第20話
ユウが目を覚ましたのは半壊した自宅のソファーの上だった。
そばにはレギンが心配そうに控えていた。
「ノーマンがここまで送ってくれたの。家族のそばにいろって」
その言葉で寝ぼけた頭が一気に醒めた。
意識を失うまでの出来事。
「エルフは!?」
飛び起きるユウ。レギンは目を伏せてユウが意識を失ってからのことを話した。
ユウは血の気が引いた。
エルフは仲間割れをしている間に逃げられてしまった。
呪いは解かれることはない。
目の前が真っ暗になる。母も妹もこれでもう助からない。
「ユウ、病院へ行こう。アリシアとベルニカが待ってる」
今にも泣き出しそうなレギンの声。彼女もわかっているのだ。エルフを採り逃してしまった意味を。
ユウは力なくうなずくことしかできなかった。
それから二人で病院へ向かった。道中のことは覚えていない。オムニバスを使ったのか歩いたのか。ただレギンに手を引かれてついて行ったのだ。
呆然とするユウは病院へ入るなり怒鳴りつけられた。
「どこへ行っていたんですか! ご家族を看ているようにと言ったはずですよ」
医師は顔を真っ赤にして怒った。
「すみません。ちょっと用が、あって……」
消え入りそうなユウの言い訳を医師は聞いていなかった。
「お母様の容態が急変したんです」
「え……?」
「体内の魔力の熱量に身体が耐えられない。末端部分から壊死が始まっています」
ユウは医師がなにを言っているか理解する時間が必要だった。しかし医師は鈍い頭で棒立ちするばかりのユウに付き合わない。
「今すぐ両脚を切断します。そうしないと命が危ない。これにはご家族の承諾が必要なのです」
「あの、あの……」
ユウは両目に涙を溜めてすがりつく様に医師を見た。
「お母様の足を切断します。いいですね?」
答えられない。答えられるわけがない。ユウは今にも崩れ落ちそうになった。
「先生。患者さんが……」
会話に割って入った看護師が顔を青くして病室の入り口に立っていた。
その部屋はアリシアとベルニカの部屋だった。
「来なさい」
ユウは医師に腕を掴まれて病室へと引っ張られる。
そこにはもはや苦しむ体力すらもなくして浅い呼吸で横たわる母の姿があった。
たったの一晩でまるで別人に変わり果てていた。髪は乱れ頬はこけ、一回り小さくなったのではないかと思うほどだった。
これが呪い。性も根も吸い尽くす魔の力。
医師がアリシアの足を指差した。両脚は膝下のあたりまで青黒く変色していた。
「こうなってしまうともう手の施しようがありません。まだ膝下ですが放置すれば身体はどんどん壊死していきます」
ユウはもう涙で前が見えなかった。
両手で涙をぬぐっても溢れてくる。最愛の母の変わり果てた姿。母はもう二度と歩けない。取り返しのつかないところまで来てしまった。
自分があの時エルフを殺せていれば。自分のせいだ。自分の力不足が母を殺す。
「今すぐ手術が必要なんです。いいですね。足を切断しますからね」
ユウは力を振り絞ってうなずいた。何度も何度も。自分にできることはもうそれしか残っていない。
「助けてください。母を助けてください」
許しを乞うように何度もそう言った。
医師はその言葉を合図に看護師たちに指示を出しアリシアをストレッチャーへ乗せると手術室へ駆け込んで行った。
ユウは病室に残り今も懇々と眠り続ける妹ベルニカの手を握った。
指先は氷のように冷たくなっていた。
額には汗が浮かび浅く呼吸を繰り返すばかりで目を覚ます気配はない。
このまま妹の身体もどんどん黒くなっていくのか。ただそれを見ているしかないのか。
「ごめんなさい……」
ユウは背後の声に振り返った。
「レギン?」
「全部私のせい。私がユウの家に来なければ。私が竜だったばっかりに二人を……」
「違う」
「私が来なければエルフも二人に呪いをかけることはなかった。全部私のせいでこんなことに。ごめんなさい」
顔を伏せ肩を震わせるレギン。
ユウは飛び上がってそれを否定した。
「違う。君のせいであってたまるか。君はベルニカと仲良くしてくれたじゃないか。母さんも君が来てくれて喜んでいたんだ」
ユウはレギンを抱きしめる。
「冗談じゃない。君のせいであってたまるか。僕は一度だってそんな風に思ったことはないよ」
涙を流し今にも壊れてしまいそうなレギンをユウは必死に抱き寄せた。
「二人は死んでしまうの?」
レギンは涙ながらに問うた。
「それは……」
呪いは消えない。エルフは逃がしてしまった。あのエルフが解術に戻ってくることはありえない。
呪いは徐々に二人を蝕んでついには母の足を腐らせた。次はどこを切断しなければならない? そうして延命した先に二人の助かる未来はない。
苦しみぬいた末の避けられぬ死。
あんまりだ。僕の家族がなにをしたっていうんだ。
絶望に塗り固められた家族の未来。
ただ見ていることしかできないユウの胸の内に真っ暗な感情が広がった。
「あんまりだ……」
その絶望の黒の中に一点の炎が宿った。
「まだ終われない」
それは暗い暗い炎だった。
手術室はまだ閉められていて誰も出てくる様子はない。
母は今まさに絶望の中にいる。そうして母も妹も明日を待たず永遠に届かないところへ行ってしまう。
「妹には学校に行ってほしいんだ」
「ユウ?」
「父さんが死んで僕は学校を辞めた。働かなくてはならなかったんだ。でも本当は学校に行きたかった。勉強してタイプライターも使えるように練習してさ。そうしてどこかの貴族様の秘書になりたかったんだ。秘書になるには学校の卒業証書が必要なんだ。他にも学校を出てないとなれない職業がいっぱいある。妹には好きな職に就いて欲しいんだ」
ユウはレギンを抱きしめる力を抜いていく。
「母さんにもっと楽な暮らしをさせてあげたかった。元々いいところのお嬢様だからさ。普段は出さないけどやっぱり今の生活は苦しいみたいなんだ。僕がもっといっぱい働いて楽な暮らしをさせてあげたいんだ」
ユウはレギンの肩を掴んだ。
「レギン。まだ終われない。ここで待っていても二人を救えない」
「でも、もうエルフは……」
「それでもまだ諦めるわけにはいかない」
妹の冷たく固くなりつつある小さな手のひらをベッドへ置いてユウは椅子から立ち上がった。
「次ここに来る頃には母さんもベルニカも死んでしまっているかもしれない。これが家族との今生の別れない。でも、僕はここにいるのは間違っていると思う」
「ユウ……」
「行こうレギン。最後の最後まであがくんだ」
レギンはうなずいた。
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