き放つ為に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます