第13話『ミトラ司教は、女神の時の中を彷徨い……フィナ伯爵令嬢は、甘い夢から覚める。』【改訂版:Ⅱ】

 

 悪魔の女神は時を奪った。惑星フィリスの時を……ミトラ司教は、私の夢の世界に訪れる。フィナ伯爵令嬢は目覚め……精霊魔術を解放した。



「!? 転移魔術に失敗した?

 第六惑星……オーファンじゃない。」



 目が覚めた。


 金色の髪と赤いリボン。ミトラ司教は、体を起こして辺りを見渡す。



「軍国フォーロンド……。」



 司教は、狂信者デュレス・ヨハンを追いかけるつもりだった。天の門を利用して、第六惑星オーファンへ。



 狂信者は……蜘蛛の銃で殺した少女の魂―星の核をフィリスに転送する為、第六惑星オーファンへ向かったはず。オーファンの転移装置―騎士神の大剣は機能していないけど、魂や魔力は運べる状況だから。



「ここは、天の門の真下かな。

 

 赤き魔女の極界魔術でも、

 第六惑星へ行けないなんて……。」



 他の転移者―軍国を想う者たちも、同じ様にとばされ……地面の上で横になって眠っていた。彼ら、彼女らの真上には……白い雲しか見えない。


 恐らく、ここは軍国の西側にある街。ゴーストタウンと化していて、人の姿も見えなかった。あらゆる建物の表面が……なぜかとけている。


 特に屋根の損傷が激しい。どろどろにとけて穴が開き、冷たい風が建物の中に入り込んでいた。街の真ん中にある聖フィリス教会には、本来……シンボルとしての尖塔があるけど。



 今は、尖塔は無かった。



 黒い雲―黒い瘴気が、街を囲っているので、街の外は見えない。「黒い瘴気が、西の街まで……騎士神の槍は? 黒い瘴気を塞き止めていたのに……。」



 荒野の山脈、騎士神の槍(ロンバルト大陸最高峰)は、白い雲と黒い瘴気に隠され……見えなかった。「さて、どうしよう? 何とか、第六惑星へ行かないと。天の門と黒い瘴気の悪魔……時間は残っていない。皆、ごめんね。騙してしまって……フィナ、ジョン……御免なさい。」



 ミトラ司教は、岩石魔術を行使したかったけど、今の状況では……聖神に魔術反応を感知されて、皆に危険が及ぶ可能性が高い。


 

 司教はまず……通りに接している、建物の中へ。



 “エマの装飾店”。どろどろにとけている看板は、何とか読めた。金属で作られたキャンドルスタンド。高価なものが入っていたのか……施錠された棚のガラスは割れていて、今は何も入っていない。


 カウンターの後ろにある棚には、色鮮やかな布―織物やレース、フェルトなどがまだ残っていた。エマのお店には誰もいない。



 ミトラ司教は眼を閉じて……システムに集中した。お店から魔術反応はない。お店の奥は、居住スペースになっており、フィナお嬢様やミランダ、ミルヴァをソファまで運んだ。


 眠っているフィナお嬢様を抱えた時……微かに、魔術反応があった。「!?……フィナお嬢様、自分に? ごめんね、怖い思いをさせてしまって……。」



 男性陣は……申し訳ないが、重たくて運べない。エマのお店まで、何とか引きずった。執事のジョンやロベルト、クレストは、お店の壁にもたれかかっている。まだ起きない。


 フィナお嬢様が、自分を守る為に精霊魔術を行使している。微かに、魔術反応がある以上、何かで隠さないといけない……でないと、聖神に気づかれてしまう。



 司教は、エマのお店から離れて……ある程度距離をとって、司教の杖で神秘魔術を構成した。行使はできないと思うし、この星の神に祈るつもりはない。


 聖神の星の核の欠片が、青く光り輝いている。「私は気づかれるけど……皆は、隠せるはず。私だけ、天の門にとばされて、もう一度……赤き魔女の極界魔術が上回れば……。」



 しかし、天の門は、ミトラ司教をとばさなかった。天の門は上空にある……その感覚はあった。「でも……なにか、違う。まさか、起動していない!?」



 天の門は閉じられ、起動していなかった。



 魔女アメリアの極界魔術が、天の門の転移魔術を上回ったかどうかは分からない。天の門が閉じているので……ミトラ司教は、第六惑星オーファンへ行けない。


 

 閉じられた門を開けるには、聖神に祈るしかない。


 司教は聖神に祈るつもりはなく、聖神も裏切者に応えるはずがなかった。「あり得ない! だって、強制的に天の門にとばされた。天の門が起動していたから……私たちはここにいるのに!!」



 司教は、上空をぼーと眺めていた。「天の門の転移魔術。それに、赤き魔女が極界魔術で介入した。さらに……魔女の極界魔術に介入したものがいる? そんなこと、可能なの? 復活した堕落神の極星魔術なら可能かも……でも、封印されている聖神にできるとは思えない。」



「悪魔の女神? 

 母親なのに、娘を守らないの?」


 ドン!……ドン!……と鈍い音が聞こえてきた。この音は、聞いたことがある。荒野のオークと共に、荒野の山脈を越えた時……山脈の頂きから聞こえてきた。



 今は、街の地下から聞こえてくる。「!? 黒い瘴気の悪魔に気づかれた? 皆からもっと離れないと!」


 

 ミトラ司教は、青く光る杖を持って走り出した。


 向かう場所は決まっていない。ただ、街中を走り続けた。



【ザッ……発見……発見。】



「!? 今度は、なに!?」


 咄嗟に杖を構えた。建物の影から……小さな声で、神生紀の言葉が聞こえてくる。不思議なことに、人や魔物の声とも違う。杖を構えながら、建物の影へゆっくり近づいて……。



「!? 機械の蜘蛛!? 

 どうして、フィリスに!?」



 30cm程の機械の蜘蛛。


 オーファンの機械の蜘蛛は……体の半分がどろどろに熔けてしまい、小さなケーブルの様なものが中からはみ出ている。


 

 ミトラ司教は、機械の蜘蛛(小)に触れてみた。


 微かに魔術反応がある。機械の蜘蛛は、完全に壊れていなかった。機械の蜘蛛は、飛空船カーディナルの神聖文字を受け付けなくなって、動きを止めたはず。「?……ここで、なにがあったの? お願い、教えて……。」



 司教は、魔晶石に触れる様に……自分の魔力で触れる、精霊魔術の基礎を行った。



【ザッ……第六惑星オーファン。 

 転移……ザッ……。

 

 第三惑星……フィリス。

 計測……開始……3日経過。】



「転移してから、3日経ってる?

 オーファンの鉄槌が起こった直後?


 そんなはずないよ。

 

 

 転移装置が復活したのは、

 白い人形の少女を転移させた時だけ。

 

 それ以降は、

 まったく反応してなかったから。」



【ザッ……セントラル……。

 来訪者……消息不明。】



「来訪者。白い人形の少女……。

 少女の星の核は、どこにあるの?」



 ミトラ司教は見た。飛空船カーディナルのブリッジで……機械の蜘蛛の魔導銃で、白い人形の少女が亡くなる瞬間を。


 赤き魔女アメリアには、伝えていない。もし、魔女に伝えていれば……燃え滾る赤い眼のオーク。若き魔王クルドの言った通りになっていた。そう思う。



「死にたくなかったら、やめとけ。」


 

 魔女は怒りに身を任せ、憤怒の魔女となり……司教だけでなく、聖フィリス教国も滅ぼす。「ただ、怖くて……伝えられなかった。」


 白い人形の少女は、回復魔術を使わずに傷を治せる。でも、少女の魂―星の核が剥き出しになっている状態から……。「どうすれば治せるの? 極界魔術? 霧の人形でも、難しいはず……。」




 機械の蜘蛛は、ミトラ司教の問いに答えた。



【来訪者……星の核。


 第三惑星……。

 

 ザッ……フィリスの教会。】




 機械の蜘蛛は伝える。


 司教は大きな賭けにでて……何もできずに敗北したと。



「えっ!?

 そんな……間に合わなかった?」



 ドサッ……力が抜けた。足に力が入らず、その場に座り込んでしまった。コロコロと司教の杖が転がっていく。「遅すぎた? 飛空船の攻撃は祝砲? 聖神の復活を祝って……罪のない人々を虐殺している。そうだね……聖神も、悪魔の女神も……神様は皆、壊れている。弱き者を想う神様は……私たちの世界には存在しない。」



 

 ドォン!……ドォン! ドォオオオォォォ—―!


 

 何かが、地中から飛び出してきた。


 

 大きな、大きな蛇―霧の龍ウロボロス。龍の眼は紫に染まり、怪しく光っている。黒い霧を纏う漆黒の龍は、再び地中に潜り始めた。周辺の建物は巻き込まれ、深い穴の中へ落ちていく。


 機械の蜘蛛とミトラ司教の姿は、どこにもなかった……司教は落ちた。




 その時、悪魔の女神の声が聞こえてきた。



『白き霧よ、私の声を聞け。


 私は時を奪う。転移者たちよ、

 正しい道を見つけなさい。

 


 正しい道であれば、時は動き出す。

 夢から目覚め、大切なものを守りなさい。』




 ミトラ司教は再び、眼を覚ました。


 金色の髪と赤いリボン。司教は、体を起こして辺りを見渡す。他の転移者―軍国を想う者たちも、司教と同じようにとばされ、地面の上で眠っていた。


 彼らの上空には……巨大な門、回転する銀の輪があった。恐らく、軍国の西側にある街。ゴーストタウンと化していて、人の姿も見えない。



 街の真ん中にある聖フィリス教会には、シンボルとしての尖塔がある。荒野の山脈、騎士神の槍(ロンバルト大陸最高峰)は、一部が崩れてしまっているけど……まだ、崩落していなかった。


 

 世界が明らかに変わっている。


 司教は戸惑った「私……今、死んだはず!? 漆黒の龍に襲われて……いったい、どうなってるの!? 黒い瘴気が消えて……街の状態が変わった!? それに、あの声はだれ!?」



「あの声が……悪魔の女神!?」



 司教は、女神の言葉を心の中で暗唱した。「落ち着け、私……私は時を奪う。転移者たちよ、正しい道を見つけなさい。正しい道であれば、時は動き出す。夢から目覚め、大切なものを守りなさい……。」

 


「私は時を奪う。転移者たちよ。

 正しい道を見つけなさい。


 正しい道であれば、時は動き出す。

 夢から目覚め、大切なものを守りなさい……。」



 司教は落ち着かせる為に、何度か深呼吸した後……もう一度、辺りを見渡した。




 30cm程の機械の蜘蛛。


 ガチャ、ガチャ……1匹の機械の蜘蛛。きかぐも(小)が、ガチャガチャと歩いてきた。8個の機械の眼と司教の眼があう。「!?……落ち着いて、私……悪魔の女神が、私に好機をお与えになったのなら……生かせばいい。」



「蜘蛛、助けて。

 今……すごく困っているの。」



【!?……遭遇! 遭遇! 

 セントラル、来訪者……消息不明。】




「………………。

 蜘蛛、今……計測している? 

 

 計測しているのなら、何日経った?」



【?……計測中。

 現在……計測中……日数―0。】



 ミトラ司教は、何とか自分を落ち着かせた。「!? 日数、0!?……私、お願いだから、落ち着いて……ということは、この機械の蜘蛛は、今、フィリスに来たところ? 私が死んだ世界は、3日経ってた。今なら、まだ間に合うかも……。」



「来訪者、白い人形の少女。

 

 少女の星の核は、

 今……どこにあるの?」



【来訪者、セントラル……消息不明。】



「消息不明?……どこにあるのか、

 分からないってこと?


 まだ、第六惑星にあるの?」



【来訪者……第三惑星。


 異界の門―転移。

 セントラルが行使。】



「!? 待って、お願いだから。

 待って……。


 セントラルは、

 鉄の施設の名前でしょう? 


 どうして、施設自体が、

 魔術を行使するの?」



【セントラル……。

 オーファンシステム―セントラル。


 来訪者、封印―解放。】




「……白い人形の少女が解放した?」



 白い人形の少女が、セントラルの封印を解いた。


 重要なことは、蜘蛛の銃に撃たれた後に……解放したということ。「あの状態からでも、治した?……いや、今なら信じることができそう。私も、さっき死んだ。」



 悪魔の女神、唯一の脅威度Sランク。「今……私に、好機をお与えになった。悪魔の女神様。聖神と一緒にしてしまったことを……お許し下さい。今は、どうかお力を……。」



【!?……感知! 感知! 

 フィリス、転移装置―起動!】



「!? このタイミングで? 

 なにが、聖なる神よ……地獄に落ちろ。」



 上空にある巨大な銀の輪―天の門。


 天の門による転移魔術が行使された。強制的に星の外へ。今度は……赤き魔女の極界魔術でも上回れなかった。




 司教は、再び目が覚めた。「不味い。これが続いたら……魂がもたない。」


 司教が、ゆっくり体を起こすと……眼の前に、機械の蜘蛛(小)がいた。「どうすればいい? 早く、なにか手を打たないと……天の門にとばされる。」



【………………。】



「………………。

 蜘蛛、何で動いてるの?


 飛空船カーディナルの神聖文字を、

 受け付けなくなって……動かなくなったはず。」



【……来訪者、

 フィリス・オーファンシステムを保有。


 セントラル、システムを再構築―

 蜘蛛、起動。】



「セントラルが、蜘蛛を動かした。

 白い人形、少女のシステムを使って……。

 


 システムは、再構築されて……。


 機械の蜘蛛は、オーファンのシステムで、

 動いているんだよね?」



【再構築中……。

 オーファンシステム、損傷。


 修復中―完了……不明。】



「……………。

 

 オーファンシステムを使えれば……。

 聖神に気づかれない。」



 オーファンのシステムを用いて、魔術を行使できれば……オーファンのシステムに属していない者―聖神は、システム内で起こる反応に気づけない。



 でも、司教たちは、フィリスのシステムに属している。


 フィリス・システムを完全に遮断しないと意味がない。「完全な遮断、魔術の否定。精霊魔術に秀でている者がいないと……クレストやミルヴァに頼むしかない。もし、無理なら……女神の夢は、永遠に終わらない。」



 回転する銀の輪―天の門が起動した。


 そして、再び目を覚ます。これの繰り返し……既に、何回死亡したか忘れてしまった。他の転移者は、まったく起きない。頬を叩いてもだめ。


 軍国を想う者たちは、司教と同じ様にとばされ、地面の上で眠り続けている。「起きてよ。どうして……起きないの?」



【報告! 報告! 精霊魔術……感知!】



「えっ? フィナお嬢様?」



 機械の蜘蛛が、前足で……フィナお嬢様の右手に触れていた。「……フィナお嬢様も、精霊魔術を行使できる。ああ、そうだ……赤き魔女から、頼まれたことがあったのに……。」


 何回も死んで忘れていた。赤き魔女アメリアの言葉……司教は、眠っているフィナお嬢様に語りかけた。



「フィナお嬢様、

 赤き魔女は……私に言いました。



『必ず、あの男を殺して。

 飛空船は、私が何とかする』



 あの男を止めれば……赤き魔女が、

 飛空船カーディナルを破壊してくれます。

 


 首都バレルは救われます。

 


 だから、今すぐ起きて……。

 私を助けて下さい。



 もうこれ以上は……。」



 ドサッ……司教は、精神的な疲労から倒れてしまった。フィナお嬢様に覆いかぶさっている。機械の蜘蛛が警告した。



【感知! 感知! 

 フィリス、転移装置―起動!】



「お、重い……。

 !? なっ、ミトラ! 


 重いってば、離れてよ! 



 !?……あれが、天の門? 



 異界の門に似せるなんて、

 恐れ多いことを……。」

 


 ミトラ司教が眠ると、フィナお嬢様が眼を覚ました。


 空を見上げているので……上空にある巨大な門、天の門がよく見えた。今、まさに起動しようとしている。



「!? まずい! 


 白き霧の中にいる、精霊たちよ、 

 私に力を貸して!」



 フィナお嬢様は、精霊魔術を構成……司教の杖―聖神の星の核の欠片は使えない。自分自身にかけていた、精霊魔術の糸を解放した。



 精霊魔術の解放。


 フィナお嬢様の体がぼんやりして……精霊の様に淡く光っている。


 軍国の伯爵令嬢から、無数の魔法の糸が生まれて、他の転移者を包み込んでいく。魔術師たちは、必ず魔晶石を携帯している。近くにいた鉄の蜘蛛も巻き込まれた。



 上空にある巨大な門、天の門が起動した。


 皆の体が浮いて、ばらばらと崩れていく。天の門の真下にいるので……あっと言う間に、全て崩れてしまった。


 

 フィナお嬢様は、ぼんやり浮かんでいる。機械の蜘蛛の眼と伯爵令嬢の眼があった。不思議なものを見る様に……じーと見つめられていた。



「!? 蜘蛛は、影響を受けない!? 


 精霊たちよ、私たちと蜘蛛を結んで!

 離れない様に一つに!」


 

 天の門による転移魔術は否定された。淡く光る精霊によって……。


 フィリス・システムは遮断されて……軍国を想う者たちは、機械の蜘蛛が属しているシステム、再構築中のオーファン・システムに属することになった。




 悪魔の女神は、深い眠りに落ちそうになっている。『もう、そろそろ限界。恐らく……次が最後。自分の意思で行使する……最後の魔術になる。最後まで……見守ろう。愛しいノルンにとって……大切な仲間たちを。』



 ドサッ……ガチャ……ドスッ。軍国を想う者たちが、戻ってきた。



「!? 痛い。

 転移魔術……失敗したの?」



「ミランダ、たぶん……成功だ。

 まだ、死んでない。」



 ミランダとロベルト。二人は声をかけあって、起き上がっている。クレストも……弟子のミルヴァに、手を差し伸べていた。


 ミトラ司教だけは、眼を覚まさなかった。転移魔術の行使。本来ならできないことを……無理にしたことにより、精神的な疲労から眠りに落ちてしまった。



 執事のジョンは、ただ見つめている。淡く光る精霊が……自分の娘の様に愛してやまない、伯爵令嬢になっていくのを。



「あ~、もう、しんどいな。

 流石に無茶だったかな。」



「……ええ、フィナお嬢様。

 危険な行為です。」



「!? ジョン……起きたの? 皆も……。」



 フィナお嬢様は困った。「不味い。見られた……どうしよう?」


 フィナは、言いつけを守れない未熟な悪魔。「6年もかかったけど、誰も殺さず……たぶん、誰にも気づかれずに、伯爵令嬢になったのに。ばれたのなら……ここで終わり。」



 赤き魔女アメリアの言葉が蘇ってくる。


『悪いけど……。

 ここでの生活は、長く続かない。


 首都バレルは、

 炎に包まれるから……。』



 フィナは思った。「アメリア様は正しい。私は悪魔。騙さない限り、人とは暮らせない……ここで別れて、青のお嬢様ノルン様を捜そう。アメリア様のもとへ……帰ればいい。」



「皆、御免なさい……今まで、騙してた。


 ジョン、本当にごめんなさい。

 もうこれ以上、迷惑は―」



「フィナお嬢様! 

 エルムッド伯爵は気づいておられます。」



「!?……えっ!? なら、なんで―」




「6年前、精霊魔術に秀でた者を雇いました。

 

 もし、その者が、伯爵家に害をなすのであれば……その場で、斬首。或いは、捕縛し……首都警備隊が、連行することになったでしょう。



 ですが、その者は、いつわりの仮面を被っていただけです。害をなすどころか……我々に有益な情報をもたらしてくれました。


 伯爵夫人の寵愛を受けたこと。それが決めてとなり……その者は、私たちにとって、大切な家族になったのです。」



「……………。」



「我々は、その者に謝らなければいけません。


 オーファンの鉄槌が起こり……我々は不安に駆られ、その者を疑った。今回の出来事に、関わっているのではないかと。その為、屋敷に閉じ込めたのです。



 首都バレルから、無理やりでも避難させなかった。


 伯爵令嬢を……あり得ないことです。




 嫌な予感は当たり……魔女と魔王が現れました。


 もし、あの時……その者が喜んで、魔女に協力していたのであれば……我々は、その者を捨てたでしょう。でも、そうならなかった。


 その者は、首都バレルの為に諦めなかった。今でもそうです。」



「……でも、私は悪魔―」



「フィナお嬢様! 私は言いました。あの様な者たちには、関わってはいけないと……くれぐれもご自愛くださいと。



 貴方は、悪魔ではない!


 魔女の問いに対して、答えることができなかった。魔女に仕えるものなら、即答したでしょう。それが、答えではありませんか? 


 

 貴方は迷ったのです。人の様に……。」



「ジョン、でも……私―」



「貴方は、精霊です!

 悪魔では、決してない!


 それは……間違いありません。」



「!?……。

 ジョン……ごめんなさい。」



 白髪の執事ジョンは、フィナお嬢様を優しく抱きしめている。いつばれるか分からない。フィナお嬢様に溜まっていた、感情が爆発した。


 執事は……父親の代わりに、泣き叫ぶ娘をしっかりと支えている。


 


 悪魔の女神の極界魔術。


 時の魔術……転移者たちは、正しい道を選んだ。時は動き始めた。ミトラ司教の大きな賭け。彼女だけ、目を覚ましていないけど……まだ、負けていない。


 天の門の転移魔術を打ち消し。ノルンがいる場所に辿り着いた。だけど……あの男、狂信者も黙ってはいない。




 ドォオオオォォォ—―! 


 大きな、大きな蛇。霧の龍ウロボロス。地中から姿を現し……何かを追っている。再び、地中に潜っていく。


 軍国を想う者たちは、再構築中のオーファン・システムに属している為……その存在を感知することができた。システム―セントラル。白く美しい狼が、霧の龍から逃げ続けている。



 白き狼のお腹に、白い人形が……。


 赤き魔女アメリアとデュレス・ヨハン枢機卿が追い求めた、白き人形ノルン。私の愛しい娘は……白き狼のお腹の中で眠っていた。

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