第8話 インスタ映えするパンケーキのカフェ
日曜日、駅前の商店街にあるパンケーキがおいしいカフェにて。
「なあ、スーザン。こんなこと、本当は母上にお聞きすることではないと思うのだが、他に相談できる人がいないので、よかったらアドバイスをしてほしい」
「あら、なあに?」
「アレックスはいつもどこか一線を引いているように思える。遠慮しているというか、遠巻きに見ているというか。わたしは早く結婚して子供を作りたいのだが、アレックスはそうしたくないと言う。わたしが自然のパガタだからだろうか? 街の人間から見て、わたしたちは野蛮で、関わることに気後れする存在なのだろうか」
「そうね、まだ踏み込むのをためらっている感じはあるわね。でもそれはナヴァが野蛮だからじゃないと思うわ。いや、正確には――ううん、あえてきれいごとを避けて言うなら、なぜ野蛮だと思うのかの部分に引っ掛かるものがあるんだと思う」
「どういうことだろう。なぜ野蛮だと思うのだろうか」
「少し回りくどい話になるけど、昔話をしてもいい?」
「ああ」
「私が生まれた頃、土人平等法が施行されて、メジャーとパガタは同じ学校に行けるようになったわ。それまでパガタはメジャーと同じ学校に行けなかったの。当然パガタはメジャーほど高度な教育は受けられなかった。建前上、大学は、誰でも――パガタでも入学できることになっていたけど、パガタは勉強ができないから――必要な学問を教わらないから、大学受験の資格を取れなかった。だから、高学歴のパガタはいなかった。みんな、せいぜい高卒。アレックスのおじいちゃんおばあちゃんの世代には、小学校だけ、中学校だけで学校教育を辞めてしまう人も大勢いた」
「街にもそのような時代があったのか」
「私はメジャーと同じ学校に行って、メジャーのように高校まで進学したわ。でも、おじいちゃんおばあちゃんが中学校までしか行ってないから、高校がどんなところか分からない。その上の学校なんてもっと分からない。しかもパガタは貧乏が多いのよ。うちも、田舎の工業地帯に住んでいて、おじいちゃんは工場の作業員で給料はさほど多くなかったし、おばあちゃんは専業主婦で収入がなかった。挙句の果てには私は五人も兄弟がいる。とてもとても高校より上の学校のある町に引っ越しをさせるお金なんてなかったし、そういう学校に行くことがどれほどの価値を持っているのか知らなかったから、やめなさい、高校を卒業したら働きなさい、結婚して家に入るのが女の幸せなんだから、上を目指さなくていい、と言われた」
「そうか……」
「私は高校を卒業した後やっぱり田舎の工場の事務員として就職したの。そこで、お父さん――アレックスの父親と出会ったんだけどね、お父さんもやっぱり工場の作業員なのね。二人分の収入を合わせても、そんなに裕福じゃない――田舎の町では共働きというだけでそこそこある方だったかもしれないけど」
「ふむ……」
「子供を産むことを決めた時、たくさん貯金をすると決めたわ。この子は絶対に高校より上の学校にやるの。大学でも専門学校でも何でもいい、高校を卒業しても学問をさせたい――」
「苦労したのだなあ」
「死に物狂いだったわよ。それでいて、道を踏み外さないよう、野蛮なことを覚えないよう、ちょっと過保護にしつけをしたから、私は仕事と育児と家事で毎日ぱんぱんだったわ」
「でもスーザンの努力の結果アレックスは大学に行ったわけだな」
「私たちにできたのはお金を出すことだけだけどね。結局、私たちも高卒で働いたから、大学に入るためには何をしたらいいのか分からないし、大学に居続けるために何をしたらいいのかも分からない。あの子は全部自分で準備した。一人で都会に出て、一人で勉強したの。一番はあの子自身の努力よ」
「そう……、そうだな。あいつは努力家だ」
「そうやって育ったから、あの子は教育がどれだけ大事か知っているのよ。自分が今好きな仕事をして働けるのは、学校を、大学を出たから。勉強をするとどれほどの自由を得られるのか、分かってるのよ」
「わたしは小学校しか出ていない」
「そういうことよ」
「わたしの学歴が低いということ?」
「ちょっと違う。学歴が低いのは、自由度が少ないということ。いいえ、自分で決めたのならいいのよ、中卒でも高卒でも。そうじゃなくて、人種の問題で進学しなかったのなら、それはとても不幸なことで、不自由なことよ。自然のパガタとして生きるために小学校より上に行かなかったのなら、それは、ナヴァは――自然のパガタは弱者である、ということ。いろんなフォローが必要な存在であるということなのよ」
「わたしには少し話が難しい」
「そうね、そうかもしれない。でもちょっと考えてみてね。中学校を出たら、高校に行く道もあるし、工場に勤める道もあるし、職人に弟子入りする道もある。高校を出たら、大学や専門学校に行く道もあるし、企業に勤める道もあるし、公務員になる道もあるし、もちろん、工場に勤める道や職人に弟子入りする道もある。専門学校を出たら、その学校で学んだことを仕事にできる。大学を出たら、教師や医者や弁護士にもなれる。結果として、自分の未来のために選べることが増える」
「そう……、それは――」
「最後何になるかは重要じゃないわ。専業主婦だっていいの。自然のパガタに戻って狩人やシャーマンをやるのもいい。でも、それはナヴァ自身が選んだこと? 納得している? 他にやることがなかったんじゃなくて?」
「今は納得している。わたしは自分が巫女であることに誇りをもっている。ただ……、わたしが巫女になることを決めたのはわたしではない。祖母や母だ。祖母や母が、わたしに小学校を出たら巫女としての修行をするよう求めて、わたしはそれを受け入れたのだ」
「アレックスが心配してるのはそういうことよ。最後、巫女になることはいいの。世界がどんなに広いのか知らずに巫女になるしかなかったことが嫌なのよ。ましてそんな若い身空で子供を産むしかないだなんて。同じ年の街の女の子はまだ学校に行ったり勤め始めたばかりだったりする。当然結婚して子供を産む子もいるけど、それは数ある選択肢の中から選んだ人生だから、いいのよ」
「……分かった気がする」
「ナヴァは、もし自由に職業を選択できたら、自分は何をしていたと思う?」
「何度も言うが、わたしは巫女であることに誇りを持っている。生まれ変わっても巫女をやりたい。しかし……、街で暮らし始めて、巫女としての今の活動が時代遅れのことのように思い始めた。自然のパガタはもっと開かれるべきだ。わたしたちはもっと自分たちの信仰を街に知ってもらうべきだ。わたしは新しい時代の巫女としてそういう活動をするべきだ。――そう思えば思うほど、わたしは、自分が活動家として仕事をするための知識や人脈に乏しいと思った」
「学校に行っていたらどうなっていたと思う?」
「……」
「壇上に立って、マイクを持って講演をするのに、学歴や肩書があったら、もっとスムーズだった、ということよ」
「そう……だな。そうだ。わたしは、小学校しか出なかったことで、やりたいことをやるためにより苦労しなければならなくなったのだなあ」
「今からでも間に合うわよ。人間は何度でもやり直せるから。しかも若いんだからなおのことね」
「今からでも?」
「ナヴァがやりたいって言うなら私応援するわ。きっとアレックスもそう思うと思う」
「そう。そうか……」
パンケーキの甘い香りが漂う。女性たちの笑い声が聞こえる。外は雪が降り積もっているが、店内は暖かい。
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