第14話『傲慢の魔女に抗い、憤怒の魔女ではなく……赤き魔女として役目を果たす。その時、首都バレルは?』【改訂版:Ⅱ】
悪魔の女神は、自分の影を見る。
“女神の影アシエル”。霧の体を持ち、あらゆる時に干渉する。今の私では……アシエルを止めることはできても、滅ぼすことは難しい。
私が壊れて、時の魔術が暴走すれば……アシエルも壊れる。あらゆる世界も壊れて、愛しいノルンも壊してしまうけど。
『赤き魔女……アメリア、貴方は、
ノルンを守らないといけない。
霧の大罪の“憤怒”に手を伸ばさないで。
私の影、アシエルに操られてしまうから……。』
ここは、軍国フォーロンド。
首都バレルの上空、飛空船カーディナル。飛空船の内部で、炎が暴れまわっている。炎は勢い余って外へ。数十か所で炎が噴き出ている。
星間転移・魔導砲に、フィリス・システムから魔力が供給され続けている。飛空船が、炎と黒煙に包まれる中……巨大な魔導砲は輝き続けていた。
鉄の装甲の上に、二人の魔女がいた。
傲慢の魔女ウルズと赤き魔女アメリア。
傲慢の魔女は、黒い霧―有害な瘴気を纏い、平然と立っている。赤き魔女でさえ、最初の人形に傷をつけることさえできなかった。
対照的に、赤き魔女の右腕や右足は……焼け焦げ、力をいれることさえできない。左腕や左肩。体の左側から魔法の糸をだし、ふらつく体を支えている。
赤き魔女の傷は、傲慢の魔女によるものではなく、自分自身の炎が原因だった。
首都バレルから遠く離れた場所。
軍国の西側の街。その上空で、大きな何かが動いている。魔女たちはすぐに分かった。西の空に天の門が現れ、最終局面を迎えたと……。
《アメリアちゃん、
もう逃げるのをやめなさい。
分かっているでしょう?
世界は……悪魔の女神はもうもたない。
女神の代わりに、役割を果たさないと、
世界が滅びる。私一人では、無理。
女神のシステムを支えるには……。
システムに最も強い影響を与える、
七つの元徳と七つの大罪が必要になる。
アメリアちゃん、早く……。
こちら側にきなさい。
最悪な場合でも……保有していれば、
システムが守ってくれるはずよ。
今の私みたいにね。》
女神のシステム、白い霧の星間循環システム。
悪魔の女神が創った。その全てが壊れ始めている。私が壊れかけているから……白い霧に現れた七つの元徳と大罪は、霧のシステムに最も強い影響を与える。
元徳と大罪の保有者は、私の加護―システムの恩恵を得られる。神生紀の12の堕落神の様に……。
重要なことは、霧のシステムが保有者を優先すること。
例えば、お互いに魔術を行使した場合……元徳と大罪の保有者が優先される。保有者が、後で行使したとしても。消費した魔力が少なかったとしても……。
例外はもちろんある。だけど、優位性を覆すのはとても大変なこと。
元徳と大罪の優位性。
これがある為、保有していないものは、魔術では絶対に保有者に勝てない。傲慢の魔女の前で、追い込まれている赤き魔女の様に……。
霧の元徳と大罪は、保有者に勝利をもたらす。その代わり、霧のシステムに乗っ取られる。私の影アシエルに……七つの大罪の一つ、傲慢であれば……思い上がって横柄になったり、人を見下して礼を欠く様になる。
霧のシステムがそうさせる。保有者の意思は関係ない。結局の所、霧のシステムは毒薬だ。使えば使う程、使用者を腐敗させていく。
創造主である女神を堕落させた様に……。
傲慢の魔女ウルズが纏う黒い瘴気。黒い瘴気の中に……白い霧がいた。眼や口のない霧の女性、女神の影アシエル。
赤き魔女には、女神の影アシエルが見えていない。全く気づけていなかった。
赤き魔女の魔法の糸は、左腕や左肩から出て……重なり合い、片翼の白い翼となった。霧の白い翼で、傷ついた体を支えている。
白い翼が何かを捉えた。首都バレルから遠く離れている。軍国の西側の街から。
『アメリアお姉ちゃん、聞こえる?』
赤き魔女アメリアの魔法の糸。ミトラ司教の首にくっ付けた……最悪な状況で、赤き魔女に、妹の声を届けた。
「!? だめよ、精霊魔術を―」
赤き魔女は、魔法の糸を切った。
霧の白い翼が、ばらばらと崩れて……支えを失って、立つことができない。ドサッ……赤き魔女は、白い装甲の上に座り込んでしまった。
《分体ちゃん、
最高のタイミングだよ!》
傲慢の魔女ウルズは、精霊魔術に介入した。
霧のシステムが腐敗すると、黒い瘴気になる。赤き魔女は、魔法の糸を切ったけど……大罪の傲慢を保有している、最初の人形が優先された。
赤き魔女は、精霊魔術―魔法の糸を奪われてしまった。
《分体ちゃん、聞こえる?
一番上のお姉ちゃん、ウルズだよ?
今ね、時間がないから……。
分体ちゃん、よく聞いてね。
私が、女神の夢から出してあげる。
私ならできる。怖がらずに、
私の手をつかんで―》
『だめよ! 絶対につかんではだめ!』
ドォオオオォォォ—―! 赤き魔女の爆炎が、最初の人形を襲った。
傲慢の魔女ウルズは、赤き魔女の火炎魔術に介入。傲慢の魔女の意思が優先され、爆炎自体が……傲慢の魔女を避けていく。
赤き魔女は、魔法の糸―精霊魔術に介入できない。聖痕の少女ルーンに、赤き魔女の声は聞こえていなかった。
『ウルズお姉ちゃん?
ここから出してくれるの?』
《ノルンちゃんが、
フィリスに転移して……。
心配してたんだけど、
無事で良かったよ。
じゃあ、異界の門を行使―》
「そうやって、ノルン様を騙して……。
フィリスへ転移させたんですか?
自分の妹を騙して、
何とも思わないんですか?
傲慢の魔女ウルズ。」
《……………。
その声、もしかして……。
司教のお嬢ちゃん?
あの高さから落ちて、
死ななかったの?
いや~、まいったな……。》
『ノルンを騙したの?
騙して、フィリスに転移させたの?』
聖痕―白い瞳の少女ルーンが問う。
少女の姉ウルズは……悪気無く答えた。
《そうだよ、一番厄介だったのが……。
堕落神オーファンが、
ノルンを第六惑星へ転移させたこと。
あのくそ狼。
もし、ノルンちゃんが、
私を信用しなかったら……。
ノルンちゃんの星の核は諦めたと思う。
でもさ、セントラルだっけ?
機械の子は幸運だった。
悪魔の女神が、分体ちゃんを眠らせて、
異界の門を行使できない様にしたのに。
機械の子が代わりに、
異界の門を行使してくれたから……。
すごく助かったよ。》
『……どうして? なんで?』
《どうして?……分体ちゃん、
私は、なりたいものがあるの。
この腐った世界で、たった一つだけ。
私は……悪魔の女神になりたい。
新しい女神になる。
その為に……。
可愛い妹や大好きな母を、
殺さないといけないのなら……。
私は断腸の思いで、皆を殺しましょう。
アメリア、ノルン……私の為に死んで。》
最初の人形は、平然と笑顔で言い切った。
聖痕の少女、ルーンは思った『……この姉は狂ってる。皆、どうして? どうして、堕落していくの?』
傲慢の魔女ウルズは妹を脅した。ミトラ司教は負けじと、傲慢の魔女に迫った。
《分体ちゃん、私のもとへきなさい。
来なかったら、女神の夢の世界に放った、
霧の龍をここに呼ぶよ?
そうなったら、ウロボロスは全て喰う。
首都バレルは滅びるけど……いいの?》
「傲慢の魔女!!
霧の人形に手をだせば、
悪魔の女神が―」
《司教のお嬢ちゃん……。
悪魔の女神は、もう壊れてるの。
お嬢ちゃんの眼の前に、
“女神の分体”がいるでしょう?
分体を創っても、不完全な霧の人形しか、
創れなかったんだよ?
今の女神なら、たぶん負けないかな。
私も勝てないと思うけど……今はね。》
『……………。
分体って、私のこと?』
《そうだよ……他にいる?》
聖痕の少女ルーンは思った。『私が、悪魔の女神の分体? 壊れている女神の分体……ああ、そうなんだ。だから、お母さん……私を消さなかったんだ。たぶん、自分では……もう消せないんだね。』
第六惑星オーファンで、女神が言ったこと。悪魔の女神の声が蘇ってきた。
『……あなたが望んだからよ。
あなたが守りたいと願った。
最後の霧の人形を。
あなたが、願ったのよ。
人や魔物の魂を犠牲にしてでも、
愛しい娘を守りたいと願った。
なら、役目を果たしなさい。
この世界が終末を迎えるまで。
あなたには……その責任がある。』
『うん……そうだね。
私には責任がある。
だから、私は役目を果たす。』
傲慢の魔女ウルズは、聖痕の少女ルーンに迫った。
《分体ちゃん、どうするの!?
私のもとへ来るのなら、
皆……助かるよ?》
『ごめんなさい、
私……自分で何とかする。』
ぷちっ……小さな魔法の糸が切れた。傲慢の魔女ウルズの意思に反して……。
悪魔の女神が、白い人形のルーンを操って糸を切った。悪魔の女神は、七つの元徳の一つ、“知恵”を保有している。
七つの元徳と大罪、知恵と傲慢。女神と魔女ウルズは、保有者。傲慢の魔女の元徳と大罪の優位性は無くなった……。
《!?……分体ちゃん、すごいね。
やっぱり、女神から先に殺さないと!
聖神フィリスよ……復活の時!
古き女神に、死を与え給え!》
聖神フィリスは、傲慢の魔女ウルズの声に応えた。飛空船カーディナルの高度が、徐々に下がり始める。間もなく、飛空船は墜落する……。
“星間転移・魔導砲”―フィリス・システムから、魔力の供給が止まった。数秒後に、聖神の魔力が光となって……軍国の西側へ放たれる。
白い人形ノルンや女神の分体ルーン、愛する娘たちがいる場所へ。
赤き魔女アメリアは、魔法の糸を……飛空船の下へ伸ばした。魔法の糸が、飛空船から離れていく。
そして、同時に転移魔術を構成する。赤き魔女は、憤怒に手を伸ばしていない。赤き魔女が……最初の人形から、魔術への介入を防ぐ方法が1つだけある。
その方法を行った為、赤き魔女の右腕や右足は焼け焦げていた。
赤き魔女アメリアは、転移魔術を行使。
傲慢の魔女ウルズが、転移魔術に介入……。
その瞬間、ドォオオオオオオオオ—―! 赤き魔女の爆炎が、自身を包み込んだ。介入されて、転移魔術を奪われる前に……自分が最も得意とする火炎魔術で、転移魔術を上書きした。
白い霧は、爆炎に変わっている。
白い霧がなければ、黒い瘴気は生まれない。赤き魔女は、黒い瘴気が生まれる前に、霧を全て爆炎に変えた。
爆炎によって、後方に吹き飛ばされた。右腕の様に、左腕が焼け焦げている。真っ黒になった、左手は……力が入らず、握ることもできない。
傲慢の魔女ウルズに介入されない様に、今度は自分の左腕を犠牲にした。赤き魔女アメリアは、飛空船から落ちていく。最強の魔術―極界魔術を構成しながら……。
《やっぱり、逃げるんだ。
アメリアちゃんは臆病―》
傲慢の魔女ウルズは、赤き魔女の極界魔術に介入しようと……飛空船の真下に意識を向けた。
赤き魔女の転移魔術は、火炎魔術で上書きされている。転移してきたものは……爆炎に包まれながら落ちてきた。
グシャッ、ドッ—―! 傲慢の魔女ウルズの右腕が吹き飛んだ。
大きな金の斧が、鉄の装甲にめり込んでいる。斧の幅は1mもあり……赤き魔女の神聖文字が刻まれた、両刃の斧。若き魔王クルドの斧だった。
《!? あの魔王、
愛しいアメリアちゃんの為に―》
ドォオオオオオオオオ—―!
若き魔王クルドの斧は、赤き魔女の神聖文字を解放した。傲慢の魔女ウルズは、爆炎に包まれていく。
聖神フィリスが動いた。飛空船カーディナルの星間転移・魔導砲も、聖神の魔力を解放。徐々に高度を下げていく、飛空船から白い光が西へ放たれた。
聖神フィリスの極星魔術、火炎魔術―聖なる火。
聖神の願いを叶える為……飛空船カーディナルは、最後の力を使って、今の高度を維持している。
そこに、赤き魔女の極界魔術、火炎魔術が放たれた。
『白き霧よ、私の炎よ!
飛空船カーディナル、
星間転移・魔導砲を吹き飛ばせ!!』
聖神の火炎魔術と赤き魔女の火炎魔術。極星魔術と極界魔術、二つの最強の魔術がぶつかりあい……首都バレルは光に包まれた。
飛空船カーディナルは、赤き魔女の炎に包まれて……巨大な魔導砲の光も、数秒後に消え失せた。
赤き魔女は落ちている。魔力を大量に消費して、気絶している。誰かの助けがなければ、白い霧に喰われてしまう。
飛空船の真下は、元老院議事堂。
今は封鎖ではなく、赤き魔女の大切な仲間たちが占領していた。軍国の国民にとって……灯台下暗しである。
「お前ら、ここで失敗するなよ!
荒野のオークの意地を見せろ!」
若き魔王クルドは、赤き魔女から神聖文字を授かっている。神聖文字に集中すれば、赤き魔女がどこにいるのか……だいたいイメージできた。
あとは、タイミング。
魔女の落下速度が速い。先に飛び降りて、火炎魔術を行使しないと……若き魔王は、議事堂のバルコニーから飛び降りた。
若き魔王は炎鬼となり、魔女の神聖文字を解放。
赤き魔女の炎が、元老院議事堂を燃やしながら、上空へ昇っていった。炎は、赤き魔女のもとへ帰り、魔女と魔王の落下速度を減少させた。
爆炎に包まれた若き魔王は、空中で……何とか、赤き魔女を受け止めた。
赤き魔女の落下速度が速かった為、二人とも無傷では済まない。この時、赤き魔女を庇った為、若き魔王の左肩は脱臼した。左の鎖骨や肋骨が折れ、左手の指も数本折れた。それでも、彼は赤き魔女を離さない。
骨は折れなかったけど、魔女の肋骨にひびが入った。地面が近づいてくる。爆炎により、落下速度は減少したけど……まだ速い。
元老院議事堂を、ぐるっと囲む様に陣取った荒野のオーク。大勢の魔術師たちが、一斉に岩石魔術を行使した。元老院議事堂は傾き……。
砂と岩になって崩れていく。大量の砂が、空中に舞った。
ドボン……風が、砂を吹き飛ばしていく。元老院議事堂の床だった所に、大きな穴が開いている。地下には貯水槽があり、水深は深く……貯水槽の底は、真っ暗で見えなかった。
軍国フォーロンドの首都バレルで……。
飛空船カーディナルは墜落した。元老院議事堂やその周辺の建物を巻き込んで……首都の中心部は、炎の海と化している。
炎の中で……片腕の人形が、ゆっくり立ち上がった。
右腕はないけど、火傷を負ってもいなかった。血の代わりに……右肩から黒い瘴気が噴き出している。
《霧の龍、おいで……。
ここには、たくさんの魂がある。
好きなだけ、食べていいよ。》
ドン……ドォン! ドォン! 魂を惑わす紫の瞳、最初の人形が呟くと……首都の地下から鈍い音が聞こえてきた。
その音は次第に大きくなり、大地が揺れ始めた。傲慢の魔女ウルズは、女神の分体ルーンに語りかける。
《分体ちゃん、私だって、
嘘をつきたくないんだよ?
だから、言ったことは守る。
でも、まだ間に合うよ?
霧の龍を止めて欲しかったら、
私のもとへきなさい。》
ドォオオオオオォォォ—―!
巨大な漆黒の龍ウロボロス。女神の夢の中にいた、もう一匹の霧の龍が……地中から現れた。周囲の建物を巻き込んで……再び、地中に潜っていく。
軍国フォーロンドに、2匹の霧の龍が存在している。傲慢の魔女ウルズは、飛空船カーディナルに乗っていた者、神官たちを全員殺した。
神官たちを犠牲にして、もう一匹の漆黒の龍を呼んだのだ。
漆黒の龍は、黒い瘴気があれば、どこにでも現れる。例え、女神の夢の世界であっても……遠く離れた、他の惑星であっても。
傲慢の魔女は、“悪魔の大厄災”を何度か起こしている。漆黒の龍を必ず呼んだ。傲慢の魔女のお気に入り。とても素直だから……霧の龍は、命令通り行動する。食べろと言えば、何も無くなるまで、食べ続ける。
とても素直で、神出鬼没。《この龍も、もとは異界の住人……異界、天国。新しい女神になる為に……異界を越えて、天国に辿り着く。》
傲慢の魔女ウルズは、霧の中に隠れている母に語りかけた。
《母さん、全て……貴方が悪い。
貴方が、白い霧を創ったから。
異界の住人を、悪魔へと変貌させたから。
堕落神や霧の人形を……。
分体すら創ったのに、自分だけ隠れている。
この世界の終末を、
自分だけ逃れるつもり?
そんなこと……絶対に許さない!
どんな手を使っても……。
地上に出てきてもらうよ?
霧の世界フォールは滅びる。
その時、傍にいてもらうから……。》
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