第18話『テラの大樹は青い瞳の少女ノルンを、青い星テラへ招く。』【改訂版:Ⅱ】


 白い霧の中に、目や口のない霧の女性がいる。


 女神の影アシエルは観察している。私にとって良い発見があった。白い瞳のルーンは、有能な人形になる。姉のウルズやアメリアよりも、素晴らしい才能がある。



 女神固有の魔術―“時の魔術”を行使できるから……いつか、制御できるかもしれない。その点で言えば、三女のエレナも有能。爆ぜる様な黄色の瞳を持つ、魔女エレナ。素直でとてもいい子。



 姉たちに比べて……あの子は駄目ね。青い瞳のノルンは出来損ない。


 やはり、ノルフェスティ様の娘ではない。



 丁度良いタイミング。“惑星テラの大樹”が、ノルンを連れていこうとしている。テラの大樹よ、ノルンを連れていって。



 邪魔なノルンがいなければ……ルーンは、私のもの。




『ノルンが、唯一の希望なら……。

 私が、ノルンを天国へつれていく!』



 軍国フォーロンド。首都バレルにあるエルムッド伯爵家。屋敷が接する大通りには……白い人形の噂を聞いた人たちで溢れかえっていた。


 首都警備隊は、屋敷の令嬢と話をした後、不測の事態に備えている。双子の白い少女―バレルの救世主がいる屋敷を警備して……。




 コン、コン、コン、コン。


 屋敷の応接間の扉を、同じ強さで4回ノックした。返答はなかったけど……屋敷の執事ジョンは数秒待ってから、伯爵令嬢の為に扉を開けた。


 しかし、伯爵令嬢―フィナお嬢様は、なぜか応接間に入ろうとしなかった。驚きの余り声がでず、そのまま立ち尽くしている。



「お嬢様?……!? 赤き魔女!?」



 応接間に招いていない者―霧の人形、赤き魔女アメリアがそこにいた。白い瞳のルーンが、青い瞳のノルンを庇い……一歩前に出て、赤き魔女と対峙している。




 赤き魔女アメリアは、妹に聞いた。



『………………。

 ルーン、どうやって、天国に行くの?』




『……それは、これから考える。

 

 アメリアお姉ちゃん、

 ノルンを利用しないで。』




『私は、傲慢の魔女とは違う。

 妹を利用するつもりなんて―』



『本当に、ノルンの為? 

 自分の為じゃないって言い切れる!? 


 悪魔の女神だって……私を創って、

 ノルンを利用した。


 私自身も……ノルンを利用してる。』




『ルーン、それは違うよ! 

 私、ルーンがいなかったら―』




『ノルン……私が、全ての原因。

 

 ノルンが持っていたもの。

 成長して手に入るもの。

 


 全て、私が奪った。


 私は、今も……ノルンの時を奪ってる!』




 青い瞳のノルンは、戸惑っていた。


 双子の少女の魂は繋がっている。ノルンが戸惑えば、ルーンの魂も揺さぶられる。白い瞳のルーンは、魂に秘めた思いを、誰かにぶつけたかった。


 

 今、目の前に……女神の代わりに、受け止めてくれる姉がいた。



『ノルン、ルーン。

 大切なことだから、よく聞きなさい。



 ノルンを幸せにしたいのなら、

 ルーンが変わらないと駄目。



 “再生の聖痕”は、女神の呪い。

 

 その呪いを消さずに、

 “上書き”するしかない。



 今、首都バレルを救った様に……。


 悪魔の女神の極界魔術を、

 “極星魔術”で上書きする。



 “極星極界魔術”……私なら、二人を導ける。


 


 もう一度言うけど……私は、傲慢の魔女じゃない。

 ノルンとルーンを、利用するつもりはない。』




『……どうやって、極星魔術を行使するの? 

 惑星オーファンは、停止したよ?

 

 他の堕落神の封印を解くの?』




『その必要はない。ここは、異界。

 新しい星が……宙にある。』




『……………。』


 

 赤き魔女アメリアと白い瞳のルーンの会話に、妹のノルンも加わって……。



『?……星って、

 空にある青い星のこと?』




『ええ、そうよ。

 ノルン……白い霧が教えてくれる。



 青い星は、“惑星テラ”。


 大きな鉄の遺跡が……幾つもある。

 数えきれない程に。



 でも、人はいない。白い霧が、

 悪魔に変貌させてしまったのかも。



 テラには、衛星があって、

 そこに、人が住んでいるみたいね。』


 

 青い瞳のノルンは応接間にある窓を開けて、空を……見上げた。宙に浮かぶ、青い星テラは、前より大きくなっている気がした。


 テラの衛星は見えなかった。



 白い瞳のルーンが、ノルンを支えている。妹のノルンが、窓から上半身を外に出しているので、危ないと思ったみたい。



 双子の妹を支えているルーンが、心配しているのを見て……姉の赤き魔女は微笑んだ。青い瞳のノルンは、姉の言葉を聞いて驚く。



『……………。

 心配して損した。


 ノルン、ルーン。

 貴方たちのしたい様にしなさい。』



『えっ!? アメリアお姉ちゃん、

 私たちを新しい女神にするって―』



『確かめただけよ。

 

 ルーン、ノルンが幸せになれないのは、

 貴方のせいではない。



 全て、悪魔の女神が悪い。

 貴方は、悪魔の女神じゃない。



 間違えて、貴方も不幸になったら、

 ノルンは幸せになれる? 



 それだけは、間違えないでね? 

 今は理解できなくてもいい……。



 自分を責めないこと。それはできる?』



『……うん、たぶん。』



『ルーンって、素直じゃないよね。


 お姉ちゃんが心配してくれているのに、

 ありがとうって言いなよ?』




『……………。

 ありがとう、お姉ちゃん。



 ノルンだって……。

 私と同じくらい素直じゃないからね?』


 


 女神の影アシエルは気づいた。


 テラの大樹が近くまで来ている。白い霧の中を進んでいる。私は、大樹を止めない……女神の様にノルンを助けない。



 赤き魔女アメリアが、軍国の冒険者たちを見た。



『ミトラ司教、フィナ。軍国の皆さん、

 妹を助けて頂いて……本当にありがとう。

 

 これからも、妹を守ってあげて下さい。』



 赤き魔女が……霧の人形が、軍国を想う者たちに頭を下げた。それを見て、フィナお嬢様はやっと、応接間の中に入れた。


 伯爵令嬢は何とか声を出す。ミトラ司教も話に加わった……軍国の冒険者たちも話し始め、急に騒がしくなった。



「アメリア様、顔を上げてください。」



「……アメリア様、

 

 ノルン様とルーン様の傍にいても、

 よろしいのですか?」



『ええ、ミトラ司教、

 妹を守ってあげて―』



『アメリア様、私が守ります! 

 ミトラさん、少しは遠慮して下さい!』




「……あれが、赤き魔女。

 

 美しいな……おい、ジョン。

 本物の霧の人形だぞ!?」




「………………。

 クレスト、絶対に近づくなよ? 

 

 お前のせいで……。

 バレルが、炎に包まれそうだ。」



 弟子のミルヴァは、興奮している師匠のクレストを……蔑んだ眼で見ている。大剣の使い手ロベルトは、冒険仲間に近づき……。



『師匠、エロじじい……。』



「ミルヴァ、ミランダ。


 霧の人形の赤き魔女が、

 眼の前にいるって……。

 

 信じられるか?」



『私は……今なら信じられる。

 

 これからは……。

 ミトラさんの真似してみようかな?』



 

 ドクッ……。



 ノルンは窓から離れて、優しく微笑んでいる赤き魔女のもとへ。その時、空に浮かぶ青い星―惑星テラが一瞬光った。


 


 女神の影アシエル以外、誰も気づいていない。


 


 青い星フィリスとテラ。二つの青い星は近づきすぎた。


 テラ・インパクト―互いに引っ張り合い、星と星が衝突する。ここは異界。霧の世界フォールで、時を奪って夢の世界を創った者。悪魔の女神はいない。娘に手を差し伸べるものはいないのだ。




 異界の時は……“時の歯車”は回り続ける。


 青い星フィリスとテラが衝突するまで、残り3日。


 


 

 ドクッ……ドクッ……。



 ノルンは不思議に思った。『あれ?……まだ、ドキドキしている……何で、落ち着かないの?』



 青い星、惑星テラが呼んでいる。


 テラの大樹が呼んでいる。ノルンの星の核を……。



 異界に悪魔の女神はいない。星の核にとって拠り所だった再生の聖痕も、ノルンの夢の中にいない。


 オーファン・システム―白き狼セントラルは、人形の夢の中で沈黙した。フィリス・システム―惑星フィリスは、聖神フィリスのもの。


 

 青い星テラが呼んでいる。


 新しい拠り所を探す、ノルンの星の核は……宙に依り代を見つけた。



 青い瞳のノルンは……フィナお嬢様とミトラ司教、二人と話している姉の赤き魔女に近づいて声をかけた。


 白い瞳の少女ルーンもついてきて……。



『アメリアお姉ちゃんって、意地悪だね。』



『そう? 私みたいな……優しい悪魔は、

 そういないと思うけど?』




 宙に依り代を見つけたノルンの星の核も、テラの大樹を呼んだ。


 ノルンの星の核とテラの大樹は、互いに呼び合った。



 惑星テラにも白い霧がある。白い霧の中に……やわらかい黄緑色に光る、巨大な透明な木があった。霧の中に根を張る魔晶の大樹が……。



 若葉色に光る大樹の細い根が、白い霧の中を進んでいく。ノルンの星の核に導かれて、迷うことはない。



 テラの大樹は、ノルンの夢の世界にある星の核に触れた。大樹の声は人や魔物とは違う、機械の声でもない……優しい声だった。


 


『見つけた……やっと、見つけた……。』





 ドクッ……ドクッ……。


 青い瞳のノルンはとても驚いた。『!? な、なに? 誰かいるの!?』




 テラの大樹は、青い瞳の少女ノルンの代わりに、魔術の行使をしてあげた。転移魔術―異界の門を……青い瞳のノルンを、惑星テラへ招く為に。




 突然、ノルンの頭上に回転する銀の輪が現れた。


 ノルンとルーンは、戸惑った。




『!? どうして……私なの?』



『!? ノルン、駄目! 異界の門を―』



 白い瞳のルーンよりも速く、赤き魔女アメリアが、双子の妹を抱きしめた。


 赤き魔女は、妹の異界の門―転移魔術に介入しようとしたけど……。『!? ノルンが拒否している!?……無理やり止めることはできる。でも……そんなことをしたら、ノルンの魂が壊れてしまう……。』



 ノルンの魂―星の核は、転移魔術への介入を拒否した。


 赤き魔女は、悪魔の元メイドで、精霊魔術に秀でた者を見ながら……。



『フィナ! 魔法の糸で、

 ノルンとルーンを―』



『アメリア様、分かっています!』



 フィナお嬢様は奥の手を使った。


 伯爵令嬢の近くにある魔晶石は、星の核のみ。霧の人形の星の核に触れて、魔術を行使できるか分からない。



 今は時間がない。より確実な方法を……それで奥の手。自分の魂に触れて、精霊魔術を行使した。フィナお嬢様は、苦しそうに胸を押えている。


 魔法の糸を、ルーンの左手と……ノルンの右手に結んでいく。精霊魔術の糸は、双子の白い少女―魂の結びつきをより強固にした。



 より強固にしたのに、魔法の糸はぷちっと切れてしまった。


 


 女神の影アシエルが、糸を切ったから……私は、ノルンを助けない。




『ノルン? アメリアお姉ちゃん?』



 白い瞳のルーンは、もう一人の自分と姉の名を呼んだ。だけど、返事はない。屋敷の応接間にいる人形は……たった一人。ルーンしかいなかった。



『!? フィナお嬢様!?

 まさか……そんな……。』



 伯爵の執事ジョンが、目の前にいた伯爵令嬢を捜した。でも、フィナお嬢様は、伯爵の屋敷にはいない。



 ドクッ……ドクッ……。



 白い瞳のルーンはふらついた。


 頭がぼーとする。意識が薄れていく。痛い、体中が痛い。傍にいないから……ノルンがいない。生まれた時からずっと傍にいた、もう一人の自分は……。



 惑星フィリスにはいなかった。




『ノルン……どこに……行ったの?』




 女神の影アシエルは微笑んだ。


 白い瞳のルーンは、痛みによって体が動かなくなり……意識を失った。ゆっくり、後方に倒れていき、聖フィリスの司教が受け止めた。


 ミトラ司教は必死に、愛する人形に声をかけているけど、白い瞳の少女ルーンには聞こえていなかった。



 青い星フィリスとテラ。白い瞳のルーンと青い瞳のノルン。首都バレルの救世主―双子の白い少女は、二つの青い星を救えるだろうか。



 テラ・インパクト―二つの星が衝突するまで、残り3日。



 女神の影アシエルは思った。『バレルの救世主? 二つの惑星を救う? それは無理……救えない。だって、私が……惑星フィリスとテラを壊すから。』

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