第2話 紫苑は悪霊

 カーテンの隙間から朝日が差す。

 新しい朝が来た。

 ほとんどの日本人が嫌いと思われる絶望的な月曜日の朝だ。


 俺の名前は片崎玲司。

 面倒事が嫌いなだけのただの大学生だ。

 そして、昨日このアパートに越してきた住人でもある。


 アパートの中でもこの部屋は曰く付きらしいが、値段が相場の三割だったのを聞いて住むと即決した。


 そもそも両親の反対を押し切ってまで越してきたんだ。

 それで仕送りまでしてくれるのにわざわざ高い物件に住むとか普通に無理。


 ───だけど、誤算だった。


 まさか本当に幽霊が出没するとは思わなかった。

 だけど大学から近くて一番安いアパートってここ以外無いからせめて卒業まではこの部屋で我慢してようと思ってる。


『ん〜むにゃむにゃ』


 宙で気持ち良さそうに寝そべってる幽霊は紫苑って名前の地縛霊らしい。

 何故か俺にだけ姿がくっきり見えている。

 せっかくの一人暮らしだと言うのにコイツの存在のおかげでプライベートなど無きに等しい。


 それにコイツは寝てれば静かこんなだが、起きた時はそりゃもう騒がしいのなんの。

 幽霊が出会い頭に『あたしの未練を断ち切って!』とお願いするとか怖過ぎるだろ。


 お願いしますと騒ぎながら俺にしがみつくものだから鬱陶しいと振り払おうとするもコイツ───するっと透けやがった。

 どうやらコイツからは俺に触れて俺からはコイツに触れないみたいだ。

 何てインチキ……。


 毎日こんな調子じゃあ堪らんとゲンナリした俺は業腹だが紫苑コイツのお願いである成仏を手伝ってやる事にした。




 ▼




 地縛霊と同居して早二週間を迎えた。

 この幽霊は今まで鏡越しとかでなく直接姿を見る事が出来る人間に出会った事が無かったらしい。

 その為か家に居る時はいつも引っ付いてきていい加減鬱陶しい。


 誰かにこの事を話せば羨む人が出るには出るんだろうけど俺はゴメンだ。

 確かにこの幽霊は短髪の似合う整った顔立ちで胸も大きいから生前は大層おモテになった事だと思う。


 俺もコイツが生きてたら道ですれ違った時に思わず振り返るくらいには可愛いと思う。

 だけど生きてたらの話だ。

 コイツはもう死んでて俺からすれば早々に退去という名の成仏をしてほしいだけのただの厄介者だ。


 初めは真面目にコイツの未練とやらを探していたが、コイツが『そのクローゼットだけはダメ!』と騒がしく駄々を捏ね始めた辺りから急に冷めて未練を探す振りにシフトチェンジした。


 未練を見つけないと成仏出来ないって?

 いやいや、そんな事は無いだろう。

 風の噂で近所の陰陽という神社に新しい神主が赴任してきたという話を聞いた。


 この部屋を借りる時に聞いた大家さんの話だと過去何回か陰陽神社の前の神主がお祓いに来ていたらしいが成果の程は著しくなかったらしい。

 だから新しい神主が赴任してきた事だしそろそろ依頼しようと思ってると話していた。


 だが、俺はもう待ち切れないから陰陽神社にお祓いをしに行こうと思ってる。

 というか今日行く。

 そんな俺の不穏な空気を感じ取ったのか紫苑がパチッと目を見開いて俺にしがみついてきた。


『ダメ! お祓いだけはやめて! そんな方法でもし成仏でもしたらあたしは天国にも地獄にも行けなくなっちゃうから!』


「やめろ離せ! 俺はもうストレス溜まりまくって限界なんだ! 大体どんな手段で成仏しても大して変わんねーだろうが! きっと行けるさお前なら! 天国だろうと地獄だろうとも!」


『その根拠の無い主張は何よ! あたしは閻魔大王に言われたの! 未練を断ち切るかキッパリ棄てるかしないと天国行きの切符も地獄行きの切符も貰えないって言われたの!』


「はあ? 何だよ死後の世界も機械化が進んでんのか!? つーか切符ってなんだよ! お前ペンギンのデザインが載ってる交通系ICカード持ってんだろ!? お前のポケットの財布の中に入ってんの知ってんだぞ俺は! それで行けるよ! 切符が無くても天国だろうと地獄だろうとどこへでも!」


『はい残念でした〜! このカード、残高は三百円しか無いんですぅ〜! てゆーか何人の財布勝手に覗いてんのよ! この変態!!』


「手掛かりがあるかもってお前が見せてきたんだろうが! ふざけんなこの見せたがり!」


 そんな具合で激しく口論してたら隣の住人に壁ドンされた。

 静かにしろという意思表示が物理的過ぎてびくっと肩が上がるほど吃驚した。

 しかしそれはコイツも同じだったみたいで拘束の手が緩んだ。


 その隙を見逃す俺では無く、悪霊からの逃走に見事成功した。





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