第21話
「なるほど。それで心臓はやつらに奪われたと?」
「申し訳ございません」
王宮は謁見の間でノーマンは深々と頭を垂れた。
「ひとたび国外へ出てしまえば下等種族である我らには奪還は困難となる。こうなる前に必ず国内で取り戻せと命じたが……。私の期待はずれであったか」
「重ね重ねお詫びのしようもございません。どのような処罰でも受ける覚悟です」
「うん? ああいや、お前に失望したわけではない。ただな此度の鈴と毒薬がうまく機能しなかったのでな。私も人を見る目がなかったということか」
女王はため息をついて足を組みなおした。
女王はノーマンの弁解を終始聞き流しているかのように興味のない態度で聞いていた。
「では心臓奪還のための方法を考えなくてはな」
女王がそうひとりごちた時、ノーマンが顔を上げた。
「陛下。恐れながら申し上げます。竜の心臓はすでに国外。人知の及ばぬ天涯魔境の奥深くにございます。もう我らでは回収は不可能です」
「そうだ。お前の失敗のせいでな」
「はい。面目次第もございません。しかしこれ以上の追跡は甚大な損害が出ます」
「お前は奪還は諦めろと言っているのか?」
「はい。その通りでございます」
「ほう、心臓なくして、竜の恩恵なくしてどうやってこれから生きていくつもりだ? 竜の気配が消えればいずれ魔物が国内に攻め入ってくる。魔力の浄化がなくなれば工場から絶えず吐き出される排煙により首都は遠からず死の都と化すだろう。忘れたか? 我ら人類の存続は竜の威光あってこそ。それを心臓は諦めろ? ではお前はこの国が滅んでもよいというのか?」
「そうは申しません。しかし我らは竜に頼りすぎました。代えの効かない守護神に安全の全てを委ねた結果が此度の騒動です」
「お前は自分が何を言っているのかわかっているのか? ここは竜の土地であり竜の国だ。竜を捨てろというならそれは国家転覆、国家反逆の罪に問われるということだぞ。ましてお前は王家派貴族として代々王族に仕えてきた。竜の威光を持ってして国を治める王にだ。これまでさんざん甘い汁を啜っておいてそれか」
「陛下、時代は変わったのです。竜を絶対として他種族との交流をないがしろにし、近隣諸国のエルフとの関係も冷める一方。此度のエルフ襲撃もこれまでの杜撰な国交の帰結」
「貴様……」
「どうか外に目を向けてください。竜がなくとも、工場の稼働率を調整すれば首都に流入する魔力も抑えられます。ゆくゆくは工場を首都だけでなく各地方に建造し一極集中管理を廃止するのです。貴族へ機械技術を提供すれば地方の軍備も潤沢となります。その上でエルフや他上位種族との連携をもっと密にすれば魔物の襲撃にも対処できます。竜にばかり執着していては人類は孤立するばかり」
「機械技術を貴族へ提供するだと? 馬鹿な、あのエルフの飼い犬どもにか? 人間を虫けら程度にしか見ていないエルフも、そのエルフに尻尾を振る本当の虫けらどもも対話は不能だ。もうよい話にならん」
吐き捨てて女王が玉座より立ち上がる。
「どちらへ?」
「無論心臓の奪還だ」
それを聞いてノーマンは懐に手を伸ばした。
「なんのつもりだ」
「どうかお座りください」
ノーマンが女王へ銃を突きつける。
「本当に血迷ったようだな」
「お願いします。どうかお座りください」
女王はノーマンをにらみつけたままゆっくりと座った。
「竜も機械技術も全て王家が独占してきました。その結果地方貴族に恨まれ、上位種族に疎まれてきた。そうして続いてきたのがこの国だ。あなたたち王家の我が身可愛さの権力集中、技術の独占に付き合っていれば我々人類は遠からず滅びます。どうか我らをあなたたちの独りよがりにつき合わせるのは止めていただきたい。あなたのエルフ嫌いのせいで貴族たちは王と上位種族の板ばさみに合い日々辛い立場に立たされているのです。人類とエルフは本来手を取り合えるはずなのです。私と私の妻のように」
「妻、だと? 貴様まさか……」
「はい。私の妻は……、いえ、正確には妻ではありません。上位種族との婚姻は認められませんから。なので正確には内縁の妻となりますが。私はエルフを嫁として迎え入れております」
「汚らわしい豚め。お前は人間ではない。人間に害をなす畜生を妻だなどと……。恥を知れ!」
「あなたのその狭量がこの国を歪めたのです。あなたたち王家さえいなくなれば私は、私たちは正式に結婚できる。誰に後ろ指指されることもなく愛し合えるのです。どうしてわからないのですか。人類とエルフは互いに良き理解者として分かり合えるのです」
そのとき謁見の間に銃声が響いた。
ノーマンは銃を女王に向けたまま、血を吐いて倒れた。
謁見の間の正面扉が開け放たれユウとレギンが入ってくる。
ユウの手に握られた火薬式回転銃から白煙が立ち上る。
ユウは床に倒れ伏し胸から大量に血を流すノーマンを一瞥した。
「もし母さんとベルニカが死んだら、あなたの奥さんも殺します」
「やれやれようやく役に立ってくれたか。竜の子とその御者よ」
女王は両手を広げてユウを迎え入れた。
「行きましょう。まだ心臓は諦めていないのでしょう?」
「もちろんだとも。この国を救うため、君の家族を救うため共に行こうではないか」
謁見の間の玉座に続く絨毯に血が染み込んでいく。
「エルフに魅入られた哀れな下僕よ。今日までよく仕えてくれた。あの世で害獣と結婚でもなんでもするといい」
ノーマンはもうなにも答えない。
女王とユウ、レギンは血溜まりを踏みつけて王宮を後にした。
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