第1話【後半】『終焉のsevendays―始まりの時、白き人形は動き出す。』【改訂版:Ⅱ】

 

 彼女は白い人形のノルン。黒い闇の中で、周りをきょろきょろ見て何かを見つけた。ふらふらとよろめきながら、ゆっくり歩き始める。



 10~12歳くらいの少女。腰まで伸びた銀色の髪、透き通る海の様な青い瞳を持つ。白い体で、白い服を着ているので全身真っ白。


 白い手足は細く、自分の重みに耐えられないので、ふらふらとよろめいている……今にもこけそうで危ない。



 ノルンの能力は全て―1。発達する筋力がない為、鍛えても意味がない。免疫がなく、すぐに熱がでる。正しい処置をしなければ、重症化し意識を失ってしまう。


 ノルンは、世界で最も弱い存在だった。



 惑星フィリスには、災いの地という呪われた土地がある。呪われた原因は二つ、「悪魔の大厄災」と「堕落神」。


 12の災いの地。災いの地の半数は、「悪魔の大厄災」によって発生したもの。悪魔の大厄災が起こると、死体と瓦礫しか残らない。人や魔物、悪魔の死体が腐り、食物が育たない不毛な地となる。


 残りの災いの地には、瘴気を生む神殿があった。神殿の最も奥……秘匿の間には闇がある。


 真っ黒な場所で、自分が立っているのか、浮かんでいるのかさえよく分からない。ノルンは見つけた。闇の中で、“水晶の像”が青く光っている。



 水晶の像はドロドロに溶け、黒い瘴気がボコボコと吹き出ていた。像に見えたのは……水晶の中に何かがいたから。巨大な人狼、5~6mくらいの大きな狼。


 人狼の眼に光はなく、その顔も苦しみに満ちていた。



 天に向かって開けられていた大きな口は、ノルンを簡単に丸呑みできそう。狼は錆びた鎧に覆われている。30㎝以上ある大きな爪。錆びた鎧を脱ごうと、左の爪を自分の皮膚に食い込ませていた。


 でも、錆びた鎧を剥がせそうにない。鎧からも狼の毛が生えており、無理に剥がせば、皮ごと剥がれてしまう。吹き出ていた黒い瘴気は、人狼も蝕んでいて……人狼の悲痛なる叫びが聞こえてきそう。今にも動き出し、苦しみもだえそうだった。



 白い霧が、女神に声を届ける。霧は魔力や魂でさえ運ぶ。心の声でさえ。ノルンは怖がっている。彼女の怯える声が聞こえてきた。


「……こわ、あ、あつい!」


 ノルンの足が止まった。もうこれ以上、水晶の像、人狼には近づけない様で佇んでいる。彼女は引き返そうか迷っている。


 見渡す限り、闇の中に水晶の像しかない。


 

 背後から、忍び寄っていたものに……ノルンは気づけなかった。もし、気づいたとしても何も変わらないけど。ノルンは歩くことさえままならない。自分の意思で使えるスキルさえ、何もないのだから。



 背後から、黒い瘴気に覆われてしまった。咄嗟に口と鼻を手で覆い、眼も閉じている。ごほっ、ごほっ……黒い瘴気を少し吸い込んでしまって咳きこんでいる。


 咳が止まらない。眩暈が起こって、動悸が激しくなっている。足に力が入らなくなり、その場に座り込んでしまった。意識が少しとんで……ぼーっと狼を眺めている。



「狼さん、苦しいね。」


 掠れる様な小さな声。その声も、咳も……もう聞こえなかった。ノルンは二つだけ、スキルを持っている。


 でも、自分の意思で使えない。女神が譲渡した。手放しても、いずれ女神のもとへ戻ってくる。女神のスキルだから……固有のスキル―“異界の門”。


 「異界の門」は、女神の命に従いノルンを闇の中に転移させた。



 ノルンの掠れる様な声。



【何か聞こえた……。】


 人狼の体が微かに動いた。それだけでも数十年ぶり……。



【……あれは何だ?】


 巨大な狼の眼が下を向く。白い少女が倒れている……水晶の青い光を浴びて、ぼんやり輝いていた。



【子供? なぜ、こんな所に?】


 黒い瘴気を浴びてしまった。呼吸の音はもう聞こえない。



【儂の贄としたのか……。

 愚かな人間、愚かな魔物よ。】



 ノルンはもう死んでいる。人狼は興味を失い、眼を閉じようとした。


 その時だった。女神の白い霧が、霧の文字が……脅威を告げる。ノルンの代わりに言葉を発した。



「……脅威を感知。」



【?……生きているのか? 

 だが、心音も聞こえない。】


 倒れたまま、ノルンが呟く……誰かに語りかけるかの様に。



「異界の門を発動する。

 地上に戻りたければ、手を伸ばせ。

 

 私の助けを望まないのなら、仕方がない。


 時期に終末がくる。

 それまでここで待っていろ。」



【!? 貴様、何者だ!? 

 異界の門と言ったか……まさか!?】



 ノルンが呟くと、闇の中に回転する銀の輪が現れた。空中で回転する銀の輪、異界の門。人狼が、人間だった頃に見た輪と全く同じもの。


 人狼の眼に光が灯る。開けていた口を閉じ、ドロドロの液体を飲み込んだ。水晶が溶けた灼熱の液体……内臓が焼け焦げていく。



【……構わない、これが最後なのだ!】


 人狼は確信した。これが、地上へ戻る事ができる、最後の可能性だと。そして、大きく息を吸い込み……。




【グオオオォォォオオオォォォ!】



 人狼は吠えた。この闇の中にいることを示す為に。だけど、狼の叫びは、闇に遮られ……地上には届いていない。


 人狼は食い込んでいた爪を抜き、左手を大きく動かす。爪が抜けると……大量の血が吹き出し、灼熱の液体が傷口を焼いていく。人狼に残されていた力は僅かだった。このまま焼かれれば、流石に耐えられない。恐らく燃え尽きて消えるだろう。全身を焼かれ、右目は溶けて落ちていく。



【我らの女神よ。

 過去の罪を償わせて頂きたい。


 女神の娘よ……儂はオーファン。 

 そなたの助け、心より感謝する。

 

 この世界が終末を迎えるまで…… 

 そなたを守ろう。】



 回転する銀の輪、異界の門は次第に小さくなっていき……やがて消えた。倒れていた、ノルンの姿はない。白い霧は人狼のこと、堕落神オーファンのことを……女神に伝えた。



 「堕落神―騎士神オーファン」(第六惑星、人の神)


「第六惑星と同じ名を持つ、人の神である。異界の女神は、人や魔物に試練を与え、勝ち残った者に名と恵みを与えた。星と同じ名を与えられた者は、女神の祝福によって神となる。

 

 白い太陽を回る、12の惑星と同じ名を持つ者。異界の女神から、“幼き子らを守護する者”の称号も授かった。騎士神が人間だった頃、子供好きで他の誰よりも子供の世話をしていた。

  


 神生紀の後期に起こった(天上戦争)によって、6つの星が破壊され、残った神々も、第三惑星フィリスに封印された。


 騎士神は堕落した。体は瘴気に包まれ、巨大な狼の様な姿に変貌した。愛用していた、騎士の鎧も変質した……今や見る影もない。苦しみに囚われた水晶の像は、今にも動き出し苦しみもだえそうである。」



 闇の中に水晶だけが存在する。巨大な狼の姿も消えていた。



 女神は呟いた。女神の言葉が、闇の中に響いていく。



『契約は完了した。

 堕落神―騎士神オーファン、


 我が娘の眷属とする。』



 白い霧は、堕落神オーファンを追った。白い霧はどこにでも現れる。霧は女神に見せた。地上で起こったことを……。



 ノルンが闇の中に転移した時……地上では、人間と魔物が殺しあっていた。聖フィリス教国の騎士、聖フィリス騎士団が……荒野のオーク、荒野の番人を襲撃したのだ。


 ここはロンバルト大陸の西方、砂塵吹き荒れる荒野。


 荒野のオークの住処であり、12の災いの地の1つ。この地が、忌み嫌われるには理由がある。不用意に近づけば、堕落した神の呪いを受ける。


 あるオークの番人は右腕を切断されても、膝を地につけなかった。立ったまま絶命した番人もいた。若き魔王の命を受け、命を捨てて……騎士の侵入を阻んだ。



 荒野の番人は、祭壇を守護している。その祭壇の中央に入口があった。入口から下を見ると、地下は闇に包まれている。その闇は、巨大な神殿をのみこみ……神殿の最も奥、秘匿の間には水晶の像がある。ノルンが見つけた巨大な狼。


 

 堕落した騎士神オーファン。“幼き子らを守護する者“である。



 荒野の災いの地には、崩れた城がある。激しい戦闘が行われた様で、門や城壁が半壊していた。隙間から光が差し込んでいる。


 この荒野のオークの城にも女神の娘がいた。ノルンの姉―次女アメリア。


 遠くの祭壇を眺めている。燃え滾る赤い瞳で、若い魔王を見た。若い魔王も……燃え滾る赤き瞳を持つ。魔王になる前は、オークの上位種だった。


 アメリアが何度半殺しにしても、追いかけてきた男。「三大魔王、炎鬼クルド」脅威度―Bランク。ロンバルト大陸の西方、砂塵吹き荒れる荒野の支配者。アメリアが、炎鬼クルドに話しかけた。



『クルド、荒野の番人が交戦している。』


「……あー、まじで?」


 若い魔王は、めんどくさそうに答えた。アメリアの心の声が聞こえてきた。

『……魔王としての自覚はあるの?……少しだけかな。』



 若き魔王、炎鬼クルドは手で頭をかきながら……。


「魔女、襲っているのは……法王の配下か? 

 あいつら、人魔協定の事を忘れてないだろうな。」


『ただ単に、あなたが舐められているだけでしょう。』



「……………。 

 アメリアさん、今日は一段と辛辣ですね。」


 若い魔王は、わざと“娘の名前”を呼んだ。因みに、いつもは“魔女”と呼んでいる。『お前に名前で呼ばれたくないから、名前で呼ぶな』と、アメリアが半殺しにしたことがあるらしい。若き魔王にとって……理不尽なこと。その程度で魔女にびびっていては、魔王は務まらない。彼なりに考えているのだろう。


 不穏な空気を感じ取った配下たちは、既に遠くへ避難している。優秀な部下たちである。



 銀色の髪をなびかせる……人形の様な美しさをもつ娘。「霧の人形、赤き魔女アメリア」脅威度―Aランク。赤き魔女。人形の燃え滾る赤き瞳が、より滾った。



『名前で呼ぶな……。』


「いい名前じゃないか。アメリアさん。」


 最近、激しい戦闘が行われた。城壁や結界が酷く壊れている。「あー、もうやめてくれ!」修復作業を必死になって行っている……職人のオークたちの悲痛な声が、聞こえてきた。



『……………。


 お前に……。』



「!? 魔女さん、落ち着こう! 頼むから―」



『名前で呼ばれるのが嫌なんじゃボケ!!』


 赤き魔女は、白い霧を爆炎に変える。魔女の炎は、分厚い鉄でさえ簡単に熔かすことができた。その炎が……調子にのった魔王を襲う。



 

 ドオオオォォォ―――ン! 


 

 こうして……城の城壁は完全に崩壊したのである。



「いやー、魔女さ……やり過ぎだって。」


 若い魔王は職人のオークたちの視線を感じて、後ろを振り向けない。魔女の炎で机や食器、全ての物が壊れていた。死者がいなかったのは、魔女が炎を操ったから。魔王は少し煤けて……数か所、焦げていた。


 彼は炎鬼で、魔女の炎に対して耐性があるにも関わらず……彼の心が聞こえてくる。「相変わらず、えげつない……。」



『私は悪くない。お前が悪い。』


「壊したのはお前だろ? 昨日だってそうじゃないか?」



 女神は思った。『アメリアは、こういうタイプの男が好きらしい。』アメリアは、わざと視線をそらした。俯きながら呟く……その方が、効果がでると思っている様で。



『昨日のあれは……


 ……お前が夜這いにきたから。』


「だから、それは違うって言ってるだろう!?」


 魔女が思った通り、部下の女性からの視線は鋭くなり……若い魔王に突き刺さった。念の為、もう一度……彼は、三大魔王の一人、炎鬼クルド。ロンバルト大陸の西方、砂塵吹き荒れる荒野の支配者だった。支配者にはとても見えないけど……。



『で、どうするの? 

 

 このまま、何もせず、

 封印が解けるのを待つの?

 

 そうなったら……本当に殺すよ?』


「ま、待て! 行くって! 

 頼むから、落ち着いてくれ……。」



『初めからそう言って。』



「今日は機嫌が悪いな……

 怒っても、かわいいけどな。


 ……アメリアちゃん。」


 彼の心の声は、アメリアには聞こえていない。


 「相変わらず、仲がいいな」この声は、配下のオークたちの声。女神も思った。『うん、私もそう思う。』


 職人のオークたちは、魔女と魔王を見ながら城壁の修復作業を始めている。二人の喧嘩で、何度も何度も壊されているのだろう。彼らの修復作業は、とても効率が良く速かった。恐らく、魔物の中では最速だろう……怪我の功名だった。



 白い霧は、アメリアのことも調べている。ついでに、若き魔王も……。

「霧の人形―赤き魔女アメリア」脅威度―Aランク。


「2番目の霧の人形。燃え滾る赤き瞳を持つ人形は、霧を爆炎に変え敵を焼殺する。魔女の炎は……堕落神イグニスに及ばないものの、分厚い鉄でさえ簡単に熔かしてしまう。


 白い霧は、異界の門を通ってあらゆる所に発生する。例えば、人間の肺や胃などの内臓の中でも……隙間があれば発生できる。小さな隙間に微量の霧を発生させる。それは呼吸する様な感覚だった。


 赤き魔女より、白い霧を操れる者は存在しない。ロンバルト大陸で(悪魔の大厄災)を起こし、興味が失った様に表舞台から姿を消した。霧の中に帰ったと考えられている。」



「三大魔王―炎鬼クルド」脅威度―Bランク。


「三大魔王の一人。元はオークの上位種だった。ロンバルト大陸で起こった(悪魔の大厄災)で、赤き魔女に殺されかける。興味を失って、魔女が去ったことにより、一命をとりとめた。


 この時に受けた傷を癒す為か、表舞台から姿を消した。再び姿を現した時、ロンバルト大陸の西方、砂塵吹き荒れる荒野の支配者になっていた。若き魔王がどのようにして炎鬼となり、炎の耐性を得たのかは分かっていない。」


 


 白い霧は、女神に伝えた。荒野に白い太陽が沈むと……。


 ズバッ—ドッ……騎士の片手剣によって、上位種のオークの首が飛んだ。


 

 荒野の番人は、善戦したけど……集団戦闘を得意としている、騎士団に敗北。全滅した。でも、役目は果たした。数人になっても戦うことをやめなかった。最後の一人になっても、土の壁を造り上げ、最後まで侵入を阻んだ。


 魔術師のオークが死んだことにより、祭壇を囲っていた土の壁は……音をたてて崩れていく。侵入者を阻む者はもういない。



「よしっ、急げ! 

 奴らはすぐに湧いてくるぞ! 


 儀式を……。」


 その者は、聖フィリス騎士団の第5騎士団長を示す、勲章をつけていた。彼は拳を握りしめながら、部下に指示を出す。



「儀式を始めろ! 

 我らの神を呼び戻すのだ!」


 彼らは、この時の為に入念に準備を重ねてきた。ロンバルト大陸の軍国フォーロンドと非公式に何度も接触した。


 軍国の魔術師、数名を……今回の遠征に参加することも許した。祭壇までの侵入ルートも考え抜いた。その為か、遭遇した魔物は荒野の番人だけだった。ここまでは作戦通り……全て上手くいっていた。


 後は、騎士団の神官たちが、地下に潜む闇を祓うだけ。闇が無くなれば神殿に侵入できる。騎士の神が封印された神殿に……神官たちは、聖神フィリスに祈りの言葉を奉げる。聖神への祈りの歌は、騎士達に活力を与え……魔物の魂も癒し魔物の神のもとへ帰らせていく。



 数百年前に、人と魔物が初めて取り決めた和解条項がある。聖フィリス教国の法王と、名も無き大陸の三大魔王が約束を交わした。


 「人魔協定」この協定では、堕落神や霧の人形が現れるのを防ぐ為、12の災いの地には……両者とも干渉しないことになっていた。



 法王の騎士団は、協定を破って災いの地を襲撃したけど……魔物の魂を許すことは守った。人の魂だけでなく、魔物の魂もフィリスに留まってはいけない。


 フィリスに留まれば、白い霧の中から悪魔が現れるから。神殿の闇、黒い瘴気は強い毒で生き物を腐食させる。神官の祈りの声が大きくなり……黒い瘴気が奥へと後退し始めた。



 暫くすると、地下の神殿の一部が見え始めた。神官たちは魔力を込め、祈りの歌をうたう。その声に応えるかの様に……。



 突然、地面が割れた。祭壇は崩壊し……30m以上の大きな穴から、土煙が昇っている。奇跡的に、誰一人もその崩落に巻き込まれなかった。


「!? 後退しろ! 隊列を組みなおせ! 

 魔物の襲撃に備えろ!」



 空中に回転する銀の輪が浮かんでいた。これは“異界の門”。土煙が晴れてくると、焼け焦げた匂いがした。魔物ではない……大きな何かが眼の前にいる。


 銀の輪が消えると……それは大きく口を開け、再び息を吸い込んだ。



【グオオオォォォオオオォォォ!!】



 地上に帰還した人狼の叫び。その叫びを邪魔する闇はもうない。ロンバルト大陸に、巨大な狼の遠吠えが響き渡った。堕落神、騎士神オーファン……巨大な狼の復活である。



「す、素晴らしい! 我らの神よ! 

 我らの願いを聞き入れて下さったのか!」



 騎士団長は、堕落した神に声をかけた。


 全身は焼け焦げ……特に内臓の損傷は激しい。水晶の液体は熱を失わず、今もなお、人狼を焼き続けている。人狼の顔の右側は大きく抉れ……右目は無くなっていた。


 騎士団の目的は、騎士神の復活。その目的は果たしている。騎士団は、直ちに撤退すべきだった。人狼の姿を見た時に……騎士神の力は、殆ど残っていない。意識は朦朧としていた。そんな状態で、白い人形ノルンを左手に抱えている。



【我らの願い?

 愚かな人の願いなど聞いていない。】


「な、何をおっしゃられるんですか? 現にこうして我らの前に現れて下さったではないですか? 神よ、酷い傷を負っておられる。我らの仲間には、回復魔法に秀でている者がいます。ぜひ、手助けを―」



【いらぬ……すぐに去れ。】


「それでは、聖神フィリス様のご意思に反してしまいます。では、その少女を―」



 騎士団長は、一番言ってはいけない言葉を口にした。


 今の騎士神にとって、白い人形が全てである。あの闇の中から、命をかけて救ってくれた者。心音も聞こえない……か弱い幼き子。女神の娘であり、絶対に守らなければいけない。人や魔物に渡すなど、あり得ない。


 人狼の右腕の肉が落ちた。骨が剥き出しになっている。水晶の液体は固まり、血止めになっていた。この状態では……戦闘どころではない。下手をすれば、ノルンを奪われてしまう。



 だけど、白い人形を知っている者が増える程、白い人形に危険が及ぶ。ノルンにとって、危険なものは排除する。排除しなければならない。その思いが、人狼を突き動かした。



 巨大な狼は、空を見る。


 満天の星。その中に、目当ての星があった。6つの惑星の中で最も大きな星。傷がある左目でも、見る事ができた。


 第六惑星オーファン。異界の女神によって、自分と同じ名をつけられた惑星。



【第六惑星オーファンよ! 

 この肉体はもう役に立たぬ! 


 剣を呼び、天から落とせ!】



 第三惑星フィリスは、聖神フィリスの領域。聖神の力が及ばない星の外。宇宙空間に、“剣”が現れた。巨大な鉄の柱……それがぴったりだ。柱の腹の部分には、魔力が込められている神生紀の文字、神聖文字が刻まれていた。



【我は剣となり、

 愚かな者に裁きの炎を与えん。】



 巨大な柱は落下した。


 空気との摩擦で鉄の柱は赤く光り、煙をあげる。


 地上では、騎士たちがようやく逃げ始めた。今さら、もう間に合わないけど。神官たちは、聖神フィリスへの祈りの言葉を呟く。魔術師たちの中には、転移魔術を発動した者もいる。数㎞先に転移しても意味がない。


 別の大陸までとは言わないけど……遠く離れた軍国フォーロンドまで逃げないと、巻き込まれそうだ。


 

 ロンバルト大陸の広範囲に、大きな被害をもたらす。遠く離れた場所では、地震や津波によって死傷者がでるだろう。


 

 今まさにこの時、天から落ちてきた。



 「……神よ、なぜですか?」騎士団長は心の中で呟いた。法王の命を受け、行動した。法王は聖神フィリスの言葉を聞き……騎士団に命をだす。


 「なぜ、こんな事に?……あの少女は何だ?」最初から間違っていた。人や魔物は、12の災いの地に干渉すべきではない。干渉すれば、“堕落神や霧の人形”が現れる。現れれば……騎士団の様に、裁きを待つことしかできないだろう。



 ゴォオオオオオォォォ—---! 


 “騎士神の大剣”。新たな神聖文字が刻まれ……魔力が、解放された。鉄の柱が加速する。第六惑星オーファン、星の力を受け限界まで加速した。



【我は幼き子らを守る。

 我の星へ導かん。】



 騎士団長は、最後に閃光と不思議なものを見た。銀色の美しい娘。燃え滾る赤き瞳を持つ娘が……堕落神に声をかけていた。



 「霧の人形? 赤い瞳……ああ、赤き魔女か。」多くの人を殺し、悪魔の大厄災を起こした魔女。死ぬ瞬間に人間の敵が見えた。「最後に魔女を見るとは……だが、美しい。」


 

 地上に光が生まれ……ありとあらゆるものが炎に包まれた。霧は、女神に教える。女神の愛しい娘、ノルンが旅立ったと……。

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