第6話 新時代の映画を見る

「面白かった」


 シアターを出ると、ナヴァはそう言って満足げな笑顔を見せた。


 アレックスもそれなりに満ち足りた気持ちだった。大スクリーン、大音響で、ど派手なアクションを見る――大興奮だ。心の中にいる少年がハイテンションで跳ね回っている。


 とはいえこの映画は百点満点とは言いがたい。ストーリーがあまりにも単純で展開が見えていたからだ。


 『バトル・オブ・ドーン』の舞台は十九世紀後半のこの国、今も西部に広がる不毛の荒れ地だ。そこには悪徳マフィアが住んでおり、荒れ地の原住民である草原のパガタを虐待したり、麻薬や拳銃の密売をしたりしている。主人公のメジャーの青年は東部の都市から来た開拓団の一人で、現地の草原のパガタと協力してマフィア撃退に乗り出す。


 勧善懲悪のありきたりな設定で、何十回も創作作品で見てきたお決まりのパターンだった。


 最後は当然、善良なパガタの原住民と正義のメジャーの開拓団が手と手を取り合って悪徳マフィアを倒し、草原が平和になって、めでたしめでたし、だ。


 しかし、草原のパガタの戦士たちのアクションは面白く、最終決戦で数千人というパガタの戦士が集結するシーンの迫力は圧巻で、そういうのを楽しむ映画だったのだと思えばつまらなくはない。


 それに、二十世紀の時代劇とは違う点がふたつあった。


 ひとつは、草原のパガタの描写に説得力があったところだ。

 二十世紀なら乱暴な態度に素朴な生活のパガタというテンプレートで片づけられていたところだったが、今作は、パガタ側の人物もひとりひとりに個性が見られたし、彼らなりに合理的で最善の生活をしていた。おそらく製作スタッフに自然のパガタ出身者がいるのだ。エンドロールを見た感じでも専門のパガタ研究者が複数入って風俗考証や時代考証をしたものと見える。


 もうひとつは、メジャーの開拓団に属する主人公の妹、つまりメジャーの女性が、草原のパガタの若い戦士の青年と結婚してハッピーエンドを迎えたところだ。

 これは、メジャーはメジャーと、パガタはパガタと結婚するのが当然とされていた二十世紀ではありえないことだった。

 しかも、パガタ側が男性でメジャー側が女性、という組み合わせは、半世紀前なら暴動が起きてフィルムが焼き捨てられる展開である。


 世の中はパガタにとって生きやすい方向に進んでいるのだ。


「いやあ、よかったなあ。ジャラァとエマが再会できた時わたしは泣いてしまった」


 ジャラァはパガタの戦士の青年の名で、エマが主人公の妹のメジャー女性の名である。


「ジャラァはいい男だ。戦士としてあるべき務めを果たした。途中誇りのために死んでしまうのではないかと思ったが、やはりパガタとしては子孫のために生きねばな」

「俺もジャラァは死ぬと思ったよ。あそこで駆けつけるというのはベタと言えばベタなんだけど、エマはジャラァとの思い出を胸に生きていくのでした、みたいなラストになるとばっかり」


 何せメジャーとパガタは結ばれないのが定番だったのである。そこが覆された上にメガヒットを飛ばしているところにこの映画の意義を感じる。


 ついでに言うと、映画を見終わった直後に興奮した状態のまま地下のコーヒーショップに向かうエスカレーターでナヴァと感想を語り合う、というのもなかなか楽しい。

 これなら毎週ナヴァと映画館に来てもいいと思った。彼女がチケット代を自分で払ったのにはちょっと胸が痛むが、もともとは彼女が自分の給料を使いたくて来たのである。


「ジャラァ、よかったなあ……あの男は本物の戦士だ」


 惚けた顔で繰り返すナヴァに、アレックスはちょっと笑った。


「ジャラァ役の俳優さん、ザンザという人なんだけど、彼、本当に自然のパガタ出身らしいよ」


 そう言うと、ナヴァが「へえ」と感嘆の声を上げた。


「最近のパガタ俳優と言えばザンザってくらい有名な人なんだけどさ。ドラマにはよく出てるし、映画も主演じゃなければ何本かあると思うよ。今度他のも見てみようか」

「知らなかった。そんなにすごいのか」

「普段見てるのって国外のとか古いのとかばっかりだったもんね、ごめんごめん。俺が有名な作品しか知らなくて、最近の国内映画はあんまり注目してないからさ」


 アレックスも芸能ニュースにはさほど詳しくないが、ザンザは若手実力派としてこの一、二年荒稼ぎをしているので、顔も名前もよく見掛ける。経済系のニュースサイトでも、自然のパガタでありながら俳優として成功した秘訣に迫る、というような特集が組まれたことがあり、彼のインタビューが掲載されていた。


「確か草原のパガタで、中学を出てすぐ役者になるために上京して、十年ぐらい下積み生活を送って、一昨年、一年クールの時代劇ドラマで人気に火がついたんだよ。俺は見てなかったけどね」

「十年か……根性がある」

「相当苦労したらしいね。配役での差別とか、パガタについて納得のいかない描写のある脚本とか、すごく大変だったらしい。でも『バトル・オブ・ドーン』はそんな感じしなかったね、準主役だったし、メジャーの女性と結婚するんだもんなあ」


 むしろ彼が今の芸能界のパガタブームを牽引しているのかもしれなかった。今回の映画の脚本も彼のために書き下ろされたのかと思うような活躍ぶりだ。


 時代は変わった。メジャーとパガタとにかかわらず世間の女性は彼をエキゾチックでワイルドなイケメンと評価しており、この二年連続で抱かれたい男ランキングトップ3入りをしている。もはやパガタだからという理由で彼を拒む女性などいないのだろう。


 今までそれをうらやましいと思うことはなかった。アレックスは街のパガタで、ザンザは自然のパガタだからだ。自分たちは本質的に異なる生き物のように思っていたのである。

 ナヴァと出会ってから、その価値観の根本が揺らぎつつある。


「でも、ザンザの顔、どこかで見たことがある。どこでだろう」

「テレビをつけたら何かしらに出てると思うよ、すごい人気だもん。バラエティー番組にも出てるみたいだし」

「そういうものか……うむ、そうかもしれない」

「俺もザンザが出てる映画見てみようかな……帰ったら検索してみようか」


 アレックスの腕に自分の腕を絡ませつつ、ナヴァが「見よう見よう」とはしゃいだ声を上げた。

 そして、溜息をつくのだ。


「毎日こうしていたい。明後日の月曜日、仕事に行きたくないなあ……」


 アレックスは苦笑してナヴァの頭を撫で、「頑張れ」と囁いた。





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