第8話 紫苑は怨霊
新しい朝を迎える。
昨日は紫苑の妨害で結局石橋晴也の日記を読み切る事が出来なかった。
二冊の日記は大学で読もうと鞄に入れておく。
あの女が起きる前に朝食を済ませてさっさと大学に行こうといざドアノブを捻り、玄関を開けようとしたその時───ピンポーンとインターホンが鳴った。
慎重に慎重を重ねたのに誰だよ! デカい音を立てて台無しにしようとするKYは!
取り敢えずは出て、さっさとお引き取り願おう。
そして俺はさっさと大学に行く。
そうと決まったら早速「はーい」と返事しながら玄関ドアをガチャリと開ける。
するとそこには双方顔が整ってる男女が佇んでいた。
この二人に見覚えは一切無い。
この男女は私服の為、セールスとかチャンネル1の集金とかそういう面倒そうな輩で無い事は容易に伺えた。
玄関を開けてからずっと黙ってる二人を怪訝そうな目付きで見てたら男の方が慌てて弁明を始める。
「ああいや、風の噂で新しい入居者が入ったって聞いたから来たんだが本当に居ると思わなくて思わず固まっちゃったんだ。決して怪しい者じゃない」
「はぁ……」
で、お前らは一体何者なんだよという視線を送ると男の方が自己紹介を始めた。
「俺の名前は石橋晴也。以前この部屋に住んでた者で、こっちが───」
「佐藤某?」
「───そうそう、名前は佐藤鈴で……って、え?」
俺のジャブに石橋晴也は唖然とした。
「何で……私の名前……」
佐藤鈴は見知らぬ俺が何で自分の名前を知っているのか分からずに怯えている。
まったく予想外の展開だ。
まさか元カレとその今カノが我が家にやって来るという飛んでも展開を一体誰が予測出来ただろうか。
とにかく、このまま黙ってるのは事態を泥沼化させそうなので鞄から二冊の日記を取り出した。
すると石橋晴也は納得したようで、彼氏の反応を見た佐藤鈴も何となく理解がいった様だ。
『ねえ、こんな朝早くから誰?』
そんな時、欠伸を堪える事無く玄関にやって来た核弾頭改め土佐紫苑は寝起きで気の抜けただらしない顔を晒しながら玲司に聞いてきた。
当然、石橋晴也に土佐紫苑の姿は見えてないし声も聞こえていない。
だから紫苑の声に思わず振り向いてしまった俺に疑問を持った石橋は「どうした?」と俺に問う。
その声が耳に届いた紫苑はカッと目を見開き、石橋晴也を穴が空くんじゃないかってくらいガン見した。
いや怖いわ。
当然その事に石橋晴也は気付いていない。
その次に隣の佐藤鈴に目を向け、最後に俺の持ってる二冊の日記を見る。
『……全部、思い出した』
消え入りそうな声で呟いた紫苑の周りの家具は重力が消えた様に不規則に浮遊し始めた。
「な、なんだよこれ……」
唐突のポルターガイスト現象に石橋晴也と佐藤鈴は顔を真っ青にしながら震える。
そして俺は家を諦めた。
「まさか、自殺した紫苑がまだそこにいるのか……?」
凄いな石橋クン。正解だよ。
……あれ、というかお前らが来なかったら俺が家を諦める必要も無かった訳では?
「ひぃいいいいい!? ……い、行くぞ鈴!!」
「う、うんっ!」
石橋晴也は佐藤鈴の手を掴み、一目散に逃げていった。
そこに取り残される俺……。
「あ、アイツら……火を付けるだけ付けて帰りやがった! ふざっけんなあの放火魔どもがぁあああああ!!」
俺も石橋晴也に倣い逃走を図った。
大学だ! 取り敢えず大学に行って後の事は大学に着いた後に考えよう!
好都合な事にアイツは地縛霊だ! 考える時間はたっぷりある!
息を切らしながら大学を目指し走っていくが、中々背後から嫌な気配が消えてくれない。
意を決した俺はゴクリと生唾を飲み込み後ろに振り向いた。
『あたしにはもう貴方しかいないのぉおおおおおおおおおお!!!』
こ、こえぇえええ!
これ足止めたら絶対に呪い殺されるヤツじゃんこれぇえええ!!
「つーかお前の何処が地縛霊だよ!? 全くもって何不自由無く余裕で部屋から出れてんじゃねぇか!!」
『あら本当。これもきっとあたし達の運命の赤い糸が齎してくれた奇跡ね』
あの女はうふふと上機嫌に笑う───変わらず執拗に俺を追い掛けてきながら。
アイツ話通じねぇ……チッ、こっちは全く笑えねぇってのに!
俺は息を切らし、横腹の痛みを我慢してでも大学へ向かう足を止める事は無かった。
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