第4話 アシュリーは着せ替え人形をゲットした
その日の午後、アレックスは、自宅の最寄りから二つ会社の最寄りに近い駅の、改札の目の前から直結しているファッションビルにいた。
通路の真ん中に置かれたベンチに座り、ブティックの中で服を物色しているナヴァとアシュリーを眺める。
二人はかれこれ二時間近くあちこちの店で同じことを繰り返していた。
アレックスの両脇には紙袋が左右二つずつ積まれている。完全に荷物持ちである。
ナヴァはカフェでジェニファーに服を借りたが、ジェニファーの趣味は落ち着いたナチュラル系だった。ナヴァの好みではないそうだし、アシュリーも似合っていないと感じたらしい。アレックスはそんなに大きな違和感は抱かなかったが、二人は違うテイストの服が欲しいと思ったようである。
最終的に、アシュリーはナヴァに服を買うことにした。近場の商業施設でナヴァの雰囲気に合う洋服を探すことにしたのだ。
さすがのアレックスも着られれば何でもいいとまでは思っていないが、二時間もかけて探すものかと思うと疑問だし、もう充分買った気がしている。
納得していないのはどちらかと言うとナヴァよりアシュリーの方で、彼女は熱心にナヴァの服を探していた。ナヴァも人混みと何度も繰り返される試着に疲れてきている様子だが、まだ根気強く付き合っている。
腕時計を見た。
時刻はもうすぐ十七時だ。
一度帰宅して購入した食品を片づけてから来てよかった。アシュリーも帰って着替えてから合流したので、今はランニングウェアではなくエレガントでコンサバティブな服の上に秋物コートを羽織っている。
そろそろ夕飯のことを考えた方がいいかもしれない。
このビルの中で三人で食べるのだろうか。
帰って寝たい気持ちになった。
しかし――真剣な顔で帽子をかぶって見せるナヴァの横顔を眺める。
アシュリーと会話をするナヴァの様子はアレックスにとっては新鮮だった。意外と受け答えがしっかりしていて、それなりの知性を感じるのだ。
彼女はアレックスと二人きりの時は甘えてしなだれかかってくることが多い。そのためアレックスは彼女を二十歳という年齢にそぐわないほど幼いと感じていた。だが今の彼女はそこそこの教育を受けている人間に見える。巫女として、族長の娘として、何らかのグループのリーダーを務めてきた人間特有の意思の強さを感じられる。
ひとは一面だけ見ていると分からないものだ。まして一緒に暮らすほど近しければ近視眼的になって見えなくなる部分があるのかもしれない。第三者と話すところを見て初めて見えてくる面がある。
人間とは、社会的な生き物だ。
今のアレックスには、ナヴァはどういう人間か、と問われても、回答できないだろう。ナヴァのことを知れば知るほどナヴァの本質が分からなくなる。
「アレックス!」
気がつくと、ナヴァとアシュリーが目の前に立っていた。二人とも機嫌が良さそうだ。特にアシュリーは職場では見せない満足そうな笑みを浮かべていた。
「どうだ、似合うか?」
ナヴァは試着室で着せてもらったそのままで出てきた。大きめの白いパーカーにカーキ色のカーゴパンツ、ごつごつとしたスニーカーと、ややストリート系に寄った活動的なファッションだ。高校生くらいに見えるが、元気で少しおてんばなところのあるナヴァには似合っていると思えた。
「似合ってる。ジェーンの服よりはしっくりくるね」
ナヴァが「やった」と言って両手を上げた。
「思ったより安物になっちゃったけど、若い子が毎日着回しするならこんなものかしら」
そうは言うが、この一揃えだけではない。
アレックスは自分の左右にある紙袋を交互に見下ろした。中にはそれなりのレストランに入れるような普段着には適さない高級品もある。相当な金額を使っているはずだ。
「すみません、いくらになりました? 出します」
「いいのよ、私が楽しんだんだもの。私に払わせてちょうだい」
着せ替え人形で遊んでいた自覚はあったらしい。
「と言ったって、着るのはナヴァですよ」
「私はあなたの倍の年収を稼いでいるわ」
アシュリーはアレックスの上司なのだ。何も言えなかった。
「さて、夕飯にしましょうか。少し早いかしら」
「いえ、もう五時ですからね。ただ、ここまで付き合わせてしまって――」
「どちらかと言えば付き合わされているのはアレックスね」
ナヴァがアシュリーの隣で「荷物持ち」と呟く。その辺二人とも分かってくれていたらしい。
「いいものを食べて英気を養ってちょうだい。このビルの近くに行きつけのビストロがあるわ」
アシュリーにとっては勝手知ったる庭だ。アレックスは彼女に全面的に従ってついていくことにした。
ビルの一階に向かって歩き出した彼女の背中を追い掛ける。もちろん、五袋の紙袋を抱えて、だ。
ナヴァがアレックスの隣に寄り添うように立つ。
「待たせたな」
アレックスは苦笑して「満足した?」と問い掛けた。
予想外の反応が返ってきた。
「……ああ」
一応頷きはしたが、満面の笑みと言うには落ち着きすぎていて、どちらかと言えば落ち込んでいるようにも見える。
「どうかした? まだ欲しいものがあった?」
首を横に振る。
「家に帰ったら話す」
何か思うところがあるようだ。おそらく、アシュリーには聞かれたくないようなことが、だ。
「そう……、分かった。家に帰ったらね」
そうして一緒に家に帰ることを前提に話していることに気づかずアレックスは頷いてしまった。
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