第12話『終焉のsevendays……4日目。ミトラ司教の大きな賭け。悪魔の女神は時を奪い、夢の世界を創る。』【改訂版:Ⅱ】


 悪魔の女神は、時の魔術を行使する。私は認めない。正気を失うことになっても、絶対に認めない。愛しいノルンが、亡くなる……その時を否定する。


 白い霧が、私に教える。その時がきたと……さあ、時を否定しよう。




 ここは惑星フィリス。軍国フォーロンドの首都バレル。


 エルムッド伯爵家の馬車は駆けている。炎と煙―人々が逃げ惑う中……伯爵の執事ジョンは、巧みに馬を操っていた。難民を避けながら駆け抜けていく。



 伯爵家の執事ジョン―伯爵の盟友は……若い頃に雇われ、エルムッド伯爵が、ロンバルト大陸中を旅した時も付き従った。


 冒険には危険がつきもの。北の広大な森林地帯では魔晶の木に捕まり、2日間木の上で過ごした。南の商業連邦国家―エルミスト州では……ジョンの有り金を全て、船のレースに賭けることになってしまった。


 数十の帆船を持ち、交易で名を馳せた―エルミストのフォーチュン家。エルムッド伯爵とその名家の娘の喧嘩に巻き込まれて……今でも、年老いた魔術師クレストに笑われている。


 執事ジョンの記憶では……笑う魔術師クレストも、主人である名家の娘に、自分の有り金を全て賭けさせられていたと思うのだが……。



 パーティを組み、ロンバルト大陸の東の海。海の魔物が殆ど生息していない―“女神の祝福”で、奇跡的に海の魔物に襲われたり……。


 荒野の山脈の麓―木こりや狩人の小さな村では、山の魔物、脅威度Dランク魔物の退治を依頼されたこともある。


 伯爵の執事にとって……大切な良い思い出だ。



 今回のこれは……どれ程月日が流れても、笑えないだろう。上空に鎮座している飛空船カーディナルに……飛空船を操縦するものに慈悲はない。


 けたたましいサイレンが鳴り響いた後に、無数の魔導砲が発射された。難民が多く集まる首都バレルに向かって……。



 ドォン! ドォドドドドドドド—―! 炎と煙―首都バレルの至る所から、黒煙が昇っている。傷ついた人々は、東西南北にある首都の城門に向かい……4つの城門には、人だまりができていた。



 そこに……容赦なく魔導砲の弾が撃ち込まれたのだ。


 全ての城門は半壊し、門を開けることもできない。人々は……心のない、慈悲のない悪魔―飛空船カーディナルによって閉じ込められてしまった。


 

 西から逃げてきた人々に、飛空船カーディナルや傲慢の魔女ウルズに抵抗する力はもう残っていない。皆……建物の影に隠れ、その時を静かに待っている。灼熱の炎が全てを焼いていく。傷ついた人々でさえ……。


 悪魔の女神の娘、長女ウルズは操られている。七つの大罪の一つ、“傲慢”に手を伸ばしたから……。




「フィナお嬢様、今からどこに?」


 赤いリボンと金色の髪―ミトラ司教は……眼の前に座って、俯いている少女に優しく話しかけた。


 栗色の髪の少女は泣きすぎて……眼が真っ赤。「飛空船を破壊する!」と、封鎖されている元老院議事堂に向かうと言い始めたので……司教と執事が何とか説得した。



 白髪の執事ジョンが、自分の命を懸けて説得しなかったら……フィナお嬢様は、バレルから逃げようとしなかった。


 ミトラ司教の横には、大きな茶色の袋が置いてある。大小さまざまな魔晶石―全て上級魔晶石。ミトラ司教は、二人にある提案をしていた。


 司教の大きな賭け、二人を騙してしまうことになる。



 ミトラ司教は、馬車の窓から西の空を見た。


 西の空は、白い雲と黒い瘴気しか見えなかった。だけど、何か感じる。今まで仕えてきたから分かる。この感覚は聖神フィリス。我が主……だったもの。「今まで……どうして、仕えていたの? 人々を無残に殺す堕落した神に……。」



 聖フィリス大陸の聖域には、聖神の転移装置がある。


 フィリスの転移装置―“天の門”。飛空船カーディナルと同じ様に、フィリスの星間循環システムによって動く。天の門が現れると、地上は地獄と化す。聖神に捕まれば……あらゆる物は浮かび上がり、強制的に転移させられる。


 惑星フィリス、星の外へ。



 飛空船カーディナルは、“星間転移・魔導砲”を起動した。この魔導砲には弾はない。聖神の魔力が圧縮して放たれ……聖神の光、魔力を浴びたものは、全て聖神に捕まる。


 天の門も、飛空船も、星間転移・魔導砲も……聖神が許可しなければ起動できない。保有者は、聖神フィリスだから。



 聖神はもう救えない。それ程までに堕落している。それでも、この星が、聖神の依り代であることは変わらない。




 ミトラ司教は、間違っていた。


 聖神フィリスは堕落している。「でも……魂のどこかで。まだ、聖神を信じている。きっとどこかに……聖神フィリスを救うことができる、“奇跡”があると……まだ信じている。」



 星間転移・魔導砲は、まだ発射されていない。フィリス・システムから、魔力が供給され続け……巨大な魔導砲は白く光り輝いている。


 ミトラ司教の声かけに対して、フィナ伯爵令嬢が小さな声で答えた。



「……………。

 冒険者ギルド、名前は忘れたわ。


 あいつらだったら……。

 まだ、バレルから逃げてないと思う。


 他に行く所もないだろうし。

 生きていたらだけど……。」



「きっと、生きておられますよ。 

 魔導砲……止まりましたね。」



「苦しめて、ゆっくり殺したいのよ。

 人々が苦しんで、泣いている姿を見て……。


 笑ってる。見下ろして、馬鹿にしている。

 絶対に赦さない……。」



 無数の魔導砲が止まり……人々の泣き叫ぶ声が聞こえてきた。絶望の中でも、人々は助け合っている。聖フィリス教の神官。彼にも信じるものがある……最後まで、傷ついている者を治療し続けていた。


 フィナ伯爵令嬢は、赤き魔女の言葉を思い出していた。



『……………。

 

 枢機卿を見つけて。死の雨が降る前に、

 見つけることができれば……。

 

 首都バレルは救われるかもね。』



 フィナ伯爵令嬢の瞳から、涙が零れ落ちる。『アメリア様……まだ、死の雨は降っていませんよ? あの忌々しい飛空船を破壊して下さいよ。破壊しないのは、ウルズ様がおられるからですか? アメリア様のうそつき……。』


 伯爵令嬢が涙を拭いていたら、馬車が急停止した。



「お嬢様、ギルドに到着しました! 

 すぐに降りて下さい!」



 手綱を握っていた執事ジョンは叫んだ。「今はとにかく、急がないといけない。エルムッド伯爵がおられる……バレルの東へ、臨時首都スクードへ。何としても、フィナお嬢様を……。」


 エルムッド伯爵のもとへ。




 悪魔の女神は、色んな魂を見る。白い霧が運んでくる……死が近づいた時、人や魔物の魂は力強く光り輝く。



 冒険者ギルド―“樽飲み酔いどれ亭”。


 冒険者ギルドの中にいたのは……数人。3人の冒険者とギルドのマスターだけ。彼らは……親しみのある場所で、苦楽を共にしてきた仲間と最後の杯を交わしていた。


 受け付けに立っていた男―酔いどれ亭のギルドマスターは身構えたが、白髪の執事と栗色の髪の少女を見た瞬間……受け付けから飛び出してきた。


「!? おい、ジョン! 

 どういうことだ? 


 どうして、フィナお嬢様が?!」



「クレスト、済まん。

 後で、お前の説教は聞いてやる。


 今は力を貸してくれ。」



 ゴトッ……馬車に積んであったもの。


 大小さまざまな魔晶石が、受付の上に置かれた。



「お前は……転移魔術を行使できるだろう? 

 臨時首都スクードに行けとは言わない。


 フィナお嬢様を……バレルの外へ、頼む。」



「!?……無茶を言うなよ!? 

 いつの話を言ってんだ! 


 もう、転移魔術は使えねえよ!。」




「クレストさん、私はミトラと申します。

 転移魔術を、構成することもできませんか?」



「……………。 

 教会の司教か? どうして、一緒にいる?」



「赤き魔女の意思です。

 私の役目を果たせと……。」



「……………。

 じゃあ、あんたか? 

 

 荒野のオークの人質になった神官。



 赤き魔女は、本当にいるのか? 

 バレルは、こうなっちまったが……。


 今でも信じられん。」



 司教と執事、ギルドマスターは、受付で話を始めた。



 

 黒髪の女性は、お酒を飲むのをやめて……栗色の髪のフィナお嬢様に近づく。


 ミランダ・フォーチュン。レイピアの使い手。黒い瞳、黒髪は肩にかかるぐらい。歳は20代後半ぐらいだろうか。


 現在、エルミストのフォーチュン家から、家出中……。



『フィナお嬢様……また、泣いたんですか?』


「うるさい……。

 ミランダ、どうして逃げないの?」



『………………。

 たぶん、フィナお嬢様と同じですよ?


 逃げたくなかったからです。

 ここは、私たちの大切な場所ですから。』



「………………。」


『お嬢様、大丈夫です……。

 何とかなりますよ。』



「フィナお嬢様、ロベルトです。

 首都警備隊に保護を求めては? 


 今からでも、遅くないはずです。」



 彼は、ロベルト・フィルド。


 大剣の使い手。黒い眼は眼光鋭く、威圧する。黒髪で短髪。歳は36歳。慎重な性格で、考え抜いてから行動するタイプ。前のめりになりやすい、ミランダをよく説教していた……フィナ伯爵令嬢が答えた。



「警備隊の邪魔はしたくない。

 私を逃がす為に、作戦を中断させて……。


 あの飛空船を落とせなくなったら……。

 後で、自殺してしまうわ。」



「……………。

 クレスト爺さんの魔術、見たことありますか? 


 昔は魔術師だったかも知れない。

 でも、今はただの飲んだくれですよ? 


 なあ、ミルヴァ?」



『……師匠の悪口は言えません。』



 一人だけ椅子に座って、ちびちびとお酒を飲んでいる。彼女を見ると、お酒を飲んでも大丈夫?と思うので……歳は、フィナお嬢様と同じくらいかもしれない。


 ミルヴァ・カ―ネル。魔術師。ギルドマスタークレストの弟子。黒い瞳、黒髪は長く、腰まであり……緑の葉っぱが刺繍された、薄い赤いローブを着ている。


 彼女は俯いているので、顔は良く見えない。彼女の声は小さいので、耳を傾けてあげる必要がある。



 冒険者ギルドの受付では、ミトラ司教が頼んでいた。



「クレストさん、時間は残されていません。

 ……お願いします。」



 “樽飲み酔いどれ亭”のギルドマスター、クレスト・ホフマン。


 魔術師。ミルヴァの師匠。エルムッド伯爵の盟友であり、今でも数十の帆船を持ち、交易で名を馳せた―エルミストのフォーチュン家に仕えている。


 主人だったものは、既に亡くなっているけど……主人の孫ミランダが家出した時、一緒についていくことになった。


 荒野の山脈での功績―山の魔物の退治や……伯爵の口添えもあり、軍国の首都バレルで冒険者ギルドのマスターとなる。


 首都バレルには、クレストを含めて10名のギルドマスターがいるけど……残念ながら、登録している冒険者の数は最下位だった。“樽飲み酔いどれ亭”―冒険者ギルドというより、酒場として機能し過ぎていた。


 マスターのクレストが、弟子に声をかけた。



「ミルヴァ! 今日の調子はどうだ?」


『……50%ぐらいです。』



「……………。

 ミトラさん、天の門は本当にあるのか? 


 無かったら、全員死ぬぞ? 

 ここにいれば、まだ戦えるかもしれない。


 ……転移魔術の失敗で―」



「西の空に、白い雲の中にあるはずです。

 

 飛空船カーディナルが、攻撃を始めたのも、

 ……首都バレルに眼を向けさせるため。


 

 デュレス枢機卿は、目的を果たすためなら、

 全てを犠牲にします。」



 マスターのクレストは、短い白い髭を触りながら呟く……。


 ミトラ司教はたたみかけた。



「枢機卿の目的は、聖神フィリスの復活。」



「堕落神オーファンは、復活しました。

 そして、オーファンの鉄槌が起こった。

 

 もう、これ以上の犠牲は……。

 必要ありません。


 

 お願いです。

 クレストさん、助けて下さい。」




「……………。

 分かった、だけどな……。


 失敗しても恨むなよ?」



「ああ……クレスト、恩に着る。」


 伯爵の執事ジョンが答え……彼ら、彼女らはテーブルと椅子を隅に運んだ。酒場の真ん中に、魔晶石が入った大きな茶色の袋が置かれている。



「成功してから言え……。

 

 ミルヴァ、よく聞け。

 転移魔術を構成するだけでいい。


 絶対に行使するな。」



『師匠、安心して下さい。

 私、転移魔術……。


 まだ行使できないので……。』



「構成が終わったら……。

 後は、ミトラさんに任せる。


 すぐに、システムから手を放せ。

 分かったな?」



『……分かりました。』



 そう、これは……ミトラ司教の提案。


 大きな賭け。ミトラ司教は、転移魔術を行使できない。システムを用いて、空間認識に秀でた者だけが行使できる―“転移の才”。


 ミトラ司教には、その才能はない。ミルヴァはまだ若く……クレストは高齢で、転移魔術の行使には不十分だった。



 だから、狂信者デュレス・ヨハンが呼んだはずの……天の門を利用することにした。クレストとミルヴァが、転移魔術を構成する。


 大小さまざまな魔晶石が青く光り輝く。ミトラ司教は、右手を伸ばした……司教の杖を握っている。司教の杖には、聖神の星の核の欠片がある。


 つまり、この杖は聖神のもの。。「聖神は……私をどこに転移させる? 裏切者は……星の外かな。」



 大小さまざまな魔晶石が青く光り、空中に浮かび始めた。魔力を消費し、ばらばらと崩れていく。「やっぱり、何かある……西の空に……回転する銀の輪?」



 回転する銀の輪―異界の門。


 これは、女神の門に似せて創られたもの。惑星フィリスの転移装置―天の門。



 天の門は西の空にあった。確かに、白い雲の中に存在している。天の門による転移が始まった。ミトラ司教の体も少し浮き……手足から、魔晶石の様にばらばらと崩れていく。「……確信は持てなかった。天の門がある。それが分かっただけでも、意味はあったでしょう? 赤き魔女さん?」




『……私は、貴方に、

 役目を果たしてと言ったのよ? 


 ここで、死ぬつもり?』


 

 悪魔の女神は、娘の声を聞いた。


 赤き魔女アメリア。ミトラ司教の首に、魔法の糸がくっ付いている。見えなくなっていたけど……再び姿を現した。魔女アメリアの糸は、ミトラ司教の思いを伝え……赤き魔女の声も届けた。



「私は……あの男を止めたい。 

 魔女さん、貴方の助けが必要です。



 天の門による転移を……止めてはいけません。

 

 転移魔術で、上書きして下さい。

 ……貴方なら、可能です。」



『それで、あの男を止められるの?

 最後に、天の門に邪魔をされて―』



「ええ、邪魔をされるでしょう。

 だからこそ、天の門を利用しました。

 


 これは、私の大きな賭け。



 後は、女神次第です。

 母親なら、娘を守るでしょう。」




『………………。

 そう、分かった。


 貴方の賭け……ミトラ司教、気に入った。

 必ず、あの男を殺して……。



 飛空船は、私が何とかする。

 フィナに、そう伝えて。』



 ミトラ司教は……全て、ばらばらに崩れてしまった。酒場にいた者―6名も同じ様にばらばらと崩れていく。



『ええ、ミトラ司教……私はノルンを守る。』


 


 最後に、司教の杖も崩れ始めた。


 赤き魔女の魔法の糸が、聖神の星の核の欠片にくっ付いていた。赤き魔女は、悪魔の女神と白い霧に願った。



 赤き魔女アメリアの極界魔術。



『白き霧よ、我が声を伝えよ! 

 天の門よ、保有者である聖神の声を聞け!

 


 我らの母よ、女神の娘―ノルンを助け給え!

  


 聖神の魔の手から、我らを救い給え! 

 我らを、女神の娘―ノルンのもとへ!』




 天の門による転移魔術―強制的にある場所に転移させた。


 一つは首都バレルの上空、飛空船カーディナル。転移魔術に介入した、赤き魔女アメリアは上空に飛ばされた。


 天の門による転移魔術に、極界魔術を上乗せ。さらに、同時転移者は7名。落ちていく前に、転移魔術でとばないといけない。


 飛空船カーディナルの白い装甲の上に現れた。赤き魔女は、魔力を多量に消費して……何度も深呼吸を繰り返している。




《アメリアちゃん、面白いことするね。

 

 アメリアちゃんの考え?

 


 でも、お母さんに頼ってばかりは、

 まずいんじゃないかな~。》



 白い装甲の上に、霧の人形が立っている。


 魂も惑わす、紫の瞳の霧の人形―傲慢の魔女ウルズ。最初の人形は、飛空船の上から、首都バレルを見下ろしていた。微笑みながら……。


 首都バレルの炎は消えず、至る所から黒煙が昇っている。赤き魔女アメリアは、たった一人の姉に問う。



『………………。


 もし、ノルンの星の核が奪われて、

 聖神が復活したら……。


 どう責任を取るの?』



《それはない。

 

 だって、アメリアちゃんが、

 ノルンちゃんを守るでしょう? 

 

 えっ? もしかして、守れないの!? 

 あんなに―》



 ドォオオオオオオォォォ—―! 赤き魔女は、白い霧を爆炎に変えた。吹き飛ばされた鉄の装甲が、地面へ落下していく。


 これは転移魔術ではない。何もなかったかの様に、傲慢の魔女は話を続ける。



《あぶないな~、怪我するでしょう?


 アメリアちゃん、そんなに怒らないで。

 ウルズちゃん、こわ―》



 ドォオオオオオオォォォ—―! 爆炎に吹き飛ばされた、鉄の板が何枚も落ちていく。最初の人形は、霧を纏い始めた。白い霧ではなく、有害な黒い瘴気を……。



《もう、冗談なのに……。


 どう責任をとる? 

 もし……そうなったら、終末がくるだけ



 悪魔の女神は悲しみ、嘆き……。

 世界を滅ぼしましたとさ。



 おしまい。

 


 アメリアちゃんが、

 ずっと逃げてきたからだよ。


 もちろん、もう……逃げないよね?》




 天の門による転移魔術、もう一つは西の空へ。


 白い雲の中に天の門がある。転移者7名は……回転する銀の輪―天の門へ。このままだと、聖神フィリスの意思に従い、星の外へ飛ばされてしまう。


 

 悪魔の女神は、娘の声を聞いて……白き霧の奥深くから現れた。銀色の髪は長く、腰まで届いている。紐やリボンなどで纏めておらず……何もかも凍える、白い瞳を持つ。女神は、最強の魔術―極界魔術を行使した。



 愛しいノルンが殺される。この時がきたから……。


 その時を否定する為、惑星フィリスの時を奪った。惑星フィリスの時は大きく狂い、二つの異なる時を生む。


 

 一つは、“愛しいノルンが生きている、私が認める時”。


 一つは、“愛しいノルンが亡くなった、私が否定する時”。



 でも……それは、まだ先の話。



『白き霧よ、私の声を聞け。

 私は、時を奪う。


 

 転移者たちよ、正しい道を見つけなさい。

 正しい道であれば、時は動き出す。



 夢から目覚め、大切なものを守りなさい。』



 “死の雨”が、荒野の山脈に降り……黒い瘴気の中で、霧の龍ウロボロスが蠢いている。天の門は白き雲に隠され、悪魔の女神は時を奪った。荒野の山脈―騎士神の槍は、まだ崩落しない。


 決壊まで、残り3日……残り2日……悪魔の女神に、時が奪われていく。



『私は狂ってしまった。

 誰か、私の娘を助けて。



 あの子がいなくなったら、

 私は世界を壊してしまう。



 誰か、あの子を守って。

 あの子の中にいる……もう一人の私から。』



 そして、時は奪われた。


 奪われた時は、女神の夢の世界に運ばれた。聖痕の少女がいる女神の夢の中で……荒野の山脈―騎士神の槍は遂に崩落する。



 残り1日……残り0日。


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