第8話『“青のお嬢様”は、白き人形に課せられた役目を知る②』【改訂版:Ⅱ】
これは少し先のお話。血だまりの中、白い瞳の少女が……機械の蜘蛛にもたれかかって眠っている。白い人形の周りで動くものはない。
時や空間でさえ停止している。黒い瘴気の世界とは少し違った、色に淀みのない黒の世界。その止まった時の中を……平然と歩く者がいた。
銀色の髪は長く、腰まで届いている。紐やリボンなどで纏めておらず、女性が歩くたびに緩やかに波打っていた。その眼は、とても冷たい。
何もかも凍える冷たい白い瞳で、白い人形の少女を見て……壊さない様に、そっと抱きしめた。
聖痕の少女は眼をつぶっている。眼のふちから、涙が落ちそうになっていった。
『お母さん、どうして?
……私を生んだの?』
白い人形の少女が、そのように思っているのだろうか。人形の生みの親、悪魔の女神は答えた。
『あなたが、望んだからよ。
あなたが守りたいと願った。
最後の霧の人形を……。
あなたが、願ったのよ。
人や魔物の魂を犠牲にしてでも、
愛しい娘を守りたいと願った。
なら、役目を果たしなさい。
この世界が終末を迎えるまで。
あなたには……その責任がある。』
悪魔の女神は時を操る。少し話を遡ろう……。
ノルンと聖痕の少女が、赤き魔女アメリアとの通信を切った直後のこと。
『あ、あれ……可笑しいな。
そうだよね……私、あの声。
“管理者”の言葉なんで分かったの?
管理者”、聖ちゃんと……。
神生紀の言葉で話していた。
私は分からない、分からないよ!
なんで、私……。
神生紀の文字が分かるのよ!?』
ノルンは動揺した。
無理もない。知らずに、神生紀の言葉を理解して話していた。自分に起こっていることが分からない。
『!?……なに、これ!?』
聖痕の少女も動揺した。ノルンの魂―星の核は不安定になって、魔力が大きく乱れた。人形の夢の中で増殖していた、騎士神のシステム―オーファンの星間循環システムが、白い人形に牙をむいたのだ。
青のお嬢様の感情の爆発に合わせて、増殖の速度が速まった。急速に増殖し、夢の中を埋め尽くそうとする。
白い人形は、白い霧ではなく……黒い瘴気を生んだ。騎士神の秘匿の間の闇―黒い瘴気にはシステムが隠れていた。白い霧の中に、フィリスの星間循環システムが隠れていた様に……。
ノルンは、騎士神の黒い瘴気を吸い込んでしまった。大きな人狼の前で、黒い瘴気に襲われた恐怖が蘇り……ノルンはただ、泣き叫んだ。
『!? なんで、この瘴気が……私から!?』
『お嬢様! 私と入れ替わって! 今すぐ!』
『可笑しいよ、なんで……いつも、私なの!?』
ノルンが、黒い瘴気を払いのけようと右手を振った。それに合わせて……人形の夢の中で暴走する騎士神の神聖文字も、右側に大きくうねった。
文字の濁流となって……霧の城での体験や栗色のメイドさん―フィナが読み聞かせてくれた物語も全てのみ込んでいく。“異界の門”、“女神の魅了”も、文字の濁流にのみ込まれてしまった。
突然、異界の門が発動した。
暴走する騎士神の神聖文字―その文字の魔力を消費して……。
【転移魔術を確認しました。
“副管理者”の権限において、魔術に介入。
現在、施設内から出る事はできません。】
副管理者であるシステム―セントラルは……人の女性の声で優しく教えてくれた。
『お嬢様、入れ替わってよ!
今、自分を制御しないと、全部失うよ!?』
『いや、失いたくない!
私は……死にたくない!』
けたたましいサイレンの音が鳴り響く。
その警報を聞いた、大きな機械の蜘蛛が集まってきた。既に、1匹のきかぐも(大)が、8個の旧式の魔導銃をかまえている。管理者の命に反することを口にしながら……。
【警報! 警報!
施設内で猛毒のガス発生!
猛毒のガス発生!
直ちに、施設内から避難して下さい!
直ちに、避難して下さい!】
青のお嬢様ノルンは泣き崩れている。
施設の外には転移できない。遺跡の内部であれば問題ないが、外に転移しようとすると、強制的に……開けた大きな広間に戻されてしまう。
無数の機械の蜘蛛がいる、鉄の広間に……。
『!?……ノルン、入れ替わりなさい!!』
『聖ちゃん、ごめん!』
大きな機械の蜘蛛は思った。【猛毒のガスが発生した為、来訪者を避難させる。】しかし、機械の蜘蛛の思いは……。
《管理者カーディナルより命令、少女を殺せ。
少女の星の核を、フィリスへ転送せよ。》
管理者“カーディナル”によって無視された。
操られた蜘蛛は……引き金を引いた。
ドォン! ドォン、ドン、ドドドドドドドドドドド……!
無数の銃から、容赦なく弾が発射された。蜘蛛の眼は赤く光っている。管理者に操られた蜘蛛は、撃つことをやめなかった。
白い少女の手足が抉れ、鉄の床に倒れ込む。少女が倒れても……立てなくなっても、撃つのをやめない。弾が無くなるまで撃ち続けた。
管理者カーディナルの命令のままに……ドドドドドドドドドドドド……ドン、ドン、ドォン!
激しい銃撃がやんだ時……鉄の広間の中央に、白い人形の少女の姿はなかった。少女だったもの。もはや肉の塊。抉れて潰れて……どす黒い血があらゆる所から噴き出ている。黒い瘴気はまだ消えず、遺跡の天井まで立ち昇っていた。
機械の蜘蛛は、少女だったものに……再び告げる。
【緊急事態! 緊急事態!
ドームの外へ、ガスを排出します!
施設内の空気を排出します!
直ちに、施設内から避難して下さい!】
ゴォオオオォォォ—-----!
施設内の空気が排出された。音が聞こえない……無音。空気がなくなったから、蜘蛛たちが歩く音も聞こえない。黒い瘴気が一筋の煙となって、天井の排気口まで伸びている。
『……聖……ちゃん、
ごめん……ごめんなさい。』
ノルンは人形の夢の中で、ただ泣き続けた。
悔やみ続けた。自分の無力さを……。暴走する騎士神の神聖文字にのみ込まれながら……ただ、蹲っていた。それしかできない。ただ、むせび泣いた。
2m以上ある機械の蜘蛛たちが近づいてくる。管理者カーディナルの目当てのものが見えたから。
白い少女の魂―星の核は、神聖文字を紡いでいる。黒い瘴気は、機械の蜘蛛にとっても有害だけど、蜘蛛たちは頑丈。触れた程度なら、少し溶けるぐらいで済む。
一匹の蜘蛛が前足を伸ばし……少女の星の核に触れた。
【!?……!?
オーファンのシステムを確認!
システムを確認!
指揮命令系統に誤りがあり!
改善されるまで、待機します!】
星の核に、直接……蜘蛛の前足から振動が伝わってくる。
鉄の遺跡―副管理者“システム―セントラル”が、管理者カーディナルの神聖文字を遮断した。無数の赤い眼が消え……機械の蜘蛛は動かなくなり、鉄の広間は静寂に包まれた。
ここは第三惑星フィリス。
荒野の山脈の上空……ドン! 深紅の礼服を着た初老の男。聖神フィリスの狂信者デュレス・ヨハンは、操縦席を軽く殴った。映し出されている神生紀の文字を睨みながら……。
狂信者は苛立った。《腹立たしい。逃げ回っていた、少女をようやくとらえた。蜘蛛の銃で、少女の体を抉って……目当ての星の核も確認できた。オーファンの星間循環システムは、魂と魔力のみ運べる状態。星の核は少女の魂であり、魔力そのもの。抉り出せば運べるのだ。私の飛空船―カーディナルに。あとは、星の核を転送させるだけ……だと言うのに、機械の蜘蛛が最後の最後で止まってしまった。カーディナルの神聖文字を受け付けない。》
狂信者は、操縦席に座っていた神官を睨んだ。
《なぜですか!?
なぜ、蜘蛛は止まったのですか!?》
「……分かりません。原因不明です。」
《原因不明!? 分からない!?
あと少しなのですよ!?
我らの主が望む、
星の核が、すぐそこにあるのです!
我らの主の為に、
あれを手にいれなければならない!
それを―》
「猊下……おやめ下さい。」
その女性は、白いローブを身に纏い……聖神の欠片が埋め込まれた司教の杖を持っている。赤いリボンと金色の髪―ミトラ司教は、枢機卿を軽く睨んだ。
「今回の遠征は失敗です。
我々は、第五騎士団を犠牲にしました。
……今ならまだ、間に合います。
オーファンの魔剣が落ちた場所へ。
彼ら、彼女らの魂を癒して、
我らの祖国へ帰りましょう。」
《ミトラ司教! 貴方には言ったはずですよ!
騎士団を犠牲にしなければならないと!
彼らの魂を贄にして、
悪魔を呼ばなければならない!
我々の背後には、赤き魔女がいる。
時間を稼がなければ―》
「猊下! 我々の背後ではなく……貴方の背後です。」
《………………。
裏切るつもりですか?
私を……我らの主を……。》
「裏切るつもりはありません。
私の心は……主と共にあります。
犠牲が必要なら、
貴方が、犠牲になればよろしいのでは!?」
《そのつもりですよ。
ですが、私はまだ……。
少女の星の核を手に入れていない。
主の命に背くことになってしまうのです。
ミトラ司教、
なぜ、それが分からないのですか!?》
ミトラ司教は嫌悪感を抱いた。「分かりたくもない! 蜘蛛の銃で……幼い少女を殺し、魂を抉り出した……男の気持ちなど……。」
デュレス・ヨハン枢機卿を除くことができれば、この船の最高指揮者は司教である自分。ミトラ司教は、飛空船のブリッジにいた配下の神官たちに指示を出すつもりだった。この狂信者を捕縛せよと……。
《あら?……もしかして、困りごとかしら?》
ブリッジに入ってきた女性の神官―見慣れなかったが、女性の眼は印象に残った。黒みがかった紫色の瞳。宝石の様に見る者を惹きつける。
《……ウルズ様、
まだ、軍国に着いておりません。
今しばらくお待ちください。》
《デュレス君、悪いけど……。
もう待てないよ?
聖神の命が全てなのでしょう?
それなら、邪魔するものを排除しなさいな。
多く見ても……50人くらいでしょう?》
《お待ちください! 彼女たちにも、役目が―》
《貴方の役目より、大事なの?
私は、そうは思わないけど?》
『!? 聖フィリスの神官たちよ!
デュレス枢機卿とその女を―』
ミトラ司教は杖を構えて、魔術を構成した。彼女は、回復魔術や岩石魔術を得意しており……弱き者を守る為に、その力をふるってきた。
“不屈の愛”―ミトラ・エル・フィリア司教。
星の核の欠片が埋め込まれた杖が、青く光り……数名の神官たちも、同様に魔術を構成した。
しかし。ここで奇妙なことが起こる。
司教を支持した神官たちは、魔術を構成していたはずなのだけど……忽然と姿を消した。今や……魔術を構成しているのは、ミトラ司教だけだった。
《あれ~? お嬢ちゃん、
一人になっちゃったね。怖くない?》
『!?……貴様、いったい何を―』
黒い霧だ。黒い霧が、紫の瞳の女を覆っていく。
渦を巻いていた黒い霧が晴れると、銀色の髪に、白い手足の人形が微笑んでいた。魂を惑わす紫の瞳で、ミトラ司教を見ながら……。
霧の人形。彼女は最初の人形。
天上戦争時から生き続け、人や魔物を罰してきた。女神の白い霧を育ててきた。
数千年が経ち、白い霧は徐々に成長している。人や魔物の魂を喰らい……霧の中に、“七つの元徳”と“七つの大罪”が現れた。
魂を惑わす紫の瞳の人形は、霧の人形の中で唯一、七つの大罪の一つを獲得した。彼女は、最初の人形……“傲慢の魔女ウルズ”。
「!? デュレス枢機卿! 何てことを!?」
《ミトラ司教……。
こうなっては、仕方がありません。
貴方にも役目があった……。
非常に残念です。》
《それじゃあ、お嬢ちゃん……バイバイ~。》
一瞬、目の前が暗くなり、眩暈に襲われた。
「この感覚は転移した時の……。」
彼女は落ちた。飛空船カーディナルから、外へ放り出されてしまった。ミトラ司教は、上級魔術である転移魔術を行使できない。
数秒で地面に叩きつけられてしまう。「主よ……どうか、あの男に裁きを……。」司教の杖が、青く光り輝き……彼女は意識を失った。
不思議なことは続き……ミトラ司教は聖神フィリスではなく、女性の声を聞いた。大地の奥底から聞こえてくる。聖母の優しい声。
「人間の娘よ、我が助けよう。
……愚かな神を信じるな。」
彼女は、聖母の声を聞きながら……聖母の柔らかい砂に包まれていった。
《じゃあ、デュレス君。
裏切りそうなやつがいたら、
外に捨ててくるから。
オーファンをよく見ててね?》
《必ず、星の核を手にいれ、
我が主へ献上させて頂きます。》
《……………。
それなら、急がないと。
あの子を見くびったら、
痛い目にあうよ~?》
霧の人形、傲慢の魔女はそう言い残した。
狂信者デュレス・ヨハンは考慮する。《霧の人形には関わらないことです。もし、関われば……人形のことで、若き魔王に忠告できたか?》
狂信者は迷わない。《……いやそんなことは、もはやどうでもいい。》
デュレス・ヨハン枢機卿にとって、聖神フィリスの命は絶対。より重要なことなど、この世には存在しないのだから……。
《重要なことは、我が主の命のみだ。》
ブリッジの操縦席に座っていた神官が、何かに気がついた。
「!?……猊下!? これをご覧下さい!」
ここは第六惑星オーファン。
鉄の遺跡“セントラル”―鉄の広間。“再生の聖痕”……それは、母の愛・母の呪い。悪魔の女神の魔力が尽きない限り、聖痕は対象を蘇生させる。
対象の肉体の損傷が激しい場合や、肉体が消滅した場合は……白い霧から、新たに肉体を創り出す。対象の意思は関係ない。創り出すのは、悪魔の女神だから……。
対象の魂が消えない限り……何度でも、何度でも新しい肉体を創り出す。悪魔たちが献上した、人や魔物の魂を犠牲にして。
女神の膨大な魔力によって、
“再生の聖痕”―女神の極界魔術は発動した。
肉の塊から骨が突き出した。
女神の神聖文字は、骨や肉となる。白い手……白い足……銀色の髪。何もかも凍える白い瞳。肉の塊から、新たに……聖痕、白い瞳の少女が生まれた。
神聖文字は、魔法の糸となり……重なりあって白い服になった。何もなかったかの様に、白い瞳の少女が座り込んでいる。
肉の塊は役目を終え、文字となって消えていった。それに合わせて、黒い瘴気も消えていく。
【猛毒のガス、消滅!
消滅を確認しました。
安全が確認されるまで、
施設内に入らないでください!】
ゴォオオオォォォ—―! 浄化された空気が、鉄の広間を満たしていく。
【安全が確認されるまで、
施設内に入らないで下さい!】
鉄の広間に、機械の蜘蛛の声が響き渡った。無数の機械の蜘蛛がガチャ、ガチャと歩き……白い瞳の少女に近づいてくる。
『!?……聖ちゃん、大丈夫!?』
『………………。』
『聖ちゃん……。
お願いだから、起きてよ!』
白い瞳の少女は気絶していた。
さすがに、意識を保てなかった。機械の蜘蛛は、弾を撃ち尽くし……白い人形を捕まえようと……しなかった。不思議なものを見る様に、8個の機械の眼でじ―と見つめている。
白い人形の少女は座り込んで……眠りに落ちていった。
『……助けて、誰か助けてよ。
お母さん、助けて……。』
ノルンが呼んでいる。助けを求めている……私は、ノルンを助ける。アシエル……貴方が、ノルンを否定しても。私が、ノルンを助ける。
白い太陽が昇った。
ここは、第三惑星フィリス。
荒野の山脈のどこか……東から光が差し込んでいる。一本の杖、司教の杖が突き刺さっていた。砂場、それもかなり柔らかい。
ミトラ司教は目を覚ました。「……私は、まだ生きているの? 痛い……体中が痛い。」金色の髪の女性―ミトラ司教は、何とか体を起こした。
力を入れると、手足が砂の中に埋もれていく。「まずい……これは、抜け出せるかな?」 喉が渇いた。唇が乾燥して、カサカサ。
飛空船カーディナルから落とされて、気絶して……そのまま眠っていたみたい。「とりあえず、杖を……。」神官や魔術師は、星間循環システムに触れて上級魔術を行使している。
システムに触れるには、必ず魔晶石が必要になる。無ければ、自分の魔力を消費するしかないけど……それは奥の手。自分の魔力を消費すれば、魂が不安定になってしまう。
彼女の杖は、砂場の縁に突き刺さっている。彼女は、すり鉢状の穴の中心にいた。這っていく力もない。無理に行ったら……砂に埋もれて、窒息してしまうかもしれない。
「………………。」
「おっ!? 俺ってついてる。
見ろよ、この杖……って、女?」
「!?……!?。
最悪だ……荒野のオーク。」
オークの兵士が、砂場の縁から見下ろしている。どうやら、全員男らしい。「奥の手を使うしかない……。」彼女は躊躇せずに、魔術を構成した。自分の魔力を消費しようと……自分の魂に手を伸ばした。
「!? おい、嬢ちゃん!?
ちょっと待て! はやまるな!」
「降りてくるな!……殺すぞ!」
体格のいい褐色のオークが、降りてこようとしたので……言葉で制した。燃え滾る赤い眼……見るからに遊んでそうなやつだ。こいつらに、弱みを見せるわけにはいかない。「……痛みが酷くなってきた。……ここは、我慢しないと。」
「おい、お前ら……。
誰か、女性を呼んでこいよ。」
「いや、ボス。俺らの隊には、
女性の兵士はいませんよ。」
「いや、いるだろうが……強い魔術師が。」
「えー、それはないっすよ。
魔女の相手は、ボスがしてくださいよ。」
ミトラ司教は意識を失いかけた。「何だ、こいつら……魔物って、こんな感じだったけ……眠たい。意識を失うくらいなら、魔術を使おう……。」
『そこで、何しているの?』
「!? 魔女さん、良かった……。
捜してたんだよ。貴方の助けが必要―」
『……何したの?』
「!? な、何もしてないって……。
偶然、通りかかっただけで―
お、おい、お前ら! 俺をおいて逃げるな!」
ミトラ司教は意識を失う前に、爆炎を見た。「良かった……とりあえず、助かったのかな? 黒いローブを着た女性、オークの魔術師? 火炎魔術で兵士を追い払ってくれているから……彼女を信用するしかない……もう限界……。」
白い霧の中に、女神の影がいた。女神の影アシエル。目や口はなく……白い霧が、彼女の体だった。アシエルは呟いた……悪魔の女神は答えない。
『ノルフェスティ様、
なぜ分かって頂けないのですか?
今なら……まだ、間に合います。
時の女神の娘は、もう亡くなっています。
もう、戻ってきません。
……助けてはいけません。
深い眠りに落とされてしまいます。
お願いです……。
あの娘を助けないで下さい。』
ここは、第六惑星オーファン。
鉄の遺跡“セントラル”―鉄の広間。血だまりの中、白い瞳の少女が、機械の蜘蛛にもたれかかって眠っている。
白い人形の周りで動くものはない。時や空間でさえ停止していた。黒い瘴気の世界とは少し違った、色に淀みのない黒の世界。
その止まった時の中を……平然と歩く者がいた。
悪魔の女神は冷たい白い瞳で、動かない少女を見て……壊さない様にそっと抱きしめた。白い瞳の少女は眼をつぶっている。眼のふちから、涙が落ちそうになっていった。
女神の時の魔術により、夢の世界で暴走していたオーファンのシステムも動きを止めた。フィリスのシステムが正常に動き始め……いずれ、第三惑星フィリスのシステムが、第六惑星オーファンのシステムを掌握できるだろう。
青い瞳の少女―最後の霧の人形も、自分の感情をコントロールし易くなる。だけど、今後……注意しなければならない。ノルンの感情の爆発は、星間循環システムの暴走を招いたのだから。
白い霧が、女神を包み込んでいく。
女神は振り返る。霧の中に……目や口のない、霧の女性。アシエルが立っていた。“女神の影”は何も言わず、霧の中に帰っていった。
私も答えずに……霧の中へ帰っていく。
そして、時は動き出す。
第六惑星オーファン、鉄とガラスできたドームに白い太陽が昇った。機械の蜘蛛は、白い人形の少女を……施設の医務室に運んでいった。
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