第9話『“赤き魔女”は、霧の人形に課せられた役目を果たす②』【改訂版:Ⅱ】

 

 私は、悪魔の女神……眠たい。まだ、正気を失っていない。まだ、大丈夫……まだ……。私は……愛しいノルンを……守らないと……。



 聖フィリス教国の飛空船カーディナル。


 西の空から現れ、軍国フォーロンドの領空に侵入した。そのまま止まることなく、軍国の首都バレルに向かっていく。軍国フォーロンドには、周辺国と争い続けた歴史がある。


 一糸乱れない軍国の騎馬兵は、周辺国にとって紛れもない脅威だった。北の広大な森林地帯を支配し、精霊を使役するエルフの“古代魔術帝国”。南には、大陸最強の海軍を有する“商業連邦国家”があり……国境の大きな城壁で、北と南からの侵入を阻んでいた。


 東の国々は、聖フィリス教国と結びつきが強い。ロンバルト大陸の東の海は、海の魔物が殆ど生息しておらず、“女神の祝福”と呼ばれている。聖フィリス大陸への安全な航路があり、人々の交流が盛んだった。


 西の国境には、険しい山々―荒野の山脈がある。乾燥した大地の山。山の麓に住む木こりや狩人でも、この山を越えようとはしない。砂塵吹き荒れる荒野に適応したオークでさえ、滅多に超えてこない。山越えは……命をかけた行為になる。


 軍国の過去を振り返れば……荒野の山脈は、敵国の軍の侵入を阻む、砦の役目を果たしてきた。山脈には、ロンバルト大陸最高峰―“騎士神の槍”がある。6000mを超えるその姿を、軍国の国民は信仰の対象として崇めてきた。



 騎士神の槍は西の砂塵を退け、軍国に恵みをもたらすと……。



 しかし、オーファンの鉄槌が起こった。


 荒野の山脈の麓―軍国の西から難民が逃げてくる。軍国の東へと……黒い雨はまだ降っていない。だけど……西の空は真っ黒だ。見ているだけで、恐怖に襲われる。


 黒い瘴気に溶かされて、死にたくはない。皆、逃げた。遥か上空まで昇った黒い雲は、女神の雫からの風に乗って……東に向かって強く流れている。


 天高く聳える騎士神の槍。槍を越えた黒い瘴気もあるけど……全体から見れば、まだ少なかった。



 今……膨大な黒い瘴気が、ダムの水の様にせき止められている。黒い瘴気は、騎士神の槍も溶かしていた。


 聳える山が崩落する。騎士神の槍の崩落―決壊まで……残り5日。


 


 軍国フォーロンドの首都バレルは、人で溢れかえっていた。


 怪我人は多数。オーファンの鉄槌によって発生した地震で、多くの建物も被害を受けた。聖フィリス教会の神官が怪我人の治療や、食料に困っている者たちに施しを授けている。


 捨てる神あれば、拾う神あり。

 


 だが、西の空から来て、軍国に捨てようとしているものが……余りにも大きすぎた。聖フィリスの空を飛ぶ船。


 軍国の自慢の騎馬兵では止められない。首都バレルの円形の城壁を通過し……首都の中心部にある、元老院議事堂の上空に鎮座した。




「火事だ! 氷晶魔術を、

 使える魔術師はいないかー!?」



 聖フィリス教会が燃えている。


 抗議のデモの一部が暴徒化し、教会に火を放ったらしい。目撃者によれば、顔を布で隠した男たちと見慣れない魔術師だったそうだ。


 火事に巻き込まれた者はいなかったが、施しとして蓄えていた食料は燃えてしまっただろう。多くの神官たちは途方に暮れて、うなだれて座り込んでいる。



 ある女性の神官は涙を浮かべながら、空を睨んだ。


 首都の上空に鎮座する飛空船を……。



 聖フィリスの飛空船カーディナルが、首都の上空を占領している為……軍国側にできることは殆どない。元老院議事堂の封鎖……臨時首都の選定ぐらいだ。


 もし、魔術で飛空船を撃墜しようものなら……全長100mはある巨大な船。落ちただけでも大惨事。首都上空で戦闘となれば、飛空船の眼下は火の海となる。


 

 聖フィリス教国に対する抗議のデモは、夜になっても続いていた。




 白い霧は、悪魔の女神に見せた。ノルンは……大丈夫かな。


 ここは、第六惑星オーファン。鉄の遺跡“セントラル”の医務室で、白い人形が眠っている。



『!? お母さん!?』


 

 ノルンが眼を覚ました。白いベッドの中。鉄の遺跡の……医務室みたい。いつの間にか、聖ちゃんと入れ替わった様で……。


 白い人形―青い眼のノルンが、ゆっくり体を起こした。『……聖ちゃんは? まだ、眠っているのかな?』


 聖痕、白い瞳の少女のことを考えていたら、あの時の映像が蘇ってきてしまった。無数の銃で撃たれた瞬間を……。『私の代わりに撃たれて……手足が抉れて……聖ちゃん、ごめん……ごめんなさい。』



【来訪者、泣くと体によくありません。

 

 笑いましょう……。

 何か、好きなことはありませんか?】


 きかぐも(大)―聖ちゃんに変な名前と言われていた。2m以上ある大きな機械の蜘蛛が、声をかけてくれた。


 ずいぶんと対応が変わっている。『酷いことをしてしまったと後悔してるの? 笑えないよ……どうやって、笑うの?』



【来訪者には、

 オーファンのシステムがあります。


 我々は、来訪者の指示に従います。】



『?……管理者がいるんじゃないの?』



【管理者“カーディナル”は、

 不正を行っていました。


 我々を騙して、

 指揮権を得ていたことが判明しました。



 それは、正しくありません。


 我々の施設―副管理者“セントラル”が、

 管理者の意思を遮断しました。



 我々は……管理者の指示に従いません。】



『!?……じゃあ、

 もう襲ってこない? 銃で撃ったりしない?』



【はい、致しません。

 

 来訪者、傷つけてしまい、

 申し訳ありませんでした。】


 ペコッと、機械の蜘蛛が頭を下げた。『……傷つけた? そんなレベルじゃなかったと思うけど。聖ちゃんがいなかったら、間違いなく死んでた……。』


 それは間違いない。『そうだ、アメリアお姉ちゃんが言ってた。遺跡の情報を集めなさいって……。』



『悪かったと思うのなら、

 行動で示してよ! 私は情報が欲しい。


 知っていること、全て教えて!』



【かしこまりました。

 では、“セントラル”へお連れします。】



 機械の蜘蛛が体を変形させて、平らになった。


 ノルンの前で伏せて……乗せてくれるらしい。『聖ちゃんのお陰かな?……体が随分と楽。』手足は細いままで、歩くとふらつくけど……ノルンが乗ると、きがぐもはゴロゴロと鉄の床を滑っていく。



『……セントラルって、

 この遺跡のことでしょう?』


【はい、その通りです。正式には、

 “セントラル003・ヴィレッジB・セクター1”


 言いにくい様で、“セントラル3・B-1”

 とよく言われていました。】



『……………。

 3・B-1ってなに?』



【第六惑星オーファンには、


 1~6のセントラルがあり、

 セントラルにはA~Eのヴィレッジがあります。


 第六惑星で……。

 住むのに適した場所をセントラルと呼び。

 


 セントラルを5つの区画に分けて、

 ヴィレッジと呼んでいます。



 ヴィレッジには……今、我々がいる施設―

 セクターが1~10あります。】




『……鉄の遺跡が、いっぱいあるんだね。』



【それ程、多くありません。

 セクターは300しかありません。


 当初の計画では、

 1000の“セントラル”ができる予定でした。】



『どうして、できなかったの?』



【戦争です。天上戦争が起こり、

 我らを作った者は、姿を消しました。


 我らを……3・B-1に残して、

 去っていったのです。】



『………………。

 ここで、ずっと生きてたの?』



【オーファンのシステムが停止した為、

 我々は、休眠状態になっていました。


 間違っていたのですが……。

 管理者カーディナルが、我々を起こしました。】



『ずっと眠ってたんだから……。

 間違っても仕方がないよ。』



【ありがとうございます。 

 来訪者、ここです。】



 鉄のシェルター。鉄の扉の前に、機械の蜘蛛たちが群がっている。前足を動かして、黒いケーブルを外したり……赤いケーブルを繋いだりしている。どうやら、この扉を開けようとしているらしい。



『きかぐもさん、

 この中に……なにがあるの?』



【来訪者が望むものです。

 我々は休眠状態になっていましたが、


 オーファンのシステムの根幹は、

 生きていました。


 魂や魔力を運び続けています。


 セントラルには、

 膨大な情報が蓄えられています。】



 1匹のきかぐも(小)が、大きな機械の蜘蛛の上に飛び乗った。赤いケーブルを引きずって……ノルンの眼の前に。機械の蜘蛛に、ケーブルを持つように促されている。



『?……これで、なにするの?』



【この扉を開けます。

 我々では、開けることができません。


 セントラルの意思はあっても、

 会うことができません。



 来訪者よ、扉を開けて下さい。

 

 オーファン・システムが、

 扉を開けてくれます。】



『……………。』



 騎士神の神聖文字―オーファン・システム。また、暴走するかもしれない。『聖ちゃんは眠っている。私が何とかしないといけない。やるしかない……私が頑張らないと。また、聖ちゃんが……。』


 青い瞳の少女ノルンは、覚悟を決めた。『もう、あんな思いはしたくない。何もできず……ただ泣くだけ。苦しい思いをするのは、もう嫌!』

 


 ノルンは、赤いケーブルを強く握った。


 もちろん、それだけでは何も起こらない。自分の魂―星の核に手を伸ばさなければいけない。星の核……人形の夢の世界に、騎士神の神聖文字がある。


 深呼吸を何度か繰り返してから、意識を夢の世界に落としていった。すぐに、聖痕―白い瞳の少女の存在に気がついた。夢の中に浮かんでいる。見えないけど……聖ちゃんはいる。それが嬉しかった。



 ノルンの星の核は、二つの神聖文字―フィリス・システムとオーファン・システムを紡いでいる。


 オーファン・システムは、とても不安定。今にも爆発しそう……ノルンは恐る恐る、オーファン・システムに触れた。



【現在、第六惑星オーファンのシステムは、

 循環システムのみ機能しています。】



 オーファン・システムは、ノルンに告げる。ノルンがどうすればいいのか分からず……悩んでいると、大きな機械の蜘蛛が、神生紀の声で教えてくれた。



【来訪者よ、オーファン・システムに、

 指示をお与えください。】



『……指示?。

 オーファン・システムよ、この扉を開けて!』




【貴方の名・階級をお答えください。】



『く、蜘蛛さん、階級ってなに?』



【………………。

 我々は、“来訪者”と認識しています。

 

 来訪者で、問題ないと考えます。】



『来訪者、ノルン。』



【………………。】




『………………。

 お願い、私を中に入れて!

 

 私は、なにも知らない。

 でも、それでは駄目なの! 

 

 私も……強くなりたい。

 だから、教えて欲しい。


 セントラル……。

 貴方が知っていることを教えて!』




【……入室を許可します。】




 ゴォゴゴゴゴゴゴゴ—―!


 鉄の遺跡―セクター1に、神生紀の言葉が響いた。4枚の分厚い扉が、ゆっくり動動いていく。何千年、閉じられていた扉が上下と左右に……重い、重い扉がゆっくりと開き始めた。



【来訪者ノルン、お入りください。】



 


 悪魔の女神は、白い霧から聞いた。元悪魔のメイド―フィナが、軍国フォーロンドの首都にいることを……。



 ここは、第三惑星フィリス。


 東から白い太陽が昇る。“死の雨”が、騎士神の槍を溶かしていた。聳える山の崩落―決壊まで、残り4日。



 軍国フォーロンド。ロンバルト大陸の中央に位置し、政治・文化の中心地である。聖フィリス教国に次ぐ、人口―世界第2の国だ。


 騎士神オーファンを崇拝しており……各都市には、馬に跨った、騎士神の像が設置されていた。首都バレルでは、1年に1回武道大会も行われている。


 今は、西から逃げてきた難民で溢れかえっていた。人の数は、日に日に増え続け……このままでは、首都の城門を全て閉じるしかない。

 


 後からきた難民は、首都を通り抜けようとした。上空に、聖フィリスの飛空船が鎮座している為だ。教国から助ける為に来ていたとしても、乗れるのは貴族の元老院議員とその関係者だけ。何ももっていない庶民を乗せてくれるはずがない。


 そこで、南の商業連邦国家を目指し始めた。難民の中には、母と子の姿もある。5~6歳の少女が、母親の手を握って……ふらつきながらも歩いていた。



 軍国のエルムッド伯爵家。窓越しに、難民の母と少女を見つけ……栗色の髪の少女―フィナはため息をついた。「この国も、もう終わりかな……。」



「青のお嬢様、会いたいな。」



 フィナの願いは叶わない。


 青のお嬢様は、霧の城から出られない。フィナは会いに行けない。主様しゅさまの言いつけに背いてしまったから……。か弱いお嬢様を城の外に出してしまった。主様に殺されて、魂を奪われても文句は言えない。


 主様は寛大だった。ロンバルト大陸の南にある、白い霧の大陸から追放されるだけ済んだ。軍国フォーロンドに来たのは……アメリア様のお考え。赤い眼の魔王から、荒野の城に住むことも勧められたけど。見た目があれ、チャラ男だったので断った。



 フィナは思い出す。「私は言いつけを守れない、未熟な悪魔。そんな私でも、アメリア様のお役に立てるのなら……喜んで全うする。全うするはずだったんだけど……。」


 エルムッド伯爵家は……軍国の貴族の中では、上位でもなく下位でもない。弱すぎず、強すぎない。一番気づかれ難い。


 最初は、屋敷のメイドとして雇われた。人の魂を惑わす・操る精霊魔術を行使したり……非常に弱い神経毒を少しずつ使ったりした。


 6年もかかったけど、誰も殺さず……たぶん、誰にも気づかれずに伯爵令嬢になった。父親の隠し子として……精霊魔術で子供に見える様にしているから、16~18歳くらいに見えるはず。



 伯爵令嬢フィナ・リア・エルムッド。


 エルムッド伯爵は、元老院議員。屋敷には、軍国の政治家や将校がよく訪れた。エルムッド伯爵の妻は、持病が悪化して……2年程前から、商業連邦国家のエルミスト州の別荘へ。


 養母の手紙から、霧の海峡と白い霧の大陸を眺めて過ごしているとのこと……羨ましい限りです。義理の兄と姉がいるけど……義理の兄弟姉妹は、政治に興味がないらしい。「私が、隠し子として紹介された時も……誰も文句を言わず、喜ばれたくらい……上手くいきすぎ……エルムッド伯爵め。」



 フィナは……養母の代わりに、エルムッド伯爵に付き添った。伯爵は68歳。白髪の御爺様だが、歳の割りには体力がある。


 若い頃はよく旅をしたそう。お酒には余り強くないので、酔っぱらうとよく昔の冒険の話をしてくれた。因みに、必ず孫と勘違いされるので……その対応にも慣れてきた。最後は、伯爵が冗談を言って、相手に信じ込ませているけど。



 最近、軍国にとって……最悪なことが起きた。崇拝していた騎士神オーファンが、天から魔剣を落とした。しかも、猛毒のガスを含んだ雲が、西から近づいてきているらしい。


 騎士神オーファンの鉄槌。


 流石に、どのパーティも全て中止。屋敷に軟禁されている。毎日、毎日……自分の部屋の窓から外を眺めるだけ。屋敷の執事ジョンが、外の情報を教えてくれているので、まだ我慢できているけど……。「……暇、本当に暇……。」


 

 コン、コン、コン、コン。


「? ジョン?……いいわよ、入って。」


 同じ強さで、4回ノックする音。伯爵の盟友―白髪の執事が、部屋の扉を必要な分だけ開けて、フィナに一礼する。



「フィナお嬢様、

 お客様がお越しになりましたが……。」



「? どうしたの? 何か、問題でも?」



「……年寄りの独り言です。

 あの様な者達には、関わってはいけません!」



「?……ジョン、見ないと分からないわよ。」



「年寄りの独り言です。」



「?………。」


 屋敷の執事―ジョンに案内されて、屋敷の応接間へ。応接間に入ると……黒いローブを着た女性が、ソファに座っていた。黒い布を纏っているので、顔は見えない。


 ソファの後ろには、女性の護衛が立っている。褐色で体格のいい男。この男も、布で顔を隠していた。「確かに、怪しい……門番は、ちゃんと顔を確認したのかしら?……ジョンも、ここに案内しなくてもいいのに。どうして、応接間に?」



 その理由は、すぐに分かった。「!?……精霊魔術!?」黒いローブを着た女性の手から魔法の糸が伸び……執事のジョンの首にくっ付いていた。



「ジョン、私が対応するから……。

 お願いだから、任せて。」



「お嬢様、しかし―」


「ジョン、お願いだから……。」


「かしこまりました。

 くれぐれも、ご自愛ください。」



 ジョンが応接間から出ていくと……その女性は黒い布を頭の後ろに下げ、頭を左右に軽く振る。銀色の髪が、さらさらと小さく波打った。



「アメリア様、どうして、こちらに?」


『……フィナ。その体、精霊魔術? 

 

 随分と可愛くなったわね。

 上手くやっているみたいで、良かったわ。』



「アメリア様のお陰です。 


 ……アメリア様、

 お願いです。


 この屋敷の人には、

 魔術を使わないで下さい!」



『……………。

 

 どうしたの? 

 貴方は、人を助ける精霊ではない。


 人を惑わす、悪魔よ?』



「上手くいっているんです。お願いです!」



『悪いけど……ここの生活は長く続かない。

 首都バレルは、炎に包まれるから……。』



「!? どうしてですか? 

 

 何もしなくても、

 黒い雨が降るじゃないですか? 


 それなのに……。

 そんなに、また……。



 悪魔の大厄災を起こしたいんですか!?」



 ソファの後ろに立っていた、褐色の男。顔を覆っていた布を片手で取り……燃え滾る赤い眼のオークが、口を挟んだ。



「おい、フィナ。落ち着けって―」


「うるさい、黙れ! 

 私は、オークとは話していない!」



『……………。

 フィナ、静かにしなさい。』



「!?………。」



 赤き魔女の冷たい声……しーんと応接間は静まり返った。



『最初に手を出したのは、

 聖フィリス教国。私たちではない。』



「……………。

 あの飛空船ですか?」



『そう……手を出したのは、

 デュレス・ヨハン枢機卿。


 私が最も殺したい男よ。』



「枢機卿だけを……殺せないんですか?」



『……飛空船の中にいない。

 どこかに隠れている。』



「アメリア様、バレルは関係―」


『ノルン……青のお嬢様が攫われた。』



「えっ!? 青のお嬢様が!? 

 あり得ないです! だって、霧の城で―」



『正確に言えば、騎士神に転移させられた。

 第六惑星オーファンに……。』



「……………。

 荒野の祭壇で、何があったんですか?」


『フィナ、重要なことは、

 あの子の為に、何ができるかよ。

  

 青のお嬢様と首都バレル

 ……どっちが大切なの?』



「……………。」


 昔のフィナなら、青のお嬢様と即答した。そこは迷わない。迷わなかったのに、今は……即答できなかった。フィナの体に影響を与えている精霊魔術は……フィナの魂も惑わしていた。



『そう、貴方は変わったわ。

 私が知っている、悪魔はもういない。


 それじゃあ、もう会うことはないわ。

 さようなら、フィナ伯爵令嬢。』



「お待ちください、アメリア様―」


『役に立たないから……。

 今の貴方は、いらないわ。』



「!?…………。」



「魔女、言い過ぎだって……。

 

 フィナの力を借りないと、

 俺らだって動きにくいぞ。 


 今の所は、デモに紛れて……。

 食料確保は上手くいっているが……。」



『この子の力? どこにあるのよ? 

 他者を騙して、奪ったものじゃない。』



 ああ、分かった……アメリア様は本気で怒っている。周りが見えていない。赤き魔女は……怒りを炎に変えたがっている。



「分かりました……。

 青のお嬢様の為に。

 

 必要があるのなら、

 私の手で……バレルを滅ぼします。」



『………………。

 枢機卿を見つけて。


 死の雨が降る前に、

 見つけることができれば……。


 首都バレルは救われるかもね。』



「かしこまりました……。」



『それと、これ……荒野の山脈で拾ったの。

 ここで、かくまってあげて。』



 ドサッ! 転移魔術……ソファで、金色の髪の女性が眠っている。聖フィリス教の白いローブを着ていた。「!? 拾った!?……人質ってこと?」酷い怪我を負っている様で……手足には包帯が巻かれている。



「!? そんな無理ですよ。

 いったい、どうやって―」


『貴方には、得意なものがあるでしょう? 

 意地を張らないで、行使しなさい。』


 赤き魔女アメリアはそう言い残した……燃え滾る赤い眼のオーク―若き魔王の姿も消えていた。




 コン、コン、コン、コン。



「!?……ジョン!?

 ジョン、駄目よ!  入らないで!」



「!? お嬢様!?」


 これは、逆効果だった。フィナが声を荒げて……強く拒否することなど、今まで一度もなかった。執事ジョンは、応接間の扉を勢いよく開けた。




「これは……フィナお嬢様!?」



「ジョン……落ち着いて、お願いだから。」



 白い霧の……七つの元徳と大罪。赤き魔女アメリアは怒りに身を任せ……七つの大罪の一つ、憤怒に手を伸ばそうとしている。



「デュレス枢機卿。

 何て、愚かなことを……。」

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