第17話『軍国の首都バレルは、歓声に包まれる。 人々の希望となり、白き人形は二人で生きていく。』【改訂版:Ⅱ】

 

 女神の影アシエルは、歓声を聞く。


 軍国の首都バレルは、歓喜に包まれている。歓声がやまない。人々は、心の中から喜んだ。幼い子供、知っている者。愛する者が殺され、生きる希望を失った。そんな中……首都の上空に、回転する銀の輪が現れると奇跡が起こった。



 瓦礫の下敷きになった者、全身を焼かれた者。


 遺体を圧し潰していた瓦礫は、ばらばらと崩れ見えなくなった。遺体の背後には、どこも壊れていない立派な教会が建っている。


 瓦礫で圧死した者。折れていた骨が動き、正常な位置に戻った。全身の傷もふさがり……生気が宿り、息を吹き返す。


 焼死した者も……全身の皮膚が正常に戻っていく。燃え尽きた衣服さえも、元の状態に戻っていった。



 人々が信じられなかった、忘れたいと願った、最悪な時は……首都バレルの悪夢は、姿を消したのだ。



 だけど、全てが元通りではない。既に魂が去ってしまった者は、助からなかった。飛空船カーディナルは墜落して……墜落現場は、元に戻っていない。飛空船の残骸によって、多くの建物が破壊されている。この場所で亡くなった者もいるだろう。



 それでも、首都バレルは歓声に包まれている。涙を流して喜ぶ者たち。人々は集まり、喜びを共有した。ただ喜んだ。生きていることを……。


 集まった人々の間で、すぐに広まった。白き狼と白き人形のこと。人々はどんどん集まる。中心部の大通りへと……奇跡を起こした双子の少女のもとへ。




『ルーン! 次、やったら……。

 絶対に許さないから! 


 分かってるの!』



 青い瞳の少女、ノルンの瞳は真っ赤。眼の前にいるもう一人の自分に怒った。



『ごめん、もうしないよ。』



 白い瞳の少女、ルーンも泣きすぎて……いつもの冷たい瞳ではない。悪いことをして、親に怒られている幼い少女がそこにいた。


 白い人形の双子の少女を、軍国の伯爵令嬢と聖フィリスの司教が支えている。フィナお嬢様は、青い瞳のノルンを。ミトラ司教は、白い瞳のルーンを。それぞれ、小さい背中を支えてあげていた。



 赤いリボンと金色の髪―ミトラ司教は、背後からルーンを抱きしめた。「ルーン様、心臓が止まるかと思いましたよ? でも、これはこれで……ルーン様、無茶をしないでください。」


 ノルンに怒られている、ルーンは、ミトラ司教にされるがままになっている。



 栗色の髪で、悪魔の元メイド―フィナお嬢様は、“青のお嬢様ノルン”の傍から離れようとしなかった。「……ミトラさんが、ルーン様に抱きついているのは、気に入らない。でも、これなら、私の邪魔をする者はいない……ノルン様、怒っていても可愛いです。」


 因みに、フィナは、精霊魔術を行使していない。すでに、魔法の糸は切れており、効果を発揮していなかった。


 

 白い手足、銀色の髪―青い瞳のノルンは怒っている。



『うそつき! 信じられないよ!


 いつまで、そうやって座っているの? 



 私の文字なんだから……。

 早く私の中に戻ってよ! 


 戻りたくない―』



『ノルン、違うよ。


 どうしてか分からないけど、

 戻れなくなったみたい。』



『!? 自分があんなことを、

 勝手にするからでしょう!? 



 もし、また壊れ始めたら……。

 どうするの? 大丈夫だよね?』




『うん、大丈夫だと思う

 ……今の所は。』




『……勝手なこと、するからだよ。』




『ノルン、ごめん。』




 悪魔の女神の極界魔術―“再生の聖痕”。


 聖痕を行使した者は、奪った時を背負うことになる。白い瞳の少女、ルーンの魂が、ばらばらと壊れ始めた時……。白き狼セントラルは、異界の門と騎士神オーファンに呼びかけた。


 騎士神の依り代として、極星魔術を行使して、再生の聖痕を上書きした。“極星極界魔術”となり、聖痕の発動者を、白い瞳のルーンから……白き狼セントラルに、無理やり変更した。



 再生の聖痕を止めてしまえば、白い瞳のルーンは助かる。


 けど、首都バレルは救われない。異界の門が、首都バレルにあった様々な魔晶石を利用した為……星の核以外の魔晶石は、全て無くなっている。



 同じことを繰り返すことは、不可能だった。



 極界魔術。白い霧は、不可能なことを叶えてくれない。もし、願えば……痛みだけではおさまらず、発動者の魂は壊れていく。白い瞳のルーンの様に……。


 白い霧が、愚か者の魔力を奪って、喰ってしまうから。



 首都バレルの悪夢。異界の門を通って、霧の世界フォールにある惑星オーファンに……首都バレルが過ごした最悪な時が現れた。



 ガラスと鉄のドームの中心にあった、鉄の遺跡が音を立てて崩れていく。無数の機械の蜘蛛。突然、圧し潰された。燃え尽きて壊れていく。


 依代の星のシステムは、すでに壊れていた。もうこれ以上、壊れようがない。オーファン・システムは……動きを止めた。今は、魂や魔力も運べない。


 

 惑星オーファンは、完全に沈黙した。白き狼セントラルは、ノルンの夢の中で眠りにつき……声をかけても起きないだろう。双子の少女は、そのことにまだ気づいていなかった。



 白い人形をじーと見つめていた、機械の蜘蛛は淡々と告げた。


 自分自身が停止することを……。



【……………。

 システム停止を確認。


 休眠状態に……移行。

 ザッ……セントラル、停……止。】



『!? システムが停止!? 

 オーファン・システムが、止まったの!?』



 機械の蜘蛛の言葉―神生紀の言葉に、白い瞳の少女ルーンが反応した。機械の蜘蛛は、8本の足を折り曲げて、動きを止めようとしている。



 神生紀の言葉で、白き人形に伝えた。


 機械の蜘蛛に芽生えた、惑星オーファンの機械の思いを。



【ザッ……セント……ラル、感謝。


 来訪者……白き……人形―希望。



 希望……フィリス……オーファン

 ……異界……希望―報告。】



 機械の蜘蛛は、もう何も喋らない。


 丸まって、動かなくなった。白い瞳のルーンは、停止した機械の蜘蛛を持ち上げようした。重たくて持ち上げられない。そっと……ミトラ司教が手を差し伸べて、一緒に持ってくれた。『重たい。機械の中にも思いが……魂が宿ってる。ごめんね、こんなことになるなんて……。』


 白い瞳の少女は、また泣きだしてしまった。聖フィリスの司教が、優しく抱きしめている。



 青い瞳のノルンは、夢の中に声をかけた。『きかぐも、止まったの? セントラル、聞こえる? 聞こえるのなら、返事をして!?』



 でも、返事はなかった。惑星オーファンの様に、白き狼も沈黙している。『だんまり? 別にいいよ。起きるまで待つから……待つのは、得意だから……。』



 白い人形、ノルンとルーンの周りには大勢が集まっている。口々に、白い人形に感謝の思いを伝えている。


 涙を流しながら、何度も頭を下げる者。頭を下げたまま、顔を上げない者。霧の人形の姿をした、双子の少女に対して……。

 


 ノルンとルーンが乗っていた、馬車がゆっくり動き始めた。


 伯爵の執事ジョンが、事故が起きない様に、必死に馬を操っている。大剣の使い手ロベルトが、集まった人をかき分けて近づいてきた。



「首都警備隊がここにきます。

 ……どうしますか?」



「私の屋敷へ行きましょう。

 ここで会うより、ずっといいから……。」



 フィナお嬢様は、青い瞳のノルンと一緒に歩き始めた。



『痛い!? フィナ、ちょっと待って!?

 体が、動かないよ……。』




「ノルン様!? どうして……。


 !?……ミトラさん。」



 フィナお嬢様とミトラ司教の眼が会った。


 2mくらい離れている。ミトラ司教は、白い瞳のルーンに抱きつくのをやめて……ルーンと共に歩いて、青い瞳のノルンの近くに来た。大剣の使い手ロベルトが、停止した機械の蜘蛛を運んでいる。



『? あれ? フィナ、痛みが治まった。』


 青い瞳のノルンが、不思議がっている。また、伯爵令嬢と聖フィリスの司教の眼が会った。今度は……どちらも、嫌そうな顔をしていた。



「……………。」



「ノルン様、ルーン様。

 手を繋いでください。



 離れ過ぎたら、

 動けなくなってしまう様です。



 ミトラさん……。

 言いたいことは分かります。ですが―。」



「時間がありませんね。

 ノルン様とルーン様の安全が第一です。」



「ええ、その通りです。」



 集まっていた人々が、バレルの救世主の邪魔をするはずがない。ノルンとルーンが、馬車に乗り込むと……人混みが左右に分かれ、真ん中に通り道ができた。


 大急ぎで、エルムッド伯爵家の屋敷へと向かっていく。大通りには、多くの人が集まっている。馬車が通ると、真ん中の通り道は無くなってしまうので……馬車を追いかけるものは邪魔をされていた。


 遠くから、首都警備隊の怒鳴り声が聞こえてくる。



 

 エルムッド伯爵家の屋敷。屋敷の応接間で、軍国を想う者たちは待機していた。その場に、フィナ伯爵令嬢と執事のジョン、軍国のギルドマスター(酒場の店主?)クレストはいなかった。



 ノルンとルーンは、無事に屋敷に着き……暫くすると、予想通り、首都警備隊が尋ねてきた。屋敷の当主―エルムッド伯爵は、バレルの東にある臨時首都スクードにいる。その為、軍国の政治家や将校に顔が利く、伯爵令嬢と、二人の伯爵の盟友が対応することになった。


 ノルンとルーンは、手を繋いでソファに座っている。



『ルーン、これからどうするの?』



『どうするって言われても……。』



『ルーンが悪いんだよ?

 ……何か考えてよ。』




『今までと変わらないと思うけど?』




『……………。

 離れすぎて、動けなくなったら?』




『すぐに、異界の門を発動する。

 

 痛くて動けなくても、

 行使することはできるから。

 


 もし、私たちを攫おうと考えた馬鹿がいたら、

 異界の門で、半分に切断してあげればいいよ。



 何も知らずに……“霧の人形”に見える、

 私たちを攫おうとする馬鹿はいないと思うけど。』




『……………。』




『強くなって、一人でも、

 魔術を行使できる様になるんでしょう?』



『……なるよ。私は、ルーンと違って、

 嘘はつきたくないから。』



『じゃあ、頑張らないと……ノルンちゃん?』



『うん……。』



 ミトラ司教は、ソファから少し離れた椅子に座って、たまに白い人形を見ていた。「フィナお嬢様の屋敷。一番、安全な場所?……違う。赤き魔女の傍が、一番安全。それは分かっている。分かっているけど……私も傍にいたいな。」


 

 司教の横にもう一つ椅子があって、その椅子に……黒髪の女性。レイピアの使い手ミランダが座った。冒険仲間のロベルトとミルヴァは、応接間にある絵画や本などを見て過ごしている。



『ミトラさんは、怖くないんですか?』



「……………。

 怖くないと言えば、嘘になります。



 守りたい……。

 その気持ちが、勝っているのかな。」



『私は怖いです。

 だって、霧の人形ですよ?



 脅威度Aランク……堕落した神様と同じ。



 普通の人では、

 どうしようもできないんですよ?』



「ええ、そうですね。


 でも、だからこそ……私は、

 ノルン様とルーン様を守りたいんです。



 女神が残した、大切な希望ですから。

 私にできることは、余りないですけどね。」



 レイピアの使い手は、聖フィリスの司教と同じ様に……白い人形を見た。二人の少女は、手を繋ぎながら、魔術について話をしている。



『……………。

 

 ミトラさん……失礼なことを、

 聞いてもいいですか?』



「答えられることなら。」



『今でも……。

 聖神を信じているんですか?』




「……………。


 同じ質問で、ミランダさんが、

 先に答えてくれたら……私も、答えます。」



『……私は、信じていません。


 理由は、今回の件があったから。



 私の大切な場所―首都バレルを、

 破壊したからです。』




「……………。

 

 私も、信じられなくなりました。

 聖神に祈ることは、もうしません。



 聖フィリス教国にも帰らないと思います。

 


 でも、聖フィリスの司教を……。

 辞めるつもりはないです。



 矛盾しているのは分かっています。



 でも、私の中に……狂ってしまった、

 聖神を救いたい。そう思う自分がいます。

 


 良い方法がないか、

 探しているのかもしれませんね。」



『……………。

 良い方法なんてあるんですか?』



「あるとすれば……。

 女神が残した、希望だけです。



 ノルン様とルーン様は、

 バレルを救いました。



 霧の人形は、人や魔物を罰する者。



 自身の魂を犠牲にしてまで、

 人々を救おうとはしません。



 ノルン様とルーン様は幼い。

 


 霧の人形ではなく、

 人々を救う天使になって頂きたい。


 それが……私の望みです。」




『……………。』



 ミランダは、もう一度白い人形を見た。


 魔術の練習―火炎魔術。白い瞳のルーンの右手に小さな炎が灯る。青い瞳のノルンが……見よう見まねで、左手に集中しているけど。ノルンの左手に小さな炎は灯っていない。


 冒険者のミランダは思った。『幼い……成長すれば、悪魔を従える霧の人形になるかも。でも、この子たちはバレルを救った。ミトラさんが望む天使の様に……。』



『あ~、やっぱりだめ。

 難しいことは、私には分かんないや。』



「ミランダさんは、

 これからどうしたいんですか?」




『……皆と一緒にいたい。

 これからもよろしくお願いします。

 

 前に進めば、何とかなりますよね?』




「ええ、きっと―」



『ミトラ司教、聞こえる?』



 突然だった。赤き魔女アメリアの声が聞こえた。ミトラ司教は、自分の首を確認する。小さな魔法の糸があった。聖フィリスの司教の思いを、相手に伝えた。



「アメリア様、聞こえています。」



『今からそこに行く。

 貴方から、仲間に説明して。』




 ぷちっと糸が切れ、赤き魔女の声は聞こえなくなった。



 冒険者のミランダは驚いた。精霊魔術―魔法の糸。精霊魔術が、どれ程恐ろしいものか……軍国の冒険者はよく分かっている。



 軍国の冒険者は、首都バレルの地下に何度も潜る。地下には、広大な墓があり……無数の精霊が潜んでいた。


 ミランダやロベルト、ミルヴァも、よく聞かされていた。墓の精霊の精霊魔術で操られたら……魂を狂わされ、やがて魂を喰われると。



『ミトラさん、今の……。

 精霊魔術の糸ですよね!?』



「ミランダ、皆もよく聞いて! 


 ノルン様、ルーン様! 

 赤き魔女アメリア様が、ここに来られます!」



 転移魔術。応接間に、黒いローブを着た女性が現れた。


 その女性は、黒い布を頭の後ろに下げ、頭を左右に軽く振る。銀色の髪がさらさらと小さく波打った。



 紛れもなく、霧の人形だった。


 燃え滾る赤い瞳を持つ、霧の人形。赤き魔女アメリア。脅威度Aランク。創造主である、悪魔の女神(脅威度Sランク)に近い存在が、眼の前にいた……。


 

 赤き魔女アメリアは、双子の妹に話しかけた。



『?……どうして、

 招魂魔術を行使し続けているの? 


 不安定になるからやめなさい。』



 魔女アメリアが、白い人形の傍に寄ると……ノルンが、少し戸惑いながら。



『ア、アメリアお姉ちゃん。

 私たちでは、元に戻せなくて……。』



『ノルン、別に怒ってない。


 初めてだから……挨拶しないとね。

 2番目の霧の人形―赤き魔女アメリア。


 

 本当に会いたかった。

 


 もちろん、貴方も……。

 霧の城の精霊―再生の聖痕。』




『私は、今は……。

 ルーンって呼ばれてるの。』



『そう、いい名前ね。


 じゃあ、ノルンとルーン、

 霧の城に帰りましょう。』



 ミトラ司教は思った。「霧の城に帰る……そう、それが一番安全。それは、分かっている。ノルン様とルーン様から離れてはいけない。誰かに、そう言われている気がする……デュレス・ヨハンの様に、私もおかしくなり始めている?」



「アメリア様! 

 お願いです……私も傍に―」



『ミトラ司教。

 貴方は、よくやってくれた。

 


 見事、役目を果たし……。

 私の妹を守ってくれた。



 でも、その願いは叶えてあげられない。

 貴方は人間だから……。



 貴方が悪魔になるのなら、

 叶えてあげてもいいけど?』



「……………。

 悪魔になれば叶えて―」



 冒険者のミランダは、ミトラ司教を止めた。



『ミトラさん、駄目だって! 


 悪魔になったら……。

 ミトラさんの願いは? 



 霧の人形ではなく……。

 

 人々を救う天使に、

 なって欲しいんでしょう? 



 自分が悪魔になったら……。

 絶対に霧の人形になってしまうよ!?』




『?……天使? 霧の人形は罰する者よ?


 救済を望むのなら、

 天国にいるはずの神様に願いなさい。



 ここは異界なのだから、

 霧の世界よりも声は届く。



 でも、人や魔物の声を聞いてくれる神様は、

 もういないと思うけど……。』



『どうして、いないの?』


 青い瞳のノルンは、赤き魔女に尋ねた。『だって、天国に神様がいないのはおかしい。天の神様がいなかったら、フィリスに住む人や魔物はどうなるの? 人や魔物を犠牲にする、堕落した神に祈るしかないの? おかしい……おかしいよ。』



 青い瞳のノルンは、魂のどこかで救われることを望んでいた。痛みのない天国へ。天の神様がいないのなら、天国もないことになってしまう。『誰もいない天国なんて……存在する意味はあるの? 救いのない天国なんて、地獄と変わらないよ。』



『ノルン、どうしたの? 

 落ち着きなさい、魂が乱れている。』



『アメリアお姉ちゃん、答えてよ。

 どうして、天の神様はいないの?』



『……………。

 

 悪魔の女神―異界の女神は、

 天を支える柱の一つだった。



 天上の女神は、天国から離れた。

 その理由は知らないし、分からない。



 白い霧が、天国に誰もいないことを教えてくれる。



 他の神様も……異界の女神と同じ様に、

 天国から消えた。』



 赤き魔女アメリアは、白い霧を発生させた。


 女神の白い霧は、あらゆる所に発生する。例え、天国や地獄であっても……女神の影アシエルは霧の中にいた。


 でも、誰も気づいていない。私は、青い瞳のノルンを観察する。



『霧の世界は、異界よりも下にあった。

 

 霧の世界の下にあるのは……地獄かな? 

 何かが、渦巻いているのを感じ取れる。



 天国は一番上ね……あるのは大きな空間。

 立派な建物はある。だけど、魂は存在していない。



 天国には誰もいない。



 天の神様は、どこかに行って……。

 下にいる私たちを見ていない。』




 応接間は静寂に包まれた。


 赤き魔女の声は冷たくなく、穏やかだったのに誰も話せない。希望……どんな者でも、生きる為に必要となる。


 それが否定されたのだ。魂の救済がないのなら、人や魔物を救う者がいないのなら……いつか堕落して地獄に落ちる。


 どんなに頑張っても……何度転生しても、天国に行けないから。


 

 赤いリボンと金色の髪、ミトラ司教は何とか声をだした。



「アメリア様……教えてください。


 我々が行くことができる、全ての世界に、

 魂の救済―希望がないのなら……。



 アメリア様は、

 何の為に生きておられるんですか?」



『私は、霧の人形。

 人や魔物を罰する為に生まれてきた。



 女神から与えられた役目を果たすだけ。

 永遠に……。』



 青い瞳のノルンの魂の中に、デュレス・ヨハン枢機卿の言葉が蘇ってきた。



《答えるつもりはないのですね。

 愚かな……なぜ、抵抗するのですか? 



 なぜ、主の命に従わないのですか? 

 


 それ以上に、重要な事など……。

 この世には存在しない!》



 決められた役目を果たす。


 それが、この世界では最も重要。役目を果たす限り、堕落しない。魂の救済がないから、役目を果たし続けないといけない。もちろん、途中で諦めたら……。


 

 諦めなくても、役目を終えた時も堕落してしまうけど。創造主である、悪魔の女神の様に……青い瞳のノルンは嫌がった。



『おかしいよ、間違ってるよ!』



『この世界は腐敗している。

 でもね、たった一つだけ、希望がある。



 貴方よ……ノルン。

 貴方だけが、唯一の希望。



 ノルン、ルーン、私についてきなさい。

 貴方たちを、新しい女神にしてあげる。』



 赤き魔女の眼がより滾った。


 白い霧が炎に変わる。赤き魔女が、あと少しでも、炎を強くすれば……爆炎が、軍国を想う者たちを襲うことになる。



 青い瞳のノルンは戸惑った。


 

 白い瞳のルーンは、無理やり……戸惑うノルンを引き寄せた。『ノルンは、誰かの為じゃなくて……自分の為に生きないといけない。悪魔の女神や霧の人形に利用されて……ノルンの魂は傷ついていく。そんなの……もう絶対にだめ!』



『アメリアお姉ちゃん、

 ごめんね……私たちで何とかする。



 ノルンが、唯一の希望なら……。

 私が、ノルンを天国へつれていく!』



 白い瞳のルーンは誓った。『私は、一緒に生きていくと決めた。ノルンを絶対に守る。例え、相手が霧の人形であったとしても……。』


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