第21話『青い星フィリスが守るのは、主神の聖なる神か? それとも・・・③』【改訂版:Ⅱ】

 

 女神の影アシエルは観察する。聖母フレイは、私の邪魔をする愚か者。邪魔をしたとしても、結果は変わらないのに……。



 金色の髪と赤いリボン―ミトラ司教。彼女に、“漆黒の槍”が突き刺さっている。意識を失いかけている。漆黒の槍が、司教の右肩を貫き……石の壁に刺さっていた。



 ミトラ司教は座り込んで、起き上がることもできない。辛うじて動く左腕。左手で、大切な人形を抱えている。


 白い瞳のルーンの白い服は、ミトラ司教の血で真っ赤に染まっていた。




 金色の髪と長い耳―聖母フレイ。


 聖母は、ミトラ司教から離れて、自身の墓へと退いた。魔女の漆黒の槍は、白い瞳のルーンの白い霧も消してしまった。


 

 霧の中を漂う若葉色の光は……昇降機の縦穴から、地の底へ。


 暗い、暗い墓へ逃げていく。



 深い闇の中で、聖母は若葉色の光を受け止める。相手は、霧の人形―傲慢の魔女ウルズ。魔女ウルズは、勝つために手段を選ばない。


 なら、聖母も……手段を選べない。




 宙に浮かぶ惑星テラ。


 聖母は、テラの大樹の声に耳を傾けた。『逃げて……早く、逃げて……。』




「魔晶の木……我の墓まで、

 あと少しだと言うのに……。」


  


 女神の影アシエルは思案した。


 聖母フレイが、一度後退して……何かを企んでいる。



 傲慢の魔女ウルズと聖母フレイ。どちらも、脅威度Aランク。最強の魔術―極星魔術と極界魔術が、ぶつかり合えば……魔女ウルズが敗北する可能性もある。


 魔女と聖母が、魔力を消耗した時……傲慢の魔女が敗北する場合は、別の人形を確保しよう。魔女ウルズより、有能な人形を。




 首都バレルの地下水道―聖母の墓の入り口。


 昇降機に、無数の黒い槍が刺さっている。漆黒の槍を抜かないと、昇降機は動かない。昇降機の周りは……血の海だった。



 人や魔物の血。漆黒の槍が、人や魔物を貫いている。軍国の冒険者や荒野のオークは倒れて……誰も動けない。


 赤い眼の魔王クルドも動かない。若き魔王の金色の斧は、ばらばらに砕けていた。若き魔王の両腕や腹部に、5~6本の槍が突き刺さっている。




 コト、コト……霧の人形が、ミトラ司教に近づく。


 小さな黒い文字を纏った、霧の人形。黒い文字は、人形から解放。人形の肩や腰の辺りから、“鳥の翼”が生えている。


 鳥の翼と言ったけど……羽毛はない、黒い骨だけ。“翼の骨”が飛び出していた。黒い骨の先から、ばらばらと崩れて、黒い霧に戻っている。



 黒い鳥の翼―“傲慢の烙印”。


 七つの大罪を手にした、霧の人形の極界魔術。この烙印は……女神の真似事。悪魔の女神は七つの元徳の一つ、“知恵”を使って聖痕を創った。



 “再生の聖痕”―白い瞳のルーンを……。



 極界魔術―傲慢の烙印は、あらゆるもの……女神が創れない、魂以外の全てに介入・侵入する。烙印を押された人間や魔物は、操り人形と化す。霧のシステムを利用すれば、無生物の水や岩でさえ。時や空間でさえ……支配できる。



 ただし、“時の魔術”ではないので……女神の様に時を制御することはできない。


 ノルフェスティ様は、呼吸する様に時を操る。時を止めて、時を加速させて、時を否定する。そして、時を奪うのだ。



 魔女ウルズは、ミトラ司教の眼の前で止まった。ミトラ司教は、顔を上げられないので……魔女の細くて、白い足しか見えない。



 傲慢の魔女は屈んで、ミトラ司教の顔を覗き込んだ。


 霧の人形は微笑んでいる。ミトラ司教の呼吸は……今にも止まりそうだった。魂を惑わす紫色の瞳が、司教を見つめて……。




《……お嬢ちゃん、

 奇跡を起こせるとでも思った?



 残念でした……。

 お嬢ちゃんは弱いから、無理だよ。



 強くないと、守りたいものを、

 守れないんだよ?



 どんなに願っても、

 白い霧は応えてくれない。

 

 だって……お嬢ちゃんは、

 普通の人間だから。



 デュレス君みたいに、全てを捨てないと。

 お嬢ちゃんには……無理だったね~。



 諦めて、地獄に落ちたら? 

 この槍、痛いでしょう?



 魂を消せば、何も感じなくなる。

 諦めて楽になりなさい。》



 魔女ウルズは、白い瞳のルーンのほほに触れた。傲慢の魔女に触れられても、ルーンは起きない。


 眠り続けている、ルーンの頬に涙が落ちてきた。ミトラ司教は、眼をつぶって泣いている。悔しくて……悔しくて……足掻いた。まだ、動く左手を……震えながら、傲慢の魔女に近づけていく。



 最後の力、奥の手を使って……。



《?……岩石魔術?

 お嬢ちゃんも馬鹿だね。



 私の言うことを聞けば……。



 これ以上、痛い思いをしないで、

 済んだのに……。》



 

 魔女ウルズは、ミトラ司教の左腕を掴んだ。


 傲慢の烙印―魔女の神聖文字が、司教の左腕の中に侵入していく。魔女の烙印が、左腕を黒く染めていき……そして、魔女ウルズは、司教の左腕を、糸も簡単に引きちぎった。



 ブチッ……。


 静寂に包まれていた地下の広間に……声にならない絶叫が響き渡った。どす黒い血が、司教の左肩から噴き出ている。魔女ウルズは、ちぎった司教の左腕を……じーと見た後、ぽいっと捨てた。


 黒く染まった司教の左腕。ミトラ司教の体の一部ではなくなり……異物となり、細胞同士が結合しなくなった。



 激痛により、ミトラ司教の鼓動が……。


 止まってしまった。もう、彼女は……何も叫ばない。




《あ~、壊れた。


 もう少し力を抜けば、良かったかな?

 面白くない。もう終わり? 



 “烙印”は使わない方がいいや。

 弱すぎて、面白くない。



 つまらないから、もう帰ろ~。》



 傲慢の魔女は、白い瞳のルーンを抱えて数歩あるく。地上に意識を向けて……首都バレルの上空には、回転する銀の輪―“天の門”があった。


 


 ドクッ……ドクッ……。


 聖母フレイは、殺されたミトラ司教に声をかける。「……人間の娘よ、諦めるな。お主は……まだ、戦える。」



 天の門の転移魔術……なぜか、発動しない。魔女ウルズの呼びかけに、聖神フィリスは応えているのに。




 ドクッ……ドクッ……。


 傲慢の魔女が、何かに気づいて振り向いた。



 女性の死体が立っている。左腕のない女性の死体。魔物は、黒い槍から逃れる為に、無理やり起き上がった……右肩が抉れて、肩の骨が見えている。



 女性の死体が喋った。



「女神の娘よ、ここは……我の聖域。

 それは、我のもの。」



 女性の死体―魔物は俯きながら……右手で、傲慢の魔女が抱えている白い瞳のルーンを指さした。



《いや、何を言ってるの? 


 この子は、私が使うから……。

 誰も、貴方に―》




「貴様が殺した、人間の娘。

 我に届けようとした。我のものだ。」




《……別にそう思ってもいいけど、

 届ける前に、私が奪ったから私のもの。



 文句ある?……あるのなら、

 言葉じゃなくて、行動で示してよ。 


 

 傷つくのが怖くて、隠れているの?

 隠れていないで……。

 


 人の為に戦いなよ……堕落した聖母様?》




「……分かった。そうしよう。」




 ドン!……地下の広間の通路が、岩と砂の塊で塞がれた。


 出口はない。地面が柔らかい砂に変わっていく。倒れていた軍国の冒険者や荒野のオークは、砂にのみ込まれて……姿は見えなくなった。


 

 傲慢の魔女は、傲慢の烙印を使って、周囲の砂や岩を操っている。


 魔女ウルズは、何も影響を受けずにその場に立っていた。



 司教の死体も、砂にのみ込まれていく……地下水道の下には聖母の墓がある。巨大な墓―フィリスの地底世界には、数多くの精霊が……聖母に操られて、墓を守り続ける精霊たち。



 堕落した人の神―“聖母フレイ”。


 惑星フィリスの地底世界は、堕落神フレイの聖域。封印されている状態でも、フィリス・システムを利用でき……自身の魔力を操作して、墓の精霊を使役することができた。


 封印されている状態では、規模と範囲は限定されてしまうけど……支配された精霊は、“聖母の影”となって動き続ける。



 聖母の影は、ミトラ司教の死体を利用した。悪魔の女神の分体である、白い瞳のルーンを手に入れる為に……。



 昇降機や地下の酒場……あらゆるものが、砂にのみ込まれていく。例外は、傲慢の烙印をもつ魔女ウルズのみ。



 首都バレルの地面が沈み始めた。


 異変に気付いた人々が、声を掛け合って再び逃げ始める。何度も、何度も……容赦なく、死が追ってくる。絶望から歓喜へ、そして、また絶望へ。


 

 もう疲れた……逃げること、生きることをやめてしまった者もいる。


 それでも、生きようとする者は諦めずに、最後まで誰かに声をかけ続けた。逃げて、生き延びる為に……。




 地下の空間が、砂や岩となって崩壊していく。


 傲慢の魔女ウルズは、白い瞳のルーンを抱えて……砂の中から現れる者を見下ろしている。



 きらきらと光る水晶の衣を纏う者。砂と岩で作られた杖を、右手で持っている。死体の傷は、水晶によって塞がれていた。



 赤いリボンと金色の髪―ミトラ司教だった者は、目をつぶりながら、見下ろす魔女に声をかけた。


 聖痕―白い瞳のルーンを助ける為に……。




「傲慢の魔女ウルズ、

 その文字は……私のもの。


 返さないのなら、奪うまで。」




《こわっ、聖母様って、

 幼い少女に、興味があるんですか?

 


 ショックです。

 聖母様のイメージが……。》



 司教の魔物は右手の杖を、傲慢の魔女に向け……彼女は眼を開けた。金色の眼には、気力がこもっていた。


 さっき死んだはずの司教は、自分を殺した者に声をかける。



「傲慢の魔女、貴方は私に言った。



 強くないと、

 守りたいものは守れないと……。



 

 どんなに願っても、白い霧は、

 普通の人間には応えないと……。



 確かにその通りです。

 でも、全てが……正しいわけではありません!



 私だって、全てを捨てられます。

 ルーン様を守る為なら!」




 ミトラ・エル・フィリア―聖フィリスの司教。


 白い霧の“愛”に選ばれた司教は、傲慢の魔女に殺されて……堕落神フレイに利用された。それでも構わない。死体―魔物になっても、愛する人形を守れるのなら。



《……………。


 ふーん、デュレス君が、

 目をつけたのも分かるかな。


 

 いいよ、じゃあ……。

 私から、この子を奪ってよ。

 


 化け物になっても、

 この子を守るんでしょう?

 


 その愛が本物かどうか、

 私に見せなさい。》



 ドォドドドドド――! 大地が、砂と岩となって崩れて、首都バレルの中心部に大穴ができた。


 

 “バレルの大穴”から、青い空が見える。



 黄色の太陽と回転する銀の輪。




 魔物のミトラは見上げた。上から落ちてくる砂や岩自体が、傲慢の魔女に当たらない様に動いている。あらゆるものを操る傲慢の烙印……。



 司教の魔物は、漆黒の翼を持つ魔女ウルズに、岩石魔術を行使した。

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