第6話『“赤き魔女”は、霧の人形に課せられた役目を果たす①』【改訂版:Ⅱ】
悪魔の女神は霧に尋ねる。惑星フィリスにいる、赤き魔女の動向を。荒野に白い太陽が昇る。軍国フォーロンドに“死の雨”が近づいていた。残り、6日……。
砂塵吹き荒れる荒野……だった場所。
荒野を住処にしていたオークたちは、避難を余儀なくされた。彼らの城があった場所―瓦礫の山から見て、北と東には……黒い瘴気を含んだ“死の雨”が降り続いている。茶色の大地は黒く変色していて、回復魔術で毒耐性を高めたとしても、まず助からない。
南から東へ、荒野をぐるっと囲む様に雲より高い山々―荒野の山脈が聳え立っている。膨大な黒い雲は東へ、東へ流れていく。蛇が這う様に、荒野の山を乗り越えて……。
西(白い太陽が沈む方位)には海がある。この星で一番大きな海―女神の雫。船が無ければ、海を越えられない。雫を越えて……“名も無き大陸(魔物の支配地)”を目指すのであれば、百の帆船が必要となる。
聖フィリスの教国の空飛ぶ船で言えば……全長300mを超える法王の飛空船―“ノアの箱舟”が必要だ。必要な食料や水の量も膨大で……オークの避難者は、数千にも及んだから。
オークたちが全員助かる道は一つしかない。
南下し、“荒野の山脈”を越えて、軍国フォーロンドや商業連邦国家へ。何らかの方法で、食料を得る必要がある。
荒野の城に蓄えていた、食料や水は限られている。瓦礫に埋もれて、掘り起こせなかった物もあった。彼らに残されている時間も残り少ない。人から奪わなければ、彼らは飢え死にしてしまう。
オーファンの鉄槌を招いたのは人だ。魔物ではない。人が罪を犯したのであれば……罪には罰だ。霧の人形―赤き魔女アメリアが、憤怒を手にすれば……“悪魔の大厄災”を再び起こすことになる。
オークたちは、夜通し歩き続けた。
立ち止まれば、死の雨を浴びて死んでしまう。子供や年老いた者―脱落者は少なくなかった。だが、脱落者を助けられない。助ければ自分だけでなく、家族も脱落する。荒野の山脈までの距離が遠い……余りにも遠かった。
魔物の神官の祈りが途切れることなく、夜空に響き渡っていく。
荒野の山脈に着いたのは、夜明け前だった。脱落者の代わりに運んだ、食料や水で……腹を満たし、喉の渇きを癒した。若き魔王―炎鬼クルドに嘆く時間はない。配下に指示をだし、拠点の設置、食料や水の確保、拠点周辺の警備を急がせた。
荒野に白い太陽が昇った時には、山脈の恵みが拠点に届けられていた。荒野は彼らの住処。山脈のどこに川があるか、どこに薬草が生えているか……オークの狩人はよく理解していた。
だが、量が足らない。拠点では、多くの者が疲労で座り込んでいた。彼らは何も喋らない……彼らの心は、今にも爆発しそうだ。侵入者―騎士団への怒りが、彼らの心に火をつける。若き魔王の様に燃え滾り……炎が灯りそうだった。
若き魔王は、できるだけ配下に声をかけ手を差し伸べた。彼らの怒りを和らげる為に。怒りでは、この状況を改善できない。より悪化させるだけ……怒りに身を焦がすのは、自分だけでいい。「全員は、山を越えられない。雫の近くにも、拠点を造るしかないか……。」
「……騎士団、落とし前つけろよ。
勝手に来て、勝手に死ぬな。」
白い太陽が真上まで昇った。陽がさんさんと降り注ぐ。警戒にあたっていた兵士、その伝令が……オークの王のもとへ駆け付ける。
「ボス! 聖フィリス教国です!」
若き魔王は……死の雨の対策や、海の近くの拠点候補地について、配下の報告を聞いていた。若き魔王は、伝令を軽く睨みながら……。
「また、騎士が来たのか!?」
「はぁ、はぁ……飛空船です!
教国の飛空船が、雲の上にいます!」
「何!? くそっ!
最悪のタイミングだな!」
空を見上げ、目を凝らしてみる。確かに、雲の中に白く光る物体が見えた。「ここまで、大胆とは……隠すつもりがないのか? いや、隠す必要がなくなったのか……だとすれば、もっと最悪だ!」
白い太陽を浴びて、白く輝く……空に浮かぶ金属の船―“カーディナル”。星間循環システム―フィリス・システムを利用し、星の水晶を燃料とする空飛ぶ船。
本来の用途は、宙を飛び12の惑星を結ぶこと。聖フィリス教国は、地中に埋まっていた古の船を……現代の空に飛ばしてみせた。
教国だけが保有している―13の飛空船。飛空船を動かす権限を持つのは、法王と枢機卿のみ。全長100mはあるだろうか。真下から見上げれば、空は覆われ……拠点周辺に大きな影を落としていた。
真上の飛空船から、星の水晶の流れ―魔術反応を感知。オークの魔術師たちが叫ぶ。上級魔晶石を持ち、魔術を構成しながら……。
転移魔術……拠点の前方に現れた。こちらに向かって歩いてくる。先頭を歩く、初老の男―白髪が混じった黒髪、短く綺麗に整えられている。眼は茶色で……蔑んだ眼。初老の男は、深紅の礼服を身にまとっていた。「この男、見た事がある……敵の顔は忘れねえ。」
「これは、これは……。
枢機卿自らお出ましとは……。」
《お久しぶりですね、若き魔王よ。
2年ぶりですか……。
“百十国祭”以来ですね。》
「……昔話をする為に、
わざわざ、海を越えてきたのか?
いや、違うな……分かったぞ!
ロンバルト大陸の哀れな人間たちを、
笑いに来たんだろう?
その前に、荒野を片付けにきたのか?」
《救いにきたのですよ。
炎鬼クルドよ、貴方に忠告しましょう。》
「……何だよ? 言ってみろ!?」
《霧の人形には関わらないことです。
もし、関われば―》
『私と関わったら、どうなると言うの?』
黒いローブを着た女性。黒い布を纏っているので、顔を見ることはできない。黒いローブの女性が、枢機卿を見た。黒い布の隙間から……燃え滾る赤い瞳が枢機卿を捉えていた。
《!? これは、驚きましたな。
まだ、この地に……。
“赤き魔女”がおられるとは……。
もう既に、第三惑星から出られたかと。》
『……………。
お前は、何を知っている?
言葉に注意して、話せ。』
《もちろん、お話させて頂きます。
その為に、わざわざここに、
来たのですから……。
我らの船は、星のシステム―
魔晶石の循環によって空を飛びます。
星は、多くの情報を文字にして……。
我らに与えてくれる。
まさに……我らの主の啓示です。》
『……………。』
《ある場所から、文字が届けられました。
(異物発見!)……ただ、それだけです。
発信元はかなり離れており……。
その場所が以前から、
眼をつけていた場所で、助かりました。》
『……………。』
《……我々は、声を聞きました。
少女の声です。
不安で怯えた声……。
可哀そうでしたので、
我々は、少女に話しかけてみました。
あれを……。》
付き従っている配下の神官が、一つの水晶を取り出した。神官が魔力を込めて、神生紀の言葉で祈る。水晶は青く光り、秘められていた文字が解放された。神生紀の文字は、空気を震わせ……声となって響いていく。
《ザッ……転移……魔術を確認しま……した。“副管理者”の権限……において、魔術に……介入。現在、施設……内から出る事はでき……ません。》
『もう待て……ないよ! ザッ……私、病気……なの……死んじゃう……よ?!』
少女の悲痛な叫びが、響き渡った……。
誰も話さない。オークの拠点は静寂に包まれた。
《………………。
聞き取りづらくて、申し訳ありません。
今も、情報を―》
『黙れ、口を開くな。』
《………………。
残念です。もう少し、
詳しくお話したかったのですが……。
では、炎鬼クルドよ。
お前たち、荒野のオークに忠告しましょう。
荒野の山脈を越えることを、
我らの主―フィリス様は……。
お許しになられない。
山脈を越えてはいけません。
主は、オークの絶滅を望んではおられない。
この地で生きるのです。
数は減るでしょうが……。
我が主の恵み―山と海の恵みがあります。
滅びはしません。》
「……お前、それ、本気で言ってのか!?」
《当然です。我らは、主の命に従い行動する。
我らの言葉もまた、偽りはないのです。
霧の人形よ、人を罰するのなら、
喜んでお受けしましょう。
我らの魂は、他の神ではなく……。
我らの主―フィリス様のもとへ帰るのみです!》
『………………。』
《ですが! 裁きを下す時……。
貴方にとって、大切なものが、
無くなるかもしれません。
……よくお考え下さい。
では、失礼させて頂きます。》
「おい、ふざけんなよ!
このまま、無事に帰れ―」
『クルド、やめて……お願い。』
「!? 魔女、何でだよ?!
あいつら、ぶっ殺して……船を奪えば―」
『やめて! お願いだから……。』
「魔女…………。
くそっ! おい、デュレス!
落とし前をつけやがれ!」
《一番の驚きですよ、お前が……。
私の名前を覚えているとは。
ああ、これは……失礼を。
人形よ、私の名前はデュレス・ヨハン。
以後、お見知りおきを……。》
『ああ、狂信者め……。
お前のことを忘れそうにない。』
悔しさと怒り。魔女の中から溢れ、頬をつたった。それを見て満足したのか……狂信者は満面の笑みを浮かべながら、姿を消した。
枢機卿デュレス・ヨハンは、飛空船“カーディナル”の中に帰ってきた。配下の神官たちに指示を出している。
配下の中に……羊飼いの杖の様に、先端が曲がった杖を持っている者がいる。この杖は司教の杖。聖神の星の核の欠片が、埋め込まれており……彼女が、司教であることを示していた。
白いローブを纏った、金色の髪の女性。歳は30代くらいだろうか……金色の長い髪を後頭部で、赤いリボンで一つにまとめて垂らしている。神官から、先程の水晶を受け取り、金色の眼で狂信者を見た。
「……よろしかったのですか?」
《ミトラ司教……いずれ、気づくことです。
霧の人形は、白き霧と深く結びついています。
我らと……我らの主の様に。》
「……………。
猊下、ご報告があります。」
《ここで、構いません。》
「……例の少女ですが、施設内を逃走中です。
銃弾を浴びて倒れると思ったのですが……。
転移魔術を発動して、逃げ続けています。」
《不思議ですね。
なぜ、魔術を使えるのでしょうか?
オーファンのシステムは、
殆ど機能していないのですね?》
「はい、常に調べていますが……。
転移装置が復活したのは、
少女を転移させた時だけです。
それ以降、まったく反応せず……。
今は、魂や魔力しか運べない状況です。」
《……にもかかわらず、
第六惑星で転移魔術を行使している。》
「さらに、奇妙なことなのですが……。
少女は回復魔術を使わずに、
傷を治せる様です。」
《奇妙ですね。なぜ、そうだと?》
「送られてくる情報を分析・比較しています。
魔術を行使した場合、
その痕跡が文字となって、必ず残ります。
ですが……。
少女にはその痕跡がない。
傷が最初からなかった様に……。
情報が更新されると、消えています。
回復魔術では、あり得ないことです。」
《ふむ、それは厄介な……。
さすがは、霧の人形ですね。》
「猊下、少女は……霧の人形と呼べません。
魂が変わったことなど、
不明な点は多いですが……。
今も……逃げ回っているだけです。」
《それこそ、主の導きですよ。
誰よりも速く……。
少女を捕まえろと仰っているのです。
何としても……赤き魔女より早く、
少女を捕まえなければなりません。》
ミトラ司教は、枢機卿から眼を離した。
そうしたくなった……この男は、悪気なく喋っている。気持ちが悪い。「この男は、なぜ迷わないの? 人形かもしれないけど、まだ子供なのに……。」
彼女は目をつむりながら、軽く頷いた。
枢機卿は、彼女が頷くのを見て……満足した。《そう、それでいい……。》
《それが、我らの主の命です。
それ以上に、重要なことなど……。
存在しないのですから。》
「……………。」
《最悪の場合、
少女から、星の核を抉り出せばいい。
そうすれば、星の核を……。
我らの主に献上する事ができるでしょう。
可能だと思いませんか? ミトラ司教?》
「!?…………。
わ、私には分かりません。」
《そうですか……。
では、調べておいて下さい。
頼みましたよ?》
「はい、猊下……。」
ミトラ司教は知っていた。枢機卿、この狂信者がどれ程狂っているかを……。そして、我らの主がこの男を許していることも……。
「主よ……なぜ、この男を罰しないのですか?」
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