第3話『機械の蜘蛛は、未知の人形に遭遇する。』【改訂版:Ⅱ】
私は、悪魔の女神。私の愛しい娘ノルンと私の分体―再生の聖痕を見守っていく。白い霧は、私に……ノルンの記憶もみせてくれた。
ノルンの記憶。青い瞳の人形が生まれた時、お母さんは名づけてくれなかった。呼び名はあるけど……青い瞳の人形は、“青のお嬢様”。
ノルンが2歳の頃、『お母さん、なんで、私には名前がないの?』と聞いたことがある。そうしたら、お母さんは……。
『お人形ちゃんは、まだ赤ちゃんなの。0歳にもなっていないのよ?……成長したら“誕生日”がくる。その時まで楽しみにしていて……。』と母親に笑顔で言われた。
悪魔のメイドたちは、青のお嬢様と呼んでくれていたので気にしないことにした。
もう一人の白い人形。白い瞳の人形は、再生の聖痕。
“聖ちゃん”は、神聖文字。ノルンは思った。『私の魂―星の核に触れて、もう一つの魂が生まれたみたい。お母さんは、聖ちゃんのことに気づいていない?』
再生の聖痕と呼んだのは、歳の離れた姉らしい。私は一度も会ったことはないけど……。『?……隠し事。聖ちゃん、私に隠れて何かしてない?』。
『あ~、しんどい……。』
青い瞳ではなく、何もかも凍えさせる白い瞳を持つ少女。“再生の聖痕”は、“青のお嬢様”と入れ替わった後……ふらつきながらも、花畑の中をゆっくり歩いていた。
力が入りにくくなっているのか、両足は震えていて、今にも倒れそう。耳の付け根に、小さな神聖文字がある。耳の後ろ側にあって、耳を押えないと見えないので気づかれることは少ない。
その文字が微かに震え始めた。
『聖ちゃん……足が止まっているよ。』
『うるさい、変な名前で呼ぶな。だいたい、
君の体がこんなにも弱いのが原因であって―』
『入れ替わったんだから……。
聖ちゃんの体でもあるんだよ?』
『……もう、駄目。休憩する。』
聖ちゃん―再生の聖痕。名前がないと呼びにくいので、聖ちゃんと呼ぶことにした。『変な名前?……聖ちゃんも、私のことを“君”って呼んでるくせに。』
聖痕そのものである白い瞳の少女は、息を切らして座り込んでしまった。なるべく、花を踏まない様に……。
『甘かった……まさか、ここまで弱いなんて!』。
青のお嬢様には、自分の意思で使えるスキルや魔力はなかった。今までスキルや魔力があることにさえ、気づいていなかった。
お嬢様の魂は“星の核”と呼ばれ、霧の世界フォールに12個しかない。白い太陽を回る12の惑星……その星を依代にしていた堕落神が保有していたもの。
星を破壊された神は、星の核だけを残して白い霧の中に消えた。
悪魔の女神は6つの星の核を使い、“霧の人形”を生んだ。人や魔物の欲望を……愚か者を罰する為に。
今、“再生の聖痕”は、“青のお嬢様”と入れ替わっている。
肉体が入れ替わったわけではなく、中身―魂が入れ替わっていた。お嬢様の魂は、今まで聖痕がいた場所に……人形の夢の中に隠れている。
白い人形の夢。
見たり考えたりすることはできるけど、人形の体を動かすことはできなかった。『……何もできなかった? できることはあるみたいだけど……自由に動かせないのも、辛いな。聖ちゃん……この中で何をしていたんだろう?』
『? なにこれ?……スキル?』“女神の魅了”と“異界の門”―悪魔の文字が、空中に浮かんでいる。お母さんから譲渡されたスキルであり……夢の中にいれば、ノルンでもこのスキルを使えそうだった。
『使える?……私でも、使えるのかな。』人形の夢は、白い霧に覆われている。霧の中には、色んな文字が浮かんでいて……現代の悪魔の文字、人や魔物の文字も。ノルンは読めないけど、神生紀の文字もある。
ノルンが悪魔の文字を読んでみると、自分の過去の話で……霧の城で体験したことが書かれている。他にも人や魔物の文字で、ある人間の冒険譚やある魔物の英雄譚が書かれていた。6歳の頃、栗色のメイドさん―フィナが読み聞かせてくれた物語だった。
じゃあ、神生紀の文字は?
『読みたいけど、読めない……。』読めないけど、自分の記憶ではないと思う。聖痕―白い瞳の少女は色んな方法を試して、情報をかき集めていた。神生紀の文字は果てしなく続いていて、項目ごとに整理されている。
この膨大な神生紀の文字が、人形の夢の世界を創っていた。この世界があるおかげで、二つの魂は共存できている。もし、この夢が無くなれば、二つの魂は混ざりあって……一つの魂になる。弱い魂は消えることになる。
白い瞳の人形は、体育座りで座っていた。時折、足の膝をさすっている。草や土の香りを嗅ぎながら、ゆっくり深呼吸していた。
夢の中にいるノルンが、聖痕の少女に話しかける。
『聖ちゃん、お願いがあるんだけど……。』
『なに? 入れ替わってくれるの?』
『……ここにさ、文字があるの。
神生紀の文字……読める様にできない?』
『………………。
できたとしても、しないかな。』
『な、なんで? 疲れても、
入れ替わってあげないよ?』
『危ないから……上級魔術の文字もある。
魔力を制御できないでしょう?』
『……魔力なんて、私にあるの?』
『………………。』
お嬢様の魂である星の核は、霧のシステム(星間循環システム)の一部であり、魔力(魔晶石の微粒子)が供給され続けている。
実際、白い人形は、膨大な魔力を保有していた。霧の人形(脅威度―Aランク)に匹敵する程の魔力を……。
しかし、その魔力は、お嬢様の意志では使えない。夢の中の文字―大量の神生紀の文字に消費され、“再生の聖痕だけ”が使える状態になっていた。
この魔力は……本来は、青のお嬢様の成長過程で消費されるものだった。
聖痕―白い瞳の少女の暇つぶし。
聖痕の少女が生まれた時、人形の夢もなかった。本当に何もできなかった……見ることも考えることも。ただ、そこにいるという感覚だけ……。
聖痕の少女に感情はないので、苦にはならなかったけど……転機となったのは、お嬢様が6歳になった頃、痛みで意識を失う様になってくれた。
お嬢様が気絶している間……人形の中に入って、見たり考えたりすることができた。だけど、人形の体を動かすことはできなかった。
限られた時間の中で、できることを探していたら……霧の城―城を覆う霧の中に、星間循環システムの一部があることに気がついた。
お嬢様が一度だけ、城の外に出てくれたことがある。あの悪魔のメイド―フィナに感謝しなくては。白い霧に覆われている城、門から出れば、必ず白い霧に触れる。
幸運なことに、お嬢様が白い霧を吸い込んでくれた……当然、私は霧を捕まえた。
捕まえた白い霧―星間循環システムの一部は酷く壊れていたので……。時間をかけて、そのシステム―フィリス・システムに自分の聖痕の文字を刻んでみた。
聖痕はシステムも修復してくれている。膨大な神聖文字が生まれ、私の居場所である白い人形の夢―“青のお嬢様、ノルンの夢”が創られた。
お嬢様の魔力を消費して……。
結果として、魔力を奪ってしまった。聖痕による痛みも発生させて……。『うん、偶然……私は悪くない。』
お嬢様と入れ替わった後、その魔力をこっそり戻して、体を強化しようとした……したのに、なぜか上手くいかない。仕方がなく……休憩しながら、遠くに見える、鉄の遺跡に向かっていた。
向かっているのに……歩きたいと強く思っているのに……。
全然歩けない。本当に歩けない。体がひ弱すぎた。少し歩いただけで、もう限界だった。弱すぎて涙が出てくる。『白い霧、過去の私……。何で、魔力を全部使った? 成長に必要な分だけを残してくれたら、良かったのに……。』
聖痕の少女、因果応報である。
『聖ちゃん……私に何か隠し事してない?』
『何のこと?
……それより、スキルも使えないの?』
ノルンは思った。『そう、夢の中にはスキルもあった。二つだけ……入れ替わる前は、あることも知らなかったけど……。』ノルンは答えた。
『……2つある。
“女神の魅了”と“異界の門”。』
『……どちらか使えそう?
異界の門とか使えたら、
すっごく助かるんだけど……。』
『聖ちゃん……。
せっかく動ける様になったんだから、
頑張れ! 楽したら駄目!』
『………………。』
聖痕の少女はため息をついた。『夢の中からでたら……私には使えないし……。』聖痕の魂が、ひ弱な少女の体を動かしている。
聖痕の少女は、お嬢様の夢の中にいないので、二つのスキル―“女神の魅了”と“異界の門”を使えなかった。
しかも、このひ弱な体は、自分の魔力でさえ受け付けない。霧の人形には到底見えず……白い瞳の人形も、脅威度―ランク外(Fランク以下)だった。
聖痕の少女は、青のお嬢様に聞いた。
『……なんで使えないの?』
『えっ?……。
異界の門は、まだ何となく分かるんだよ?
ただ、距離感がつかめなくて……。
どこに行くか分からない感じがする。
使ったら、危ないでしょう?』
『……この体だったら、危険な時が多そう。
使う回数は多くなるだろうから……。
実践でつかむしかないかもね。』
『女神の魅了は……。』
今、お嬢様が下を向いた様な気がしたので……聖痕の少女も、同じ様に下を向く。小さな膨らみがある。
『べ、別に……私はなにも―』
『別に……。
男を魅了するだけではないでしょう?
例えば、動物の興味をひくとか……。
友好的な存在だと思わせるとか。
色々あると思うけど?』
『分かっています!
分かっているから……。』
『……ならいいけど。』
『………………。
これも実際に使ってみないと、
こつをつかめないと思う。』
『なら、使ってみたら?
周りに何かいるよ?』
少女の周りは……花畑で、大きな動物や魔物がいる様には見えなかった。
『?……何かいる?』
『いる。脅威を少しだけ感じているから、
小さいものだと思うけど。』
『?……脅威が分かるの?
どこにいるか分かるの?』
『だいたいね。こう……何て言うか、
波がくる感じかな。
この体が脅威に感じるもの。
いっぱいくる。殆どは小さいから……。
もしかしたら、虫かもね。毒虫とか。
あ、でも……少し大きいのがいる。
……あっち。』
白い瞳の少女が、右手の指で示す。少女から、15~16m程離れた所に、数本の広葉樹が生えていた。確かに、よく見ると……木の近くの草がゆらゆらと揺れていた。
『………………。
失敗しないかな?』
『いいから、やってみて。
最悪、異界の門で逃げればいいから。』
『分かった。やってみる!』
草がゆらゆらと揺れていたけど……突然、ぴたっと止まった。何かくる。少女に向かって、草をかき分けて進んでくる。
『たぶん、成功したと思うんだけど……。
よく分からない。
異界の門も準備しておくね。
上手く使えるか分からないけど……。』
『うん、お願い……。』
暫くすると、それは現れた。
バサッ、ガチャガチャッ! 蜘蛛だ、30cmぐらいの鉄の蜘蛛。よく見かける普通の蜘蛛とは違った。鉄でできていて、とても頑丈そうだった。
『……なにこれ?』
『私も分かりません。
君が呼んだんだから……。
もう一度試して。』
青い瞳の少女が、もう一度女神の魅了を使ってみると……。
【異物……異物発見!
報告、報告!】
機械の蜘蛛は、ノルンに刻まれた神聖文字とは、別の方法で音を出した。神生紀の言葉だった為、青のお嬢様ノルンには分からない。
『しゃ、喋った!? なんで、蜘蛛が喋るの?
もしかして、蜘蛛の悪魔?』
『……知らない。
この蜘蛛、私たちのことを“異物”って言ったね。』
『……許可なく、
花畑に入ったら駄目だったんじゃないの?
ガラスで覆っているし、
人の貴族の重要な施設だったりして……。』
『たぶん……ここの近くには、
軍国フォーロンドっていう、
大きな人の国があるらしいの。
こんなドームがあるなんて、
聞いたことないよ?』
『……貴族の重要な施設?……騎士神オーファン―あの堕落した神が……そんな所に転移させる? ここは、どこだろう?……。どこに、転移させられた?』白い瞳の少女が考え込むと、鉄の蜘蛛がヒントをくれた。
【データを照合中……不明!
異物、データなし!
“オーファン・システム―セントラル”、
輸送を要請!】
『!? 今、何て言った!?』
白い瞳の少女が、蜘蛛の足をつかんだ。
冷たくて、すべすべしている。鉄の蜘蛛を持ち上げようとした……重たくて持ち上げられない。機械の蜘蛛(小)の重さは10㎏程だったけど。
『おもっ!?…………力がないんだ。』
【接触! 危険度……危険度0!
異物、危険度0―報告!】
『あっ、ちょっと待って!』
少女の力では止められず……機械の蜘蛛は、ガサガサと草の中に帰っていった。
『……あの蜘蛛、なんだろうね。』
『オーファン・システム―セントラル。
騎士神のシステムが……。
惑星フィリスに存在している?
フィリス・システムと共存している?。
でも、システム―セントラル?
読んだことがない……私の夢の中で……。
フィリス・システムの中に……。
そんな文字はなかった。』
『?……フィリス・システム?
オーファン・システム?
白い霧の文字?
ここにある、文字のこと?
………………。
聖ちゃん、隠し事は良くないよ?』
『………………。』
『……教えてくれない。ずっと一緒にいたのに。そんなに信用できないの?』夢の中でノルンは、ふんっと顔を横に向けると……フィリス・システム―神生紀の文字が目に入った。
夢の中の神生紀の文字、3文程……ばらばらと崩れて消えてしまった。
『!?……もしかして、スキルを使ったから!?』夢の中の神生紀の文字は、人形の魔力によって維持されている。聖痕―神聖文字である少女なら、星間循環システムを読み解くことができる。システムから供給される魔力のみを使用することもできた。
青のお嬢様、ノルンは何も分からない。
魔力を制御することもできないので、自分の一番近くにあったものが消費された。そう、項目ごとに整理されている神生紀の文字……文字の魔力が消費され、文字は消えた。
『……………。』
『……どうしたの?』
『えっ!? な、なにもないよ!
大丈夫……たぶん。』
『なら……集中して、
大きい何かがくるよ。』
暫くすると、また現れた。ガサガサ、ゴロゴロ! ガサガサ!
『!?……うわっ、また蜘蛛。』
さっきの蜘蛛(小)より大きい。
2メートル以上の大きな機械の蜘蛛が、草の中に隠れていた。どうやら、体を変形できる様で……遠くにいる時は、ノルンは草が揺れていることしか分からなかった。
ノルンは大きな蜘蛛を見た。足の先には、回転する輪が何個もついており……その輪で、地面の上を滑っている様だ。
8本の足には長い筒の様な物がついていて……奇妙な音が鳴っている。悪魔のメイドさん―フィナが読んでくれた物語の中にでてきた、銃と呼ばれるものに似ていると思った。
大きな蜘蛛は3匹もいた。
機械の蜘蛛(大)がゴロゴロと横に滑ると、さっきの蜘蛛(小)がガサガサと後を追いかけている。機械の蜘蛛(大)の眼―八個の眼が、白い瞳の少女を見つめながら……。
【異物、発見!
セントラルに輸送します。
抵抗しないで下さい!】
『じゃあ、お言葉に甘えて……。』
『ちょ、ちょっと!?
聖ちゃん、なにしてるの!?』
『乗せてくれるみたいだからさ、
お言葉に甘えるよ……もう歩けないし。』
『危なくない?……大丈夫かな?』
『抵抗しない方が良いって。
今のままだったら、何もできないし……。
もし、危なくなったら、異界の門を使えば、
逃げられると思うけど?』
『無理だって!
どこに転移するか分からないし……。
また、文字が消えるかも。』
『………………。
文字が消えたの?』
『聖ちゃんが、教えてくれないからだよ!?
私は悪くないから……。』
『……疲れたから、後で聞くよ。』
ゴロゴロ、ゴロゴロ! 白い少女を乗せて、大きな機械の蜘蛛は―“きかぐも”と命名……体を平らな形に変形して、回転する輪でゴロゴロと地面を滑っている。
かなり速い。これなら、遠くに見えていた鉄の遺跡にもすぐに着きそう。
きかぐも(大)の背中の部分は、平らになっているので……きかぐも(小)も何匹か、同じように乗っていた。
たまに、きかぐも(大)が大きく跳ねた。
白い瞳の少女は、振り落とされない様に……きかぐも(小)にしがみついている。八個の機械の眼と少女の眼があう。
不思議なものを見る様に、じーと見られていた。
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