第23話
ギルドの街が砲車部隊に取り囲まれている頃。
その上空。雲の中から街を見下ろす視線があった。
「陽動部隊展開しました。こちらは気づかれていないようです」
空を飛ぶのは流線型のフォルムをした飛行船。月が出ていればあるいはその巨体に気がつくものが地上にもいたかもしれない。しかし星々の輝きを覆う雲が飛行船を隠し、その推進のプロペラ音も地上の砲車部隊のエンジン音がかき消してくれている。
魔力を動力とした魔法で飛んでいるわけではないため魔力検知にも引っかかることもない。
「作戦は順調。予定通りです。ユウさん、レギンさん。事前確認の通り準備をお願いします」
操舵室の通信管から艦長が合図を出した。
それを聞いていたユウとレギンは大部屋にいた。そこは飛行船の持ついくつかの貨物室の一つだった。
ユウは夜闇に姿を溶け込ませるような黒の戦闘服を着込み両手に蒸気式連発銃を抱えていた。
レギンは右腕に砲車が搭載しているものと同じ大砲を取り付けていた。
「いつでも大丈夫です」
『了解。合図を待ちます』
貨物室の小窓から下界を覗き込む。
街の入り口付近で一瞬何かが光るのが見えた。
それは女王が放った砲撃の光だった。
『合図です』
「了解。降ろしてください」
レギンがユウを抱えた。
『行きます! 御武運を!』
貨物室床のハッチが開きユウとレギンが船外へ放り出された。
飛行船はギルドの街の上空。正確にはエルフのいる宿屋の上を飛んでいた。
レギンの探知能力により心臓の位置を正確に把握できたからこその芸当であった。
ものすごいスピードで落下していく二人。レギンはユウを抱きかかえたまま右腕の砲を宿の一室へ向ける。風圧で暴れる砲身を腕力で黙らせて照準しトリガーを引いた。
爆音も爆煙も一瞬で二人の体を通り過ぎ、排出された空薬莢は瞬きの間に遥か彼方へと飛び去って行った。
砲弾は宿屋の屋根を貫き二階の一室の床に突き刺さった。その瞬間、遅延信管が働き砲弾内の火薬に引火。閃光とともに大爆発を巻き起こした。
それは宴を早々に切り上げ眠りに就いていたエルフの部屋だった。
レギンの一撃で宿屋は一室といわず建物ごと半壊した。
レギンは着弾を確認すると大砲を投棄。ユウを両手で抱きかかえて両脚を地面に向ける。
「ユウ! 着地するよ、舌噛まないでね! 3、2、1」
砲弾に次いで空から落ちてきたレギンはその両脚で屋根を粉砕し、砲弾により吹き飛ばした部屋の中へ潜入した。
これが竜の心臓奪還作戦の全容だった。
砲車部隊で街を取り囲み上位種族たちの注意をそらす、その隙に上空からレギンとユウを下ろしてエルフを撃破し心臓を奪還する。
砲弾の爆風や破砕片が音の速さで部屋中を蹂躙し壁も床も天井もズタズタに引き裂いた。
人間の尺度で考えれば、もしこの部屋に人が居れば即死は免れないはずである。
しかし上位種族は人間の埒外にいる存在だった。
「本当にしつこい連中だ。まさかここまで追ってこれるとは」
瓦礫の山と成り果てた部屋の中でエルフを中心とした一帯は完全に無傷だった。壁にかけられ た画が落ちることなく、机の上の花瓶が割れることなく砲弾の爆発以前の状態を保っていた。
この奇襲を持ってしても殺すことは叶わなかった。
室内へ降りたレギンはエルフの健在を確認するや否やユウをその場に残してエルフへ飛び掛った。
レギンは腰をばねのようにひねりその鉄の脚をエルフの胴体へ叩き込んむ。
砲撃から身を守るために大量の魔力を消費したエルフはこれを防御陣で完璧に受け流すことができず、破壊された壁から外へ蹴り飛ばされた。
二階という高さは上位種族にとってそれはなんの脅威にもならない。着地の瞬間風の魔法を使い体を瞬間的に浮かせてふわりと地面に着地する。
レギンは反撃の隙を与えるつもりはなかった。エルフを蹴り飛ばした脚の先から大量の蒸気が噴出し鍵爪がエルフを追って射出される。
鍵爪がエルフの顔を掴むとレギンの脚部の付け根と繋がった鎖が巻き上げられる。
高速で巻き上げられる鎖に引き寄せられるようにしてレギンがエルフの懐に飛び込みさらに蹴りを叩き込む。
これによりエルフはきりもみして吹き飛び家屋へ激突した。
レギンはこの一撃に確かな手ごたえを感じた。
寝込みを襲った砲撃は防御陣に阻まれた。二打目の蹴りでも防御陣は張られたが初撃よりずっと弱々しかった。三打目の蹴りではついにインパクトの瞬間に防御陣が崩れて肉体まで爪が届いた感触があったのだ。
効いている。森であった時の魔力は感じない。あのときの攻撃で確実に弱っているのだ。
レギンはこの機を逃すまいと両手十指を家屋へ向け激発。
雨あられと弾丸を浴びせた家屋は壁面の一片が崩れ落ち、外壁を貫通した弾丸が室内に殺到し家具をなぎ倒して瓦礫の山へと変えた。
家屋の崩れる粉塵が立ち上る様子を見てユウは『やった』と思った。
ユウはまだ宿屋のエルフの部屋に残っていた。
宿二階の窓から銃口を伸ばしてエルフの飛び込んだ家屋に狙いをつける。
照準器越しに部屋の中を覗くが粉塵が立ち込めていて中の様子はわからない。
それでもこれでけりがついただろうと密かに考えていた。ここまでされて生きていたら上位種族とは本当の化け物だ。
ユウはそっと息を吐いた。
死体を確認して、その後は手はず通りに進めれば迎えも来る。そこまで考えて背後の威圧するような気配に振り返った。
室内には竜の心臓が放置されていた。心臓は魔方陣に四方を囲まれ空中に浮かび上がって静止している。魔法の原理などわからないユウだったがふとこの魔法陣はどうやったら消えるのだろうと疑問に思った。そしてそれがエルフの魔力で維持されているのではないかと思い至る。ならばエルフはまだ――。ユウは直感を信じた。
「レギン! まだ心臓の魔方陣が生きてる。エルフはまだ生きてるぞ!」
ユウの叫ぶ声と同時に半壊した民家の内部で爆発が起こった。
「なに!?」
レギンのうろたえる気配がユウには伝わった。
ユウは場の空気が変わったことを感じて引き金を引き絞った。
銃弾は狙いをそれず室内へと走ったが、手ごたえのほどはわからない。
照準器に一瞬光が映ったように見えた。それがなんだったのか考える間もなくユウの背中に衝撃が走った。
「ユウ!」
レギンは見た。なにか飛翔体が半壊した家屋の中から発射されたのだ。それがユウのいる二階の部屋へ入ると同時に爆発した。
「まさか劣等種族に弓を引かねばならないとは。我ら一族の誇りであり奥義を見せなければならないとは。こんな屈辱はない」
家屋からのっそりと出てきたエルフの手には弓が握られていた。
エルフの飛び込んだ家屋は民家ではなく、武器・武具を取り扱う店だったのだ。
レギンはエルフが弓を持つ意味を知るはずもなかった。仕留め損ねたが敵は手負い。この好機を逃すまいと再び十指を振り上げて炸薬を炸裂させる。
両 腕から大量の薬莢を吐き出しながら残弾全てを撃ち尽くさんと乱射する。
対するエルフの動きは最小であり最速であった。レギンの照準に合わせ矢を引くと口の中で呪文を紡ぐ。弦より離された矢はエルフの眼前で爆発し、その爆風がレギンの撃ち出した弾丸をことごとくねじ伏せただの一発もエルフにはかすりもしなかった。
目を見張るレギン。エルフはその隙を逃さない。
レギンが再度弾丸を発射する前にすでにエルフの第二射が放たれていた。
今だ大気を焼く爆炎の中から音速の速さで飛び出してきた矢がレギンの左肩を貫く。
矢は鋼鉄の装甲を貫通し左腕を肩の付け根から先をその鋭利な鏃でもって切り落とした。
矢の衝撃に振り回されたレギンはそれでも残った右腕をエルフへと伸ばす。
しかしそれもエルフは読んでいた。レギンが構えるより早く第三射を射った。矢はレギンの右手を貫通、同時に爆発しひじから先を吹き飛ばした。
両腕を破壊され倒れ込むレギンに追撃が閃光となって殺到する。胴体、両脚を次々に射抜かれてレギンは今度こそ地面に倒れ付した。
ユウが爆発にもまれ前後不覚に陥っていた僅かな時間の間にエルフはレギンを完全沈黙させてしまった。
「レギン!」
ユウはエルフへ照準。引き金を引いた。計器の針が急激に下がり、蒸気圧の低下を知らせるがユウはかまわず撃ち続けた。
しかしエルフはわずかに体をそらすだけで銃弾全てをかわして見せた。
そして今度はユウにその鏃が向いた。
エルフは矢をつがえたまま、しかし即座に射ることはしなかった。
「チッ……、悪知恵ばかり働く下劣な劣等種族め」
ユウが心臓を盾にしていたのだ。
エルフは即座に矢に炸裂の魔法を付加する。そんなものの後ろに隠れたところで部屋ごと吹き飛ばせば関係ない。その程度で壊れるほど柔な封印魔法ではないのだ。
狙いは部屋の中央。放たれた矢はエルフの仕掛け通りに爆発した。
ユウはなすすべなく爆発に巻き込まれ床が抜けるのと一緒に階下へ脱落する。
ユウは全身を強く打ちもんどりうった。なんとか体勢を立て直そうと這いずるようにして屋外へと出た。
「く、そ……」
抱えていたはずの連発銃はどこかへ落としてしまったのかすでに手元にはない。
ゆっくりと歩いてくるエルフ。それは止めを刺さんと舌なめずりする猛禽の瞳だ。
ユウは腰から火薬式の回転拳銃を抜いてエルフへと突き出した。
しかし撃鉄を起こす前に放たれた矢によって手のひらごと地面に縫い付けられてしまう。
手のひらに大穴が開く激痛に叫び声を上げるユウ。
「殺してやる。今日の働きにより私は英雄となるというのに、こんな屈辱にまみれた戦い誰にだって話せやしない。人間風情に本気を出したなどと一族の恥さらしだ」
ユウは矢を引き抜き、血のあふれ出る手を庇いながら後ずさりした。
「どこへ行こうというんだ。ここは上位種族の街。お前のようなネズミに逃げ場はない」
「あんた、本当に強いよ……。僕にはあんたを倒すことなんて無理だ」
「ようやくわかったか。お前たちが何人でかかってこようとも、竜の破片を味方につけようとも私に敵うはずがないのだ」
目を血走らせてエルフが歩み寄ってくる。
ユウは上体をなんとか起こすとすぐ脇に心臓が転がっていることに気がついた。
「返してもらおう。それはお前たちが持つには過ぎたものだ」
「『返せ』か……。もう自分のものになったと思ってるのか。まあ、いいさ。くれてやるよ。僕はもとからこんなもののためにあんたを追ってきたんじゃない」
ユウは心臓を足で押す。魔法結界で宙に浮いた心臓はスーと前へ押し出されてエルフの前まで流れていった。
「よし。それでいい。最後にようやく人間らしい振る舞いを見せたな。そうだとも。貴様らは我らに従ってさえいればいいのだ」
エルフが矢をつがえる。弦を引いたその指が離されればユウは間違いなく絶命するだろう。
「これで最後だ。散々に辱めてくれた礼だ。影も残さず粉々にしてやる」
ユウは息を吐いた。もう全身が痛くて動くのも億劫だった。よろよろと腰裏に手を回して一本の筒を握るとそれをエルフへ向けて掲げた。
「なんだそれは? そんなもので今更どうしようというのだ?」
ユウは返答の変わりに筒の尻から伸びている紐を引き抜いた。
すると筒の先から赤色の煙が吹き出た。
「発炎筒か。今更味方を呼んだところで!」
エルフは辺りを見渡した。人間の増援が来る気配はない。
「それが最後の頼みか。残念だったな。誰も来ないではないか」
「いいや、僕たちの勝ちだ……」
煙が上がったのを確認するとユウは両手を投げ出して地面に倒れた。
エルフがその言葉の意味を理解することはなかった。なぜなら次の瞬間エルフの頭上に巨大な鉄塊が落ちたのだ。
それはユウの合図により飛行船から落下されたものだった。衝突により地面はえぐれ、下敷きになったエルフは確実に絶命しただろう。
如何に強大な魔法の力を持つエルフと言えど、頼みの魔法の行使もおぼつかないほど弱っていたのだ。これで生きているはずはない。
これで確実に殺せるとユウには確信があった。
最後のユウの銃撃を防御陣で防がずに回避という手段をとったのを見て、すでに魔法の行使に限界が来ていると見抜いたのだ。
上空を見上げると星明かりを遮る雲の隙間からユウたちが乗っていた飛行船が小さく見えた。
ここからでは飛行船のエンジン音は聞こえない。
雲の高さから落下させた金属塊は元がなんであったのかわからないほど破壊されていた。
それを見てユウは呟いた。
「さあ、お前の体が還って来たぞ」
鉄くずの山がわずかに動いた。いいやなにかに引き寄せられるように地を這うようにして動き出す。
エルフの死亡が確実となる現象がユウのそばで起きていた。
竜の心臓の封印魔法が、その魔法陣が解かれて消え去っていた。
心臓は濃い紫色の霧のようなものを発していた。それがなんであるのかユウにはわからなかったが、それに触れるのは危険なことだけはわかった。
それは心臓から漏れ出る竜の魔力であった。可視化ができるほどに濃縮された魔力。耐性のない人間がそれに触れればたちまちに肉体が崩壊するだろう。
その魔力の霧がすうっと影のように伸びて鉄塊に触れる。
それが何であるのか心臓は理解しているのだ。心臓は次々に紫色の影の腕を伸ばし機械類を己の肉片に寄せていく。
そうして瞬く間に組み立てられた機械にユウはなじみがあった。首都を飛ぶ竜の姿。心臓はその仮の体をついに取り戻したのだ。
竜は声無き咆哮をその背びれの煙突から噴出す蒸気に代えて噴出した。
それだけで竜の怒りが伝わるようだった。
ユウがエルフを倒したのと時を同じくして、街の外ではワーウルフをはじめとした上位種族たちが色めきたった。
「なんだ? 今の爆発音は? 街の方で聞こえたぞ?」
彼らが振り返ると、街を見下ろすようにしてなにかが飛んでいた。
彼らが見たのは飛行船ではない。
巨大な翼を広げた翼竜。いいや正確には竜を象った作り物。機械の体を杖とする竜の心臓だった。
上位種族たちの先ほどまでの余裕の表情が凍りつくのが女王にはわかった。
「お前たちがやったのか?」
ワーウルフがたずねた。
「もちろんだ。そのためにここへ来たのだ」
そのとき竜が大空へと舞い上がりその余力を開放するように全身から蒸気を噴出した。
すると気流が生まれた。
街の道々を風が駆け巡りそれらが竜へと収束していく。
それは竜の持つ能力。竜が完全生物として君臨できる力であった。
「力が、抜けていく……」
上位種族たちが次々と膝をつき苦しみはじめる。
彼らは竜にその魔力を吸い取られているのだ。
その土地、そこで自生する動植物の魔力を根こそぎ奪い己の糧とする暴君。それが竜である。
それは人間の土地にいても変わってはいなかった。竜は己の肉体を取り戻すために大量の魔力を欲している。それを人間の国では排煙を取り込むことで満たしていた。
竜はどこにいてもやることは変わらない。
人間にとってはその性質が有効に働くが魔力を糧とする上位種族にとって竜は天敵なのだ。
「貴様ら、よくもやってくれたな……」
ワーウルフがうめくようにして女王をにらみつけた。魔力を吸い取られたその身体は急激にしぼみ、まるで老犬のようにやせ細った、みすぼらしい姿になってしまっていた。背負っていた大剣も支えきれずに地面に落としてしまっていた。
「狙え」
女王は短くそう命令した。
女王の後方に控えていた砲車の砲がワーウルフをとらえる。
「待っ――」
「撃て」
ワーウルフが何事かを言う前に砲撃音が響いた。
魔力による身体強化、防御魔法による守り。それらがなくなれば如何に上位種族といえど人間とそう変わらない。それが大砲で撃たれればどうなるか。
一瞬の砲撃音とその場にいたはずの狼男の消失。そして静寂。
他の上位種族たちが現状を理解するのには一匹の犠牲が必要だった。
女王は再度命令した。
「狙え」
街を取り囲む砲車の砲が一斉に上位種族たちに狙いを定める。
上位種族たちが悲鳴を上げて散り散りになって逃げ始めた。
必死に飛ぼうとする者、地面にもぐろうとする者、思うように走れず何事かを叫び懸命に杖を振る者。その試みのことごとくが魔法に頼る力であり、今この場では全て無効であった。
それらに気がついた彼らはその非力な脚力を酷使して一刻も早くこの場から逃れんとばたばたと走っていった。
かつて人間に恐れられていた上位種族と呼ばれる者たちのあまりに惨めな姿に女王は笑う気にはならず短く息を吐いた。
「攻撃しますか?」
「よい。捨て置け。どこへ逃げるのか知らないが魔法が使えなければ野垂れ死ぬか魔物の餌食だ。それに我々の目的は竜の奪還であり街の攻略ではない」
まあ、せっかくだからもらえるものはもらっていこうか。女王はそう付け加えた。
こうして食物連鎖の頂点にして大陸を統べる上位種族のひとつの街が人間により一夜にして滅んだ。
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