第4話『オーファンの鉄槌 最強の剣と盾―極星魔術と極界魔術』【改訂版:Ⅱ】

 

 これは、少し前の出来事……白い霧が私―悪魔の女神に見せた。オーファンの鉄槌。巨大な鉄の柱、第六惑星の魔剣が天から落ち……惑星フィリスに衝突。


 魔剣の衝突地点(荒野の祭壇)、グラウンドゼロは爆炎と爆風によって消し飛んだ。



 霧の人形、赤き魔女アメリアは見た。自分の後ろで、喚いているオークの男―若い魔王クルドを無視して。



 騎士神の大剣。


 天から落ちる巨大な鉄の柱を。第六惑星オーファンから供給される魔力によって、限界まで加速して炎の柱と化すのを……。



 赤き魔女は驚いた。『!?……どうして、あの子が!?』あり得ない。あの子は、霧の城から出られないはず。



 歳の離れた妹が、なぜかそこにいた。


 巨大な人狼オーファンに抱えられて……傷ついた狼は、自身の極大魔晶石―“星の核”を制御できず、水晶に侵食されている。


 顔の右側、右腕は既に水晶に喰われていた。狼は膝をついて、その時を待っている。天の一撃によって侵食された肉体を滅ぼし、魂が解放される瞬間を。



 守らなくては……あの子に、“再生の聖痕”を使わせてはいけない。再生の聖痕は、母の呪い。聖痕に頼れば、必ず……眼の前の神と同じ様に堕落して破滅する。


 あの子には、“ノルン”には希望がある。この腐敗した世界で唯一の希望が……赤き魔女は、女神から教えられた妹の名―“6番目”の霧の人形の名を呼んだ。



『堕落神オーファン、ノルンをかえせ!』



 魔女に残されている時間は少ない。残り5秒……。



『白き霧よ、我らの盾となれ。

 燃え盛る炎よ、我らを救い給え。』



 赤き魔女は左手を天にかざし、白い霧で神生紀の文字を書いた。魔女の命に従い、白き霧は、渦を巻きながら透明の板を創り出す……その板を何層にも重ねて。


 白い霧から、魔法の糸が生まれた。無数の糸がノルンを包み込んでいく。


 

 残り3秒……天は閃光に包まれた。


 この世界には、最強とされる魔術が二つある。人や魔物では使用できず、比べることもできない。最強の魔術―“極星魔術”と“極界魔術”。


 極星魔術は、堕落神の依代となる星の力で具現化し、星すらも破壊する。天上戦争時には、堕落した神々が争い……6つの星が破壊された。


 騎士神オーファンは、第六惑星の転移装置―騎士神の大剣を復活。彼の目的を達する為に……。


【我は剣となり、愚かな者に裁きの炎を与えん。

 我は幼き子らを守る。我の星へ導かん。】



 極界魔術は、悪魔の女神の白い霧が媒体であり……娘の魔力が尽きるまで、願いを叶える。悪魔が献上する人や魔物の魂を使えば、命さえも創り出せる。


 制御できずに、歪な生き物が生まれるかもしれない……。


 白い霧の魔力は膨大だ。霧は異界の門を通ってあらゆる所に発生する。白い霧は、異界の門と深く結びついている。人や魔物に願いがある様に……霧にも願いがある。


 霧の願いは、女神から解放されること。その為に、転移魔術である異界の門を欲している。地獄の真上に存在する霧の世界フォールから上昇して……異界に辿り着く為に……“女神の影アシエル”は、手段を選ばない。



 赤き魔女アメリアは、白い霧に願った。



『白き霧よ、我らの盾となれ。

 燃え盛る炎よ、我らを救い給え。』


 

 

 残り、0。


 世界から音が消えた。



 今、まさにこの瞬間……巨大な魔剣が、白い霧の盾に衝突した。魔剣と霧の盾は一瞬にして崩壊。莫大な熱と衝撃波を生む。全て燃え、全て吹き飛ばされる。剣を呼んだ堕落神さえも、塵となって消えた。


 新たに現れる霧は……どうにか娘の願いを叶えていた。だけど、荒れ狂う炎によって、霧は削られ、もう耐えられない。



 赤き魔女の眼の前にいる妹、ノルンは再生の聖痕に頼るしかない。



『くそっ! 白き霧よ、妹を助けろ!』


 その時だ……眼の前にいた妹の姿が……突然、消えた。一条の光となって、天に昇っていく。



『!?……そんな……。』


 赤き魔女アメリアの手の力が抜けた。魔力はまだ残っていたのに……願いを叶えなかった。魔法の糸を残して、ノルンだけが消えている。


 白い霧を操っていた糸が、ぷちっと切れてしまい……荒れ狂う炎を邪魔するものが無くなってしまった。



「!? おい、魔女! 

 頼む、しっかりしてくれ!!」


 赤き魔女の後ろに隠れていた男。若き魔王、炎鬼クルドは前に踏み出て、褐色の腕を突き出した。


 その腕には、大きな金の斧が握られている。斧の幅は1m以上あり……魔女の神聖文字が刻まれた、両刃の斧。その斧で魔女を庇った。


『我は、燃え盛る炎を授ける。

 我の炎で敵を滅ぼせ。』



 両刃の斧に刻まれている神聖文字―赤き魔女から授かった力で、炎鬼となり魔王となった。“極星魔術”と“極界魔術”の衝突によって生まれた炎は……まだ消えない。


 彼の斧に込められている魔力では、極星と極界の炎には勝てず、防ぎきれなかった。両刃の斧にヒビがはいった。若き魔王の手足は……炎によって焼け焦げている。


「アメリア、もうもたないぞ!!」



『!?……名前で呼ぶな!』



 赤き魔女は名前で呼ばれ、我に返った。


 極界魔術は願いを叶えるが、魔力を奪っていく……残っていた魔力も奪われて、もう殆どない。自分の周りには、白い霧はない。


 赤き魔女の魂―星の核に、新たに供給された少量の魔力で……何とか、転移魔術を行使した。



 世界に音が戻り……燃え盛る炎だけが、音を出し続けている。


 それ以外、何も聞こえなかった。若き魔王、炎鬼クルドは警戒しながら……周囲の様子を窺った。石柱が壊れ、大量の瓦礫が散乱している……古びた遺跡だった。



 白き人形ノルンが、ここに来た時は……人狼、水晶の明かりしかなかった。ノルンの異界の門によって、30m以上の大きな縦穴ができ……。



 二つの最強魔術によって、地面は吹き飛んだ。


 今は、天から光が降り注ぐ。燃え盛る炎によって、上昇気流が生まれ……地下の黒い瘴気を大量に放出している。地上からの侵入者は、黒い瘴気に触れることなく、遺跡の秘匿の間に降り立った。



「……何とか、助かった。」


 灼熱の炎を浴びて、ヘトヘトだ。若い魔王の手足は焼け焦げて、真っ黒になっている。炎の耐性をもっていなければ……手足は燃え尽きて、塵になっていただろう。



『……………。』


 水晶の青い光を浴びながら、赤き魔女は佇んでいた。水晶が溶けた灼熱の液体―オーファンの星の核の一部。若き魔王クルドは思った。「無理もないか……あの妹は見たことがないな……。」



『ねえ、クルド……。』


 若き魔王は背筋が寒くなった。冷たい声だ。魂も凍えそうになる。本気で怒っている時の声。


 ずっと傍にいたから分かる……正しい対応をしなければ、魔女に殺される。


「……………。

 魔女さん、何ですか?」



『私、言ったよね?

 封印が解けたら、殺すって。』



「対応が遅れて、申し訳ありません。

 我々、荒野のオークは協力させて頂きます。


 ……妹さんを必ず探し出します。」



『……どうやって? 

 強制的に転移させられたんだよ? 


 もう、敵の手に落ちているかもしれない。』



「邪魔する者は、全員殺します。

 敵が、聖フィリス教国でも……。


 残っているか分かりませんが、

 我々の城に帰りましょう。


 情報を集める為に、軍国フォーロンドを攻めてもいい。

 人間が先に攻めてきた……我々は反撃します。」



 堕落したとは言え、騎士神は人の神だ。人間だった頃、聖神フィリスに仕えていたと言われている。



『……そう。』


 赤き魔女アメリアは、両手の先から魔法の糸をだしている。精霊魔術……人形や白い霧を動かす魔法の糸―魔力を込めれば、軽いものなら糸を結んで持ち上げることもできた。


 魔法の糸を、騎士神の星の核の欠片に結んでいく。『聖フィリス教国……私の妹に手をだしてみろ。愚かな人間。愚か者には………死だ。』



 アメリアが怒っている。赤き魔女の怒り……憤怒に手を伸ばしてしまいそう。それはだめ。憤怒を手にすれば、操られてしまう。私の影アシエルに……。


 長女ウルズの様に……白い霧は、知識を欲している。霧の中に浮かぶ、白い文字。女神の娘―霧の人形のことが書かれていた。



 「霧の人形」―現在、5体確認されている。脅威度―Aランク。


「霧の人形―女神の娘。星の核を保有し、女神のスキルを受け継ぐ者。白い体と銀色の髪は同じだが、瞳は違った。燃え盛る様な赤い瞳、爆ぜる様な黄色の瞳。安らぎを与える緑の瞳―宝石の様に見る者を惹きつける。


 人形は破滅の象徴であり、保有する星の核から二つの霧を発生させる。女神が創った白い霧は、霧自体は無害で……魔晶石の微粒子であることから利用価値は高い。上級魔術の源とすれば、大いなる力となるだろう。術者の魂は、悪魔に奪われることになるが……。


 解明されていないが、白い霧はある条件下で黒い霧―黒い瘴気に変わる。瘴気を生む神殿、堕落神の星の核からも、黒い瘴気が発生することは確認されているが、「悪魔の大厄災」が起こったことはない。


 「悪魔の大厄災」を起こすのは、霧の人形である。


 人形が白い霧を黒い瘴気に変え、悪魔を狂わせる。狂った悪魔は腐敗し、全て壊すのだ。人や魔物に等しい災いをもたらす。人形は、人や魔物を罰する為に生まれたものだと考えられている。



 最初の人形が現れたのは、天上戦争時である。星が壊れ、人や魔物が大混乱に陥った時、「悪魔の大厄災」を起こし……人や魔物に止めを刺した。黒い霧から現れた腐敗した悪魔は、人や魔物、悪魔さえも殺し……全て壊して、文明を滅ぼした。



 現在、人形の姿は確認されていない。霧の人形たちは、白い霧の中に帰ったと考えられている。」



 悪魔の女神は地上を見た。


 オーファンの鉄槌によって……荒野の地を襲撃した、聖フィリス教国の第5騎士団は全滅した。転移魔術を発動させた者もいたけど、爆風に襲われ死亡した。


 唯一助かる可能性があったのは、神官たち。聖神フィリスの奇跡―神秘魔術で、聖フィリス教国の聖地に帰還できる。


 神官たちの祈りは届いていた。でも、聖神は耳を傾けなかった。聖神フィリスは、最低な男。助けるはずがない。



 聖神フィリスも堕落して封印された神。


 聖フィリス教国は決して認めようとしない。聖フィリス教では……主神は唯一の穢れなき神であり、人々の救済の為、永き眠りについていると教えている。



 荒野を住処にしていた魔物―オークたちも、爆風に襲われた。


 三大魔王のクルドの城はどこにもない。荒野に瓦礫の山があるだけである。グラウンドゼロである荒野の祭壇へ、魔王と霧の人形だけで向かったことが幸いした。


 それでも、配下の死傷者数は……100を超えた。亡くなった魔物の魂は、配下の神官たちが癒していく。魔物の神のもとへ。


 霧のシステム―星間循環システムによって、第一惑星イグニス、第九惑星グレンデル、第十一惑星(名無し:名は失われている)へ帰っていった。



 人の魂、第5騎士団の魂はどうだろうか? 


 第三惑星には、女神がいる。悪魔は、女神に魂を献上しようとする。フィリスには留まらない方が良い。聖神フィリスも、人の魂を救うことはない。


 癒し手がいれば、別の神のもとへ帰ることができる。第六惑星オーファンは無理でも……第二惑星フレイへ。魔王の配下も、悪魔が現れるのを防ぐ為に……荒野の祭壇に向かうつもりだった。



 だけど、グラウンドゼロには近づけない。


 神殿の地下に溜まっていた、黒い瘴気を大量に放出しているから。このまま、何もできなければ……悪魔が人の魂に気づき、白い霧から現れることになる。



 最悪なことは続くもので……。


 爆炎と爆風によって巻き上げられた砂は、黒い瘴気と混ざりあう。遥か上空まで上昇し、有害な黒い雲となって……黒い雨を降らせた。


 黒い瘴気は強い毒であり、少量でも死に至る。爆風から辛うじて生き延びた命も……死の雨を浴びて亡くなっていく。



 死の雨が、軍国フォーロンドに近づいている。


 ロンバルト大陸の中央に位置し、数百万人が暮らす大陸最大の人の国だ。そこに、黒い雨が降れば……100万人以上の死傷者がでるかもしれない。


 “死の雨”に加えて、「悪魔の大厄災」も起これば……間違いなく、軍国フォーロンドは滅びる。政治・文化の中心である、軍国が滅べば、各国間の微妙なバランスが崩れ、周辺国同士の戦争に発展する。


 魔物たちは、その好機を見逃さない。名も無き大陸(魔物の大陸)から進軍し……やがて、ロンバルト大陸から人の国は無くなることになる。



 残り……七日。死の雨―黒い瘴気は荒野の山脈に溜まり……山は崩落する。黒い瘴気は洪水の様に押し寄せ、軍国の人々を襲うだろう。

 

 軍国フォーロンドの人々にとって、残されている時間は余りにも少なかった。

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