第4話 翠蓮は蠱惑
『遅かったね』
帰宅したら帰宅したでコイツはピリピリしていた。
いないものと関わるのは面倒だからシカトしよう。それよりも大学のレポート終わらせないと不味い事になる。
『ちょっと、何見えてない振りしてんの!』
コイツが隣で延々とギャーギャー騒ぐもんだから全くレポートに集中出来ない。
うわっ、今度は叩いてきた。
前から思ってたがコイツどんだけカマチョなんだよ。
あ〜いい加減鬱陶しいな。
「ほら、携帯貸してやるからミニゲームやるか写真見るかして大人しくしてろ」
『え? 本当!?』
「静かにすんならな」
『絶対する! するからパカパカケータイ貸して!』
コイツは家財道具を全部親族の元に送り飛ばされたらしく何も無い家で相当暇していたらしい。
だから俺の時代遅れのガラパゴス携帯にすら良い食いつきなんだ。
何はともあれようやくレポートに集中出来る。
▼
レポートが終わり、伸びをしているところに紫苑がやってきた。
『あの、さ……一番最後に撮った公園の事なんだけど……』
「もしかして何か思い出したのか!?」
『いや、見覚えがあるだけで良くは分からないけど……』
あーそう。
何だよちょっと期待しちゃったじゃないか。
お前がこの家に住んでるのは前提事項なんだから近所の公園を知ってるのは当たり前だろう。
コイツの未練探しは明日に持ち越しだな。
明日は大学だし、早めに寝るとしよう。
▼
今日の必修科目は全て終わった。
今からあの家に帰るのか……と思ったら少なからず忌避感を抱き、もう少し大学の中をブラブラしようと決めた。
それからしばらく宛も無く散歩してたら階段の影から女性の啜り泣く声が聞こえてきた。
見たところ紫苑の様な幽霊とかじゃなく、生きてる人間で何だか面倒だなぁと思った俺は財布から百円玉を取り出し、コイントスした。
俺が選択したのは裏。
表が出れば面倒事に関わらずに済むが泣いてる女性がその後どうなったのか抱える必要も無い罪悪感でもやもやする事になる。
裏が出れば面倒事に関わる事にはなるが泣いてる女性に対する抱える必要も無い罪悪感は無くなる。
けど、薮蛇をつつくと禄な事が無い様に泣いてる女性に話し掛けると禄な事が無いのは周知の事実だ。
あれ、選択ミスった?
▼
結局出た目は裏だった。
あれ、おかしいな。あれだけ帰りたくなかった家に帰りたくなってきたぞぅ?
はぁ、是非も無いか……。
「如何なさいましたか?」
女性はぴくりと動きを止めて嗚咽を漏らしながらチラッと此方を見たが、すぐに視線を元見ていた場所に戻した。
「いえ、何でも無いです」
この何でも無いですという言葉には恐らくこんな意味が含まれている。
一つ、お前には関係無い。早々にこの場から立ち去れ。
二つ、誰だてめぇ。気持ち悪いから話し掛けてくるな。
三つ、もっと聞いてほしい。叶うなら優しく慰めて。
生憎と俺は女じゃないから乙女心とかいう曖昧なものは理解出来ない。
非常に億劫だが、既に賽は投げられた。
というかそもそも俺泣いてる女性の慰め方なんて知らねぇーよ。
どうすれば正解なんだ? 何を言えばミッションコンプリートになるんだ!?
うんうん悩んでたら女性の方が顔を上げて此方を見てきた。
此方があれこれ考えてても現実は非常で、実際のところ時間はどんどん進んでいくんだよな。
無策で挑んだ俺がバカだった。
やばい。頭の中が真っ白で何も浮かばない。
とにかく何かアクションを起こさないと……。
そう考えた俺は───何を血迷ったのか飲食店のバイトで自然と身に付いた営業スマイルを振りかざした。
しかもこのスマイル、ただ笑い掛けてるだけでなく愛想が良い様に見せる為、少し童心に帰った気になって悪戯な笑みを浮かべるのだ。
ここでポイントなのが音を出して笑わない事。
何故かと言うと一度DQN客にその笑い声やめろ。耳障りだと絡まれて問答無用で殴られてボコボコにされた事があるから。
いや、今はそんな事どうでも良いんだよ。
傷心で涙を流す女性に笑い掛けても「人が泣いてるのに何笑ってるんですか! 馬鹿にしてるんですか!?」と烈火の如くキレられる事山の如しだろうが。
少し考えたら簡単に分かる事だろ。テンパってるからって何をやってんだ俺は!
「もう、人が泣いているのに───」
ほらもうフレーズがそのまんまじゃねぇーか。
やべぇーよ何でコイントスなんかしたんだよ俺! 何で泣いてる女性に話し掛けるなんて崖から身を投げ出す様な真似をしたんだ俺っ!
「───何笑ってるんですか♪」
……え?
それは、涙を流してる女性が浮かべるにはあまりにも綺麗すぎた。
心和み、心地良く、多幸で、そして魅力的過ぎた。
それは、正に大輪が咲いたような素敵な笑顔だった。
───完。
……っと、やばっ、一瞬意識が飛んでた。それにしても反則過ぎるだろあの笑顔!
しかし改めて良く見てみると黒く綺麗な長髪で大きな目がぱっちりしていて鼻筋が通っていて薄い朱色の唇がキュートと美人の要素を詰め込みまくった美人がそこにいた。
というか、目の前の女性だった。
やばいぞ。テンパって自分でも何言ってるか分かんなくなってきた。
「私に第一声以外何も言わない男の子なんて初めてで……それに変に慰めようとする輩よりずっと気分が楽になったわ。何か、ありがとね」
「あー、いえ。別に大した事はしてないんで気にしなくて結構ですよ。もう大丈夫そうなんでそれでは」
薮蛇に噛まれなくて本当に良かったと安堵の溜め息を吐く。
女性は精神的な自己治癒力が高く立ち直りが早いって言うもんな。元々俺の出番は蛇足だったのかもしれない。
そんな訳で、片崎玲司はクールに去るぜ。
「待って!」
クールに去れなかった。
振り返ると目の前の女性は俺への趣旨返しなのか悪戯な笑みを浮かべてポケットからスマホを取り出していた。
「私、三年の上嶋翠蓮です。ねえ、君の名前は?」
「一年の片崎玲司、です」
「へぇ〜、玲司君年下だったんだぁ〜。そうだ! 連絡先交換しない? お姉さんちょっと玲司君の事が気になっちゃったなぁ〜」
「まあ、いいですよ」
えーっと、これはどういう状況だ?
俺は混乱したまま上嶋さんと連絡先を交換した。
上嶋さんはスマホで赤外線が使えないから手打ちで時間掛かるかなと思ったが、そんな考えとは裏腹にフリックのスピードが尋常じゃなかった。
「もしまた堪え切れなくなったら玲司君に連絡入れても良い?」
「話聞くくらいなら幾らでも」
「じゃあ暇な時も連絡入れちゃうね〜!」
傷心の美人に話し掛けたら気に入られたんだけど。
何だこのウルトラ展開は!
上嶋さんは最初の儚い印象と打って変わって凄くグイグイくるし。
「私の連絡先知ってる人、家族以外じゃ君しかいないんだぞ♪」
不意に耳元でボソッと呟かれた。
その後直ぐに上嶋さんは軽快な足取りで「じゃね〜!」と去っていった。
俺はこそばゆく感じて耳に触れる。
多分、俺の顔は今熟れたトマトの様に真っ赤になってる事だと思う。
周りに人がいなくて良かった。
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