第11話『恐怖の鬼ごっこ。白き人形が救うのは、聖神か? それとも、軍国か?』【改訂版:Ⅱ】

 

 悪魔の女神は認めない。愛しい娘ノルンが亡くなるのを。例え、世界が滅んだとしても……私は、ノルンから“聖痕の少女”を奪った。


 聖痕の少女を連れていき……私の夢の中へ隠した。ノルンを守る為に、聖痕の少女も守る為に……。



 白い霧が私に見せる。第六惑星オーファンを……セントラル3・B-1の鉄のシェルター。“システム・セントラルの制御室”が、霧の中に現れた。



『なにも起こらない。

 セントラルのうそつき、全然できないよ!?』



【……………。

 精霊魔術の基礎を行うことができない。


 となると……ノルン、残念ながら、

 魔術の素質がありません。】



 大きなモニター、幾つものディスプレイがあり……神生紀の文字が、画面の中を埋め尽くしている。


 モニターの前には、百前後の神生紀の文字―“キー(鍵)”が設置されていて……指でキーを押して、鉄の遺跡―“セントラル”に指示を出す。


 システム・セントラルの声―人の女性の声は、部屋中に響いており……ノルンが話しかけると、セントラルは優しく答えてくれた。


 

 青い瞳のノルンは、モニターの前の椅子に座っている。


 どうやら、システム・セントラルは……機械の蜘蛛以外に、話し相手ができたことが嬉しかったみたい。30㎝程の機械の蜘蛛たちは、制御室内で壊れている所がないか……ガチャガチャと前足を動かして点検している。



 ノルンは、自分の星の核に存在する、フィリスとオーファンの星間循環システムに触れていた。


 オーファン・システムの損傷は激しく、基本的な循環システムしか機能していない。ノルンの新しい先生―システム・セントラルによると……。



【騎士神が復活したことにより、

 転移装置も、一時的に復活しました。


 オーファンのシステムは、

 壊れていても……。


 転移装置自体は、

 使用できるものだと思われます。


 

 転移装置―“騎士神の大剣”に、

 正しい信号を送ることができれば、

 

 第三惑星フィリスに、帰還できるでしょう。】



 正しい信号を作るのは、システム・セントラル。


 システムを形作っている、神聖文字は膨大。自分自身のシステムでも……惑星をまるごと制御してしまう―オーファン・システム。その全てを解析して、正しい信号を作るには時間がかかる。


 制御室で、長期間滞在することが想定されていて……食料や水の代わりに、青いハチミツがあった。これは、人や魔物の魂を消化したもの。飲んでも、健康には害はない。


 人や魔物なら、道徳的な問題になるけど……惑星オーファンには、人や魔物はいない。機械と悪魔の子がいるだけ。青いハチミツ以外にもベッドなど、滞在する上で必要なものが揃っている。



 ノルンは、2日間不自由なく、機械の蜘蛛と仲良く過ごせていた。


 ただ、ノルンが心配していることがある。『聖ちゃん、どうして起きないの? 私のこと、怒っているの? 謝るよ……謝るから起きてよ。お願い、聖ちゃん。』


 再生の聖痕は、目覚めていない。聖痕の少女は、ノルンの夢の中にいない。悪魔の女神が、聖痕の少女を連れていったから……。



 最強の魔術、極界魔術―“再生の聖痕”。


 女神の極界魔術は、新たな命でさえ創り出す。ただ、女神でさえ……創れないものが、1つだけあった。人や魔物、あらゆるものに宿り、育まれるもの。そう、魂だ。


 なぜか、魂だけは創れなかった。白い霧から創ろうとすると、ばらばらと崩れて消えてしまう。創れないものは治せない。



 聖痕の少女は、今もなお苦しんでいる。聖痕の魂に刻まれた深い傷によって……。



『お母さん、どうして?……私を生んだの?

 

 ノルンが何も知らないのは、

 誰よりも弱くなったのは……全て私のせい、

 

 だから、私を消して。』



 人形の夢の中で、騎士神のシステムが牙をむいた時……。



『いや、失いたくない! 

 私は……死にたくない!』



『ノルン、あの子はそう言った。

 でも、あの子は弱すぎる。


 今のままだったら……。

 いつか私に喰われて、全てを失う。』




『こんなはずじゃなかった。

 

 ただ、動きたかっただけ、

 ただ知りたかっただけ……。

 


 私が、夢の世界が消えれば、

 あの子も死んでしまうかもしれない。』




『だけど、死ぬのは一度だけ。

 

 スキルや魔力が戻り、

 ノルンは霧の人形として蘇生できる。



 お母さん、お願いだから……。

 ノルンではなく、私を消してよ!』



 悪魔の女神は、聖痕の少女を……自分の夢の中に隠した。“女神の夢”は、霧のシステムによって形作られている。


 。白い霧は、女神が奪ったものを……忘れずに、女神の夢の中で記憶している。



 ノルンは、セントラル先生に……魔術について教えてもらっていた。霧の世界フォールの魔術は、女神の星間循環システムによって成り立っている。


 システムを利用する時に、魔晶石が必要となる。魔晶石を手に持っているだけでは、魔術を行使することはできない。魔晶石とシステムを繋げるのが……古代エルフ文明の魔術―精霊魔術の基礎。


 精霊魔術を得意とする者であれば、人や魔物を操ったり……システムに介入して、敵の魔術を消すことも可能。“自身の魔力で、魔晶石に触れる”―これが、精霊魔術の基礎で、消費するのではなくただ触れるだけ。


 自分の魔力を消費するのは、奥の手となり……魂が不安定になってしまう。自身の魔力で触れることができれば……星間循環システムが、魔晶石の魔力を感知。


 魔晶石の魔力を消費して、魔術を行使できる様になる。魔術の基礎の基礎。これができなければ、他の魔術を行使することはできないのだ。



 青い瞳の少女は、自分の魂・魔力である“星の核”に触れている。でも……何も起こらない。ノルンは、自分の意思では星の核の魔力を使えない。


 

 星の核は、ノルンを保有者だと認めていない。


 。青い瞳のノルンは、何もできない自分が大嫌いだったから……自分を信じることができていない。



 ノルンと聖痕の少女。二つの魔法の糸―白い糸と青い糸がこんがらがっている。悪魔の女神が、聖痕の少女を隠しても、二つの魔法の糸はこんがらがったまま……。


 

 すぐにこの状態を治そうと思ったら、糸を切るしかない。


 どちらかの糸を……聖痕の少女が、ノルンと入れ替わった時に、人形の体に魔力を戻そうとした。だけど、上手くいかなかった。


 ノルンの体が、魔力を受け付けなかったのは、星の核が拒否したから。星の核の保有者は、ノルンではなく、聖痕の少女だから。



 膨大な魔力は、ノルンの夢の中にある神聖文字に消費されている。


 聖痕の少女が……ノルンの夢の中にいない。これでは、システム・セントラルでも、ノルンが魔術を行使できない原因に気づけなかった。



『……………。 

 ひどくない? 


 私には星の核があって、

 魔力がいっぱいあるのに。


 魔術の素質がないの?」



【宝の持ち腐れですね。

 星の核と二つの循環システム。

 

 フィリスとオーファン・システムに、

 触れることはできているので……。


 別の方法を考えましょう。】



 ここで、セントラル先生から魔術について……。


 神生紀文明の基礎は、“上位魔術と下位魔術”。下位魔術は、電気や水の供給を調節したり、小型の機械―機械の蜘蛛(小)の内部センサーを動かしたりと……産業や生活の基盤となるもの。上位魔術は……以下の12種類に分けられている。



 ・異界の女神が現れる前―

  古代から、エルフが行使している“精霊魔術”。



 ・赤き魔女や堕落神イグニスが、

  得意とする“火炎魔術”。



 ・悪魔の女神が行使すれば、

  時空でさえ停止する“氷晶魔術”。



 ・神官たちが神生紀の声で祈り、

  奇跡を起こす“神秘魔術”。


 

 ・白い霧から生まれ、

  魂を狩る悪魔が行使する“混沌魔術”。


 

 ・システムを用いて、

  空間認識に秀でた者だけが行使する“転移魔術”。



 他にも……雷を呼ぶ“雷鳴魔術”、岩と砂を操る“岩石魔術”、魔晶の木を生む“森林魔術”、傷を癒し活性化させる“回復魔術”、逆に腐らせ不活性化させる“腐敗魔術”、システムから魂を呼ぶ“招魂魔術”がある。そして、上位魔術のさらに上に……。


 最強の魔術、“極星魔術”と“極界魔術”があった。



 ノルンが魔術を行使できる様になる、別の方法。システム・セントラルは……そのことに気づいていた。ノルンが行使できない、原因は分からなくても……。


 聖痕の少女は、夢の中にあるフィリス・システムと星の核を用いて……スキル・転移魔術―“異界の門”と、スキル・精霊魔術―“女神の魅了”を行使していた。


 

 ノルンの星の核は、ノルン自身を拒否している。


 つまり、使。聖痕の少女の様に、ノルンの夢の中に入る必要があるけど……。


 システム・セントラルは……躊躇しながら、ノルンに提案した。



【ノルンの代わりに、私が星の核に触れて

 ……精霊魔術の基礎を行いましょうか? 


 魔術を行使できるはずです。

 ですが……危険な行為ですので―】



『私でも、できる様になるの!? 

 いいよ、やってみて!』



【……………。

 ノルン、危険な行為ですよ?


 基礎と言っても……。

 精霊魔術は、危険な魔術です。

 

 対象を意のままに操る―

 使役させることもできます。



 心悪しき者が行使すれば……。

 

 禁忌を犯すことになり、

 罰せられ、死罪となるでしょう。】



『? セントラルは、

 心悪しきものじゃないでしょう?』



【……どうして、

 それが分かるのですか?】



『……………。

 だって、私を助けてくれたよ? 

 

 今だって、魔術のことを教えてくれているし、

 聖ちゃんと同じ様な感じがするからかな。』




【……………。


 ノルン、貴方には、

 危険感知能力がないと判断しました。


 危ないので、やめておきます。】



『なっ!? ひどい、なんで!? 

 注意するから―』



【それ以前の問題です。


 システムの解析には、

 まだ時間がかかりそうなので……。


 ノルン、勉強をしましょう。

 そうですね……まずは、道徳から。】



『え~、いいよ……私は魔術―。』



【ノルン、私を……。

 心悪しき機械にさせないで下さい。

 

 ノルンのことが心配で、心配で……。



 ノルンのフィリスのシステムを、

 勝手に用いて……。

 

 魔術を行使してしまいそうです。】



『……………。

 セントラル、やめてよ。冗談でしょう?』



【ノルン、勉強をしましょう。

 ……と言いたいのですが、


 邪魔が入りました。

 しつこいですね。】



 ピカッ、ピカッと赤いランプが、点滅し始めた。制御室が赤く染まっている。



『!?……どうしたの?』



【……すごく、嬉しそうなのは、

 気のせいですか?】



『気のせいだよ。なにがあったの?』



【飛空船カーディナルです。

 

 性懲りもなく……。

 また、文字を送ってきたようです。】



『飛空船? 文字を見せて。』



【……………。

 

 ノルン、貴方は全てに対して、

 興味を持ちすぎです。


 もう少し、自分のことを考えて―】



『セントラル! 文字を読むだけだよ。

 お願い、見せてよ。』



【……………。

 

 分かりました。

 私が、文字を読みます。



《……えっと、

 私の文字を遮断しているのは、誰かな? 


 たぶん、機械だと思うけど。


 よく読んでね。

 今すぐ、私の妹―ノルンを解放しなさい。



 解放しなければ、その遺跡を破壊する。

 フィリスの転移装置を起動するから。


 覚悟する様に……。

 破壊されるのが、嫌だったら……。


 今すぐ、妹と話をさせなさい。


 早い方がいいよ? もう転送するからね? 

 大きな山を……。》


 ……以上です。】



『……アメリアお姉ちゃんかな。 

 セントラル―』



【駄目です! 

 話をするなんて、危険です! 

  

 カーディナルの神聖文字を遮断しなければ、

 魔術を行使されるかもしれません。


 もう少し待って下さい、

 システムの解析が終われば―】



『フィリスの転移装置を起動するから、

 覚悟する様に……。


 待っていたら、悪くなるだけじゃない?』



【……………。

 

 文字を送ってきたのは、

 貴方を捕まえろと命令した……。


 飛空船カーディナルです。

 蜘蛛たちは、また操られるかもしれない。


 ……それでも、いいんですね?】



『良くないよ! 良くないけど……。

 このままじっとしているのも嫌! 


 セントラル、私のことが心配なら……。

 助けてよ。私の夢の世界に入れない?』



 また、ピカッ、ピカッと赤いランプが点滅し始めた。


 今度は、けたたましいサイレンが鳴り響く。



【巨大な魔力を感知。

 恐らく、フィリスの転移装置だと思われます。

 

 ……ノルン、分かりました。

 遮断せず……飛空船カーディナルと繋ぎます。】



 鉄のシェルター、セントラルの制御室に、聞いたことのない女性の声が届いた。赤き魔女アメリアではなく……最初の霧の人形だった。



《うん、かしこい。

 良い判断だよ。えっと、ノルンちゃん?


 私の声が聞こえる~?》



『うん、聞こえてる。貴方は誰?』



《あれ? お母さんから聞いてない? 

 

 あ~、もう……困ったな。

 誰なら、知ってるかな? 



 例えば、荒野にいた……。

 赤き魔女アメリアちゃんとか。


 あ、私のことだっけ? 

 私は、最初の霧の人形―魔女ウルズ。》



『一番上のお姉ちゃん?』



《そう! アメリアちゃんも、ノルンちゃんも

 ……可愛い妹。


 アメリアちゃんから、

 ノルンが攫われたって聞いてさ。


 私、怒って……。

 怒りすぎたかな。

 


 飛空船カーディナルの中にいたやつ、

 全員殺したよ。

 

 ……えっと、セントラル? 

 機械の子、調べてみて。


 本当だって分かるよ。》



【…………。

 本当のようですね。

 

 飛空船から……。

 生命反応が、1つしかありません。】



《でしょう? ノルン、もう大丈夫よ。

 こちらに来なさい。》



『……どうやって? 

 オーファンの転移装置は―』



《そんなの簡単だって! 

 

 枢機卿に祈らせて、

 フィリスの転移装置を起動させたから! 


 出口は開いてる。

 後は、ノルンちゃん、異界の門を使うの。》



『異界の門……飛空船には、

 ウルズお姉ちゃんしかいない。



 セントラル、聖ちゃんが眠っているから、

 私では、異界の門を行使できないの。

 

 セントラルなら、できるでしょう?』



【……私は反対です。


 理由は簡単で……。

 魔女ウルズ、貴方が信用できない。】



《……ひどいな~、そんなこと言うの? 

 私、悲しすぎて……。



 その遺跡、壊すぞ? 

 妹を帰せ、機械風情が……。》




【……………。】



『ウルズお姉ちゃん、

 落ち着いてよ! 


 私、フィリスに帰るから!』



《ノルンちゃんは、偉いな~。

 ほら、機械の子……早くしなさい。》



『セントラル、私は……。

 フィリスに帰りたい。


 お母さんに会いたいから。』



【……………。

 

 分かりました。人形の夢の世界に入り、

 精霊魔術の基礎を行います。



 そして、フィリスのシステムを用いて、

 異界の門を行使します。


 出口は、フィリスの転移装置……。】



 異界の門。転移魔術が行使され、回転する銀の輪が現れた。銀の輪から白い霧が生まれ……セントラルの制御室は、白い霧に包まれて何も見えない。


 

 1匹の機械の蜘蛛―きかぐも(小)が、ガチャ、ガチャと歩いている。


 回転する銀の輪、異界の門の中に入ってしまった……。




 異界の門が発動した時、ウルズお姉ちゃんの声が聞こえてきた。落ち着いた声で、ノルンに語りかける。



《ノルン、ごめんね。

 これから怖い思いをする。


 絶対に捕まってはだめ。

 持てる力を全てだして、逃げなさい。

 


 これから、私がやることは……。


 貴方にとっても、

 アメリアにとっても必要なこと。



 じきに終末がくる……。

 もう時間がないのよ。》



『えっ!?……ウルズお姉ちゃん!?』



 異界の門が現れた……白い霧が晴れていく。


 聖フィリス教会。教会の中は、椅子や扉……色んなものが壊れていた。教会のステンドグラスも全て割れている。


 黒い霧に包まれ、山脈の頂きは見えない。荒野の山脈、乾燥した山から冷たい風が吹いてきている。


 聖フィリス教会は、もはや廃墟と言ってもいい。



 青い瞳の少女ノルンは、ぽつんと立っている。



『?……ウルズお姉ちゃん? どこにいるの?』



《いませんよ。ここには……。》



 鳥肌が立った。男の声。この声は聞いたことがある。


 ノルンは……ゆっくり振り向いた。廃墟の入り口に、一人の男が立っていた。初老の男。白髪が混じった黒髪、短く綺麗に整えられ……蔑んだ眼で、ノルンを見ていた。


 深紅の礼服を着ておらず、両腕に刻まれた神聖文字が怪しく光っていた。



《……この時の為に、全てを犠牲にしました。

 

 第五騎士団も……配下の神官たちも……。

 皆、犠牲となった。この時の為です!》



 ドクッ! ドクッ! 少女の心臓の鼓動が速くなる。


 怖い。ただ怖い! この男は……。『こいつ……機械の蜘蛛を操った管理者!』



《さあ、白き人形よ! 

 貴方も役目を果たし、犠牲になりなさい! 


 我が主の為……さあ、願いなさい! 

 祈りなさい! 聖神フィリス様の復活を!!》



 狂信者デュレス・ヨハン。


 この男は、遂に目的を果たそうとしている……後は、眼の前の少女から、星の核を抉り出すだけ。狂信者の右腕には、聖神フィリスの神聖文字。


 狂信者の左腕には、傲慢の魔女ウルズの神聖文字が刻まれていた。



 魂を狩る悪魔が行使する、混沌魔術。狂信者は悪魔の様に行使した……傲慢の魔女の神聖文字は、漆黒の鎖となって解放される。


 漆黒の蛇の様に突き進む。青い瞳の少女を拘束する為に……。



 ノルンは、ただ泣きながら立っていた。


 ノルン、大丈夫……悪魔の女神は認めない。ノルンが亡くなるのを……



『……聖ちゃん、お母さん……。』



 ガチッ! ガチッ! ガチッ! 三本の黒い鎖が絡みついた。少女のひ弱な力では、抵抗できない。狂信者は、星の核を転送し……今、起動しているフィリスの転移装置―“天の門”を閉じるだろう。


 星の核に刻まれた再生の聖痕によって……聖神フィリスは復活する。それこそが、デュレス枢機卿の願い。



 その願いは、大きな白い爪によって阻まれた。


 引き裂かれた黒い鎖は……ばらばらと崩れ、黒い霧となって消えた。



【ノルン、だから言ったのです。

 あの魔女は信用できないと。】


『?……セントラル?』



 青い眼のノルンは泣き崩れている。


 白い人形の少女を守る為に、白い霧から巨大な狼が現れた。5~6mくらいの白い狼。人狼ではなく、美しい狼。堕落神オーファンとは違い、錆びた鎧に覆われていなかった。


 騎士神の白き狼、セントラル。



《オーファン! 貴様、裏切るのか!? 

 我が主を―聖神フィリス様を!?》



【愚か者よ、勘違いするな。

 私は、堕落神ではない。

 

 システム・セントラル……。

 オーファンシステム―セントラル。



 それが……私の名だ。】



《システムだと!?


 命を持たないただの文字が、

 私の邪魔をするな!》



『!? セントラル!?』



【逃げますよ。

 あんなものは、見てはいけません。

 

 貴方の教育上よくない。】



 白い狼が、ノルンをぱくっと食べた。


 口の中でくわえたまま……大きく跳躍する。飲み込んだ方が、安全に運べると判断した様でゴクッとのみ込む。


 白き狼は、オーファンの神聖文字によって形作られている。魔力の供給があれば、食事と水は必要ない。人や魔物の様な消化器官はない。お腹の中で……白い体毛が、ノルンを優しく包み込んでいる。


 ステンドグラスのない窓から外に出て……ゴーストタウンの中を駆けていく。



【……邪魔が入るのは、計算済みだ。

 少女に転移魔術を行使させればいい。


 その瞬間、我が主が復活する! 

 さあ、騎士団よ! 役目を果たせ!】



 荒野の山脈―騎士神の槍(ロンバルト大陸最高峰)は、黒い瘴気に覆われている。狂信者が、傲慢の魔女の神聖文字を解放すると……。


 山脈の頂きから、聞こえてくる不思議な音が……ドン!……ドォン! ドォン!と鈍い音が、次第に大きくなっていった。



《さあ、騎士団の魂を喰らい……。

 現れよ、ウロボロス!》



 ドォオオオォォォ—―! 


 荒野の山脈―騎士神の槍は、まだ崩落しない。だけど……槍の一部が吹き飛んだ。現れたのは漆黒の蛇。体は細長く、四肢はない。細長いと言っても、胴体は30mくらいある。とにかく大きい。飛空船カーディナルより大きく、300mを超えている。



 巨大な蛇が、黒い瘴気の中で蠢いていた。


 霧の龍―“ウロボロス”。脅威度Bランク。



《ウロボロスよ! 

 

 傲慢の魔女の命に従い……。

 白き人形を捕らえよ!》



 漆黒の蛇が、甲高い声で鳴いた。


 蛇の眼が紫に変色し、怪しく光っている。白き狼セントラルが、青い瞳のノルンを守る。黒い霧の中で蠢く、霧の龍ウロボロスが後を追う。


 狂信者デュレス・ヨハンは、聖神フィリスに祈り……惑星フィリスの転移装置―天の門を起動した。



 こうして……鬼が交代しない、捕まったら終わり。


 恐怖の鬼ごっこが始まった。


 

 “死の雨”が、荒野の山脈に降り……黒い瘴気の中で、霧の龍ウロボロスが蠢いている。荒野の山脈―騎士神の槍は、まだ崩落しない……決壊まで、残り3日。

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