第6話 紫苑の日記
取り敢えず俺は中に入っていたA 4サイズの封筒と日記帳を取り出した。
念の為に隠し扉の中に取り出した二点以外の物は何も入っていない事を確認した俺はまず日記帳から手を付ける事にした。
表紙の右下に小さく『土佐紫苑』と名前が書かれていた。
間違い無く今まさにリビングで喚いてるアイツの日記帳だという事が容易に分かる。
俺は緊張した面持ちでゴクリと生唾を飲み込み、日記帳の表紙を捲った。
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○月✕日
勇気を振り絞って彼に愛の告白をしたら此方こそってOKを貰えた!
やった! というかあたし達両想いだったんだね石橋くん!
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「うげっ、何かもう読みたくなくなってきたんだけど……」
自分でも気付かない内に眉を顰めていた。
この日記は差詰め『あたしと彼との交際日記♡』とかそんなところだろう。
何で他人のイチャラブ日記をこんな必死になって読まなきゃいけねぇーんだよ。罰ゲームかよ。
それもこれも全部アイツが悪い。
兎にも角にも読まなきゃ手掛かりは掴めないんだし、読むしかないのか……。
俺は溜め息を吐きながらページを捲る。
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○月□日
今日は大学で石橋くんと一緒にお昼を食べた。
これまでにも何度か一緒にお昼を食べてたんだけど今日は彼とお付き合いしてから初めて一緒にお昼を食べる。
ご飯食べてるだけなのに何でこんなに幸せなんだろ〜!
○月△日
今日は石橋くんにお弁当を作ってきて食べてもらった!
唐突だったからかはじめは少し面食らってたけど美味しそうに食べてくれた!
○月◁日
今日、石橋くんは休みだった。
どうやら体調が優れないとかで家にいるみたい。
もうっ、昼頃に連絡入れてくるとか遅過ぎだよ!
もっと早く連絡してくれたらあたしも学校休んで看病しに行ったのに〜。
あっ、でもあたし石橋くんの家知らないや。次会った時にでも招待してもらおうかな〜?
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───バシンッ!
俺は読むに耐えないアイツの日記帳を勢いだけで閉じた。
「え? これ読み切らないとダメなの? ていうか俺、何でこんなん読んでんだっけ……」
ああ、そういえばこれアイツの未練を見付ける唯一の手掛かりだったな……。
逐一冷静にならないと目的を見失いそうになるから怖くなる。
アイツは俺だろうと自分だろうとクローゼットを開けるの滅茶苦茶嫌がってたし、必死に阻止してきたし、やっぱりコレって黒歴史ノートって事?
「そりゃまぁ他人に読まれたく無いわな」
俺も好き好んで読みたくないけど……。
正直目を逸らしたい気持ちでいっぱいなんだが、諦めて大分濁った目でページを捲る。
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───そこからほとんどデートだなんだ昼飯がなんだと似通った内容だったので割愛する。
そして……。
☆月✕日
これまで晴也くんと大学で一緒に過ごしたりショッピングモールで買い物したり遊園地でデートしたりとても幸せだった。
でも、今日はもっと幸せになっちゃうから逆につらい。
何故なら……今日から晴也くんと同棲するから!
引越し先はサニーガーデン102号室。
外装はちょっと小汚いけど部屋は綺麗だし大学に近いし家賃は安いから全然オッケーで最高の物件ね!
これで晴也くんには毎日あたしの作った愛情たっぷりのご飯を食べさせられるし時間を気にしないで甘えたり甘えさせたりできるわ!
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なるほど、その流れでこのアパートに住み始めた訳だな。
ここまで精神すり減らして読んだ甲斐が有った。
……ていうかアイツの未練って十中八九痴情の縺れだろ。
それを忘却するとかどんだけこっ酷く振られたんだよ……。
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€月〇日
今日は休日───だというのに晴也くんは友達と遊びに行くって言ってあたしを置いて行っちゃった……。
晴也くんは今日会うのは男友達だって言ってたけど、それでも悪い虫が付かないか心配しちゃうよ。
€月%日
昨日、晴也くんは帰って来なかった。
その日の晩御飯は冷めてて美味しくなかった。
それに何故かしょっぱかった。
調味料に塩なんて使って無かったのに……。
結局、今日も晴也くんは帰って来なかった。
€月$日
朝になってやっと晴也くんは帰ってきた。
あたしは「電話にも出ないで二日も何してたの!」と詰め寄った。
帰ってきてくれたのは嬉しかったけど、今はそれ以上に無断で二日も帰って来なかった事に怒りを抱いている。
晴也くんは最初戸惑った素振りを見せたけど、そのすぐ後に「友達ん家で酔っ払ってたから携帯も放置してたんだ。悪かったな」と謝ってくれた。
あたしは次からはほどほどにねと許してあげた。
───そこからしばらく手掛かりになりそうな内容は書かれてなかった為に飛ばした。
そして……。
¥月♡日
最近晴也くんが冷たい……。
話し掛けても全然話が弾まないしもう何日も目が合ってない気がする。
あたし、何か晴也くんを怒らせるような事したかなぁ……?
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遂に来た───破局の予兆が!
それにしても長かった。
こんなメンタルゴリゴリ削られる経験は今回限りで後はもう二度とゴメンだね。
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¥月♪日
大学でお昼ご飯を食べてたら突然晴也くんが「これからは弁当作らなくていいよ」って言ってきた。
一体どういう事?
いつもあんなに美味しいって言って食べてたのに急に要らないとか言うなんておかしくない?
だから、あたしは晴也くんに「これまでもそうだった様に、これからもずっとあたしが作ったご飯だけを食べて?」って言ってあげた。
晴也くんは神妙な顔をして黙ったままだったけどきっと分かってくれたんだよねっ!
¥月♮日
そういえばもう二週間も晴也くんと一緒にお風呂に入ってない。
いつも優しく背中を流して繊細に頭を洗って上げてたのに……急に裸を見られたくないだなんて恥ずかしがって。
いつになったらまた一緒にお風呂に入れるかなぁ。
あたし、柄にも無く寂しいって感じてる……。
¥月☜日
ここのところ晴也くんは余りあたしに甘えてない気がする。
本当、急に恥ずかしがっちゃってどうしたんだろう。
それに、あたしから誘わなきゃする日がなくなっちゃったし……。
たまにはそっちから誘ってほしいよ……晴也……。
───それから飛ばして数日後へ……。
¥月♬日
日を追う事に段々と晴也くんとの距離が遠くなっていく気がする。
でも、そんな事無いよね? きっと気の所為だよね?
きっと、そう……。
そう不安を抱きながらあたしは近所のスーパーに晩御飯の材料を買いに出掛けた。
そしたら幸か不幸か晴也くんを目撃した。
今回の場合は間違い無く後者の方なんだけど……。
目撃しただけなら良かった───けど、晴也くんの隣に知らない女が我が物顔で居座っていた。
それを見たあたしはカァ〜っと顔が熱くなって気が付いたら隣の女に詰め寄って───
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そこから先は全部字が滅茶苦茶だったり所々濡れた跡があって読み解く事が出来なかった。
人智を超越し、人の理解をオーバーした文字はまるでこの世の狂気の一端を垣間見た様な気持ちにさせた。
完全に恨んで怨んで憎んで呪いながら書いた様な不気味さがこの日記帳にはあった。
だけど、アイツの未練は痴情の縺れって事は確定した訳だから、残るはA 4サイズの封筒に後を任せるしかない。
俺は日記帳を無造作に置き、A 4サイズの封筒を手に取った。
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