第22話『青い星フィリスが守るのは、主神の聖なる神か? それとも・・・④』【改訂版:Ⅱ】

 

 女神の影アシエルは魔物を見た。魔物のミトラ……死んでもなお、白い瞳のルーンを守ろうとしている。その“愛”は素晴らしい。早く手を伸ばせばいいのに……。



 傲慢の魔女ウルズは、傲慢の烙印―漆黒の翼を羽ばたかせた。周囲の重力を操り、ふわっと浮かんでいる。白い瞳のルーンを抱えて……。



 首都バレルの大穴。


 穴の底に、聖母が造った砂の池があった。大量の砂は、生きている様に……ぐるぐると渦巻いている。砂を操るものは、渦の中心にいた。


 ミトラ司教の死体。聖母フレイの水晶に覆われた死体……魔物になっても、白い人形を守りたかった。白い瞳のルーンを失いたくなかった。



 魔物のミトラは思った。「白い霧に何かある……それが、何か分からないけど……それに手を伸ばすな、誰かにそう言われている……聖母様? 貴方は誰ですか?」



 魔物のミトラは、砂と岩の杖を掲げた。


 自分の体を動かす水晶―聖母の魔力を利用して、岩石魔術を行使……無数の岩の槍が、砂の池から飛び出していく。


 空中を漂う、不敵な笑みを浮かべる傲慢の魔女に向かって……。



 魔物のミトラは迷わない。「私は、死んだ……魂も失うかもしれない。でも、それでもいい……ルーン様を守れるのなら。」




 傲慢の魔女ウルズは笑っている。


 黒い鳥の翼―“傲慢の烙印”。漆黒の翼を羽ばたかせた……傲慢の魔女に当たる寸前で、岩の槍が不自然に枝分かれしていく。



 槍は二つに分かれて、傲慢の魔女の真横にとんでいった。一つも当たらない。傲慢の烙印は、霧の人形の最強の魔術―極界魔術。



 魔物のミトラにとって、人智を超えた力だった。「勝てない……勝てないことは分かってる。相手は、霧の人形……堕落神と同列の存在。最初の人形は……“傲慢”を手に入れて……神の領域に辿り着いた。」



 不自然に枝分かれした槍が、前へ進む力を失い、落下していく。傲慢の烙印に触れたものは、魂以外……傲慢の魔女ウルズに全て操られてしまう。


 無数の漆黒の槍が、魔女の魔力によって加速して、落ちていく。砂と岩の杖を掲げる、魔物のミトラに向かって……。



 岩の槍と漆黒の槍がぶつかり合い、砕けて砂に戻っていく。


 魔物のミトラは祈った。「悪魔の女神よ、全てを奉げます。どうか……ルーン様を、お助け下さい。」




 傲慢の魔女の笑い声が聞こえてきた。


 魔物のミトラは、岩石魔術を行使し続けた。岩の槍を何百本も作り出した。それでも……傲慢の魔女には一つも当たらない。ひらひらと漆黒の翼を動かす度に、漆黒の槍が増えていく。



 魔物のミトラは、明らかに不利だ。


 司教の魔物は、岩石魔術―岩の槍を止めた。岩の槍は、前へ進む力を失い、上から落ちてくる。漆黒の槍となって……。



 司教の魔物は走った。水晶の衣が大きく波打つ。魔物は走る、必死に走る。再び、岩石魔術を行使しながら……大量の砂を操る。バレルの大穴の底が、どんどんと沈んでいく。


 司教の魔物は下に落ちることで……漆黒の槍を避け続けた。





 無数の漆黒の槍が、上空から降り注ぐ。


 バレルの大穴は、どんどん大きくなり……穴の底は、聖母の墓まで達していた。



 首都バレルの上空には、回転する銀の輪―天の門がある。傲慢の魔女ウルズは、首都の上空には行かず、魔物のミトラを追いかけた。



 傲慢の魔女ウルズには、堕落神の星の核よりも欲しいものがあった。《愛……私も欲しい。司教のお嬢ちゃん、早く……早く、手を伸ばして。》



 白い霧の七つの元徳と七つの大罪。


 それが、今まさに……魔女ウルズの眼の前に現れようとしていた。《お嬢ちゃんが、白い霧の愛を手にすれば……聖母でも、お嬢ちゃんに手が出せなくなる。司教のお嬢ちゃんとルーンちゃん、一石二鳥……いや、上手くいけば、一石三鳥かも。》




《邪魔をするからだよ、聖母様。》



 

 漆黒の槍が、司教の魔物の腹部と左の太ももに突き刺さった。


 魔物のミトラはバランスを崩して、派手に転んだ。司教の魔物はすぐに起き上がろうとするけど、漆黒の槍―“傲慢の烙印”がそれを許さない。



 烙印―黒い文字が、蛇の様に絡みついている。だけど……司教の死体を操っている聖母の影。その聖母の影を使役する堕落神フレイまで、烙印の力が及ばない。


 

 今の状況では、聖母を支配できなかった。


 聖母が魂だけの状態、精霊となっていた場合も操ることはできないけど。



 漆黒の翼を広げる、傲慢の魔女ウルズは……蹲っている、司教の魔物を冷笑した。黒い翼を羽ばたくと……漆黒の槍が降ってくる。



 グシャッ! きらきらと光る、水晶の衣は引き裂かれた。司教の死体は耐えきれない。肉片が散らばり……漆黒の槍に、内臓の一部がぶら下がっていた。



 それでも、魔物のミトラは動こうとしている。


 金色の瞳に、まだ気力がこもっていた。



 傲慢の魔女の烙印が、司教の魔物をばらばらにしていく。腹部と左足は真っ黒に……左足は、太もも辺りからくっ付いていなかった。


 

 聖母フレイは、魔物のミトラに語りかけた。「魔物の娘よ、ここで諦めて地獄に落ちる? 我は聖母、大地の奥深くから見守る者……娘よ、我の配下となれ。」



 暗い墓から、声が聞こえてきた。


 暗い通路、冷たい壁……墓に潜む聖母の影(墓の精霊)。悲しみに満ちた声だった、生者の声ではない。


 でも、魔物のミトラにとって、その声は心地よく聞こえた。「……聖母様、1つお願いがあります。ルーン様を……殺さないで下さい。」



 引き裂かれた水晶の衣は、ばらばらと崩れていく。


 聖母の魔力(星の微粒子)に戻り、魔物のミトラの中に入り込んでいく。ミトラの魂を包み込み……彼女の意識を奪っていった。



 聖母フレイは語りかける。「それは、其方の働き次第……娘よ、守りたいもの。欲しいものを手に入れよ。さあ、我と共に……。」




 司教の魔物は、聖母のミトラに……彼女の金色の瞳に、気力はこもっていない。光はなく、死んだ眼になってしまった。


 堕落神―聖母フレイの極星魔術。聖母のミトラは祈った。愛する人形ルーンを、傲慢の魔女から奪う為に……。

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