第22話

 「ずいぶんと手ひどくやられたものだ」

 人間との戦いにより手傷を負ったエルフはハーピィに助けられた。現在は上位種族の『ある拠点』に運び込まれていた。

 そこは小規模ながらも一つの街としての機能を不足なく備えており、エルフ族、ハーピィ族のみならず多種多様な上位種族により共同で運営される場所であった。

 街の名をギルドと言った。

 ギルドは街の名前であり冒険者と呼ばれる職業の集団を指す言葉でもあった。

 彼ら冒険者の(開拓者と言い換えてもよいが)仕事は前人未踏の地に踏み入り貴重な資源を手に入れ本国へ持ち帰ることである。

 この街はそんな冒険者たちの集会場であり、今回の竜の心臓入手のための前線基地でもあった。

 これはギルドの街が人間の国グニタヘイズとエルフの森のちょうど中間に位置していたため地理上都合がよかったためである。

 つまりは今回の人間の国への襲撃はエルフ族以外の上位種族も一枚噛んでいたということだった。

 エルフが担ぎこまれたのはセイレーン族の経営する宿だった。

 傷ついたエルフの横たわるベッドの周りには多種多様の上位種族が並んでいた。

 彼らは心臓の入手を大いに喜んだ

 「下等種族相手にこの醜態。恥ずかしい限りだ」

 エルフは傷の痛みに顔をしかめながら悪態をついた。

 「そうでもないさ。彼らだって国の秘宝を奪われれば全力で抵抗するさ。それでもこうして心臓は手に入れたんだ。立派な仕事だよ」

 「ああ、これで我らは救われる。1000年後の破滅に脅えずともよくなる」

 「あなたは英雄ですよ。いくら感謝をしても足りないくらいです」

 エルフはそれらの喝采の声にうなずいた。

 「そうだ。これさえあれば我らの土地、この大陸が竜の襲来に脅える必要はなくなる」

 心臓を見つめ、その向こうのどこか遠くへ意識が移っていくのをエルフは感じた。

 ことの始まりは数年前。海を越えた別の大陸での事件に端を発する。

 その大陸を縄張りとする竜が急に大量の魔力を求めたのだ。

 竜の名前はレギオン。

 レギオンは大陸の魔力を際限なく貪り続けこの調子で行くと1000年後には土地は枯れ果てる。

 土地が枯れれば竜は次の土地を求める。

 そこで目をつけられるのは最も近いエルフたちの暮らすこの大陸である。

 もしレギオンが今いる大陸の魔石資源では満たされず、エルフたちの大陸でも魔力を貪れば、上位種族はもう大陸に住めなくなってしまう。

 レギオンを撃退するという考えは誰も持つことはない。

 竜は不死不滅。首をはねようとも、毒を盛ろうとも、何億年と時が経とうとも死ぬことはなく衰えることもない。魔力さえあれば心臓の一片となっても生命活動を続け自己修復を行う。

 その爪もその牙も何人も敵わず、竜の炎は大気を焼き国を焼く。

 エルフ族が国を挙げて討伐を試みたところで一撃のうちに国が滅ぶだろう。

 そこで彼らが目をつけたのが竜の習性である。

 曰く、竜は他の竜の縄張りに立ち入ることはない。

 竜は大陸単位での広大な土地を己の縄張りとして認識し、他の竜の縄張りに立ち入ることを基本的に避ける。

 竜ならこの大陸にもいる。であればレギオンはこちらへはやってこないのではないか。

 しかし問題があった。グニタヘイズに眠る竜はあまりに弱りきっている。

 肉片でしかない竜の魔力を果たしてレギオンが感知することができるだろうか。

 竜は不老不死であるがゆえに天敵が存在しない。そのため魔力検知といった他人の気配を探る必要がない。弱体化した同属の放つ魔力に気づけない可能性が高い。

 ならば竜に魔力を与えてレギオンが探知できる程度まで回復してもらえばよい。

 1000年間魔力を供給し続けることで肉片がどこまで回復するかは不明だが、少なくとも人間の国で微々とした魔力を啜っているよりはエルフの森で大量の魔力を与えたほうが見込みがある。

 そこまで結論づけると上位種族たちは大陸の危機を救うため人間に独占された大陸の財産を奪取することとしたのだ。

 エルフの傷口に手をかざしたのは水の魔法を得意とするセイレーンの少女だった。

 魔方陣を展開するとエルフの体を薄い水の膜が覆い、淡い輝きを放つ飛沫が傷に触れ見る見る回復していく。

 水の魔法は癒しに特化しているのだ。エルフの傷は瞬く間に癒えた。

 「傷は塞がっても魔力は回復できないからな。しばらくはおとなしくしていることだ」

 エルフは体を起こして調子を確かめるように手足を伸ばした。

 セイレーンの言うように痛みはなくなったが身体が重く感じた。

 魔力切れによる体調不良は人間には理解できない概念だが、近いものであれば空腹だろうか。

 「心臓の魔力を押さえつける結界維持にだいぶ使ってしまったからな。すっからかんだよ。回復には数年はかかるかもな」

 「やれやれ。1000年を生きる長寿族の年月の感覚は理解できんよ」

 エルフは魔力貯蔵量が上位種族の中でもずば抜けて高い。ゆえにその受け皿をいっぱいにするためには大量の魔力を取り込まなければならないのだ。

 「なに、日常生活に不便を感じるのはほんの数日だろうさ。それまではおとなしくしているさ」

 「そうしておけ。せっかくの大手柄だ。またすぐ火の中に飛び込むことはない。それに今晩は祝いだ。酒を飲めば元気も出るさ」

 セイレーンはにやりと笑って魚人族用の水路を通って部屋を後にした。セイレーンに続いて他の上位種族たちも部屋を出て行った。去り際にもう一度賞賛と労いの言葉をかける仲間たちにエルフは手を振って答えた。

 エルフは一人になった客室で動きの鈍い体をベッドへ投げ出して天井を眺めた。

 自分は成し遂げたのだ。心臓を持ち帰れば救国の英雄である。

 エルフは得意の顔になって充足感に包まれるのを感じた。

 目を瞑って眠りに落ちるまでそう時間は必要なかった。

 その夜エルフの任務成功を祝うため夜祭が開かれた。

 ギルドの仲間から次々と賞賛の言葉が送られエルフは満ち足りた思いだった。

 エルフは本調子ではなかったので早々に宿へ引き返し休むことにしたが、酒と踊りの大好きな冒険者たちの宴は深夜になっても終わる気配はなく、皆大陸の平和に乾杯を繰り返した。

 夜も更け泥酔した冒険者たち。その中で一人が誰に言うでもなく呟いた。

 「なんだか変な音がしないか?」

 聴覚の鋭い上位種族が言うにはそれは大群であり聞いたこともない足音を立てているという。

 「なんだなんだ? せっかくの宴の席に無粋な輩もいたものだな。魔物が群れで攻めてきたのか?」

 冒険者たちは酔いを醒ますにはちょうどいいと各々武器を担いで街の外まで様子を見に行くことにした。

 「どこの馬鹿だ? ここがギルドの街だって知ってて来たんだろうな? ただの冷やかしなら容赦しないぜ」

 大剣を背負ったワーウルフが酒臭い息を吐いた。

 「こんばんわ、珍獣諸君」

 夜闇の中から浮かび上がってきたのはゴブリンでもオークでもない。それは生き物ですらなかった。

 鋼鉄の巨人。魔力を持たぬ者の機械技術と言う名の魔法。二脚砲車の軍列だった。

 「なんだあ? 何なんだありゃ?」

 ワーウルフをはじめ誰もがそれがなんであるのか知る者はいなかった。

 基本的に人間の国はエルフ族の管理下であり他の種族がグニタヘイズへ立ち入ることはめったにないのだ。

 その見たこともない鉄の塊の中から影が伸びた。

 「なじみがないか? 当然だな。これが国外へ出たのは今日が初めてだ」

 ワーウルフの疑問に答えたのは女性の声。

 隊列の先頭に立つ二脚砲車のキューポラから姿を現したのはグニタヘイズの女王だった。

 「おいおい。頭が開いて中からなんかちっこいのが出てきたぞ? あれってもしかして人間――」

 「撃て」

 女王はワーウルフの軽口に付き合わなかった。

 女王の合図とともに大砲が爆音と膨大な光を放った。

 発射即着弾の刹那、ワーウルフの上半身が大きく膨らんだ。聞こえたのは砲弾が肉をひき殺す水気を含んだ音ではなく、金属が両断される金切り音。

 ワーウルフが抜いた大剣が攻城兵器たる大砲の砲弾を切り裂いたのだ。

 獣人は砲弾が眼前に迫るまで小人の乗る鉄の巨人がなにをしてくるかわかっていなかった。

 撃たれた瞬間にそれがどういうものなのか理解し瞬時に迎撃。見事初撃を防いでみせたのだ。

 「子どものおもちゃにしてはちょいと危険なんじゃねえかお嬢ちゃん?」

 女王は自分の三倍はあるかという獣人の貫くような眼光に一歩も譲ることをしなかった。

 「まったくもって上位種族というのは非常識極まるな。素直に死んでくれれば楽なものを」

 砲手はすでに次弾を装填。再照準は完了していた。

 隊列を組んだ数多の砲車も街へ向けて砲塔を回した。

 「はじめまして上位種族の皆様。竜の心臓を素直に返すならよし。そうでないなら……、命保障はできかねます」

 それは紛れもなく宣戦布告であった。

 しかし、それを聞いた冒険者たちは一拍の間を開け人間の少女がなにを言っているのか理解をすると大笑いを始めた。

 「人間が俺たちを殺すってのか?」

 「君たちに倒されるほど僕らは弱くはないよ」

 酒の回った冒険者たちの嘲笑は止まらない。

 その中でさきほどのワーウルフがにたりと笑った。

 「へっ! なるほど人間ってのは骨があるじゃねえか。ゴブリン一匹倒せずエルフに守られながら生きてるやつらって聞いてたが、まさか取り返しに来る度胸があったとはな」

 ワーウルフが大剣を構える。

 「悪いがあれは返せねえんだ。どうしても欲しければ力づくで奪うんだな」

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