第9話 玲司の逃走

 ついに大学に到着した。

 けどまだ油断出来ないから足は止められない。


「あ、片崎君だ!」


 俺の名前を呼んだ方に視線を向けると上嶋さんが「お〜い!」と此方に手を振っているのが見えた。

 そして何をとち狂ったのか小走りでこっちに向かってきた。


「ねえ片崎く〜ん! 昨日メール送ったのに返信来なかったんだけどぉ〜!」


 どうやら昨日のメールを無視した件について物申したいみたいだ。

 普段通りだったらこのまま謝罪から弁明、そして教室までエスコートという流れになるが、今日はイレギュラーでそうは問屋が卸さない。


「……片崎君? 顔色悪いけど大丈夫?」


 さっきまでぷりぷり怒ってた上嶋さんは俺の表情を見て今の俺の状態は普通じゃない事を見抜く。

 けど俺は息が苦しい為、ありがとうとかでも大丈夫という言葉を返せずにいた。


 俺の状態を怪訝に思った上嶋さんは俺から離れるつもりは無さそうだった。

 しかし今は悪霊に追い掛けられてる真っ最中。

 俺は仕方無いと思い「え?」と吃驚する上嶋さんの手を掴み、無我夢中で建物の中に疾走した。


『逃がさない』




 ▼




 おい危ないぞ! とか注意を受けながらも廊下を走り続ける俺に上嶋さんが「彼処!」と図書館を指差し、俺の顔を見る。

 俺は「分かった」という意志を頷く事で伝え、図書館に向かった。


 俺達は荒々しく図書館に入る。

 それから上嶋さんが向かった先は司書室だった。


「大丈夫! ここの司書は私の友達だから♪」


 こんなとこ勝手に入っていいのかよという俺の視線をキャッチした上嶋さんはペロッと舌を出して茶目っ気にそう言った。

 そんな彼女を俺は心強く感じた。


「はぁっ、はぁっ」


 司書室に入った俺は壁に寄り掛かり息を整えようと深呼吸を繰り返すが、焦ってるせいか一向に呼吸が整わない。

 心臓の激しい鼓動がバクバク聴こえてくるし、冷や汗も発汗したままだ。


「ねえ、さっきから止めどなく悲鳴が聞こえてきたりコンクリートみたいに硬いものが壊れる様な音が相次いで鳴り響いてくるけど───片崎君は今起こってる事の原因を知ってるの?」


 顔を覗き込んでくる上嶋さんに俺は頷いてYESと返す。


「解決方法は知ってる?」


 俺は首を横に振りNOと返す。

 上嶋さんは「そっか」と額に手を当てて考える素振りを見せる。

 相も変わらず土佐紫苑という悪霊を目視出来ているのは俺だけの様だ。


 他の奴には誰一人としてあの女の姿を見た者はいない。

 不可思議な現象が起こり、何故の仮説すら浮かばず事の原因が分からない彼ら彼女らはただ只管に恐怖するしか無い。


 まあ、俺は原因が分かってもガクブルなんだけど……。


 と、頭の中で冗談を言って気が緩んだ瞬間、聞いた事も無い轟音と共に司書室のドアが吹き飛んで俺の頬に掠った。


 ツーッと頬から血が流れたのを認識した時、自分が死にかけた事が解った。

 あと数センチ立ち位置がズレてたらと考えると恐怖で頭が真っ白になる。


『見ぃつけぇた』


 此方を見てニタリと笑うあの女の言葉を皮切りに捕まったら死ぬリアル鬼ごっこが再び始まった。


「逃っ、げるぞ!」


 未だに肩で呼吸をしている俺はあの女から逃げる為、こんな状況になっても俺から離れる気配を見せない上嶋さんの手を掴み、窓から脱出した。

 幸い図書館は一階に位置していたから怪我をすること無く外に出る事が出来た。


 それからは別の建物に入り、今度は階段を上がった。

 二階に上がった時、上嶋さんが情報処理室を指差して管理者が友達だから利用カードや申請はいらないと言っていたが流石に二階の教室で追い込まれたら例え窓から脱出出来たとしても少なからず怪我をするし今度こそ確実に死ぬと確信出来る為、止めとこうと反対した。


 あの女は周囲のものを壊しながら俺を追い掛け続けてくる。

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