第1章 堕落神―騎士神オーファンの鉄槌【改訂版:Ⅱ】

第2話『白き人形は、再生の聖痕と対面する。』【改訂版:Ⅱ】

 

 ノルンは、霧に覆われている古びたお城に住んでいた。生まれた時から、不思議な痛みに……突然、体中に痛みが走る。いつも女神が撫でて、ノルンの痛みをとっていた。


 ノルンが6歳になると、痛みがさらに強くなり意識を失う様になった。強い痛みがあると、自分の部屋からも出られない。


 痛みが治まっている時に、悪魔のメイドに付き添われて、初めて城の外に出たことがある。女神は、何度も何度もノルンに頼まれたけど……ノルンを外に出さなかった。


 城の外は、白い霧に覆われている。霧はとても危険。ノルンには……この子には近づけたくなかった。



 でも、あの悪魔のメイドは、女神の言いつけを守らなかった。


 悪魔のフィナ。殺そうと思ったけど、ノルンが悲しむのでやめた。追放して……どこかの人の街で暮らしている。


 栗色の髪のメイド、フィナはノルンにとって大切な存在。ノルンは、不思議な痛みのせいで、一生外に出られないと泣きながら頼んだらしい。霧は、女神に教える。外に出た時のあの子の気持ちを……白い霧に覆われた町、夜空も白い霧に覆われていた。初めて見た町並みはとても綺麗だった。


 ノルンは残念がっている。それ以来、フィナが付き添うことはなかったから……。



 ノルンが意識を失って倒れた時、不思議な声が聞こえてくる。『脅威を感知……。』白い霧の声―女性の声だけど、人や魔物、悪魔の声ではない。


 夢の中にいると、いつも聞こえてくる。その声に促され、ノルンはいつも目を覚ました。夢の中のことだったので、起きると忘れてしまうけど……。



 つい最近、女神はノルンに頼みごとをした。女神の願い―フィリスの6つの災いの地に、苦しんでいる者がいて……ノルンなら、その苦しみを取り除ける。彼ら、彼女らを苦しみから解放できれば、ノルンも痛みから解放される。だから、手伝って欲しいと頼んだ。


 女神は頼んだけど……これは、嘘。



 堕落神を解放したとしても、ノルンは痛みから解放されない。時の呪いは、死んでも解けない。


 ノルンは喜んで協力した。痛みから解放されると思って……。痛みのせいで、自分の部屋からも出られない。痛みがなければ、どんなに幸せだったか……きっとそう思っている。


 女神はノルンを利用した。女神が、ノルンに時の呪いを刻んだ……女神は思った。『本当に最低だと、自分でも思う。でも、もうこれしか方法がない。こうしないと……ノルンが死んでしまう。“私の影アシエル”が、ノルンを殺してしまうから。』


 女神は……例え、あらゆる世界を滅ぼすことになったとしても、ノルンが亡くなることを、絶対に認めない。

 


 始まりの時、ノルンは霧の城にある中庭の回廊を歩いていた。ノルンは、よく覚えていない。激痛に襲われて……気がついたら、あの真っ黒な場所―神殿の秘匿の間、闇の中にいた。


 そして、ノルンは夢の中にいる。まだ起きていない。



 すると、『……脅威を感知。』夢の中で……不思議な声、白い霧の声が聞こえてきた。ノルンは、霧の世界フォールの第三惑星、フィリスにはいない。騎士神オーファンが、彼女を転移させたから……。



 ここは、第六惑星オーファン。


 フィリスやオーファン、人や魔物の神が生まれた神生紀には、転移装置によって、自由に12の惑星を行き来できた。人や魔物は、異界の門を解明し……霧の世界の真上に存在する“異界”にも辿り着いた。


 しかし、神生紀の後期に起こった天上戦争によって、神生紀文明は滅んだ。



 神の魂―“星の核”が封印されたことにより、転移装置(星間循環システム)は殆ど機能しない。魂や魔力の源である、星の水晶(魔晶石の微粒子)を運ぶことしかできなくなっていた。


 女神の霧―霧のシステムは壊れかけている。女神の様に……。


 騎士神オーファン。星の核の復活によって、第六惑星の転移装置―騎士神の大剣も一時的に復活した。いつまで、正常に動き続けるかは分からない。



 ノルンが眠っている。


 鉄とガラスでできた、ドーム状の大きな屋根の下で……白い光が降り注ぎ、木々は生い茂る。ドームの中を小鳥が飛び交い、花の上を蝶が舞っている。


 見渡す限りの花畑。色とりどりの草花が咲き誇っていた。霧のシステム(星間循環システム)は、殆ど機能しなくなっても……小さな生き物は、この星で辛うじて生き延びていた。



『……脅威を感知。ほら、起きなさい。』

 

 草花の中で眠っていたノルンは、不思議な声を聞いて……ようやく目を覚ます。白い手をついて、ゆっくり体を起こした。



『私、死んだ?』


 そう、あの黒い瘴気。真っ黒な場所で、黒いガスを吸い込んでしまった。気がつくと、辺り一面が花畑。痛みのない、苦しみのない天国の様に見える。


 でも、それは間違いだった。



 ズキッ—!! 肺が潰されたかの様な激痛が走った。肺が潰れては、息もできない。呼吸が止まり、意識を失いかけたけど……その痛みはすぐに治まった。


 ノルンは、何も変わっていない。肺の痛みは教えてくれた。ノルンはまだ死んでいない。まだ死ねない。ノルンの苦しみは終わらないと……。


 『天国へいけないのかな……痛みのない場所へ。』気絶しなければ、お母さんと一緒に過ごさせるのに……何も知らない、ノルンの心は無邪気で無垢だった。


 

 ノルンは、何度か深呼吸を繰り返している。


 あの不思議な声(白い霧の声)が話しかけると、ノルンがその声に気づいた。女神は……霧と娘の会話に耳を傾ける。



『私が、助けてあげようか?』



『えっ?! 誰、どこにいるの?』

 

 ノルンがきょろきょろ見ても……周りには誰もいない。でも、不思議な声は聞こえる。



『君の手や足を見て……そこに、私はいる。』



 ノルンの手足に、小さな黒い文字が浮かび上がった。


 ノルンは初めて見た様で驚いている。何度も手を振ったけど、ぴったりくっ付いていてとれなかった。黒い文字は、微かに振動していて……空気を震わせて、声となって聞こえている。



『なにこれ? なんで?』



『落ち着きなさい。 

 私は、あなたが生まれた時からいる。


 ずっと一緒。』



『……意味が分からない。』


『そうだね、分からないね。

 でも……“痛み”なら分かるでしょう?』



『!?……全部、あなたの仕業!?』



『うーん…………。

 

 うん、そうだよ。』



『……………………。


 消えろ、消えて!』


 いきなり、文字が現れて……意味が分からない。今までの痛みが、全てこの文字のせいらしい。激痛が起こるから、城の外にも行けないし……自由に、お母さんに会うこともできなかった。



 ただ、怒りしか湧いてこない。



『お願いだから、消えてよ!』


 

 大きな声を出してしまい……何度かむせ込んでしまう。ごほっ、ごほっ……。



『残念だけど、私は消えないよ。

 だって、私は……君だから。』



『だから、意味が―』



 意味が分からない! ノルンは叫ぼうとした……黒い文字に込められていた魔力が解放。神生紀の文字に、魔力が込められると神聖文字になる。ノルンに刻まれた神聖文字は、空中に解き放たれ……文字が重なり合っていく。


 白い手足に、銀色の髪。黒い文字はノルンと同じ姿、白い人形になった。



 たった一つだけ、違う所がある。ノルンの眼は、透き通る海の様な青い瞳。もう一人の白い人形は、冷たい白い瞳。何もかも凍える冷たい瞳で、ノルンを見ている。女神と同じ瞳……。


 ああ、聖痕が目覚めた。“時の呪い―再生の聖痕”が……。



『これで分かった? 

 私も君と一緒に生まれたの。

 

 私がいなかったら……。

 亡くなっていたと思うよ?』



 白い瞳の人形はその場に座って、ノルンに教えている。


 病弱な娘は聖痕がなければ、生まれた時に亡くなっていた。聖痕はどんな傷でも、どんな病気でも……霧の魔力、女神の愛によって治る。


 ただし、再生には激しい痛みを伴う。聖痕は奇跡ではない……聖痕は呪い。再生の聖痕で、幸福になることは決してない。逆に不幸になる。女神はそのことを分かった上で、ノルンに聖痕を刻んだ。



 つまり、ノルンは聖痕がある限り……死ねない。例え、体が消滅したとしても、女神の愛によって再生する。激痛に襲われ、気絶してしまうけど……。



『ま、待って! 待ってよ! 

 じゃあ……お母さんが私に刻んだの?』


『そうだよ……そう―』



『そんな!? 何で!? 

 生まれた時に……。


 ……そのまま、

 死なせてくれたら良かったのに!!』


 

 パチッ―! 白い手でほおを叩かれた。


 ノルンの目に溜まっていた、涙が零れ落ちる。



『君はまだまし!  

 同じ時に生まれたのに……。

 

 私は何もできなかった。

 動くこともできなかったよ。

 

 皆……君だけしか見てない。』



『それは……。

 あなたが、ただの文字だからでしょう!?』



『……………。

 入れ替わる?  


 ずっと一緒だったから分かるけど、

 入れ替われるよ? 


 確かに、私はただの文字……。

 でも、君になれる。』



『ごほっ、ごほっ……嫌。』



『死にたいんじゃないの? 

 勿体ないから、その体……私に頂戴。』



『絶対に嫌!  

 そもそも、あなたのせいでしょう!?』



『私がいなかったら、生まれた時に、

 亡くなっていたことも忘れないでね?』



 『やっぱり……ただの文字じゃない。』ノルンは怒っている。女神にその気持ちが伝わってきた。どうやら、私は本当におかしくなり始めている。娘に死にたいと言われても……心は痛みを感じなかった。


 私が壊れる前に、この子を残さないといけない。どんな手を使っても……。



 聖痕はノルンと姿はまったく同じでも、中身は全く違う。聖痕は女神の分体。ノルンより女神に似ている。


 白い瞳の少女は、大声をだしてもせき込んだりしない。ノルンの様に感情をあらわにしない。そもそも感情がない……聖痕は、文字だから。ひ弱な少女、ノルンは大きな声を出すだけで辛くなる。『もう、イライラする……。』



『……お願いだから、

 このままどこかに行って。』



『それができたら、苦労しません。』



『お母さんに頼めば―』



『してくれません。


 私が消えたら、君も死ぬの。

 だから……絶対にしない。

 

 君が傷ついたら、

 私の能力は必ず発動する。


 痛みは起こるけど……。

 君は絶対に死なない。』



『その痛みがいらないの! 

 ごほっ、ごほっ……。』



『それは、私にはどう仕様もない。 

 私の意思じゃない……。


 勝手に発動して、痛みが生まれるから。』



『……でも―』



『よく考えて!……確かに痛いよ。

 

 でも、お母さんは、6つの災いの地で、

 苦しんでいる者を助けて欲しいって……。


 水晶の中で苦しんでいたでしょう?  

 

 彼らを苦しみから解放すれば、

 君も痛みから解放されるんだよ? 


 諦めない限り……私たちは死なない。

 少しでも前に進んでいけば……


 いつか何とかなるよ。』



 再生の聖痕が発動すれば、ノルンは死なない。ただし、例外もある。例えば、ノルンが諦めて、白い人形の体から“星の核”が消えてしまったら……聖痕も発動しない。その時はノルンが望む……痛みのない世界へ。女神は認めないけど。



 『入れ替わってくれないと……何もできないのに。』 ノルンに刻まれた再生の聖痕(神聖文字)、白い瞳の少女は、ノルンの魂(星の核)を留めようとする。


 手段は選ばない。ノルンが消えたら、聖痕も一緒に消えることになるから。女神は思った。『仮にそうなったら、私も一緒に消えよう。あらゆる世界を道連れにして……。』


 

 ノルンは、白い瞳の少女に声をかける。



『…………。 

 どうすればいいの? 何をしたらいいか―』



『だから、私が助けてあげるって……。

 痛みも、私が和らげてあげるよ。』



 聖痕―白い瞳の人形は、ノルンに手を差し伸べる。


 白い手を握れば、入れ替わってしまうかもしれない。でも、青い瞳のノルンにとって、救いの手だ。痛みを和らげてくれる。それだけでも十分。


 ノルンは痛みが無くなり、普通に暮らすこともできるかもしれない……そう信じていた。嘘なのに。



 ノルンは、女神の願いを……女神を信じている。痛みはなくならないのに。女神の願いを叶えれば、ノルンではなく、霧の世界フォールが救われる。堕落神が復活し、多くの人や魔物が死ぬけど……堕落神の星の核によって、女神の白い霧は保たれる。



 だけど、白い霧は、女神と同じ考えではない。


 霧は、自分自身で考えている。再生の聖痕の様に……女神から離れようとしている。女神の影が離れいくのが分かる。


 時間がない。女神の影アシエルは堕落神ではなく……女神の娘、長女ウルズを利用している。妹のノルンも利用しようとしている。



 ノルンは聖痕の手を握って……ゆっくり立ち上がった。白い瞳の人形は文字となり、ノルンの中に帰っていく。白い瞳の少女は、微笑みながら消えていった。ノルンはなぜだか分からないけど、その笑みが怖かった。



 こうして一つの体に、二人の少女が共存する。


 聖痕を刻まれた少女の冒険が始まった。

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