第23話『青い星フィリスが守るのは、主神の聖なる神か? それとも、聖母フレイか?⑤』【改訂版:Ⅱ】

 

 我は堕落神―聖母フレイ、脅威度Aランク。


 表舞台に出ず、隠れていた……我は懲りた。堕落神には大きな過ちがある。“天上戦争”。数千年前の戦争で、神生紀文明は滅んだ。神の半数が、白い霧に喰われて消えた。


 残りの神も、悪魔の女神によって……惑星フィリスに封印された。



 我は、もう……聖神フィリスを信用しない。聖神は、悪魔の女神のことしか見ておらん。魔物の神だけでなく、人の神も、聖神の捨て駒。


 天上戦争は、聖神フィリスによって引き起こされ……悪魔の女神が現れると、聖神は抵抗するどころか、自らの身を差し出した。



 聖神は封印されて、霧の人形が現れて……天上戦争は、幕を閉じた。




 我は、今でも分からない。なぜ、聖神フィリスが、天上戦争を引き起こしたのか。もしかすれば、ただ……悪魔の女神に、会いたかっただけではないのか? そう思ってしまう。


 我は、聖神を信用していない……あの愚かな神を。



 聖母のミトラが、ゆっくり眼を閉じた。堕落神の星の核が、欠損している箇所を覆っていく。




 終焉のsevendays、始まりの時。騎士神オーファンの鉄槌は、荒野に大穴を開け……大地を揺らした。その揺れは、地下深くまで届き、聖母の眠りも妨げた。


 眼を覚ました聖母フレイは……墓の精霊たちを支配。“聖母の影”となって、情報を得ることから始めた。運よく、愚か者―バレルの冒険者が、墓の中を探索していた。


 冒険者からある噂を聞いた。生きている冒険者ではなく、冒険者の死体から……。堕落神オーファンが目覚めたとのこと。試しに、フィリス・システムを用いて、星の核に呼びかけた。



 ドク……ドク……確かに、反応が返ってきた。しかも、複数。明らかに動いている。封印されず、保有している者は霧の人形しかいない。星の核の欠片の可能性もあるが……聖母は思案した。「他のものよりも、小さな反応がある……これは、聖神の欠片か?……声が聞こえる、人間の娘。」




「主よ……どうか、あの男に裁きを……。」



 あの時……ミトラ司教は、飛空船カーディナルから外へ放り出されてしまった。傲慢の魔女ウルズの転移魔術。司教は、転移魔術を行使できない。数秒で、地面に叩きつけられてしまう。


 聖母フレイは、ミトラ司教を助けた。岩石魔術―聖母の砂が包み込んでいく。



「人間の娘よ、我が助けよう。

 ……愚かな神を信じるな。」



 聖母フレイは見守る。ミトラ司教を利用して……。


 時間をかけて、少しずつ魔力を送り、ミトラ司教の魂を変化させた。聖母の魔力に同化させていく。赤き魔女アメリアも、傲慢の魔女ウルズも、誰も気づいていない。


 とにかく、多くの人間や魔物に触れる、接する様に促した。ミトラ司教は、幼い霧の人形ルーンによく抱きついていたが……触れたものから、多くの情報を得られた。



 ミトラ司教は、白い霧の“愛”に選ばれている。“信仰”を手にした、聖フィリスの枢機卿デュレス・ヨハンの様に……。


 やがて、白い霧に操られるだろう。我は、白い霧が嫌いなので邪魔することにした。余り効果はないかもしれないが……。



 聖母はずっと見守った。


 分からないことがある。悪魔の女神は……我に気づいていたか。



『……………。

 

 ミトラさん、ありがとう。

 貴方は、正しい道を選んだ。

 

 今度は、私が、

 正しい道を選ばないと。


 ノルンとルーンを守ってあげて。

 私の代わりに……。」




 聖母フレイは思った。「次の時代は、霧の人形の時代。それは……面白くない。」




 聖母のミトラは、眼を閉じたまま、両腕を横に広げた。


 聖母フレイの魔力。淡い青い光が、右腕の中に流れ込んでいく。無くなったはずの左腕も……。「傲慢の魔女ウルズ……我は、霧の人形が嫌いだ。白い霧が、全て壊してしまう。霧を呼んだ人形さえも……。」



 聖母の魔力。青い光が、聖母のミトラを包み込む。


 聖母フレイの“極星魔術”。自身の依り代、第二惑星フレイは異界に存在しない。霧の世界フォールの惑星フレイではなく、惑星フィリスに呼びかけた。


 封印されている状態では、霧の世界フォールから、“惑星”を呼ぶことはできない。なら……傲慢の魔女の様に、他者から奪えばいい。


 

 他の堕落した神、誇りすら失った愚か者から。



 神生紀の文明を滅ぼした、悪魔の女神。女神の娘である霧の人形。人形と手を組むなど、あり得ない。



 聖母は……人の神、聖神フィリスと騎士神オーファンに語りかけた。



「フィリスよ、オーファンよ。 

 なぜ、霧の人形に手を貸す? 

 

 霧の人形は、いずれ母親の様に、

 魂が壊れて正気を失う。



 世界を創ったとしても……。

 いつか必ず、全てを壊す。


 我々とは違う、人や魔物とは違うのだ。」



 聖母の悲しみに満ちた声が、諭す様に……優しく、ゆっくり響いていく。惑星フィリス、聖神フィリスに声をかけ続けた。


 第三惑星フィリスの転移装置。回転する銀の輪―天の門が、聖母の墓や首都バレルの上空に存在している……。



「惑星フィリスよ。

 人の神である、我の声を聞け。



 星を破壊する、天の門よ。

 人の神である、我の声も聞け。



 愚か者よ、其方の誇りはどこにいった?

 愚か者よ、霧の人形に全てを奪われるぞ?



 愚か者―聖神フィリスよ、其方に問う。

 我を信じるか、霧の人形を信じるか。



 思い出せ、悪魔の女神は狂っている。

 いずれ、人形も壊れることを。



 愚か者よ、忘れるな。

 我らの繁栄、神生紀の終焉を。」



 今、聖母のミトラには、千切れたのに……左腕がある。


 水晶の左手。聖母の魔力は、炎の様にゆらゆらと揺れていた。魔女ウルズの漆黒の槍が、本来の文字に戻っていく。傲慢の烙印は、青い炎―聖母の魂を嫌っている様だ。青い炎に包まれている、聖母のミトラに近づこうとしない。


 黒い文字は壊れて、黒い瘴気に変わっていった。



 聖母のミトラは目を瞑ったまま、顔を上げた。そこには不機嫌そうな顔をした、傲慢の魔女が浮かんでいた。


 傲慢の魔女に抱えられている、白い人形ルーンは起きない。聖母のミトラは、傲慢の魔女ウルズに話しかけた。



「どうした? なぜ、私を支配しない? 

 

 ああ……そうか。

 母親に似て、魂を直接、操れないのか。



 傲慢の魔女ウルズよ。

 

 女神の分体、ルーンを置いて、

 ここから去れ。



 そうすれば、お前を見逃してやる。」




《……聖母様、面白くない。

 全然、面白くない!



 眠り過ぎて、頭いかれた?


 

 立場逆! 逆だから!

 お嬢ちゃんを置いて、墓の中に逃げるなら―》



「ウルズちゃん、怖かったら……。

 母親がいる、霧の世界に帰ってもいいよ? 



 早く帰りなさい、恥をかく前に。」




《………………。

 あ、そう。分かった……。


 有能なものは、この世界に、

 残してあげようと思ったのに。


 

 お前は、地獄行き!

 必ず殺して、地獄に落とす。


 泣いて謝っても、許さないから!》



 傲慢の魔女ウルズの極界魔術―“傲慢の烙印”。漆黒の翼が、大きく広がり……黒い文字が、聖母の墓の中を満たしていく。


 

 魔女ウルズは、黒い霧に願った。



《黒い霧よ、我の願いを聞け!

 我に盾つく愚かな女に、苦痛を与えよ!



 時に裏切られ、空間に拒絶される! 

 時空の牢獄で、魂の死を迎えるがいい!》



 聖母のミトラの周り、全てが止まった。


 時の魔術ではないが……空間が軋み始め、一点に圧縮されていく。聖母の墓の壁が、音を立てて崩れていく。首都バレルの大穴が、さらに拡大していった。


 

 傲慢の烙印は、時空さえも支配する。女神の時の魔術と比べれば、下位の魔術になる。それでも、惑星フィリスの中に異空間―時空の牢獄を創り出せた。



 牢獄の中で、聖母のミトラは……惑星フィリス、天の門に願った。



「母なる星フィリスよ、

 星を破壊する、愚か者に罰を与えよ。



 天の門よ、愚か者の声を聞く必要などない。



 我らを、上空に転移させよ。

 聖神フィリスよ、我の問いに応えよ!」




 聖母フレイの極星魔術―“天の門”。


 首都バレルの上空で、回転する銀の輪―天の門が起動した。バレルの地下、聖母の墓で、圧縮されていた時空が……首都の上空で解放された。衝撃波となって、白い雲を吹き飛ばしていく。



 ルーンを抱えていた、傲慢の魔女は……漆黒の翼を羽ばたいて、姿勢を戻す。



《!? 何で!? 天の門は、私が―》



「ふむ、傲慢の烙印による、

 時空の支配でも……。


 転移魔術だけに特化した、

 天の門を上回ることはできないのか。



 傲慢の烙印は、とても便利な魔術だが、

 女神と同じで完璧ではない。」



 聖母のミトラは空中を歩いた。


 肉体はもうない。魔女ウルズの時空の牢獄によって、圧縮されて潰されてしまった。今や……魂だけの状態。ミトラ司教と聖母フレイの魂が混ざりあっている。


 青い炎が、ミトラ司教の姿を形作っていた。人や魔物は、魂だけで動く存在のことを……精霊、或いは悪魔と呼んだ。



「さて、魔女ウルズよ。


 これで、お前の言う通り、

 立場が逆になった。



 我も……泣いて謝っても、

 許すつもりはない。



 諦めて、楽になるがいい。

 

 我が、女神に代わって、

 地獄に落としてあげる。」



 聖母のミトラは目を瞑っている。左手で、青い炎の杖を持ち……苛立ちを隠せない、魔女ウルズに向かって……。


 最強の魔術―極星魔術、天の門を行使した。



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