第19話『青い星フィリスが守るのは、主神の聖なる神か? それとも・・・①』【改訂版:Ⅱ】

 

 女神の影アシエルは、霧の糸を創った。糸を……眠る少女のもとへ。白い人形、白い瞳のルーンを操る為に。



 軍国フォーロンド、首都バレル。


 聖フィリスの教会に……聖神フィリスに語りかける者がいる。魂を惑わす、紫色の瞳を持つ女性。魔女ウルズ。


 今は精霊魔術で、人の女性に化けている。女性の神官の手には、“ミトラ司教の杖”があった。ミトラ司教は、女神の夢の世界で、霧の龍ウロボロスに食べられ……その時に杖を奪われている。


 霧の龍は、主人である魔女ウルズに届けた。杖に埋め込まれている星の核の欠片に……冷笑する傲慢の魔女が映っていた。



《……星の核が消えた。

 

 アメリアちゃんとノルンちゃんは、

 フィリスにいない。



 聖神、神様なんだから、

 もっと頑張ってよ~?



 青い星テラが落ちてくるよ? 

 ぶつかったら、全て失うよ?




 それが嫌だったら、私の声を聞きなさい。

 私は、異界の女神になる。

 


 天上の女神になったら……古き神々を、

 新しい世界につれていってあげるわ。》



 紫色の瞳を持つ神官は、司教の杖をかざした。


 聖神フィリスの神秘魔術。魔女ウルズが、聖神フィリスに語りかけ……星の核の欠片が青く光り輝く。



《さあ、聖神よ……天の門を呼びなさい。

 一番欲しいものを持っていってあげるよ。》



 聖神フィリスの星の核の欠片が、ばらばらと崩れていく。残っていた最後の魔力を消費した為だろう。声が届いたことを確信して……神官は笑みを浮かべた。




 聖神フィリスの願い。


 女神の封印から解かれ、惑星フィリスを導くこと。



 白い霧は、女神の影アシエルにそう知らせた。『……本当にそうだろうか? 聖神は、悪魔の女神のことしか見ていない。自分の依り代でさえ、ただの駒でしかない。女神の封印から、解放されたいと思っているけど……。』



 女神の影でさえ、聖神のことはよく分からなかった。


 女神からの解放。その願いを叶えることができる……幼い女神の分体、ルーンのもとへ。魔女ウルズの邪魔をする、赤き魔女アメリアは惑星フィリスにはいない。




 首都バレルのエルムッド伯爵家、フィナお嬢様の部屋。伯爵令嬢のベッドで、白い瞳の少女ルーンが眠っている。



 赤いリボンと金色の髪、聖フィリスの司教はベッドに座りながら……愛する人形を心配そうに見つめていた。


 

 ミトラ司教は考え込んでいる。「ノルン様とアメリア様……それと、フィナお嬢様の姿が消えた時、ルーン様は意識を失った。あれから数時間経過したけど、ルーン様は眠ったまま……。」


 眠っている少女の白い手を、そっと握りながら……。




「ルーン様……ノルン様の傍には、

 アメリア様とフィナお嬢様がいます。



 ノルン様は大丈夫です。

 ですから、目を覚ましてください。



 ルーン様、お願いです。

 目を開けて……起きてください。」




『……………。』



 反応はない。白い瞳のルーンは眠り続けている。



「……ルーン様、必ず守ります。

 私が必ず……。」



 

 ドクッ……ドクッ……。



 その時だった。小さな鼓動が、確かに聞こえた。「?……これは、上級魔術?……ルーン様?……違う、誰かが魔術を……。」


 魔術を行使できる、ミトラ司教にとって身近なもの。霧のシステム、星間循環システムと呼ばれ、星と星を繋ぐもの。



 霧のシステムを植物に例えるなら……人や魔物は、星の実に手を伸ばす。魔術と呼ばれる真っ赤な実を食べ、星の力を得ている。


 真っ赤な実には強い毒があるのに……食べれば食べる程、腐敗していく。いずれ、実を食べた者の魂は壊れて、白い霧に喰われるだろう。



 それでも、人や魔物は、星の実に手を伸ばす。




 ドクッ……ドクッ……また、小さな鼓動が聞こえた。「私も……魔術を行使しなさい……誰かに、そう言われている。」


 

 ミトラ司教は、霧のシステムに導かれて魔術を行使した。近くに魔晶石はない。自分の魂に触れる奥の手を使って……すると、人や魔物とは違う、機械の声でもない。優しい声が聞こえてきた。



『……見つけた……やっと、見つけた。』




 ミトラ司教は、苦しそうに胸を押えている。なぜか初めて……上級魔術の“森林魔術―魔晶の木”を呼べた。


 上級魔術は、12種類の魔術がある。人や魔物の魂や魔力は、千差万別。皆が全ての魔術を行使できるわけではない。



 霧のシステムの魔術―星の力は天賦の才。


 女神のシステムに、12種類の錠前があると考えてみよう。発動者の魂や魔力を鍵と考え……12種類の錠前の中で、自分の鍵で開けることができるもの。



 ミトラ司教なら、神秘魔術と岩石魔術。逆に、転移魔術の様に……自分の鍵で開けることができなければ行使できない。


 森林魔術も行使する才能はなかった。今まで一度も行使できなかったのに……ミトラ司教は不思議に思った。「魔晶の木? 苦手な森林魔術?……どうして?」




「この鼓動は、貴方?

 貴方が、私を呼んだの?」



 白い瞳のルーンから白い霧が生まれる。幾つもの若葉色の光が、白い霧の中を流れていく。魔晶の木の細い根は、透明でもろかった。


 ミトラ司教が触れると、ぱきっと折れてしまう程に。



『……逃げて……逃げて。』



「? 逃げる? 何から? 

 貴方は、私に何を伝えたいの?」



『……魔女がくる。

 魔女がくる……傲慢の魔女。』



「!? ここに!?……どうして?」



『早く逃げて……。

 逃げて……傲慢の魔女がくる。』



「だから、どうして―」



『魔女がくる……。

 女神の人形が……攫われる。



 傲慢の魔女がくる……女神の人形は贄。

 白い人形……攫われる。



 聖神が復活する……。

 逃げて……早く逃げて。』




「……最初の人形、

 傲慢の魔女がここに?



 傲慢の魔女ウルズ……。

 アメリア様でも倒せなかった?



 逃げないと……ルーン様、逃げますよ。」



 白い霧の中で……ミトラ司教は、眠っている少女を抱えた。白い手足は細くて、白い少女は軽かった。


 フィナお嬢様の部屋から、勢いよく飛び出していく。白い瞳のルーンを抱えたまま……白い霧と若葉色の光が、司教の後を追っていった。




 女神の影アシエルは気づいた。


 面倒なことになりそう。ミトラ司教は……気づいていない。彼女に、何かがくっついている。


 

 ミトラ司教の魂と完全に同化していた為、今まで気づけなかった。ノルフェスティ様は、気づいていたのだろうか。


 ミトラ司教に憑依している者……堕落神か。今までずっと隠れていた、最後の人の神―“聖母フレイ”。




 仕方ない。もう少し様子を見よう。


 私は霧の糸で、白い瞳のルーンを操るのを……止めた。焦ることはない。私を止めることができる者は……霧の世界フォールで眠っている。


 

 女神は、異界にはいないのだから……。

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